なあ、と一声かけただけで黒巻は葉の意図を察したようだった。
かったるそうに赤毛の若者の全身を見回す彼女の口から、くちゃくちゃと粘着質の音が廊下に響く。
己に声をかけてきた相手への興味も情も窺えない、冷めて乾いた眼差し。それが不意に葉の前から外され、
廊下の壁に向けられた。血の気の薄い唇が開き、口腔内で丸めたガムを傍のゴミ箱へ吐き出す。
それから彼女は視線を葉へ戻し、空っぽになったばかりの口を開いた。
「十万」
それが合図だった。
カタストロフィ号において、幹部とそれ以外のメンバーとの居室に差異はほとんどない。
それだけが原因ではないのだろうが、黒巻は久々に訪れた葉の部屋の内装を眺めることはせず、白けた瞳で
ベッドを見下ろすだけだった。その手は入室するや否や己の服にかけられ、上着のファスナーを下ろし始めて
いる。
普通ならそのような態度は男の劣情を打ち消してしまいかねない。
だが、自分も服を脱ぎながら相手を注視する葉にとって、黒巻の割り切った考え方は好ましいとすら思えるもの
だった。
いつものように金でオカズの売買をするのと何ら変わらない。今回は彼女自身が取引の対象となり、男の欲望を
満たす助けをするというだけだ。
ただ、葉は「もっとムードのある脱ぎ方をしろ」とだけは常から思っていた。
といっても、黒巻にそれを期待するだけ無駄だと知っているので、その要望を彼が口にする事はない。
黄色がかった電灯の下に、彼女の透けるように白い裸身が浮かび上がる。
ほどよく膨らんだ乳房。柔らかそうな二の腕と腹、そして真っ直ぐ伸びた脚。特別引き絞られてもいない、
ごくありきたりな中肉中背の女の肉体だ。
それでも、長く船の中から出られない時には最高に重宝する――と葉は彼女を評価している。
葉が無言でベッドに腰掛けると、黒巻は自ら彼の足下に膝をつき、男の股間に顔を埋めた。冷たい掌が
肉棒を持ち上げたかと思いきや、次いで熱く濡れた舌先が亀頭の先へ触れる。柔らかく先端を包む感触に、
そろそろ自家発電だけでは抑えきれなくなっていた陰茎はみるみる内にその硬度と温度を増してゆく。
直後、葉が僅かに眉を寄せる。黒巻の口が更に大きく開かれ、亀頭の先を咥え込んでいた。
厚みのある唇がやわやわと先端を刺激した後、深く肉棒全体を呑み込む。唯一彼女の身体で熱を宿す口内で
うねる舌が竿の裏側を舐め回して凹凸を抉る。
躊躇もなければ遠慮もない、ひたすらに『実用的』な口淫だった。
ついでに言うと色気もない、と下腹に集まる快楽と昂りとを感じながら葉が胸中で嘯く。具合がいいのは
確かだ。自分の手やオナホールなんかとは比べ物にならない。
しかし黒巻の表情は、息苦しさからか欲情からか、頬こそ微かに赤みがかってきたものの、瞳の中は未だ
冷め切ったまま。
もう片手の数を越えてしまった彼女との性交。一発十万、本番は二十万。
そんな割高な価格設定でも文句も言わず支払っているのは、葉の懐具合が一般の若者より暖かく、黒巻の
存在が彼の(下半身の)生活に必要不可欠だからではあるが、そろそろマンネリの気配が漂ってきている。
口と本番を一回ずつがいつものパターンである。
機械のように精を絞って終わり、ではなくそれ以外にオプションが欲しいところだった。