どこにでも居りそうな、けれども珍しい娘の話です。  
 三つ編みのおさげが愛らしいその娘は、いつも包帯だのギプスだの三角巾だのを  
巻き付けた痛々しい姿で学校に通っておりました。腕が治ったら今度は足、目が  
治ったと思ったら肋といった具合に、普段からどこかに傷を創っていたのです。  
 彼女が包帯もギプスも付けずにいる所を見たという生徒が、学校には一人も  
おりませんでした。彼女が頻繁に傷を負っていた理由も、誰も知りませんでした。  
 教師である、この私もその一人です。新任の教師である私は最近ようやく生徒の  
名前を覚えたばかり、とても生徒達の家庭の事情まで把握するには至っておりません。  
あまつさえ最近は同僚の甚六先生から過剰な期待を寄せられるやら、引き篭もりの  
女生徒を学校に連れ出そうとして死にかけるやら、思い込みの激しい女生徒に  
付き纏われるやらで、自分の抱える問題だけで手一杯な状態です。とても生徒の  
怪我にまで注意を払うような余裕などありませんでした。  
 その間にも学校では、彼女の怪我について色々な噂が飛び交っておりました。  
ある生徒は虐めが原因だと云い、ある生徒は援助交際に纏わるトラブルと語り、  
またある生徒は痴情の縺れたどしたり顔で話します。  
 けれども一番説得力を持って実しやかに囁かれた噂は、おさげの彼女が父親から  
虐待を受けているのだという事でした。スクールカウンセラーの新井智恵先生は私に、  
担任として事実を調べるようにと断固とした恐い眼差しで告げました。  
 私は渋々承諾して商店街に出かけ、父親を発見して調査を開始しました。  
 書店でスーツ姿のままいぢこ100%を買ったのは意外に思えましたが、しかし虐待の  
確たる証拠は全く掴めませんでした。  
 
 けれどもその途中、思わぬ所で彼女が負った傷の原因を突き止める事が出来ました。  
 智恵先生から突然呼び出しを受け、私は調査を中断して動物園に駆け付けました。  
虎のケェジに私の生徒が落っこちてしまったのです。虎は頭にコブを創った制服姿の娘を  
じっと見据えながら、前足を低く屈めています。鳴き声一つ上げません。  
どうやら腹を空かせている按配です。おそらく彼女――可符香さんを喰うつもりなのでしょう。  
 いくら私が教師だと云っても、ケェジに降りて可符香さんを助け出す訳には行きません。  
袴を身に着けていれば動きも落ちるし、二人とも喰われるのが関の山です。  
 智恵先生もそれは判っているのでしょう。私の横で血相を変えて様子を見守る以外に、  
智恵先生は何も出来ませんでした。普段から沈着冷静な彼女にしては珍しい表情です。  
 そんな悠長な事を論じている場合ではありませんでした。私の生徒が虎に喰われる  
瀬戸際なのです。誰か親切な人が虎の飼育係を呼びに行ってくれたようですが、その  
飼育係が到着する気配はまったく窺えません。  
 可符香さんは私の姿を見つけると、自分なら大丈夫だと逆に私を笑顔で励ましてくれました。  
「金剛明経という仏教の本に『捨身品』という章があります。空腹の虎に自らの体を  
 食べさせて、来世でお釈迦様になったという尊いお話です。だから――」  
「だから何だと言うのですか?」  
「だから虎に食べられても大丈夫!私、来世で神になれるから――」  
 語尾がかすれて、最後の方は私には聞き取り辛く感じました。可符香さんは遠目にも  
判るほど、目に涙をいっぱいに溜めております。最期の最後までポジティブであろうと  
するのは、さすがの可符香さんにも無理があったのでしょう。  
 
 虎が右の前足で地面を掻き毟りました。腹の底に響く声で吼えながら、虎は可符香さんを  
覆うように勢い良く立ち上がります。体長は三メェトルはあった事でしょう。  
 智恵先生が手で顔を覆いました。私も血肉が飛び散る凄惨な光景を予想して観念します。  
このような事態に対して、私たち教師というのは全員無力なのかも知れません。  
 ――これが本当の私なのか。結局誰も救う事が出来なかった――  
 宙を舞った虎がまるで静止したように緩やかに、しかしあくまで尾を引く残像を見せぬ  
鮮やかな動きで可符香さんに接近します。恐怖の為か可符香さんが力なくその場に崩れます。  
 虎が右前足を振り被りました。爪の一撃で獲物を仕留めるつもりなのでしょう。  
 永劫にも思われる時を経て、いよいよ可符香さんが喰われる――と思った刹那の出来事です。  
 裏返った女の子の声がケェジの周囲一帯に響き渡りました。  
 
「おいで、ラインバックおいで♥」  
 
 時を同じくして私の耳に野次馬の騒擾が戻り、視界には智恵先生の立ち姿を捉えます。  
 虎はいつ体勢を入れ替えたのか、口から泡を吹く可符香さんの鼻先に着地しておりました。  
そして背後を慌てて振り返ります。全身傷だらけの少女が、餌の入ったバケツを持って立っています。  
 例の虐待を受けていたと噂されていた娘でした。何故彼女がこんな所にいるのでしょうか。  
 いやそれよりも――  
 彼女も喰われるか――私たち見物していた衆がそう思っていたところ、虎は急いで彼女に  
駆け寄ると、猫のような甘えた声でじゃれ付きました。よく見ると虎の表情が、印度大陸最強の  
肉食獣からやんちゃな仔猫のそれへと豹変しているのが判ります。  
「よーしよし、いい子ねラインバック」  
 彼女も手馴れた様子で抱き返します。どうやら彼女が虎の飼育係だったようです。  
 気絶した可符香さんを他所に、虎のラインバックと少女は抱き合ったまま地面をごろごろと転がりました。  
私たちはほっと胸を撫で下ろし、暫しその微笑ましい光景を暖かな眼差しで見守ったのですが――  
 ぽき――  
 骨の折れる嫌な音が聞こえ、私は思わず顔を顰めました。  
 
 可符香さんも無事救出された所で、智恵先生と私は彼女から事情を聞き出しました。  
 それによると彼女は動物が好きなあまり、動物園でアルバイトをしていたとの事です。  
傷が絶えないのも虐待を受けていたのではなく、猛獣とじゃれ合って負傷したのでした。  
危険ですので高校生のアルバイトとしては問題がありますが、私は取り敢えず虐待が  
無かった事には安堵を覚えました。  
 隣をさり気なく窺いますに、智恵先生も常の落ち着きを取り戻したようです。  
普段の物腰に戻った智恵先生は、納得した面持ちで言いました。  
「動物と触れ合う事で心が癒されるという訳ね。確かに最近の精神医学上においても、  
アニマルセラピーの効果は注目されているけど」  
 アニマルセラピー――アニマルさんが癒す事ではないかと思って、私は口を挟みます。  
「つまり浜口京子の事ですね。あんな偉大な父親に褒められたら、確かに効果がありそうだ」  
 言い終えた途端、智恵先生は私に目を向けて怪訝な表情を作りました。少なくとも  
私の想像は間違っているのだと、彼女の目からそう判断出来ました。  
 
 糸色先生――智恵先生は何事も無かった風に私へと呼びかけます。私の我儘を許さない、  
毅然としたあの目をしております。蛇に睨まれた蛙のごとき萎縮した心境になりながら、  
私は彼女に神妙な態度で返しました。  
「とにかく一度この娘の家に行って、父親と話をしてきてくれませんか」  
「なぜですか?別に家庭内で虐待があった訳でもないのに」  
智恵先生は何も判っていない、と言いたげに首を横に振りました。  
「確かに動物と触れ合うのは良い事です。けどやはり高校生が猛獣と直接触れ合うのは  
危険が大きすぎるでしょう。普通の父親なら娘がそんな危険な目に遭う事を黙って見過ごす  
筈がありません」  
 だから彼女は親御さんに内緒で飼育係のアルバイトをしているのではないか、智恵先生は  
そう言いました。私には教師としての立場から父親に娘の事情を説明して欲しい、との事です。  
 私は生徒思いの熱血教師と傍から見られるのが嫌なものですから、内心で智恵先生の提案に  
軽い反発を覚えました。けれども彼女の目は、小心者の私には大変恐ろしく感じられます。  
 その場で渋々承諾した所、動物好きの彼女がやった、と小声で喝采を挙げたように聞こえました。  
 
 そういう経緯で、私は急遽彼女の家庭訪問を行う事になりました。  
 半ば浮かれ気分でいた彼女の案内で、閑静な住宅街にある一軒の家の前に辿り着きます。  
一見したところ彼女の家は、どこにでもありそうな一戸建てでした。別にこの街でなくとも、  
例えば名古屋の住宅街にあったとしても、別段不自然ではないように思われたでしょう。  
 しかし――  
 私の頭髪が一本、風もないのに逆立ちます。  
 上機嫌で私の手を取り、敷地に上がるよう促す彼女を呼び止めました。  
「やはり親御さんが帰宅してからの方が宜しくないですか。若い娘が誰もいない家に男を  
上げると云うのは、やはり相手が教師であっても憂慮すべき事だと思いますが」  
 口ではこんな事を申しますが、私だって男の一人です。年頃の美しい娘を前にすれば、  
どうして心躍らぬという事態が有り得ましょうや。それに社会的にも道義的にも許されぬ  
願望ではありますが、密かに美しい娘との心中さえ浅ましくも望んでいる有様です。  
 
 私が清廉な教師にこそ相応しかろう言葉を口にしたのは、この家から何となく漂う違和感を、  
恐らく自分でも気付かない、意識の俎上にも上らぬレヴェルで感じ取った故でしょうか。  
 上がってはならぬ――心の何処かで踏切のそれにも似た警笛が鳴ります。  
 まあ先生――彼女は私の内面を全く考慮しない、朗らかな笑顔で応じました。  
「先生は古風な格好をしてますけど、考え方も古いんですね。先生がそんな事を私にする訳  
ないじゃないですか」  
 それに父ならすぐに帰って来ますから、それまでお茶でも飲んでゆっくり待って下さいよ――  
彼女はそう言ってぐいと手に力を込め、私を強引に玄関へと上げます。  
 下駄を揃えて脱ぎ、彼女に手招きされて居間に向かった私は――  
 
 言葉を失いました。   
 
 ――リカオン  
 ――イリオモテヤマネコ  
 ――ココノオビアルマジロ  
 ――フェネックギツネ  
 ――ライオン  
 ――ミケネコ  
 ――チワワ  
 ――ベンガルタイガー  
 ――コモドドラゴン  
 ――ピューマ  
 ――ユキヒョウ  
 ――ノウサギ  
 ――ミシシッピアリゲーター  
 ――ウマ  
 ――アライグマ  
 ――アフリカゾウ  
 ――アフリカノロバ  
 ――トウブダイヤガラガラヘビ  
 ――ニホンザル  
 ――ドクリス  
 ――ヤマネ  
 ――タンチョウヅル  
 ――ハローハリネズミ  
 
 居間の壁という壁から、  
 みっしりと  
 無数の動物のしっぽが隙間なく生えていました。  
 家の前で感じた違和感の正体は、おそらくこれら動物のしっぽだったのでしょう。  
 
 「――これは?」  
 覚束ない足取りで吸い寄せられるように壁に近付き、柔らかな黒い毛が密に生えた一本の  
しっぽを手に取ります。その光沢と手触りから、まるで生きているように感じました。  
 手の中で動いた――そんな気がして思わずしっぽを手放し、隙間無くしっぽが生えた壁を見渡します。  
 空間がぐにゃりと歪んで、赤白黒青と出鱈目で毒々しい色彩の触手が、私を捕らえようと  
手招きして蠢いているようにも見えました。どうやら私は立ち眩みを起こしたのでしょう。  
 柔らかく生温かい動物の消化器官に入り込んだとしたら、やはりこんな気分になるのでしょうか。  
「いま先生が触ってたのが、クロシロエリマキキツネザルです」  
 視界から外れていた娘が、いきなり私の側で説明を加えました。心臓が縮んだ気がいたします。  
どうやらこの居間は、人と人との距離感すら容易く狂わせてしまうらしい。私は眩暈を我慢しつつ  
彼女に問いました。  
「そうではなくて、なぜ壁からしっぽが生えているんですか?」  
 もちろん私が好きだからですよ――彼女はやや興奮した面持ちで自慢げに応じました。  
「私、動物のなかでもしっぽが大好きなんです。あのぴょこっとした感じがカワイイじゃないですか。  
だからつい引っ張ってしまうんですけど、動物が嫌がるみたいでよく反撃されるんです。  
虎のしっぽを引っ張って噛み付かれた時は、もうダメかと思いましたよ」  
 そう云うと彼女は明るく哄笑しました。  
 成る程――彼女が負傷したのは、猛獣に嫌がられた事が原因だったのかと妙に納得が行きました。  
それにしてもこのしっぽ、見ても触っても本物そっくりに感じられます。と言うより全て本物では  
ないか、そのような疑念が私の中で頭を擡げました。  
 私が問うと、彼女は平然と答えます。  
「大丈夫ですよ先生。いちおう全部作り物って事になってますから」  
 ――いちおう、なっている。  
 不安を煽る答え方です。彼女が動物のしっぽを引き千切り、その傷口から血が滴っている様子すら  
頭に浮かんでしまいます。私は自分自身の想像した光景に吐き気すら催しました。  
 彼女が心配そうに私の顔色を覗いました。  
 
「大丈夫ですか先生?私いい物持って来ようと思うんですけど、ちょっとここから出てもいいですか?」  
 気分の悪い私の為に洗面器でも持ってきて呉れると云うのでしょうか。だとしたら殊勝な心掛けです。  
私が頷くと彼女は嬉々とした様子で居間から飛び出て、程なく何か紙切れを手に戻って来ました。  
 彼女は紙切れを私の眼前に広げてみせます。それは蛇のように細長い墨蹟でした。  
「見てくださいよ先生。これ、私のしっ拓コレクションです」  
 しっ拓とは――それが何なのか解らなかったので私は訊きました。  
「しっぽの拓だからしっ拓ですよ。魚だったら魚拓っていうでしょう」  
 私はそれを聞いて、しっ拓とは彼女の造語であると理解しました。  
 それを言うなら、尾の拓だから尾拓と呼ぶのではないでしょうか。識者たちが国語能力の低下を  
憂う昨今ですが、真逆こんな所で日本語の崩壊を目の当たりにするとは思いませんでした。  
 しかしここは学校ではないし、況して今は授業中でもありませんから、彼女の日本語のおかしい点を  
指摘する気にはなれませんでした。それよりも立て続けに奇怪な物を見せ付けられ、眩暈と吐き気に  
加えて頭痛まで催してきました。  
 無礼を承知で手近に合ったソファに身を横たえます。しばらく横になって身体を休めておりますと、  
幾分和らいだ心地になって、心配そうに私を見遣る娘に対して声をかける位の余裕は戻りました。  
「君は本当に動物のしっぽが好きなんですね」  
 精一杯皮肉に云ったつもりでしたが、娘は恨み言と取らなかったようです。娘は莞爾としてさも  
得意げに返しました。  
「ええ先生。私いつか世界中の動物のしっぽを引っ張って回りたいんです。自慢じゃありませんけど、  
すでに町内のネコで私にしっぽを引っ張られた事のない子はいません」  
 それは確かに自慢できる事じゃありませんね――呆れた口調で私が云い、二人のいた居間に暫しの間  
沈黙した空気が流れました。  
 
 その場の気不味さに耐えられず顔を顰めていたところ、娘は毛皮のソファに伏したままの  
私を凝視して、唐突にぽつりと漏らします。  
「先生って――」  
 考え込んだ彼女の瞳が、心なしか輝いていたような気がいたしました。私はなぜかそんな  
彼女に対し、薄ぼんやりとした不安を抱きます。一体何を考えているのか、心の奥を読み  
透かそうとしても適いません。  
 次に彼女が口を開くまで、私はぴんと張り詰めた時間を息を止めて遣り過ごしました。  
「先生って、どんなしっぽが似合うんだろう?」  
 そう言って彼女はきゅん、と愛らしく肩を窄めて見せます。  
 えっと愚鈍に応じました処、娘はソファに臥したままでいた私の上へと覆い被さり、  
逃れる間もなくがっしりと押さえ込みました。  
 
 ここまでに至る話と比較して、余りにも唐突な展開に私は戸惑いました。娘は抗う術も知らぬ  
私の唇を電光石火の素早い動きで奪ったかと思うと、しきりに身体を擦り付けて来ます。  
教師と生徒との間に有るまじき行為である、と私は彼女の肩に手を掛けて引き離そうと試みました。  
 しかし――  
 手負いの状態であるにも関わらず、娘は存外に力がありました。考えてみれば日々猛獣と戯れて  
いるのですから、私ごとき末成り教師の力など娘にとっては意にも介さぬ物だったのでしょう。  
否応無しに彼女と密着している内に、私は自分が決して道徳的には許されない劣情を催している事を  
はっきりと自覚いたしました。  
 私の陽物が袴の中で大きく膨れ上がり、娘の下腹部に当たります。たかがキスくらいでと思われる  
方もいらっしゃるでしょうが、しかし発育の良い女子高生の柔らかい身体と甘い匂いに包まれた男が、  
自らの意思で以って本能的な生理反応を制御できるものでしょうか。  
 
 唇が離れ、私は大きく息継ぎをして娘を諭しました。男性としての部分が反応した事を誤魔化そうと  
して、声に少々苛立ちが篭っていた事を記憶しております。  
「いけません、お父上が帰宅されたらどうなさるおつもりですか?!」  
 娘は赤らんだ顔を上げ、蕩けた目で私を見つめて云いました。  
「大丈夫よ、家の父ならもう一二時間は帰って来ませんから。父は買い物に時間を掛けるんです」  
「そういう問題じゃありません!大体あなたは男性教師を家に引き込んで、一体何をするつもりで  
いるんですか?」  
 何をって――娘は逡巡の後、ゆったりとした口調で答えました。  
「先生にしっぽ付けるのよ。だって先生可愛いんだもの、しっぽを付けたらもっと可愛くなるに  
決まってるわ。先生はどんなしっぽがいいですか――」  
 
 ――ピカチュウ?  
 ――ゴヂラ?  
 ――それとも火の鳥?  
 
 一つ一つ尋ねる度に、穏やかな笑みを湛えた包帯だらけの顔が近付きます。私は底知れぬ恐怖を  
彼女に覚え、無駄とは知りつつも彼女から逃れんと手足を泳がせました。  
 ブラックデビルのしっぽなぞ付けられた日には、私はどんな顔をして教壇に立てば良いのでしょう。  
一刻も早く彼女の腕の中から、否この家から脱出を図らねばなりません。しかし娘はそんな私の  
動きを読んでいたのか、むずがる赤子のおしめを取り替える如き的確な動作で私の腰帯を解きます。  
 抵抗虚しく袴を脱がされ褌も取り払われ、劣情で膨れ上がった私の陰茎が、元気の良い姿を  
娘の前に晒しました。下半身裸の無様な自分に、死にたくなる程の恥辱を覚えます。  
 娘はそれを凝視して一瞬躊躇った後、再び私に覆い被さって肩を抱きました。そして自らの腰を  
私の固くなった陽物に押し付けたのです。思わず腰で押し返した所で、毛皮から離れた私の裸の臀部を  
何か冷たい物が走りました。  
 次の刹那――  
「痛いっ!!」  
 菊座に体験した事のない異物感と激痛を覚え、私は喉を仰け反らせて声を振り絞りました。  
尻をソファの毛皮に降ろすと、私自身の体重でそれがより深く内部に押し込まれるのが判ります。  
横向けに寝かせる事で、僅かながら痛みが和ぎました。娘は知らぬ間に私から離れてソファの横に  
立ち、息も絶え絶えの私を満足そうに眺めておりました。  
 
「やっぱり先生可愛い――動物みたい」  
 娘の言葉が何を意味しているのかと戸惑いながら、私は菊座に覚えた異物感の正体を探るべく  
尻に手を回しました。何やらふさふさとした物が菊座から外に向かって伸びているのを確かめます。  
兎に角引き抜こうとした刹那、猛獣をも平伏させるような激しい叱責が飛んできました。  
「しっぽ抜いちゃ駄目!!」  
 ――しっぽ?!  
 私は目の前から光が失われて行くような絶望感と、身体中の血を失ったかの如き脱力感を覚えました。  
己の目で確かめる事は叶いませんが、しかし私が尻からしっぽを生やしているのは今や明らかでした。  
 
 女子高生の前で男の下半身を晒しただけでも精神の均衡を揺らがせる程の出来事だと云うのに、  
私はその上菊座にしっぽまで挿入されたのです。  
 教師として否人間としての尊厳を破壊され、死にたいという気分にさえなれませんでした。  
 私は普段から自死を試みておりますが、それはあくまで人間としての死を望むが故の行動です。  
今死ねば私は、しっぽの生えた変態教師としての恥辱を墓碑に刻まれてしまう事でしょう。そして  
本来の命日ではなく毎年紫陽花が満開となる季節になると、墓標の前に教え子が集まって私の死を  
嘆き悼むのです。  
 
 桜桃忌ならぬ、しっぽ忌として――  
 
 恥ずかしいやら情けないやらで涙が湧き上がります。下半身裸の見苦しい姿のまま、私は  
どうする事も出来ずに固まっていました。  
 こんな時にも関わらず私の陽物は猛々しく反り返り、直腸の中で蠢くむず痒さと同じ周期で  
ぴくぴくと脈打っております。所詮私も生理現象に支配される動物でしかないのだと悟りました。  
 どうにでもなれ、と放心しておりますと、娘が私の腰あたりで屈んで陽物を凝視しております。  
何をする気なのだと私が自棄気味に尋ねますと、娘は小さく微笑んだ顔を私に向けました。  
「これもぴょこっとしてる――先生」  
 おずおずと手を伸ばし、彼女は秘宝に触れるが如く慎重な様子で陽物に指を宛がいました。  
 甘美な痺れが陰茎に走り、私は情けない声を上げて腰を引きました。勃起しているとは雖も、  
触れられただけで性感を覚えるのは初めての事です。おまけに直腸のむず痒さが陽物に連動し、  
それが私の脊髄を遡上して脳髄を揺らしました。  
 
 娘は何が起こったのかと驚いて飛び退きましたが、それが収まると今度は感動気味に呟きました。  
「すごい――先生そんな風になるんだ」  
 最初は片手で、次は両手で、彼女は夢中になって陽物を弄ります。そう云えば彼女がしっぽを  
好きになったのも、ぴょこっとして可愛いからだと聞いておりました。  
 つまり私の物が可愛いと云われたも同然です。娘が自分の性器に嫌悪感を持たなかった事に  
安堵する反面、可愛いと云われて男としての自信を失う虚しさもあり、複雑な心境がいたします。  
 陽物に向けられた娘の眼差しを眺めていると、熱と真剣味を徐々に帯びて来ているのが判ります。  
ただ女子高生の拙い指使いだけで達する事は難しく思えました。もどかしくは思いますが、  
しかしその内に彼女が飽きて私を解放してくれるだろう、という何ら根拠のない期待を  
心のどこかで抱いたりもします。  
 
 やがて彼女が私から手を離しました。少考して後、いきなり半袖のシャツを脱ぎ始めました。  
私は逃げる事も忘れ、地味な下着に包まれた発育の良い二つの脹らみを凝視してしまいます。  
乳房の肌地は極めが細かく、手で押したら突き立ての餅のごとく押し返して来そうです。彼女が軽く  
屈んで後ろに手を回し、揺れる乳房の先端に色素の薄い先端が姿を現します。娘は更に革の腰帯を  
解き、デニム地の長穿きを足首まで下げてから蹴るように脱ぎ払いました。  
 動き良さそうな下穿きを残して裸になった娘の身体を、私は改めて食い入るように観察しました。  
女子高生としては豊かに実った胸に対して腹部の周りは細く、縊れた腰から下に目線を辿れば  
雌鹿のようにすらりと引き締まった脚が体重を支えておりました。運動量の多い生活の賜物でしょうか、  
娘の身体付きは健康的かつ均整の取れたものです。  
 私の視線に気付いたのか、娘はほんのりと顔を赤らめて乳房を両腕で抱えました。  
「あんまり見ないで下さいよ先生。恥ずかしいんだから」  
やや上ずった声でそんな言葉を溢します。劣情も露な私の視線から女人のふくらみを隠そうと  
試みたのでしょうが、そうすると腕が乳肉に食い込んで谷間が寄り、余計に私の官能を刺激します。  
 
私は再び首を擡げた陽物と直腸での脈動に呻き声を上げました。それでも堪えつつ娘を叱ります。  
「恥ずかしいのだったらすぐに止めなさい!何考えてるんですか君は?!」  
「何って――」  
 戸惑う気配も見せず、彼女は艶やかな微笑みを浮かべました。  
「スキンシップよ。動物と解り合うには、それが一番効果的なんだもの」  
 
 既に僅かばかりの矜持を粉々に砕かれていた筈なのに、彼女の一言で胸の痛みが再び押し寄せました。  
確かに菊座から尻尾を生やした無様な姿ではあれど、人間の端くれ程度には己を認識しておるつもりです。  
 それが動物呼ばわりされるとは――本来は憤怒として顕れるはずの感情が、それと等価の深い悲嘆と  
なって私を苛みます。強いて喩えるなら、砕かれた心をさらに踏み躙られたと云うべきでしょうか。  
「誰が動物ですか!いいから早く私を帰して下さい!」  
そう反論したものの、欲望に苛まれる男性器を露にしたままでは説得力の欠片もありませんでした。  
 案の定彼女は私の意思を無視するように、膝を持って脚を広げます。  
 その間に入り込んで身体を横向けに寝かせた彼女の二の腕を、私は本能的に内股で掴みます。  
 娘は僅かにたじろぎましたが、すぐに桜色に上気した胸の柔肉を両手で持ち、小刻みに震える  
陽物を挟んで一緒に揉み込んだのでした。  
 
 手で扱かれるのとは違い、娘の乳房は私の強張りを見た目通りの柔らかさでもって優しく包みます。  
指で扱かれた時の戸板の如き堅い性感とは違い、真綿の如き分厚く深い娘の乳肉は、それ自体が  
私にとって甘美な罠であり拷問でした。菊座の痛みが痺れに変わり、心地良く感じます。  
 時がこのまま過ぎればいい、とさえ私は思いました。靫葛に捕獲された虫は夢現の狭間に意識を  
委ねたまま身を溶かされて行くと申しますが、その時は捕食される者の心地良さが理解できました。  
 まるで私の陽物と一体になろうとするかの如く、娘は上下に揺り動かし時折挟む力加減を変え、  
次第に行為そのものへと没頭して行きました。  
 
 息遣いが大きくなるにつれ、娘の声には房事の時に屡耳にする高い物が混じります。  
 下腹から男根の付け根にかけて荒い吐息が掛かり、私がそこが気になって下を見遣りました。  
俯いた娘の頭越しに押し潰された乳房が窺え、その隙間では私の亀頭が彼女の柔らかさに身を  
委ねつつ、控えめに姿を現しておりました。  
 娘は鎖骨に掛かったお下げ髪を肩の後ろに撫で払います。  
 そして困ったような上目遣いで、瞳を射抜くように見詰め返して来ました。  
 
 正常な心拍が衝撃で大きく揺さ振られ、それが暫し尾を引いて呼吸を煩わせます。 娘の妖艶な  
笑みは私の肉体的な部分のみならず、精神までも虜にしてしまったのでしょうか。  
 乳房の尖った先端が姿を現し、娘は乳で私の陽物を挟みながらもそれに指先を這わせ、快楽を  
貪る行為に溺れた様子で尋ねました。  
「どうですか先生――嬉しい?」  
 嬉しいも何もありません――そう言って私はぷいんと首を背けます。  
 嘘でしょう――娘は両の乳房をぴったりと寄せ合い、その手の指先で乳首を弾いて肩を震わせます。  
「先生の、私の胸の中でぴょこぴょこ言ってるもの。動物は嬉しいとしっぽで反応するんだから」  
 娘が喘ぎ喘ぎ言う通り、私の物が女人の肉体に触れる喜びで脈打っていたのは事実です。ですが――  
 私のそれはしっぽではありません――私は目に涙を浮かべて精一杯否定しました。娘は無言で  
胸を私の陽物から離し、お下げ髪を後ろへと鬱陶しげに払います。首を屈めながら一言、  
「キスしちゃおう、っと」  
 張り詰めて表面に光沢すら走る陽物の先端に、娘は軽く唇で触れました。  
 私は大きな叫び声を上げながら立膝を泳がせます。  
 その間に私の先端は暖かな滑りに飲み込まれ、軟体動物の如き動きで絡み付く舌の肉感に愛撫を受けます。  
 私の意志を無視し、独立を図ろうとするようにびくびくと脈打つ私の陽物を、娘はさも愛おしそうに  
吸い上げて嘗め回します。尻を僅かに浮かせ、内股を擦り合わせております。  
 私の菊座は再び訪れた陽物からの性感を、激しい痛みと知覚する程敏感に反応しました。  
 最早私は自身が人間であるという考えを捨て去っていました。そうするとこのまま果ててしまっても  
構わないという余裕が若干生まれ、ならばそれまでの時間を楽しもうとさえ考えます。  
 
 しかし娘はまたもや私の浅薄な考えを裏切る行動に出ました。  
 娘の手が私の尻に回ります。どうやらしっぽを掴んだようです。  
 その途端菊座がぐいと掻き回され、何か固めの弾力を帯びた部分に触れて――  
 内蔵が抉られるような痛みと、腰椎に直接二十ジュウルの激しい電流を流されたような強い射精感の中、  
私の意識は完全に消滅してしまいました。   
   
 激しい疲労と倦怠に揺蕩とする中、私は腕に力を込めて起き上がりました。下世話な意味も含めて  
精も魂も尽きた状態で、立ち上がるのがやっとの事でした。  
 立ち眩みを堪えて場況を見渡すに、どうやら私たちは知らぬ間に床へ移動していた模様です。  
足元には全身脱力した状態で娘が仰向けで寝ていました。だらしなく開いた太股の付け根から  
腹にかけて信じ難い程大量の白濁液が纏わり付いており、娘と肉体関係を持った事実を私に  
改めて突き付けます。  
 私も男ですから、茂みに覆われた娘の陰部から目を離せませんでした。縦の裂け目からは乳首と  
同じ色の、花弁に良く似た形状の陰唇がはみ出し、行為の余韻にひくひくと打ち震えておりました。  
娘が息を吐くたびに陰唇が小さく捲れ、男と触れ合うための粘膜が鮮やかな色を見せます。  
 そこから流れ出た生臭い体液の痕跡に混じって、処女を散らした名残が僅かに糸を引いておりました。  
 部屋に充満した性臭が鼻腔の粘膜を刺します。しかし私が顔を顰めたのは決してその所為  
ばかりではなく、教え子に対して獣の欲望を打付けてしまった事に対する悔悟の念と、欲望を  
制御し切れなかった自分自身への嫌悪感と絶望もありました。  
 明日からこの娘を前にして、私は一体どんな顔で授業を捏なさねばならないのだろうか――  
 娘が呼吸する度に、豊かな胸が上下に揺れました。何かを呟いているようにも見受けられます。  
私は暫し迷って、何を言っているのかを自身の耳で確かめようと彼女に近付いて膝を折りました。  
 
「しっぽ――」  
 訳の分からない事を呟いております。その意味を問いながら彼女の意識を呼び戻すと、  
首を傾けて薄目を開け、情欲に身も心も溶かされた恍惚の表情で答えました。  
 
 ――先生やっぱり  
 ――しっぽが似合ってる  
   
 彼女の一言で、脳の片隅に追い遣った筈の忌まわしい記憶が洪水のように押し流されて来ました。  
 菊座に異物を捻じ込まれた痛み――  
 彼女から動物扱いを受けた屈辱――  
 そしてしっぽから受けた未曾有の官能――  
 娘が思うように動けないのを幸いに、私を未経験の性感で苛んだそれを抜こうと毛の部分を  
掴んで力一杯引いてみたのですが――  
 ――取れない  
 しっぽがまるで腸壁の一部と癒着したかに思えました。無闇に引っ張ると直腸の壁が剥離する  
恐れがあります。誰かに取って貰わねばなりませんが、この娘は取って呉れないでしょう。  
では父親に頼むかとも一瞬考えましたけれど、私がしっぽを挿入されるに至った経緯を説明すれば、  
教師の身で生徒と関係を持った事実が明るみに出る恐れがあります。  
 ならば何とかして自分で引き抜き、医者に傷口を見て貰えば事実は闇に葬られます。ですが――  
 肛門科を訪れる自分を想像して、更なる身震いを覚えました。診察台の上に寝かされ、白衣を纏った  
厳めしい医師に、怪我の理由について質問されるのです。どう対応するべきなのでしょうか。  
 しっぽが生えたのでそれを引き抜きました――などと正直に答えよう物なら失笑を買うでしょう。  
最悪の場合怪我の治療を受けた後、自宅へ帰れずにそのまま石神井の大きな病院へと搬送され、長い間  
箱庭を使った精神療法を受ける羽目になるかも知れません。  
 
 呆然と立ち尽くす私に首を向けて、娘は私の絶望へと穏やかに追い討ちを掛けました。   
「そのしっぽ、私でも取れないの――これで先生は、私の物」  
 ――ふさふさして  
 ――素敵よ  
 
 この時の娘が見せた微笑ほど、私を激しく動揺させた物はありません。娘は絡新婦の如き淫蕩で以って  
私を捕らえ、精も魂も奪い取るだけに飽き足らず、彼女の所有物としての刻印を私の肉体に施したのです。  
 
 嫌だイヤだと私は泣き叫びましたが、しかし尻の方で不自然な力を感じて恐る恐る振り向きます。  
 信じられない事に――  
 私の菊座から生えた、タヌキのように幅の広く毛並みのふさふさしたしっぽが――  
 何の物理的な支えも受けず、誇らしげに仰け反っておりました。  
 同時に私は背筋も凍る恐ろしげな気配を感じ、壁に目を遣ります。  
 娘の蒐集物である無数のしっぽ達が、一斉に  
 ゆらりと――  
 揺れました。  
 壁から密やかな会話が聞こえます。私は何故かその不明瞭な声をはっきりと聞き届けました。  
 ――おい、オマエついにご主人様を捕まえたんだな。  
 ――おめでとう。ぼくからの選別だけど、蛇の目の毛をあげよう。  
 ――じゃあ俺等からはこの硬い鱗が選別だ。オメデトウ。  
 ――有難うみんな。これで俺も久々に大手を振って街を歩けるってモンだ。  
 ――いいなぁ。妾なんかもう五年もこの壁に付けられたままだっていうのに。  
 ――おいおい、仲間の旅立ちに文句を付ける奴がどこにいるってんだ。  
 ――その通りさ。今じゃワシントン条約に違反するってんで、私ゃ永久にお蔵入りの身なんだから。  
 ――みんな済まない。俺ばっかり君たちを置いて外に出るなんて。  
 ――何を言ってるんだタヌキの。オレ達の分も幸せになるんだぞ。  
 ――うん。俺はこのご主人様の事、絶対に離さないからな。  
 
 私に付けられたしっぽに向けて、壁のしっぽが祝福の言葉を仕切に浴びせています。  
その度に平衡感覚が捩れて私の視界が歪み、壁から生えたしっぽがまるで生きているかの如く揺らめきます。  
 私がこの家に留まっている理由など有りませんでした。もたついていると父親が帰って来て、私と娘との  
情事を厳しく追及する事でしょう、それよりも――  
 娘が起き上がり、まだ何か物足りなげな悩ましい目付きを私に向けました。  
私の陽物がいつのまにか屹立しておりましたが、最早これ以上娘と接するつもりもありませんでした。  
 
 無造作に脱ぎ捨てられた自分の衣服を、私は素早く拾い上げました。褌はしっぽが邪魔になるので諦め、  
袴を穿いて腰帯を結びます。腰の辺りからしっぽがはみ出てしまいますが、この際致し方ない。  
 先生、と情欲に塗れた女の声で呼び止める娘をその場に、私は居間を飛び出して玄関に向かいました。  
下駄を履いて扉を開け、家の外へと転がるように脱出します。  
 すっかり夕暮れが支配した街には美味しそうなライスカリーの匂いが漂って来ます。空きっ腹がぐうと鳴り、  
娘の家で起こったしっぽに纏わるエトセトラが、幻の時に摩り替わるような安心感を覚えました。  
 振り返ればどこにでもありそうな平凡な家が一軒。しかしもうあの家には戻りたくありませんでした。  
 なぜならあの家には彼女がおります。あの娘は――  
「変態です、あの娘は変態です!!」  
 私はしっぽを付けた間抜けな姿でいるのも忘れてそう叫び、逃げるように駆け出しました。昼間通りがかった  
商店街を抜け、黄色い電車に乗ろうと駅を目指します。彼女の父親が雑貨屋で、サランラップの箱を片手に  
店員と何か話しているのを見かけました。普段感じる背後からの視線も、今日に限って気になりません。  
そんな心の余裕など、女からの陵辱にも近い昼間の情事で失われていたのですから。  
 胸板に衝撃を受け、私は立ち止まります。ずれた眼鏡を直して前の視界を確認すると、見覚えのある制服を  
身に着け、眼鏡を掛けた娘が尻餅を突いておりました。  
 私の受け持ちの生徒です。彼女は立ち上がると、私の腰辺りに目を向けました。  
「先生、しっぽ――」  
「え?」  
早々と生徒に情けない姿を見られた事に愕然とします。この娘から変態教師だと思われないでしょうか。  
 と、思いきや――  
 
 娘は私を馬鹿にするどころか、眼鏡の奥の瞳を輝かせて喜色を見せました。  
「先生のしっぽ可愛い――何だか胸がきゅんってなっちゃう」  
タヌキの耳を配ったカチュウシャを鞄から取り出し、眼鏡娘は足の竦んだ私へと躪り寄ります。  
「しっぽ付けてるんだったら、これも付けるべきですよ」  
 どうやらこの眼鏡娘は、しっぽ娘と同じ人種に属する変態だったようです。  
 一日で二人もの変態と巡り合わせた不運を嘆く私を前に、眼鏡娘は私を家の中へと招き入れた時のしっぽ娘と  
寸分変わらぬ嬉々とした笑みを浮かべ、静かに告げました。  
 
「だったら――このタヌキ耳も付けるべきですよ、先生」  
 
<<終>>  
 

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