【絶対可憐チルドレン 28th.Sence ナショナル・チルドレン@ OtherSide】  
 
昏睡事件の慰労という名目でスーパー銭湯に来ていたザ・チルドレンと皆本。  
近場で済まされたことに不満を漏らしつつも、三人はそれなりに楽しんでいるようであった。  
──と、不意にチルドレンの前を歩き去る、巨乳を持ったソバージュの黒人女性。  
外国人女性特有の日本人とは別種のボリュームで、浴衣を持ち上げゆさゆさと揺れる乳房。  
そんな強烈なセックスアピールを放つ女性に、三人が興味を示さないはずはなかった。  
女性を追って、三人はもう一度風呂に入りに行った……はずだったのだが。  
 
「──皆本さん」  
「っ!?」  
不意に背後から掛けられた言葉に、皆本は飲みかけの牛乳を吐き出してしまいそうになる。  
慌てて振り向いてみると、そこには紫穂が立っていた。  
風呂上がりのせいか、いつものふわふわの髪の毛が少しボリュームを失くしている。  
──その様がそのまま、紫穂の今の心境を現しているように、なぜか皆本は感じた。  
いつもの笑顔ではなく、どこか無理をしているような。  
「……二人と一緒に行ったんじゃなかったのか?」  
皆本がそう問うと、紫穂は軽く首を横に振る。  
 
「おトイレに行くって言って、先に行ってもらったの。  
 ……ちょっと、皆本さんに聞いてもらいたいことがあって」  
 
「……僕に?」  
紫穂の真剣な口調に、皆本は牛乳瓶を傍らに置いて向き直る。  
それを待って、紫穂はゆっくりと口を開いた。  
 
「あの『未来』、私……見ちゃったの」  
 
『あの』とは、どの事か……などと考えるまでもなかった。  
先の昏睡事件で皆本が無限に突き付けられた未来の姿。  
紫穂の表情を見るに、そのことを言っているに違いないと皆本は直感する。  
息と共に言葉が詰まる。ただ、紫穂の次の台詞を待つしかなかった。  
 
「皆本さんの心の中にね……、伊号おじいちゃんのかけたプロテクトがあったの。ずっと。  
 超度(レベル)7の私でも突破できないくらい強い防壁が。  
 ──……この間までは」  
 
薫は夢の中での告白を、予知の未来の姿を──目覚めたときには忘れていた。  
ただ、皆本だけがその時のことをすべて覚えたままで目覚めたのであった。  
 
──皆本は常にチルドレンを信じ、予知された未来を変えられると信じている。  
──自らの心だけに閉じ込めて、ずっと。  
 
そしてそれは、接触感応能力者(サイコメトラー)である紫穂にその事実を容易に知られることと同意であった。  
「……し、紫穂……」  
皆本の頬を、風呂でかいた汗とは別の冷たい汗が垂れ落ちる。  
超能力者(エスパー)と普通人(ノーマル)が、互いに殺し合う未来──の予知。  
そんな物を見せてしまったということに、皆本に自責の念が高まる。  
つい今まで潤していたはずの喉が突然干からびたように乾いて、言葉が出ない。  
それでもなんとか紫穂に言葉をかけようとした所で、当の紫穂がその言葉を奪った。  
 
「──あれ、は……」  
「いいのよ、皆本さん。判ってるわ。あれは可能性に過ぎないことも、  
 ……皆本さんが私たちを信じてくれてることも。  
 薫ちゃんにも葵ちゃんにも喋ってない。あれは──あくまで可能性だもの」  
 
10歳という年齢を感じさせない、大人びた表情。  
紫穂は、皆本の杞憂をすべて理解していた。皆本の表情に安堵が浮かぶ。  
──が、それも束の間。  
「……でも、ね」  
そう言った紫穂の眉根が悲痛に寄せられる。  
あぐらをかく皆本に縋るようにして抱きつき、顔を胸板に埋める。  
表情を見せまいとするかのように。  
 
「────……私だけ、未来にいないの。……何でかな?  
 ねぇ、皆本さん……。……どうして、私だけいないのかな……?」  
 
薫は「破壊の女王(クイーン・オブ・カタストロフィ)」として予知の中で皆本と対峙していた。  
葵は、街の別の場所から薫に通信を送っていた。  
──しかし、無限に繰り返される予知の中で、紫穂だけがまるで出て来なかったのだ。  
そのことを今更気付かされ、皆本は戦慄を覚えた。  
(……仲違い……? いや、それならまだ良い。もしも──……)  
三人の絆の深さは、昏睡に陥った薫のために満足に寝もせずに見守ってことからも解る。  
そんな三人がいがみ合い道を分かつということは、皆本には想像出来なかった。  
──ならば、もしも。  
 
「……私、あの未来だと……もう、死んで────」  
「っ! バカを言うな……!!」  
その考えは、勿論紫穂も共通のものであったらしい。  
震える口唇でそう紡ぎ出した台詞を、皆本が声を荒らげて遮る。  
そして皆本の両腕が、胸の中で縮こまる紫穂の背中をかき抱いた。  
 
──そうしながら、改めて皆本は予知を思い返す。  
あれだけ幾度も予知を繰り返して、一度も紫穂の名前が出ないことは不自然に過ぎた。  
チルドレン三人の中で、直接自らの身を守る手段を唯一持たない紫穂。  
一番先に狙われるとすれば、それは間違いなく──。  
 
不吉な未来には冷静でいられた紫穂も、変えなければ必ず訪れるだろう数年後の未来に、  
他の皆がいるのに自分がいないということには耐えきれないのか、  
湯船に入って温まったはずの身体をガチガチと震わせて皆本に寄り添う。  
「皆本さん、私、私──……」  
告げたことで恐怖が高まったのか、顔色を青くする紫穂。  
 
「私、そんなのイヤ、……皆、居るのに、私だけ、いないなんて──」  
 
能力のせいもあってか三人の中で一番大人びていて、普段から冷静な紫穂。  
その紫穂が涙を溜めながら自分にすがりつく様に、皆本は唾を飲み込んだ。  
寄り添ったために顔のすぐ下に来た髪の毛から、ふわりと花のような香りがする。  
それに混じって、恐らくは少女特有のモノであろう甘い匂い。  
「やっぱり子供だったんだな」と考える暇などなく。  
むしろ、子供であると自分に強く言い聞かせることを必要とし。  
その弱さがむしろ愛しく。庇護してあげたいと。──僅かな劣情混じりにそう思ってしまった。  
(──……っ! な、何を考えてるんだ、僕はっ……)  
ふと浮かんでしまった考えを振り払い、真面目な思考を取り戻す。  
絶望に震える少女の身体を、皆本は必死に抱き留めた。  
 
「大丈夫だ……! あの未来は必ず変わる。僕は君たちを信じている。  
 ──絶対だ。絶対に……!!」  
 
気の利いた慰めの言葉も浮かばず、そう繰り返す。  
どのくらいの時間が経っただろうか。  
皆本の腕の中にいた紫穂が、俯いたままでぽつりと言葉を漏らした。  
「──信じる、だけ……?」  
「っ……!!」  
か細く告げられた言葉に、皆本はハンマーで頭を殴られたような衝撃を覚える。  
自分がしなくてはならないことを再認し、精一杯の思いを込めて語りかけた。  
「読まれ」て既に伝わっているだろうことを、ゆっくりと噛み締めて言葉にする。  
 
「違う、僕だって出来ることはなんでもするさ……!!」  
「……なん、でも……?」  
「ああ……!」  
「──ホントね?」  
「…? あ、ああ……」  
 
「────そう」  
次の瞬間、俯いていた紫穂がすっ、と顔を上げた。  
その顔に涙のアトはあったが、表情はいつもの微笑で。  
 
「それじゃ、一緒にお風呂に入りましょう?」  
 
──と、嬉しそうに皆本にしがみつきなおした。  
「え!? って、ちょっと、紫穂っ!?」  
一気に混乱させられたのは皆本である。  
真面目な話をしていたはずが、いきなりコレなのだから無理もないが。  
「紫穂、っ……君は……」  
当惑のまま問い掛ける皆本。ウソだったのかという落胆が、読まなくても顔に書いてある。  
それを読み取ったのか、紫穂は意地悪そうな微笑みを浮かべる。  
 
「全部本当のことよ。私が見たことも、全部。皆本さんが見た結末も……薫ちゃんとの新婚生活も」  
「し、しんこ……っ!?」  
その言葉に硬直する皆本を強引に促し、男湯へ歩みを進めていく二人。  
 
「このままにしてると、未来で二人だけ「ああ」なるのよね?  
 それは、阻止しないといけないし。皆本さんは「何でもしてくれる」って言ってくれたし」  
 
だから、もっと皆本との仲を深めておかなくてはいかないと。  
だから、まずはお風呂なのだと。  
 
いささか論理性に欠ける気はするが、そう言い放った。  
「し、紫穂っ!? 男湯だぞ!? 判ってるのか!? は、恥ずかしくないのかっ!?」  
 
兵部に突き付けられた「このロリコンムッツリ助平」と書かれた写真のことも思い出し、  
嫌な汗をダラダラと流しながら思い止まってくれるよう進言する皆本。  
だが、皆本に返ってきたのは、頬を赤らめて上目づかいに見上げる──  
紫穂の、KO級の一撃であった。  
 
「そりゃあ……恥ずかしいわよ? とっても。だから、皆本さん。  
 皆本さんだけが見れるように──――ちゃんと、私のハダカ、隠してね?」  
 
屈ませた皆本の耳元に熱く囁きかける言葉に、皆本の中の何かが切れた。  
夢遊病者のようにふらふらと動いたかと思うと紫穂を積極的に伴い、男湯へと歩を進めていく。  
──その右腕に腕を絡ませた紫穂に伝わってくる皆本の心のナカは、  
使命感や劣情や愛情のようなものががないまぜになって、渾然一体としていた。  
自分に向けられる、そんな感情の奔流にさらされてぞくぞくと身震いをさせながら、  
紫穂は一瞬だけふい、と皆本から顔を背けると、  
 
「──薫ちゃんとだけ幸せになろうったって、そうはいかないんだから」  
 
悪女の笑みと共に、そう呟く。  
そして二人は『男湯』と書かれたのれんをくぐって行くのであった。  
 
 
つづく  
 
 
 
【おまけ】  
 
 
──そうして、紫穂が皆本に連れられて男湯の脱衣所へ足を踏み入れたその頃。  
 
「……紫穂、遅いなー」  
「……ひょっとしたら、大きい方なんちゃうかな」  
「そーかもなー」  
 
もうもうと湯煙の立ち込める女湯の湯船に浸かった薫と葵は、  
実は合衆国エスパーチームの一人である黒人女性の大きな胸を肴にそんなことを話していた。  
 
 
おわり  
 

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