時刻は夜中。にぎやかな城下町が寝静まり、すっかり闇に覆われた頃
月だけが存在を主張している。
誰もが床に就いたであろうこの時間に、一人窓の外を眺める者がいた。
片方だけ開けた窓の隙間から顔を出し、何かを懸命に探している。
明かりが消されていてよくは見えないが、月明りにうっすらと照らされ微かに覗くその顔は
どこか不安に満ちている物だった。
長く透き通った亜麻色の髪だけが時折吹く夜風に楽しげに揺れている。
「……約束も何もしていないというのに、私は…」
どうしてしまったのだろうか、その言葉だけ飲み込んでゼルダは自分に言い聞かせた。
来る訳がない、と
ゼルダは人を待っていた。約束などしていなければ、もう2ヶ月も会っていない人物を。
彼女はとっくに限界だった。待ち人リンクに会えない事に。
二人はいわば恋人同士。魔王ガノンドロフから共にハイラルを救い、徐々に互いに惹かれ合った。
しばらくはもどかしい思いをしたが、やがてリンクの方から想いを伝え
二人は結ばれたのだ。
しかし相手は勇者だったとはいえ牧童。毎日動物の世話に明け暮れている。
それに彼は子供に懐かれているため、遠く離れたこの城まで簡単に
来ることは出来ないだろう。
ゼルダはそれをよく知っている。リンクは忙しい日々を送っているのだと。
だから、会えない日がいくら続こうとも我慢してきた。
しかし、それも今日で2ヶ月となるとさすがに不安になるものだ。
彼女の不安は尋常ではなかった。
蒼い瞳がその色を隠せず、潤んでいく。
ゼルダには不安を増幅させる理由が別にあった。
(私が、はっきりしていなかったから………)
そう、彼女はまだリンクに好きとは言っていなかった。
告白の返事もリンクが「好きです」と精一杯伝えたのに対して
恥ずかしさのあまり「はい」の一言だけ。
これではいくらリンクでも呆れてしまったかもしれない。
彼に限ってそれはないだろうが、ゼルダの不安はとどまる事を
知らないとでもいうように増すばかりである。
そしてついには
「……もしや他に好きな方が」
恋人の浮気まで考え出してしまった。どこまでネガティブなのかと
思ったのもつかの間、
「……そう、ですよね」
ゼルダから諦めの声が発せられた。といってもそれはかなり小さな物だった。
どうやら本気でリンクが浮気していると思い込んだらしい。
その頬に雫がつたう。
「……もう、待てません」
そう呟いて開けていた窓に手をかけた その時
「何をですか?」
「…っ!?」
突然背後から声がしてゼルダは振り向こうとした。
しかし、その前に後ろから抱きしめられ動きを封じられる。
ゼルダは窓に映る人物を見て言葉を失った。
「……リンク」
ゼルダは窓に映る人物を確認するように呼んだ。
より強く抱きしめられる。
「……何が待てないのですか?」
先程も聞いた台詞だ。そう思いながらゼルダは返答に困っていた。
まさか「あなたをです」なんて言える訳がない。
それにゼルダにはもうどうでも良かった。リンクが来てくれたから。
いま彼女を埋めるのは不安ではなく安堵感。
背中に伝わる温度が心地よい。
しかし、そんなゼルダの心境を知らないリンクは、
「少なくとも、俺では…ないみたいですね」
なんて言い出した。
これにはさすがのゼルダも焦らずにはいられない。
自分の待ち人があなたでなければ誰だというのか……。
リンクの考えがいまいち読めない。
「なぜ、あなたではないと」
「………姫が一番知っているはずです。俺は正面から城に入れないことを」
リンクの言葉にゼルダはハッとした。
彼女の部屋の窓から見えるのは城の広い庭と城門、城下の家の屋根くらいだ。
どんなに懸命に探したところでリンクが現れるハズがなかったのだ。
(それすら忘れていたなんて……)
そう思いゼルダはとある問題に気付いた。
要するにリンクはゼルダが窓辺で人を待っていたため、
自分ではない誰かを待っているものと勘違いしているのだ。
(これは、早急になんとかしなくては)
ゼルダは考えた。ここで素直に「あなたに会いたいあまり忘れていました」
といえば、上手く誤解を晴らし解決できる。
これは言うべきなのだろうが、はたしてそれが自分にできるのか
告白の返事すらまともに出来なかった自分に。
答えはNOだ。考えるだけでも恥ずかしいのに
とても言葉になんか出来ない。
頭の中でその言葉が繰り返され次第に自分でもわかるほど
頬は染まり、緊張して体が強張っていく。
しかし言わなければ最悪の展開が待っているかもしれない、と
ゼルダは自分に言い聞かせた。
口を開き言葉を紡ごうとしたその時、突然背中に伝わっていた体温が離れ、
心地良さは消えた。リンクがゼルダを解放したのだ。
嫌な予感がしてゼルダは振り返った。案の定リンクが自分との距離をとっている。
そして予感は的中した。リンクがゼルダに背を向けて、
「……他に待ってる人がいたのに抱きしめたりしてすいませんでした」
と言うと元来た方へ歩き出してしまった。その足取りはとても速い。
ゼルダは己を叱った。自分が素直にならないからこうなるのだと。
(違う、違うんです!)
いつの間にか反射的に駆け出していた。
「待ってくださいっ」
扉に手をかけ、今にも出て行こうとするリンクに必死に抱きつく。
「なんですか?」
「違うのです!あれは…」
そう言いかけてリンクが言葉を遮った。
「待っている人がいるのでは?俺がいては邪魔ですし」
ゼルダは負けじと否定する。
「邪魔などではありません!!私はあなたを……」
「ああ、気付けず申し訳ありません。待ちくたびれてしまったのですよね」
「それで、俺に相手の代わりをしろと……」
「なっ」
ゼルダは絶望した。相手などいなければ、自分がリンクに慰めなど求めるハズがない。
なのにどうして分かってくれないのか。2ヶ月という長い時間が彼を変えて
しまったのだろうか。