「…テトラ……テトラ。」  
「…ウーン…。」  
「テトラ、ほら、起きて。」  
いつの間にか眠っていたテトラ。リンクに揺り起こされて目を覚ました場所は、リンクの背中だった。  
「リンク…ここどこ…? あれ…アタシ…」  
「テトラ、まだちょっと寝ぼけてるな。ほら、背中から降りて。着いたよ。」  
次第に目が覚めてきたテトラ。  
…テトラはようやく思い出した。『デート』の山登りに疲れて、リンクに負ぶってもらって、安心しきって眠ってしまったのだった…。  
 
リンクに言われ、ゆっくり背中から下ろされるテトラ。  
あたりを見回すと、薄暗い。もう夕方になってしまったようだ。  
そして目の前にあったのは……森を切り開いて作られた小さな村。  
名前もないような小さな村だったが、リンクの言ったとおり、もう祭りが始まっていて明るかった。  
「わぁ…。」  
生活のほとんどが海賊船暮らしのテトラは祭りに参加したり見たりしたことはない。  
「テトラ…どうかな…。」  
「……うん、楽しそう。」  
まだテトラも年端もいかない女の子。祭りに参加できると思うだけでワクワクしてしまう。  
 
さっそく村に入る前に、リンクがテトラの前にしゃがんだ。  
「テトラ、足は大丈夫か?」  
リンクは、山登りで痛めたテトラの足を心配していた。  
「足…あぁ、もう痛まないよ。」  
テトラが言ったが、いちおうズボンを少し巻くって、様子を見るリンク。確かに腫れは引いた。大丈夫のようだ。安心し、その反面で少し申し訳ない気持ちを隠せないリンク。  
「ごめんな、テトラ。山登り、辛かっただろ。」  
「そんなことない、楽しかったよ。リンクと一緒で…。疲れて眠っちゃったけど…リンクに背負ってもらって、ゆっくりできたよ。」  
テトラは笑って答えた。  
 
「テトラ…よく眠れた?」  
突然リンクが、ちょっとにやける。  
「リンク、なにが可笑しいんだよ?」  
テトラが尋ねると、リンクはちょっといたずらっぽく笑ってみせた。  
 
「テトラ…可愛い寝顔だった。」  
 
「なっ!?」  
 
突然そんなことを言われて、驚きと恥ずかしさが隠せないテトラ。  
「リ、リンク! からかうんじゃないよ!!」  
「いや、本当だよ。ハハハ…」  
「もう! リンクっ!」  
恥ずかしさのあまり、おもわず赤くなってリンクを叩くテトラ。  
その恥ずかしさには嬉しさも含まれていたようだった。  
 
にぎわう村の中に入っていく二人。  
決して人は多くなかったが、それでも、村中がとても明るい雰囲気に包まれている。  
その雰囲気の中で、テトラは完全に普段の自分を忘れて、はしゃぎまわった。  
リンクの目にも、その様子は微笑ましく映っている。  
 
出店を順に見回っていき、その一つ一つを楽しむ。  
その中でもリンクは、装飾品店にあった髪飾りを取った。  
「テトラ、これ、テトラに似合うと思うよ。」  
リンクがとったのは、貝殻の模様が彫ってあるものだった。  
だが、テトラはそれを受け取り眺めると、それを元の場所に戻し、その隣にある髪飾りを取る。  
「アタシはこれのほうが好きかな…。」  
テトラがとった髪飾りは、葉っぱの模様がついている、青い髪飾りだった。  
リンクもそれを眺めた。光るような明るい青は、テトラに似合いそうだ。  
「それもいいな。…でも、なんでそっちがいいんだ?」  
「うん…」  
テトラは、髪飾りの葉っぱの模様をじっと見つめた。  
「…せっかく記念だから、森のマークのほうがいいかなって。それに…」  
「それに?」  
テトラはリンクの顔にぐっと髪飾りを近づけた。  
「…ほら、この青、リンクの目の色と同じだから。」  
確かに並べてみると、髪飾りの明るい青はリンクの瞳の色に近い。  
リンクは、ちょっと照れて頬を赤くした。  
 
リンクはテトラに、その髪飾りを買ってあげた。  
(テトラは自分で買うと言ったが、リンクが「ちょっとくらいはデート相手らしいことをさせてくれよ」と言った。)  
テトラはリンクから髪飾りを受け取ると、髪を解いて髪飾りをつける。  
黄色い髪に輝く青は美しく、普段はあまり見られない女の子らしさが際立った。  
「…に、似合うかな…。」  
普段はおめかししないテトラは、似合っているかどうかすこし不安になる。  
そんなテトラは、とても女の子らしく、可愛らしい。リンクはテトラの解いた髪をそっと撫でた。  
「テトラ、似合ってる、可愛いよ。」  
「ふふ…ありがとう。」  
テトラはリンクに、愛想良く笑った。  
 
買い物をしたのはその髪飾りくらい。あとは店を見回るだけだったが、それだけでもテトラとリンクにとっては楽しい一時になった。  
興奮を隠せずキャッキャと騒ぐテトラはらしくなかったが、ひょっとしたらそれが、テトラの本当の姿だったのかもしれない。  
その本当の姿を現せたのは、先ほどの約束、『リンクに守られている』という安心感の故だろう。  
リンクもテトラが喜ぶのを見て、嬉しそうだった。  
 
楽しい時間はあっという間に過ぎてしまう。  
気がついたときには、もう祭りは終わりに近づいていた。  
出店が次第にたたまれはじめたので、二人は邪魔にならないよう村を出る。村はずれの暗いところに出ると、なんだか寂しさを感じた。  
 
まるで違う世界から戻ってきたような気分。それは、少しだけ不安でもあった。  
リンクはテトラを見下ろした。すこし寂しそうなテトラ…。リンクはすぐにテトラの前にしゃがんだ。  
「テトラ…。オレ、毎年この祭りに来てるけど、今日は特に楽しかった。テトラと一緒だったからだよ。」  
リンクが優しく言うと、テトラも安心し、笑い返す。  
「アタシも、来て良かった。楽しかったよ。」  
テトラはリンクに話しかけられて、ふっと、たった今までいた『別世界』のことを考えた。  
良い夢を見ているかのようだった気分。しかし、もう日が暮れた。現実に帰らなければ…。  
 
リンクは暗く、先の見えない森への道を眺めた。ここをずっと進んでいけば、街に戻ることが出来る。  
「…テトラ、帰ろう。」  
それを聞いて、急に不安になるテトラ。  
「…リンク、ここまで来るのに何時間もかかったんだろ…? 今から帰ったら真夜中になっちゃうんじゃ…?」  
確かに、ここまで来るのに、テトラが眠っていた時間も考えるとずいぶんかかった。今度は下りといっても、やはり相当時間はかかってしまうだろう。  
「あぁ、ちゃんと考えてある。…ちょっと待ってて。」  
リンクには、なにか考えがあるようだ。テトラを残し、再び村の中に入っていってしまった。  
テトラは、リンクが何をしに行ったのか分からなかったが、とにかく村はずれでリンクを待った。  
 
突然、リンクを待っている間に、テトラのポケットの携帯電話が鳴った。  
森の中では圏外で鳴らなかったのに、この村ではギリギリ電波が届くらしい。  
「電話? いや、メールか…」  
メールを送ってきたのは、『ネコ目リンク』だった。  
ぎこちない操作でメールを開いてみると…  
《テトラ、デートはどうだった? 楽しかったならよかったけど…。 ねぇ、いいニュースだよ! 今日、船の修理が終わったって連絡があって、今、みんなで積み込み作業してるところなんだ。  
 明日の朝には、もう出航できるって! 積み込みまでは来なくてもいいけど、なるべく早く帰ってきてね。》  
「………………」  
テトラはじっと、その文章を見つめた。  
ネコ目リンクのメールには絵文字いっぱいで楽しげだったが…。  
 
テトラは、複雑な気分だった。  
 
確かに、船が無事修理されたのは嬉しい。  
やはり海は、自分にとってもっとも心地よい居場所である。  
 
…しかし、心に引っかかることがあった。  
 
…リンク…  
 
この大陸から離れるということは、リンクとも別れるということ…。  
そして、ひょっとしたらもう二度と会えないかもしれないということ…。  
 
テトラは正直、今日のデートが終わった後も、まだもう少し、リンクと接することができる機会があるかと思っていた。  
もしかしたら、「またデートしよう」なんて話になったり…  
 
出航がこんなに早く出来るとは、思っていなかった…。  
本音は嬉しさ半分、もっとリンクと一緒にいたい気持ちもあった。  
 
テトラの心の中で複雑な気持ちが絡み合う。  
それでも、なんとかネコ目リンクにメールの返事を打った。  
《帰りは遅くなる》  
メールを打つのはまだ得意としていなかったので、短い文章で済まし、ネコ目リンクにメールを返す。  
 
テトラは携帯電話をしまって、ため息をついた。  
 
急に辛い現実を突きつけられてしまった。  
リンクとのたった一度のデート…。それは、本当に一度限りのデートとなってしまった。  
 
急に誰かが、テトラの背中を軽く叩いた。  
振り返ると、そこにはリンクがいた。戻ってきたようだ。  
「テトラ、どうした? 元気ないけど…」  
「…………………」  
テトラはしばらく、どう返事すればいいのか分からなかった。  
とっさに、メールで言われたことを話さなければ…と思ったが、言うことができない…。それを言う勇気はなかった。  
やがて、テトラの口からはそっと  
「…なんでもない。」  
という言葉が出る。  
 
直後、リンクが連れている馬が目に入った。  
「!!」  
馬を間近で見るのは初めてのテトラは、ちょっと怯む。  
「リンク…この馬…」  
テトラはちょっと怖がったが、リンクは軽い様子で微笑んだ。  
「テトラ、驚いた? …オレの馬…エポナだ。」  
「…この馬…エポナ…リンクの?」  
「あぁ。」  
リンクが連れている馬『エポナ』は、リンクのものだという。そう言われると、リンクに似て優しそうだ。危なくは無いだろう。  
「リンク、馬に乗れるんだ…。」  
「あぁ。…エポナは石畳が嫌いなんだ。だから都会に連れて行きたくなくてな。この村で預かってもらってたのを、連れてきた。」  
別に隠していたわけでもないようだが、リンクは乗馬できる…今まで聞いておらず、知らなかった。  
しかしこのタイミングでエポナを連れてきたということは…  
「…これから…」  
「うん、帰り道はエポナに乗って行こう。大丈夫、エポナに乗っていけば、そんなに遅くはならないよ。」  
 
リンクはどこからか取り出したカンテラを腰に下げ、テトラとともにエポナに乗った。  
「スピードは出さないけど、気をつけて。オレにしっかりつかまってろよ。」  
「うん…。」  
リンクの身体に手をまわし、しっかりリンクにしがみつく。  
乗馬の体験など初めてだったが、リンクにつかまっていれば何も心配はいらないような気がした…。  
リンクの背負った盾が身体に当たって、少し冷たい。だが反対に、リンクの体は暖かかった。  
 
「リ、リンク…ちょっと聞きたいことがあるんだけど…」  
「ん?」  
「…あ、あのさ…」  
テトラはどうしても腑に落ちない、リンクに聞いておきたいことがあった。  
 
「リンク…なんで…アタシなんかと、デートしてくれる気になったの?」  
 
「……………」  
「まだ初対面だったのに、あんなに優しくしてくれて…アタシのこと考えてくれてさ…なんでデートしようって…」  
テトラが不思議がって仕方が無いことだった。なぜ見ず知らずの自分と、デートしてくれたのか…。あんなに親しげに、接してくれたのか…  
リンクは笑って答えた。  
「いや…ただ、初めて会ったとき、可愛いなって思ったからさ。」  
もちろん、そんな中途半端な答えでは満足しないテトラ。  
「リンク、真剣に答えなよ。…ひょっとしたら、なにか訳があったの?」  
「……………」  
 
長い沈黙が続いた。  
リンクは返答に困っているのだろうか、テトラは真剣に答えを待っていた。すると、リンクが突然エポナを止める。  
「? …リンク?」  
テトラはリンクと向き合っていないため、リンクがどんな表情をしているのか分からなかったが、リンクは落ち着いた様子で、テトラに聞き返した。  
「…テトラ…その理由、真剣に聞きたいんだな?」  
「……あ、うん…。」  
テトラはどうしても腑に落ちず、本当に、真剣に聞きたかった。なぜ、こんな自分とデートしてくれる気になったのか…。  
リンクはテトラの返事を聞いてしばらく黙っていたが、突然  
「テトラ、降りて。」  
と言い出した。  
「えっ?」  
リンクはエポナから降りろという。  
「ど、どうしたの、リンク…」  
リンクの言葉は大真面目だ。表情が見えないだけに、その様子は少し怖い。リンクが言うには  
「テトラ、こういうことはちゃんと向き合って話したい。エポナから降りて、真面目に、向き合って話し合うんだ。」  
「い、いいけど…」  
確かに、リンクの表情が見れずに話すよりは、そのほうが…。…例え、どんな答えであったにしても。  
 
二人はエポナから降り、草の地面に腰掛けた。  
リンクとテトラが向かい合って座り、リンクはその間に、カンテラを置く。  
「……………」  
テトラはリンクの表情を見つめた。  
カンテラに照らされるリンクの目は、青の中に僅かに橙の光が灯り、表情は鋭い。  
リンクが、自分と今日一日付き合ってくれた理由。確かにテトラは「真剣に答えて」と言った。しかしその答えは、向かい合って話したいほど、真剣に話さなければならない答えなのだろうか。  
「…テトラ…? ひょっとして、緊張してる?」  
「……えっ?」  
リンクの厳しかった表情はいつの間にか少し解けている。  
「…テトラ、あぁ、ごめん。いや、別にそんなビビらなくていいから…。ただ、せっかくだから、腹を割って話したかったんだ。」  
「………やっぱり、訳があるんだ…」  
「まぁ、訳ってほどでもないんだけどね…。」  
リンクはテトラから目を反らさずに、語り始めた。  
「…テトラ、テトラの言うとおり、オレは真面目に答えるからな。気持ちを落ち着けて、聞いて欲しい。」  
リンクは一息ついた。その時テトラが見たリンクの表情は、テトラが今日よく見た、優しい笑顔だった。  
 
「…テトラ……さっき言ったよな、初めて会ったとき、可愛いと思った…って。  
 あれは本当だよ。…第一印象、可愛い子だな…って思った。  
 呼び出されたのがイタズラだって知ったとき、オレもちょっと驚いたけど…  
 …デートしろって言われて…冗談でも、してみたら面白いだろうなって思ったんだ。  
 オレ、そういうのも嫌いじゃないし…君のこと、可愛いって思ったし…  
 ……それで、思い切って君を誘ってみた。…今でも、誘って良かったと思ってるよ。」  
「…………」  
「…たださ…午前中、テトラに楽しんでもらえなかったとき…あの時は…辛かった…。  
 たとえ冗談ではじめたとしても、君はオレの、『彼女』だ。  
 せっかくの機会なんだから…楽しんで欲しかったんだ…。  
 オレ、君の『彼』になりきれてない気がして…。  
 覚えてるな? オレ、我慢できなくて、君に聞いたよな…」  
思い出した。テトラがもじもじしていた昼食の時に聞いてきた質問だ。  
「あの時…リンクが言ってた、『オレのこと、嫌い?』って?」  
リンクはうなずく。  
「そうだ。あの時の質問…。  
 ほんとに…君に嫌われてるかと思って、怖かったんだ。  
 こんな風に言うのもおかしいかもしれないけど…君に好かれたかった。  
 オレはあの時、君に楽しんで欲しくて、そのためには、君に好かれるような人間に、なりたかったんだ…。  
 …良かったよ、嫌われてなくて…。  
 それで次に、君の話を聞いたよな。  
 君が緊張してるのは、見て分かったよ。話を聞いて、君が普段、大変な苦労をしているのも、だんだん分かった。  
 オレはそうじゃなくて……オレには、もっと打ち解けて接して欲しかった。難しいことを考えないで、素直な気持ちで…そう、なんにも気にしないで欲しかった。  
 ……せっかくのデートだからさ。  
 …テトラ、山登りの時、安心してオレに身を任せてくれた…よな。  
 それで、素直な気持ちで、オレのこと、信じてくれる…って…言ってくれた…。  
 嬉しかったなぁ…あの時…もう我慢できなくて……」  
リンクはちょっと照れる。あの時といったら…  
「…突然…アタシを…」  
抱きしめた。  
「あぁ…。いや、なんかもう、我慢できなかったんだ。本当に嬉しくて…君も楽しそうだったし…。  
 …もともとは、冗談だから…って始めたことだけど、どんどん、君のことが、本当に好きになって…  
 …で、でも…なんだろ…どうして好きになったか…って言われたら…やっぱ分からないな。  
 自分でも信じられないんだよ。今日会ったばかりなのに…こんなに…好きになるなんて…。」  
リンクはそれだけ言い切ると、姿勢を直した。  
「……テトラ、これが…オレの答えだ。」  
「……………」  
テトラは、カンテラの明かりに照らし出されるリンクをじっと見つめる。  
リンクは少し、テトラの様子を伺っているようだった。  
 
テトラは、嬉しかった。なにかひたすらに…  
恥ずかしくて、返事が出来ない。自分で自分が紅潮しているのが分かった。  
テトラは恥ずかしくなり、ふいに、天を見上げた。  
星が綺麗だった。まだ低い月も、じきに真上にくるだろう。  
幻想的だった。カンテラは光が弱く、空以外は真っ暗にしかみえない。その真っ暗な中に、リンクと二人きりでいる…。  
 
テトラは何も返事できなかったが、リンクは分かってくれた。微笑んで、静かに一言…。  
「さぁ、もう行こうか。」  
立ち上がるリンク。  
今度こそ、帰らなければならない時が来たのか…。  
 
 
テトラは思った。  
 
…もう、別れの時が近い…。  
 
…時間が無い…  
 
そのことを…リンクに告げなければ…  
 
「リンク、あ、あのさ…」  
「?」  
もうためらっている時間は無かった。  
「リンク…リンクに、言わなきゃならないことがあるんだ…」  
「? …なんだ?」  
テトラは怖くてリンクと目を合わせられない。  
「…さっき、電話があったんだ……アタシ…アタシ、も、もう…出航しないといけない…」  
「な、なんだって?」  
 
テトラは、リンクに全てを告げた。  
船の修理が終わり、この大陸から離れなければならない事を…  
「ご、ごめん…もっと、早く言いたかったんだけど…言うきっかけがみつからなかったんだ…」  
「……………」  
リンクも、相当ショックをうけているらしい。しばらく黙っていたが、やがて、肩を落として再び腰掛けた。  
「そうだったのか……。…今日で…お別れなのか…。」  
「…アタシも…残念だけど…」  
リンクはうつむいている。  
「……寂しいな…。実はオレ…」  
「…?」  
「…オレ、もしテトラがよかったら…明日も、デートしないか…って、誘いたかったんだけど…。」  
「…リンク…」  
リンクは顔を上げた。哀しげな表情…  
「…リンク、ごめん…もっと早く言えばよかったかな…」  
「いや、いいんだ。それよりも、言ってくれてありがとう…。」  
 
「…テトラ…聞きたいことがある…」  
「……?」  
リンクが突然聞きだした。  
「何? リンク…」  
「…テトラ、今日、楽しかったか?」  
「え…」  
リンクは身を乗り出した。  
「なぁ…オレとのデート、どうだった…? 心配なんだ…。…君が…楽しめたのか…。今日…楽しかったか?」  
「………。」  
リンクが尋ねてきて、ちょっと怯むテトラ。  
リンクの言葉には、少し焦りが感じられる。思いがけない突然の別れに、焦っているのだろう。  
「…テトラ…教えて欲しい……オレは…オレは、君の、いい『彼氏』になれたか…。オレは…君を守ってあげられる存在になれたのか…。オレは一体…どうだったんだろう…。」  
「……」  
 
テトラは真剣なまなざしで、リンクに答えた。  
「……リンク…まず言わせて……リンクとのデートは、今日一日…とっても楽しかった。リンクは私の、いい彼氏だった。私は…リンクに守ってもらえて…幸せだった。」  
「…本当か?」  
「…本当…。」  
それ以上の返事は無かった。テトラはなるべく、リンクの真似をして優しい表情をし、リンクを見つめた。  
普段はしない笑顔。ちょっとぎこちなかったかもしれない。だが、自分がリンクにしてもらえて嬉しかった笑顔だ。きっと、返せば喜んでもらえる…。  
その通りだった。リンクは本当に、心から嬉しそうだ。  
「…テトラ……。あぁ…。ありがとう…。」  
 
リンクが突然、カンテラに息を吹きかけ、その火を消した。  
辺りが真っ暗になる。  
「あっ、リンク、何を…」  
「しっ…静かに…。」  
……  
辺りは真っ暗で、何も見えない。リンクの姿も見えなかった。  
「リンク、な、なんのつもりで…」  
テトラが聞こうとするが、リンクの静かな声が遮る…  
「…テトラ、ほら、耳を澄ませて…。」  
「…?」  
 
闇の中で、虫の音が聞こえた…。…風で木々の葉が擦れる音も…  
静かな空間で、心が穏やかになっていく。悲しみが、少しだけ癒された。  
「テトラ…じっと聞いてごらん…。森の声。」  
「…………」  
テトラは耳を澄ませて、森の声に耳を傾けた。  
 
テトラは幻想的な空間の中で、思った。もし、次にカンテラの灯がついたとき、目の前にリンクがいなかったら…?  
目を凝らしても、真っ暗で見えない。  
「…リンク…」  
…闇の中で、テトラの声だけが響く。リンクの返事は無かった。  
「リンク…そこにいる? …ねぇ、返事してよ…。」  
…………返事がなかった。  
「リンク……?」  
突然、目の前のカンテラに、再び明かりが灯る。少し目が眩んだ。  
 
目の前に、リンクはいなかった。  
 
「…!? リンク、リンク、どこいったの?」  
見回しても、リンクの姿は無い。  
「……リンク! リンク!!」  
 
どこからか、声がした。  
 
「…オレは、ここにいるよ。」  
 
テトラの両肩に、手が置かれる。長く細い、きれいな指…リンクの手だ。  
振り返ると、リンクが優しい笑顔でテトラに笑いかけた。  
 
「…テトラ…姿が見えなくても…オレは、見守ってるよ…だから、大丈夫。……もっとここにいたいかもしれないけど…もう、君は行かないといけないんだ。…さぁ、早く起きて…ほら、起きて。」  
 
「…んっ…?」  
「テトラ、起きて、ほら、着いたよ。」  
テトラはいつの間にか、眠って夢を見ていたようだ。  
テトラはエポナに乗せられている。眠っている間に、もう街の前まで着いたようだった。  
しかし、いつの間に眠っていたのか…。リンクの話によると、カンテラの火を再び点火したときには、横になって眠っていたらしい。それからリンクは、テトラを起こさないようにエポナに乗せ、一緒に乗って帰ってきたのだった。  
 
もう眠りについている街を、エポナにのって進んでいく二人。  
 
…別れの時が来た。  
リンクはテトラを、テトラが今日まで泊まっていたホテルの前まで導く。もう街の中は、暗く、ホテルも消灯されていた。  
テトラをエポナから降ろし、リンクもエポナから降りて、テトラと向かい合う。  
「テトラ…お別れだな。」  
「………」  
テトラはすこし憂鬱になっている。  
これが、本当に、リンクとの最後の時なのか…実感が無い。  
「テトラ…ひとついいかな…」  
リンクは最後に、テトラに言った。  
「テトラ、明日出航だろ?」  
「…あぁ、うん。」  
「…明日…あの…ほんとは見送りに行きたいんだけど…ごめん、行けそうも無い。」  
「……?」  
リンクはテトラから顔を反らした。  
「…ごめん、本当は行くべきなのかもしれないけど…なんか…ダメなんだ…。辛くて…。」  
「………」  
…そういうことか…  
「テトラ…ごめんよ、ダメだ、明日はもう…オレ悲しくて…堪えられないかもしれない。見送りになんて行ったら…オレ、我慢できないよ。」  
テトラは思った。今日一日リンクと一緒にいて、いろいろなことが分かった。  
リンクは優しく、感情的になりやすいこと…。  
嬉しいことは素直に表情に出るし、寂しいことや心配も堪えられない。  
青年なのに、どこか心が幼く、可愛らしい…。  
では、悲しいのが我慢できなくなったらどうなるのだろうか。  
「…我慢できない…? なに、どうかなっちゃうの?」  
リンクはまだちょっと顔を反らしたまま、赤くなった。  
「…テトラのこと、腕を掴んででも引き止めるかも…」  
想像に難くなかった。「別れたくない!」と必死に腕を掴んで放さないリンク…。  
「ハハ…そんなリンクも、ちょっと見てみたい。」  
リンクは苦笑する。  
「…いや、ごめん。冗談抜きでそうなるかもしれないんだ…。…ごめん…だから、明日は見送りにいけない…ほんとにごめんな…オレ、臆病で…」  
「…リンク…」  
リンクも冗談で言っているのではないだろう。  
本当はリンクも来たい、しかし、自分の気持ちを抑えられずに来ることができないようだ…。  
リンクはまたテトラのほうをむいた。  
「リンク…そ、そんな悲しそうな顔しないでよ…」  
「あ、あぁ、そうだな…も、もう帰るよ、オレ…」  
「えっ…」  
「……テトラ、さよならだ…。…元気でな。…もし海に出ても…オレのこと、忘れないで…」  
「あっ、リン…」  
リンクは素早く身を翻し、エポナに飛び乗って、振り返りもせずに走り去ってしまった。まるで何かを堪え切れなかったかのように…  
…あまりにも、あっけない別れだった。  
この一日は、テトラにとって、一生のうちでもっとも濃い一日だったかもしれない。  
それなのに、その終わりはあまりにも、辛く、そして物足りないものだった。  
 
 
テトラは悔やんだ。  
辺りの暗さのせいで、リンクが自分の為に見せてくれた最後の笑顔を、はっきりと捉えることが出来なかった…。  
 
 
 

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