やや熱めの湯がシャワーから勢いよくあふれ出て緑の身体を濡らしている。
気持ちよさげに瞼を伏せ、顔からシャワーを受けながら、
緑は顎をくーっと大きく仰け反らして、そのまま細く長い首へと連なる美しく滑らかな曲線を描きながら、
濡れた髪をオールバックにするようにして後ろに綺麗に流し、
充満する湯気に包まれながら、まるで人形のように身動き一つしないでいる。
――私、何してるの……。
緑は思う。
緑は風太郎とは距離を置くつもりで部屋から出ていくつもりだった。
もう今までのように仲良くしない。茜のためにも身を引こう、そう思っていた。
さらに、職場も辞めて家も出ていく、そこまで彼女は考えていた。
そうしないと風太郎を弄ぶようで可哀想だし、みんなのことも不幸にしてしまう、そう思ったから……。
自分一人が身を引いて、他のみんなが幸せになれるならそれでいい、緑はそう思っていた。
なのに今、緑はシャワーを浴びている。それは単なる入浴行為ではなかった。
これから風太郎に愛されるために、そして風太郎を愛するために、少しの汚れもないように身体を清めようと思っていたのだ。
――茜……泣くだろうな……。
緑はぼんやり思う。
けれどもう止められない、そう思った。
なぜなら緑も風太郎を愛してしまっていたから。
いや、今まで気づかないままでいた、
もしくは気づかないふりをしていた自分の想いに気づいてしまっただけなのかもしれない。
初めて茜の紹介で風太郎に出会ったとき、「可愛いな」と思った。
両親から大事にされて育ってきたのだろう。
どこか抜けたところはあるけれど、心の優しい可愛らしい男の子だ、そう思った。
茜はいい男の子を見つけた、そう思い素直に二人を祝福していた。
それからも緑の望みどおり、茜と風太郎は仲良く付き合っていた。
ただひとつだけ思わぬことがあった。
なぜか風太郎は自分にも懐いてくるのだ。何かと言えば自分に甘えてきた。
そんな風太郎のことを緑はさらに可愛いと思った。
年上の自分に懐いてくれることが嬉しかった。
だから緑は風太郎のことはいつも何かと面倒見ていたし、
この夜も風太郎に飲みに誘われたら、素直に応じて話を聞いてあげていた。
――可愛い弟……。
そう思いながら、緑は風太郎と仲良くしていたのだ。
彼が自分に懐いてくるのはあくまで「姉」として慕ってくれているのだ、そう思っていた。
そんな中での思わぬ風太郎の告白。
緑はとにかく驚いた。
茜と付き合っていながら、まさか風太郎が自分にも好意を寄せているとは思わなかった。
――冗談……でしょ……。
そう思いながら、
けれど同時に胸の奥から言葉に出来ない高鳴りがして、身体の震えを抑えることが出来なかった。
それは緑が初恋をしたときに覚えたあの感覚だった。
しかし、風太郎は茜の恋人だ。
それに彼自身、緑への想いを茜に疑われた際、茜に「好きだ」と伝えているという。
――だったら私が身を引くしかない……。
緑は即座に決断した。
私への想いはこの子の一時的な気まぐれだ。
本当はこの子は茜のことが好きなんだ。
風太郎の思わぬ告白によって起こった胸の高鳴りはすぐに鎮まり、
かわりに言葉に出来ない寂しさを覚えながら、緑は自分にそう言い聞かせ、
そして二人の前から身を引こう、そう思っていた。
それが二人のためだし、茜を悲しませないで済む……。
緑はそう思って部屋を出ていこうとしたのだ。
しかし、それを風太郎は許してくれなかった。
今までに見せたことのないような信じられない形相で襲いかかり、自分を必死に止めようとしてきた。
ぼろぼろと子供のように涙を流して……。
――そんなに私のことを想ってくれてるの……?
涙を流す風太郎に唇を奪われながら緑は思った。
気まぐれのはずだった。
茜のことが好きなはずだった。
けれど、この子は必死になって「いなくならないで」と伝えてきている。
ぼろぼろと涙を流して子供のように……。
とろとろと緑の中で何かが溶けていった。
――ダメ……茜が……。
そう思って心がとろけていくのを緑は懸命に抑えようとしたが、しかし出来なかった。
かわりにどんどんどんどん風太郎への想いが溢れてきた。
――可愛いふー君……いつも私に懐いてくれるふー君……私のことを好きでいてくれるふー君……。
風太郎のなりふり構わぬ乱暴な行動が、
そして風太郎が無様にこぼして緑の頬を濡らしたその涙が彼女の心を変えた。
いや、緑の心を解き放った、というべきか……。
もう心がとろけていくのを緑は止めることはできなかった。
そして何もかもが溶けてなくなったとき、緑は想った。
――だったら、私がそばにいてあげる……いつまでもずっと……ずっと……。
その瞬間、緑の中から茜のことも何もかも消えた。
ただ、今目の前で無様に涙を流す風太郎を懸命に愛したかった。この子を守ってあげたかった。
自分でも驚いてしまうほどの心変わり。けれどそれは嘘偽りない緑の正直な想いだった。
風太郎に対する言葉に出来ない愛しさに緑の胸はいっぱいになり、そのまま風太郎を抱きしめキスしたかった。
しかし両手を押さえられていて抱きしめることもままならない。
それによく考えたら、自分は今夜はシャワーも浴びていて汚い。
そんな状態でこの子に愛されるのは失礼だ。
そう思ったから、緑は一瞬、自分のことを抑える力が緩んだすきに、
風太郎の背中を叩き、伝えたのだ。
「……わかったから……離して……シャワー……浴びさせて……」
それは緑の想いのすべてを込めた風太郎への告白でもあった。
一方の風太郎。
「サー」という緑がシャワーを浴びる音が静かに部屋の中に響く中、
ベッドに腰掛け、がっくりとうなだれていた。
――俺は……なんてことを……。
緑にいなくなってもらいたくない、そばにいてほしい、
そう思うあまり、彼は我を見失ってとんでもない行動をとってしまった。
乱暴に緑を押し倒し、挙句キスまでしてしまったのだ。
それは人間として絶対にしてはならない行為だった。
けれど、シャワーを浴びる直前に緑は風太郎にこう言っていた。
「いいんだよ、ふー君……大丈夫……」
我に返って何度も謝る風太郎の髪をまるで子供をあやすように優しく撫でながら、
緑は優しく微笑んだまま、乱暴を働いた風太郎のことを一切責めなかった。そして、
「シャワー……浴び終えるまで待ってて……」
そう囁くと、緑は寂しげな笑みをたたえたまま静かに浴室に姿を消したのだ。
それが風太郎にはかえって辛かった。
緑は優しい女性だ。
それゆえに無理をしているのではないか、そう思えてならなかった。
――俺は何してるんだ……!
自分のことが許せなかった。
緑に乱暴を働いたことはもちろんのこと、
そもそも茜と付き合っていながら、どうして緑にまで好意を寄せるのか。
それはただの二股じゃないか、いい加減なだけじゃないか、そう思えてならなかった。
ふと風太郎はポケットに入れてある自分の携帯を手に取った。
さっき確かめた時には茜からのメールがあった。
自分のことを心配してくれている健気な茜の想いがそこにはあった。
「……」
風太郎は胸が痛かった。携帯を開く勇気が出なかった。
思えば茜は健気な女の子だった。
風太郎を喜ばせようといつも一生懸命頑張る。
お弁当を作るときはいつも風太郎が喜ぶメニューを考えてくれていた。
風太郎が悩んでいるときは一緒に悩んで話に乗ってくれていた。
そもそも今夜このように緑に相談することを勧めてくれたのは茜なのだ。
――健気なんだ……あいつは……。
風太郎はやりきれないため息を漏らす。
セックスの時もそうだった。
二人とも初体験の中、ガチガチに緊張して決して幸せにその行為は終わったわけではなかった。
茜は口で愛することも満足にできず、思わず噛みついてしまって風太郎を飛びあがらせ、
一方の風太郎も女性を愛したことなど初めてだから上手く出来ず、「痛い痛い」と茜は泣かせてしまった。
しかし茜はここでも健気だった。
なんとか風太郎に悦んでもらえるようにしようと、いつも不器用ながら懸命に風太郎を愛し、
大して上手でもない風太郎の愛撫にも大げさなほどに悦んでみせていた。
――それなのに、俺は……。
風太郎は自分の卑しさには吐き気を覚えた。
緑に、そして茜に対して申し訳ない、と思いながら、
しかし同時にこれからの緑との情事に興奮を抑えきれない自分も存在していたからだ。
その証拠に彼はもう勃起を抑えることが出来なかった。
「最低だ……俺は、最低だ……」
風太郎は小さくつぶやくと、携帯の電源を切った。
そうすることで少しでも茜から距離を置きたかった。
髪を洗い終えた緑はシャワーを出しっぱなしにしながら、
備え付けのポンプからたっぷりとボディーソープを手に垂らし、
それを全身に丹念に塗り広げていた。
うなじから乳房、腰、おなか、ヒップ、太もも、つま先、そして秘められた花弁まで、
ボディーソープのためにぬるぬるになった両手をつーっと左右対称に滑らせていきながら、
全身にたっぷりとぬるぬるしたボディーソープを何度も何度も塗り広げる。
緑の大きな重たげに揺れる二つの乳房ときゅっと張りつめた形のいいヒップ、そして濡れた花弁には、
特に念入りに心をこめて、まるでマッサージをするようにボディーソープを塗り広げた。
左右の乳房に両手を乳首を中心にした円を描くように滑らせ、さらに優しく揉み、
それが終わると片方の乳房をまるでパン生地をこねるようにしてマッサージをし、
ヒップもきゅと突き出して、円を描くように手のひらを滑らせたあと、
黒い草叢を包み込むようにして、右手で念入りに花弁を清めるのを何度も何度も繰り返すのだ。
――綺麗にしなくちゃ……。
それは緑の女としてのプライドだった。
少しでも自分を綺麗にして、愛されたかったのだ。
そしてボディーソープを何度全身に塗り広げたときだろう。
石鹸特有の真っ白な匂いに緑が心地よさげ包まれたころ、不意に声がかけられた。
「緑さん……いいですか?」
風太郎だった。
このホテルはユニットバスだ。
緑はトイレを濡らさないように浴槽に防水のカーテンを引いて、その中でシャワーを浴びていた。
風太郎はその前に立って、緑に声をかけていたのだ。
「何……?」
思わぬ風太郎の訪問に緑は驚いたが、努めて冷静に返事をした。
驚いて見せると彼に余計な気遣いをさせてしまうように思ったからだ。
「緑さん、俺は……最低です……」
風太郎は絞り出すように言った。
「茜がいるのに……緑さんのことも好きで……なのに、あんな乱暴して……。
しかも茜に申し訳ないと思うのに、これからのことに興奮を抑えきれないんです……」
緑はシャワーを出しっぱなしにしたまま返事をしない。
風太郎の葛藤は痛いほど良くわかるからだ。
ただ、緑の方は茜に申し訳ないと思いつつも、
これからのことを躊躇うつもりはなくて、どこか開き直っていた。
もう「倫理感」という名の歯止めが効かなくなっていた、というのが正しいだろう。
しばらくお互い沈黙し、ただシャワーの流れる音だけが響いた。
と、緑がカーテンを開け顔だけのぞかせると、ニカっと笑って言った。
「ふー君、一緒にシャワー浴びよ」
防水カーテンを締め切った狭い浴槽の中で、
シャワーからやや熱めのお湯が降り注ぐ中、風太郎と緑は全裸で立ったまま向き合っていた。
もう、ちょっとでも距離を詰めれば、すぐにお互いの肌が触れてしまいそうだ。
「じゃあ、ふー君のこと洗ってあげるね」
緑は明るく笑みを浮かべると、ポンプを何度も押しながらボディーソープを手のひらに溜めていっている。
「いっぱい綺麗にしてあげるからね。気持ち良すぎててとろけちゃうかもよ」
楽しげにはしゃぐようにして緑は言った。
そんな緑を前に、風太郎はうつむいたままだ。
緑の誘いに乗って思わず服を脱ぎ、浴槽に入ったまではいいが、
いざ緑の裸を目の前にした瞬間、恥ずかしさと興奮と、
そして自己嫌悪に陥りながらも欲望に逆らえない自分に再び強烈な罪悪感を覚えていたのだ。
「どう? ね、私、スタイルいいでしょ?」
がっくりとうなだれたままの風太郎の前で、
そんな風太郎にお構い無しといった様子で、緑は腰の手を当ててポーズをとりながら笑う。
緑の身体にまんべんなくたっぷりと塗られた白いボディソープの一部が、
豊かな緑の乳房へと流れ、そのままねとねとと乳首の先から滴り落ちていて、
それはまるで緑が練乳のような濃い母乳を溢れさせているかのようだった。
しかし、風太郎はうなだれたまま顔を上げることが出来ない。
恥ずかしさと罪悪感からまともに緑を見ることが出来なかった。
「緑さん……俺……」
重々しく顔を上げて風太郎が口を開こうとしたときだ。
「大丈夫だよ。ふー君」
それまではしゃいでいた緑がふっと真顔になり、風太郎をじっと見つめた。
そして、風太郎の頬をボディソープでぬるぬるとなった両手でそっと包み込むと言った。
「私が一緒に堕ちてあげるから……。もし地獄に落ちても私があなたを守ってあげる……ずっとずっと……」
あなたが汚れたというなら、私も一緒に汚れよう……。
あなたが責められるというのなら、私も一緒に責められよう……。
私があなたの苦しみのすべてを受け止めてあげる……。
私があなたをいつまでも守ってあげる……。
どんなことがあっても、風太郎一人を苦しめはしない……。
風太郎へのとめどない想いが溢れた瞬間から、緑はもはや覚悟を決めていた。
とことん彼と一緒に堕ちていくつもりだった。
だから風太郎一人に苦しんでもらいたくはなかった。一緒に苦しんであげたかった。
「み、緑さん……」
緑に優しく頬を包まれたまま、風太郎はぼろぼろと泣きだした。
なんて優しい人なんだろう、風太郎は思った。
綺麗事を言って励ましたりするのでも何でもなく、ただ「一緒に堕ちてあげる」という。
この自分勝手でエゴイズムに溢れたどうしようもない自分と一緒に……。
それは風太郎にとって何よりもうれしい言葉だった。
自分がひどいのはもちろん変わらない。
しかし、緑が一緒に堕ちてくれることで大きく救われる思いがした。
――緑さんがいてくれる。一緒に堕ちてくれる……。
そう思うと、溢れる涙が止まらない。
「おいおいコラコラ、泣くなよー。男だろー?」
緑はそんな風太郎に白い歯を見せて再び明るく微笑みかけると、
「大丈夫だから……私がそばについててあげるから……」
そう言って風太郎の髪を優しく撫でてあげた。
「じゃあふー君も綺麗になろう。ね?」
「は、はい……」
小首を傾げて微笑む緑に、溢れる涙をそのままに風太郎は無様に笑った。
「なんだよ、その顔」
緑はそんな風太郎の額を指で軽くはじくと、けらけらと笑った。
緑は自分の身体にしたのと同じように、
風太郎の身体にたっぷりとボディーソープを塗り広げた。
両手を使って何度も何度も優しく丁寧にねっとりと全身に……。
そのあまりの心地よさに風太郎は息が弾んでしまうのをこらえきれず、
また、興奮して大きくなったものは一層痛々しげに膨張していた。
と、それまで風太郎の胸板を優しく滑ってボディーソープを塗り広げていた緑の掌が、
つーっと胸板を滑り落ちて腹を通過し、膨張した部分を優しく包み込んだ。
「うお、み、緑さん……そこは自分で……」
風太郎は思わず両手で隠した。さすがに恥ずかしかったのだ。
「何言ってんの……。ここも綺麗にしないと……」
優しく瞳を細めた緑は、
「ほら、手をどけて……綺麗にしてあげるから……」
まるで母親が幼い子供に言い聞かせるように囁くと、
そのまましゃがみ込み、そっと風太郎の両手を外した。自然すべてが露わになる。
「うわ、大きい……」
興奮のせいもあって大きくそそり立っている風太郎のものを見て、緑は感嘆の声を上げた。
確かに風太郎のものは並の男のものと比べたら大きいものだった。
「……」
風太郎は顔を真っ赤にしたまま返す言葉が見つからない。
目線をあたふたとさまよわせる。
「あれかな、ふー君が馬みたいな顔だから大きいのかな?」
下から風太郎を見上げながら真剣な顔をして緑が言う。
「え……いや、それは……」
馬は確かに性器は大きいが、しかし、自分が馬面だからと言って、
それがこの大きなものとどういう因果関係があるのか、
そもそも自分は馬面なのか、返答に詰まって言葉をうまく紡ぎだせない。
と、緑はそんな風太郎と見て吹き出すと、
「何、真に受けてんだよ。冗談だよ冗談」
そう言ってからかうようにして彼のものを指で弾いた。
「まったく、立派なもの持ってるのに子供みたいなんだから……」
緑は苦笑いしながら、改めて優しく風太郎のものを包み込んだ。
「う……」
ボディーソープでぬるぬるに濡れたあたたかな緑の両手に優しく包まれた心地よさに、
風太郎は思わずうめいた。