「関内くん、関内太郎くん」  
「ハイッ!」  
 女の子の爽やかな返事が、教室の澱んだ空気を圧してこだまする。  
 健康そうな褐色の肌に覆われた少女が、天使のような無垢な笑顔をして  
出席を取る新井智恵先生に向かって手を挙げていた。  
 汚れを知らなさそうな心身を包むのは、卒業生のお下がりらしき学校の夏服。  
 生地の黄ばみは漂白されておらず、破れを繕う継ぎ当ては目立つように、  
貧乏をそのまま絵にしたような格好をするのが彼女のたしなみなのだろう。  
 もちろん、足を見ればソックスとも上履きとも縁のない、はしたない格好をしている。  
 
 ここは二年へ組。  
 新学年を迎えるに当たって編成されたこの学級は、もとは学年の問題児を  
隔離するためにつくられたものだというもっぱらの噂である。  
 校舎の西側。夏は西日が差し込んで暑く冬は日射量の不足で寒いこの場所で、  
私たちは他のクラスと顔を合わせる事もなく鬱々とした気分で授業時間を過ごす。  
 一年間通い続ければ誰もが筋金入りの人間不信に陥り、後の半生を絶望に  
打ちのめされたまま過ごす生徒が合計三十二人揃って出荷されるという  
全く有難くないクラスである。かくいう私、木津千里もその一人な訳だが。  
 学年でもトップクラスの成績を誇り、身だしなみも素行もきっちりしている私の、  
一体どこが問題児だというのだろう――  
 
 そもそもこのクラスで出席を取る事自体が異常だった、と言えば驚くだろうか。  
 担任の絶望先生――本名は糸色望、横書きにしたら由来が分かると思う――が  
書き置き一枚を残して失踪したために、本来は授業を持たないカウンセラーの  
智恵先生が仕方なく出席を取っているのだ。  
 絶望先生はきっちり出席を取らない。国立N大の犀川先生みたいに自由闊達な雰囲気が  
いいと風浦さんは言うけど、それは余りにもポジティブな物の見方だと私は思う。  
 ここは大学じゃなくて高校だ。先生がきっちり出席を取らないのは問題だろう。  
 実際、智恵先生もへ組の実態を知って驚きと呆れを隠し切れなかった。  
 
 ともかく智恵先生は私たちの点呼を取った。普通のクラスなら当たり前の事だけど、  
HRできっちり名前を呼ばれるのは新鮮な気分だった。  
 日塔さんと常月さんを除く全員が出席していた。高校生なんだからきっちり授業には  
出なきゃいけないのに、欠席者がいるとイライラする。  
 それに日塔さんはともかく、常月さんがいない理由も私には気に入らなかった。  
 あの粘着ストーカー女は――多分先生の後を追っているのだろう。  
 先生と私は近々入籍する予定だ。両親を泣き落してやっと結婚の許しを貰ったのに、  
あの女がいる限り私たちが結ばれる事はない。役所への入籍届出も式も、下手をすれば  
先生との夜の生活まで妨害されかねないだろう。  
 そんな事をつらつら考えている内に、冒頭で挙げた場面に移っていたという次第だ。  
 
 ちょっと待ってよ――私は納得が行かない。  
 女の子なのに太郎という名前、日本人離れした褐色の肌。明らかに不自然すぎるだろう。  
 見た事のない子がクラスにいるというのに、その事実を平然と流してしまうとは、  
智恵先生もこのクラスの皆もどうかしている。  
 私はそういう曖昧な事に我慢のできない性質だ。帰国子女の木村さんじゃないけど、  
「おかしいよ」と叫びたい気分だった。もっともクラスの空気を読めばそんな事言えない。  
 イライラした気分のまま、私はその日の授業を受けた。普段から予習をきっちりしているから  
学業に差し障りがないとはいえ、各教科の先生の声が脳にまで届かない。  
 ああイライラする――  
 
 放課後になり、私は下校する自称『関内太郎』を追跡した。  
 今日の茶道部はお休みだ。もちろん予め部員を昼休みに呼び出して、今日は休むと  
きっちり告げている。そうでなくては委員長も部長も務まるまい。  
 彼女との距離はきっちり十メートル。普段から教室の机を並べる時に測量機器を  
扱っているので、目測でも距離はきっちり把握できる。  
 人込みの中で特定の人物を尾行するのは、スリルがあって案外楽しかった。  
常月さんが先生の後を付ける気分が少しは理解できる。決して好きになれる人ではないけど。  
 それにしても駅前の商店街は猥雑である。都市計画がきっちりしていない為だろうか。  
区役所は何をやっているんだ。ああきっちりしていないのは本当に辛抱ならない――  
 
 いけない。  
 考え事なんかしているラグタイムで、あの子を見失いかけた。  
 尾行を成功させる為にも、きっちり落ち着いた気分で臨まねばならない。特に最近は  
妙に苛立つ日々が続くから尚更だ。何の為に茶道部をやっているんだ私は。  
 あの子を探し出すのは一苦労しそうだ。背が低いのですぐ人込みに紛れてしまいそうだと  
思ったからだ。  
 けれども私にとっては幸いな事に、彼女の肌は日本人離れした褐色だった。表通りから  
角を曲がって裏路地に入るあの子を見つけ、きっちり十メートルの距離を詰め直す。  
 脱皮、脱毛、脱税――  
 ガモンラーメン――  
 清酒高見盛――  
 表通りに輪をかけて乱雑な看板が、狭く小汚い道に向かって迫り出している。  
 あの子が不意に立ち止まり、きょろきょろと周囲を窺った。私は傍の電柱に身を隠す。  
 どうでもいいが、なぜ石神井総合病院の案内がこんな所にあるのだろう。ここだって近所に  
大きな病院があるんだし、練馬区の病院はきっちり練馬区で宣伝すべきだと思うんだけど。  
 あの子はほっと息を吐いて更に先へと進む。きっちり十メートルの距離をとり続けて  
後を追うと、えらく老朽化したアパートの前に到着した。  
 築何十年だろう。直下型地震どころか、震度三か四くらいで倒壊しそうな雰囲気だった。  
こんな危険なアパートが未だに取り壊されないのも、行政がきっちり仕事をしないからだ。  
後で都市整備部に電話して、きっちり話をつけなければなるまい――  
 
 その間にあの子は外壁材の剥がれ落ちた入り口を潜った。私もきっちり距離を詰め直す。  
床板の軋みであの子に気付かれぬよう、靴を脱ぎ手に持って摺り足で進む。  
見るからに建付けの悪いドアを開け、あの子はアパートの一室に上がり込んだ。  
 ここが彼女の住まいだと言うのか。  
 味噌でもしょう油でもキムチでもない、甘酸っぱくて魚臭い匂いを帯びた、湿度の高い  
温気が鼻をくすぐって思わず噎せ返る。  
 慣れない匂いに戸惑いながらそっと中を覗き、私は――  
 絶句した。  
 
 あの子と同じ色の肌をした男たちが、三畳一間の部屋で鮨詰めに座っていた。  
十何人いるんだろう。平静であればきっちり数えたい所だけど、そんな心の余裕は奪われている。  
皆ぱっちりとした目、高く通った鼻筋。そんな顔がボロアパートに雁首揃えて並んでいる光景を、  
私はテレビか家族旅行で行った某国のスラムでしか見た事がなかった。  
 あの子が聴き慣れぬ言葉で挨拶をして、男たちはこれまた聴き慣れぬ言葉で嬉しそうに返す。  
「この人たち――」  
 湧き上がる唾液を飲み込み、目前の光景を私なりに少しでも理解しようと懸命に努める。  
 不法入国者――  
 私の推論はそれだった。否、断定しても差し支えはない。  
 今でもニュース等で取り上げられる現実の問題だというのに、私はついぞ彼らを見かけた事は  
なかった。それどころか今朝出席を取るまで、彼らが身近に存在する事にさえ気付かなかったのだ。  
「何で不法入国者がウチのクラスにいるのよ……」  
 ショックのあまり足が竦んで動けない。入国管理局にきっちり通報するにせよ、それとも黙って  
看過ごすにせよ、一刻も早くこの場から離れた方がよいのは判っているのに――  
「あ、委員長」  
 背後から聞き覚えのある陽気な声で呼びかけられ、私は驚いて振り返る。  
 どこから入って来たのか、いつもポジティブな風浦可符香さんがニコニコとその場に立っている。  
「風浦さんどうしてここに?」  
 咄嗟に思いついた質問を投げかけたけれど、彼女は答えずに私の肩の真横を素通りして  
部屋の中へと足を踏み入れる。  
 自称関内太郎くんが風浦さんに気付き、二人は呆然と見つめる私の目の前で手を高く掲げ、  
まるで十年来の友人みたいに親しげな態度で互いの掌をぱちん、と打った。  
 
「私ナマエ、セキウツ・タロウ」  
 小柄な褐色の女の子は、顔いっぱいに無邪気な笑みを湛えて私にたどたどしく名乗った。  
「ワタシ、マツシタ」  
「ワタシ、ホンダ」  
「ワタシ、ソニー」  
 すぐに彼女の後ろで控えていた不法入国者たちがめいめいに声を上げた。風浦さんが  
そんな彼らの前に立ち、得意げな笑みを見せる。  
「みんな日本名でしょ。だからこの人たちは不法入国者じゃなくて帰国子女なの。  
 委員長なんだからクラスメイトの事くらい覚えてて下さいよ」  
 しっかりして下さいよもう――ぽんぽんと肩を叩かれ、私はつい怒鳴ってしまった。  
「松下とか本田はともかく、ソニーなんて日本人の名前聞いた事もないわよ!  
 知っている会社のブランドを思い付くまま言ってるだけじゃない!明らかに偽名でしょーが!」  
 反論が終わると、私は肩で息をした。風浦さんはどこ吹く風だ。  
「でも生徒会の役員だって菊正宗とか白鹿とか剣菱とか、有名な会社と同じ名前じゃないですか」  
 どうしようもない疲労感が肩に圧し掛かった。  
「ここは有閑倶楽部の舞台じゃなくて現実なの!きっちりした現実にはそんな人いません!」  
 デモ私ホントの名前だヨ――関内太郎を名乗る少女が私たちの会話に割って入る。風浦さんへの  
突っ込みも忘れ、私は黙って太郎にその先を話すよう促した。  
 私と風浦さんとの間に流れる空気を窺いながら、太郎は上目遣いに遠慮がちな様子で言った。  
「ミドルネームあるカラ――正確にはセキウツ・マリア・タロウネ」  
 そう言って見上げる様子は本当に愛くるしい。一瞬名前なんてどうでもいいから  
ぎゅっと抱き締めてやりたい、などと考えてしまう。  
 頭の中に浮かんだそんな妄想を振り払い、私はつとめて冷静な態度で彼女に訊いた。  
「ところで何でウチのクラスにいたの?それに本当の名前ってどういう事?」  
 エットネ、と実に幼けない態度で彼女は口を開いた。  
「ソレハ――」  
 
 つたない日本語で太郎――いやマリアが語ってくれた所によると、こういう経緯だった。  
 コンテナで日本に入国したばかりのマリアにとって、必要なのは身の安全を保障する物だった。  
出席番号さえあれば学校の生徒だと主張する事ができ、太陽の下を堂々と歩ける身分になれる。  
そう考えて彼女が目を付けたのが、関内太郎という二年へ組の生徒だ。クラスメートにも関わらず  
『という』と付いているのは、私も彼の存在を今まで知らなかったからであるが。  
 既に人生を投げ、売れるものは臓器でもプライドでも売り尽くしていた彼と、出席番号が  
喉から手が出る程欲しかったマリアとの間で、利害関係はさしたる調整も要らずに一致した。  
彼からへ組の出席番号を買って、以後彼女は関内太郎の名を借りているのだった。  
 
「ちなみにその出席番号、あなた幾らで買ったの?」  
 私が訊ねると、マリアは天井に向けられた人差し指を元気よく目の前に突き出して答えた。  
「一カイ!」  
 一カイ――私は語尾を上げてマリアの言葉を繰り返す。一カイは何円に相当する通貨で、  
マリアの国では平均年収がおおよそ何カイ位になるのだろう。  
「高かったの?それとも安かった?」  
「安いヨ」  
「そうじゃなくて、マリアの国では一カイで何が買えるの?」  
 エットネ――マリアはくりくりした瞳を巡らせた。小学生みたいに低い背丈と舌足らずな  
喋り方が、実年齢よりも幼い印象を強調してみせる。  
「ソウソウ、一カイデご飯一日食べれるヨ。私ズットそうして来たモン」  
 ならば一カイはおおよそ一ドル、日本円でも百円強といった所か――おおよそ?!  
 今日の為替相場は1ドル何円だったっけ。カイについても私は全然知らない。これでは  
マリアが買った出席番号の値段をきっちり算出できないじゃないか。正確な額をきっちり把握  
しなければならないのに、一カイが食費一日分だなんてドンブリ勘定もいい所だ――  
「あの、委員長どうしたの?」  
 風浦さんの声で、私は目まぐるしい思索から解放された。そうなのだ。  
 肝心なのは取引が公正だったかどうかであり、一カイが何円に相当するのかはその目安に過ぎない。  
取引内容が妥当か否かさえ判れば、後で通貨単位カイの価値を調べる事は幾らでも出来る。何だったら  
この前風浦さんに教えてもらった団地の奥さんに聞いてみてもいい。  
 食費一日分で出席番号を手に入れられたのなら、きちんとしたフェアトレードと判断できる。  
それでクラスの一員となったのなら文句はない。この子は確かに関内・マリア・太郎だ。  
「マリア」  
 私は褐色の少女に向かって、できるだけ優しく微笑みかけた。  
 
「あなたもクラスの仲間なのよね。変な事聞いてゴメンなさいね」  
 マリアは私の態度が変化した事に戸惑いを覚えたのか、真っ黒な瞳をぱちくりと開いて  
じっと様子を窺っている。  
「ナカマ――ゆきえカ?」  
 そんな名前どこで覚えたんだろうこの子は。確かに二千年の恋にまりあって娘がいたけど、  
難民の彼女がそんな事知ってるはずないのに。  
「別にあなた、エーユーの着歌サービスでゲーム主題歌をホントに唄ったりしないでしょ」  
 マリアは訳がわからない、といった風に首を傾げた。可笑しくて可愛らしくて、私は  
見ているだけでつい吹き出してしまう。  
 しかし私が調子に乗りすぎたのは事実だ。きっちりと彼女にフォローを入れる。  
「ううん今のは忘れて。仲間っていうのは友達と同じなの、だからあなたと私は友達」  
 そこまで言うとマリアの顔がぱぁと晴れ上がった。本当に幼けなくて無垢で綺麗で、  
この子の笑顔は見ていて爽快な気分になる。  
 人懐こい子猫のように、マリアが勢い良く私に抱き付く。  
「トモダチ! 委員長とマリア、トモダチ!」  
 頬擦りするマリアの黒髪からは汗の匂いがした。清潔を良しとする私だが、今は不快に思わない。  
それよりも感情を剥き出しにして喜ぶこの子が愛らしくて、私は華奢な肩をそっと腕で包んだ。  
 背後に立つ風浦さんが、マリアの背中をとん、と軽く押した。  
 
 重心のバランスを失い、私は向かいの一室に押し込まれた。ささくれた畳の上で尻餅を付く。  
 すぐにマリアと風浦さんが私の両脇を抱え込む。体育座りになったまま身動きが取れない。  
「ちょっと何するのよマリア! 風浦さんもよ!」  
 風浦さんとマリアはきょとんと顔を見合わせる。私の言う事が信じられぬ、といった雰囲気だ。  
やがて綺麗な四つの黒い瞳が、得体の知れぬ薄ぼんやりとした不安を覚えた私へと向けられる。  
 何って決まってるじゃないですか――風浦さんは忍び笑いと共に言い切る。  
 トモダチ――マリアはあっけらかんとした笑顔だ。  
「私たち、友だちだもん。そうよねマリアちゃん」  
 ネー、と二人は声のタイミングを合わせて互いに頷いた。  
「委員長とマリアちゃんも友だちなのよね」  
「確かにそう言ったわよ!けど友達ならこんな所に閉じ込めたりしないでしょう?!」  
 脇を抱える彼女たちから逃れようと、足を畳の上でバタバタと泳がせる。それが拙かった。  
 スカートが捲り上がり、膝から太腿までが露になる。もう少しでショーツまで見られそう。  
女同士だから恥ずかしがる必要はない筈なのだけれど、その時は何か嫌な予感を覚えた。  
先生と深い仲になってから、私はこの手の細かい事に気付くようになった。  
 私の下半身を見つめる風浦さんとマリアの視線が、妙に艶っぽい。保健室のベッドで先生が  
見せた、情事を予感させる熱い目付きにそっくりだ。  
 そんなまさか、という思いがまだ残っていた。女同士でするなんて、マリア先生じゃあるまいし――  
 流れるように自然な動きで、風浦さんの細い手が右足の膝頭に向かう。風浦さんはちょっと  
拗ねたような声で言った。  
「わあほっそりしてキレイな脚。いいな委員長スラッとしてて」  
「止めて風浦さん!」  
 おぞっとした悪寒が背筋に走り、私は素早く右脚を伸ばす。風浦さんは動じる様子もなく、  
そのまま膝の内側に触れた。あくまで優しく撫でる手付きが、却って不気味さを際立たせる。  
「ムダ毛もないし、スベスベしてるわね。ホントに羨ましいな」  
「止めてって言ってるでしょ! ねえマリア、風浦さんを――」  
 止めてくれ――と頼もうとして、私は息を呑んだ。目を瞑るマリアの顔が間近に迫っていたのだ。  
 固まってしまった私の唇を、マリアはちゅっと軽く吸う。  
「トモダチ、だから仲良くスル」  
 にっこりと笑い、彼女はまた唇を吸った。啄ばむように二度、三度――  
 その間にも風浦さんの掌が、右足の皮膚を余すところなく丹念に撫で回す。  
 膝を持ち上げ、下げて逃れようとした。  
 いい加減くすぐったい。それに冗談にしても悪質過ぎて、南国のダジャレよりも笑えない。  
キスの合間を縫うようにして、私はマリアの背後にいた風浦さんにも聞こえるよう訴えた。  
「ちょっと止めてよ……二人とも……冗談は……止して」  
 途端にマリアの唇が強く押し付けられた。彼女の舌が、強引に私の口を抉じ開けようとする。  
口が利けなかったので目で抗議したが、マリアは止めてくれない。  
 むしろ口付けは激しさを増すばかりで、くすぐったさのあまり私は身動きが取れなかった。  
唇を解放して貰った後も、額やほっぺたに顎から鎖骨にかけてと休む間も無く責められ、  
制服の上から胸を手で押され――  
 
 例えマリアのキスが冗談交じりの物だったにせよ、あの先生にも似た手付きで風浦さんに  
脚を撫で回されたらこっちは堪らない。身体の奥がかぁ、と熱くなる。  
 太腿の肌を、やけに涼しげな風が優しく撫でた。  
 マリアの身体が邪魔で見えないけれど、風浦さんの手がお尻までスカートを捲ったのだろう。  
マリアの体重が私の上半身に覆い被さる。小柄な体付きだから、普段なら跳ね除けられるのだけど――  
「……ひゃっ」  
 左の膝頭を触られた上に、ショーツの上からぐいと押されて腰から力が抜けてしまった。  
 
 マリアが私の身体を降りて左側にちょこんと座り直した。風浦さんが私の足首を掴んで、  
膝を曲げながら私の胴体へと大きく押し上げる。お尻の肉を空中に突き出すような格好だ。  
 羞恥心が揺り戻し、そのお蔭か私は少しだけ我に帰る事ができた。  
「ダメッ!離して風浦さん!」  
 駄々を捏ねる子供みたいに、手をばたばた泳がせる。脚も蹴って風浦さんを振り解こうと  
したけれど、彼女の指はガッキリと私の足首に食い込んでしまっている。  
「お願い離して!風浦さん痛い!」  
「痛いノ?」  
 返事をしたのはマリアだった。大きな黒い瞳が、心配そうに私を見守っている。  
「ダイジョーブ、優しくするカラ」  
 そう言ってマリアは、汗で額に鬱陶しく貼り付いた私の髪を指で掻き上げる。  
 そのまま頬を撫でながら、目を瞑って横からゆっくりと私に顔を近付ける。  
 今度はさっきの強引なキスと違って、労わるような優しい物だった。  
マリアの小さくぽってりした唇同士が触れているのがやけに心地良い。  
 吸い返されたマリアがちょっと驚いたように目を開ける。彼女の大きなまんまるい目を  
横向きに見つめ返すと、およそ子供らしくない恥らいがその瞳に宿ったのが判った。  
 ――そうか、マリアも恥ずかしいんだ  
 それを隠すようにキスで誤魔化すマリアがいじらしく見えた。恥ずかしいポーズを取らされて  
いる事も、いつの間にかあまり気にならなくなっていた。  
 ぷにぷにした質感が心地良いマリアの頬を、両手で挟んで自分の顔へと引き寄せる。  
ショーツの股をぐい、と押されて疼きが下腹を走り、ついキスが深くなってしまった。  
 おずおずと私の舌先に伸びるマリアの小さな舌。責めるのは得意でも受けは苦手なのだろう。  
マリアはビックリして目を見開いていたけど、舌同士が絡み始めると酒に酔ったように頬を  
赤らめながら私に任せて溺れて行く。  
 ショーツ越しに、風浦さんの冷たい指が陰毛からお尻にかけてゆっくりと縦になぞる。  
下着の布地が粘膜に纏わり付いて疼痒い。何とかならないだろうか。  
 
 マリアの唇から解放されると同時に、私は万歳の要領で両腕を投げ出す。体感温度で  
摂氏三十六度を越える部屋の暑さと、それから身体の中から湧き上がる熱とで、私の正常な  
思考は既に止まっていた。  
 何しろ全身にびっしょりと汗を掻いて、制服まで肌にじっとりと貼り付いていたのだ。  
マリアが上着を、そして風浦さんがスカートを脱がせてくれなかったら、多分私は熱中症で  
今頃病院に運ばれていたかも知れない。  
 七十二Aカップのブラジャーを外され、胸がぷるんと揺れた。恥ずかしかった理由には  
裸の胸を人目に晒す事以外に、そんなに大きくない事もあった。  
これでもそろそろBカップに変えようかと思っていたので、少しは大きくなった位だ。  
けれども私としてはやっぱり最低でも七十五、いや八十は欲しい。きっちりした数字でも  
あるし、何より先生も大きい方が喜んでくれるだろうし――  
 何でこんな時に先生を思い浮かべてしまうのだろうか。  
 クラスの誰よりも間近で見た先生の顔はいつも物憂げで、それが私の心を妙に擽るのだ。  
それでいて彼は眼鏡の奥から、こっちが恥ずかしくなる程に熱い視線を私に向けて、私も  
その目に引き寄せられるようにして、私達は保健室のベッドで――  
「委員長すごいキレイだヨ」  
 マリアの言葉で私の意識は現実に引き戻された。既に私はソックスとショーツ一枚の姿に  
されていて、マリアが壊れ物を扱うようにそっと私の胸に掌を宛がっている。大きく開かれた  
腿の上に、風浦さんの陶然とした顔が見えた。  
「そうね。お腹に肉ないし腰もキュッと括れてるし、雑誌のモデルさんみたい」  
 自分では痩せ気味だと思っていたけれど、なるほど彼女らの言うような見方もあるのだろう。  
羨ましがられる体型をしているのだ、と気付かされてちょっとだけ嬉しかったりする。先生も、  
私の身体をそういう目で見ていてくれるのだろうか。  
 
 マリアの掌が円を描くようにして私の胸を押し揉んでいる。  
 指で胸の肉を挟んだり、鷲掴みにしたり。固く勃ち上がった乳首を指の腹で転がしたり。  
下半身の方では、さっきから風浦さんの指が熱さを増したくりくりと弄って。  
 胸が締め付けられるような息苦しさのあまり、私は奇妙な感じのする高く甘ったるい声を上げた。  
 恥ずかしい。私のこんな声を聞かせる相手は、先生ただ一人の筈だったのに。  
「委員長ノおっぱい、柔らかいヨ」  
 マリアは乳を求める子供のように無垢な瞳を輝かせながら、胸の肉を包んでお椀上に形作る。  
汗に濡れた肌の上を滑る掌がやけに熱い。最後に先端を指で摘み、引っ張って名残惜しそうに  
私からゆっくりと離れた。  
「……あうんっ!」  
 先生以外の人に触れられている事への嫌悪感というのは、あまり感じなかった。マリアが  
女の子というのもあるだろうけれど、それよりも――  
 まるでお気に入りの玩具で遊ぶ子供みたいに目をキラキラさせるマリアの目の前で  
痴態を晒してしまった事に、私は羞恥心と罪悪感とで彼女から目を背けてしまった。  
 
 私のお尻から畳の目地が離れた。腰に風浦さんの指が掛かり、じっとりと濡れたショーツが  
太股を伝って膝下まで引き下げられる。さっきからショーツが鬱陶しくて仕方なかった所だ。  
「委員長、アンダー揃ってル」  
「お手入れしてないとこうならないわよ。それにしてもアソコまで本当にキレイなのね」  
 指で私の秘所を広げながら、風浦さんがマリアにそう説明した。  
 こういう時何て返事したらいいんだろう。  
 彼女たちの顔をまともに見られない。目にするもの全てが恥かしくなって瞼を強く瞑る。  
 ちゅぱちゅぱと音を立て、乳首を吸われて舐められて。  
 内腿とお尻の肉を包むように愛撫されて。  
 腿の付け根では生暖かく柔らかい物に亀裂を撫でられて、一番敏感な部分にキスをされて。  
 布地越しよりも遥かに強烈な充足感が、私の疼きを癒してくれて。  
 汗とは違う私の分泌物で、お尻までぐっしょりと濡れていた。  
 正直に言おう。どう言い繕おうと、私は結局彼女たちに責められて悦んでいた。  
 私は結局自分の欲望を抑え切れなかった。不注意からとはいえ先生と関係を持った時は  
あれほど貞操を強く心に誓ったと言うのに、彼女達に抱き付かれただけでこの有様だ。  
 所詮愛は肉欲に勝てない、という事か。  
 目にじわりと何か熱い物がせり上がって、狭く汚いアパートの風景がぼやけて映った。   
 先生――  
 先生はこんな痴態を晒してしまった私を許してくれるだろうか――  
 
 脱ぎ散らかされた制服のスカート。紺の布地の上に丸められたショーツの白が映える。  
 その向こう側に首を向けると、風浦さんがマリアを畳の上に押し倒していた。私が気を  
失っている間に脱いだのか、二人とも一糸纏わぬ裸になっている。  
 彼女らはお互いの肩を力強く掴み、脚と脚同士を絡ませてもぞもぞと動く。  
 深く情熱的なキスの音が私の耳にまで届いた。起きるのも面倒だったので、私は手足を  
畳の上にだらしなく投げ出し、頭を熱に浮かされたまま茫っと彼女らを眺める。  
「友だち……だね」  
「トモダチ……ダヨ」  
 どちらともなく相手の鎖骨や胸に口付け、耳朶を噛む。見詰め合う度に同じ言葉を繰り返す。  
 ちゅぱちゅぱとお互いの身体を嘗め回す音が、静まり返った部屋に響く。  
 
 これが彼女らの意味する『友達』だったのだ、と納得が行った。肉体関係で繋がっているのが  
彼女らにとっての友達という訳なのだろう。  
 私には理解できない。好きな異性に純潔を捧げようという気にならないのだろうか。  
 けれども口には出さなかった。睦み合う二人の間に、口を挟む余地を見出せなかったからだ。  
 やがて二人は離れると横向きに寝直した。互いの脚の間に頭を埋める体勢で再び抱き合う。  
 柔らかそうなお尻の肉が、それを掴む相手の指の形に合わせて窪んでいた。  
「んー、んんー……」  
 二人とも呻き声を上げながら、相手の頭を太股でキツく挟んでいる。  
 その腰ががくがくと前後に揺れる。最後の瞬間が近いのだろう。  
 しかし風浦さんとマリアとの行為は、二人を絶頂に導く所まで行かなかった。  
 
 乱暴に響き渡る物音に、二人の動きがぴたりと止んだ。風浦さんがマリアのお尻から  
顔を上げ、私も跳ね起きてドアの様子を確かめる。  
 顔から血の気が引いて行くのが自分でも判った。  
 部屋の内側に向けて破られた戸口に――  
 さっきの不法入国者たちが押し競饅頭のように詰め掛けている。我先にと部屋への中へ  
雪崩れ込もうとする彼らに圧迫され、古い木枠が今にも崩壊しそうな勢いで軋みを立てていた。  
「あなた達――」  
 私は咄嗟に胸を腕で覆った。脚をぴったりと閉じて膝を折り、股間も彼らの目から隠す。  
 いつから私達の行為を覗いていたのだろうか。風浦さんとマリアが抱き合っている所、  
いやひょっとして私が彼女達から愛撫を受けていた所からか――  
 頭にかぁっと血が昇った。恥ずかしさよりも怒りが先に立つ。  
 けれども抗議する暇など私には無かった。  
 入り口に押し寄せた男の群れから、一人二人と部屋に雪崩れ込んで来る。彼らがどんな行動に  
出るのかは、火を見るより明らかだった。  
 逃げなければ。でもどこから――  
 ドアからは無理だ。では窓からか。  
 いやその前に何も身に付けていない状態で外を走って逃げる訳には行かない。そう思って  
脱がされた服に飛び付こうとしたのが拙かった。  
 
 クシャクシャに丸められたショーツを手に取った所で、後ろから誰かに飛び掛られる。  
 畳の上に崩れ、肘と膝を突いた四つん這いにされる。   
「ちょっとあなた達止めなさいよ!こんな事してタダで済むと思ってるの?!」  
「ノプロブレム!レッツァブファンウィザス!」  
 ものすごく不自然な発音の英語で言って、彼は背中から私の肩に抱き付いて体重を掛けた。  
「オーユァソビュリフォ、スレンダー、ルクライバービードール!」  
「私の身体はあんたたちの見世物じゃない!髪の毛の先まで絶望先生の物なのよ!」  
 泣きたい気持ちよりも怒りが先立って、彼らには通じなかったようだ。いや通じた所で  
私を欲望の処理道具として扱うつもりなのは変わらないだろう。  
「離して、離せってば!」  
 男達を蹴飛ばそうと試みたけれど、風浦さんとマリアによる『友達』の洗礼を受けた影響が  
未だに残っていた。中途半端に満たされた為か、胸の谷間にキスされただけで身体がびくんと  
跳ね、下腹の火照りが揺り戻して来る。力が入らない。  
 呆気なく仰向けにひっくり返された。両手両足をそれぞれ一人づつ掴まれて背中が浮く。  
 宙吊りにされ、獣のようにギラ付いた何人もの目が私の両脇から迫る。  
 肩を、お腹を、脇を、そしておっぱいを欲望のままに舐め回される。肌の上を這う  
ナメクジにも似た嫌悪感と恐怖に身が竦み、私は何も言えなくなってしまった。  
 両側から乳搾りの要領で胸の肉を掴み上げられ、乳首を貪るように吸われる間、  
私は下腹に沸き起こる疼きに耐えながら、部屋の中で起こった出来事を目にした。  
 マリアが立ったまま後ろから裸のおっぱいを抱えられ、前に立つもう一人の男の  
唇に吸い付きながら腰を艶かしく拗らせている。風浦さんは畳に尻餅を付いて大きく  
開脚し、股間に食い付いた男の頭を激しく掻き抱いてビクビクと震えている。  
 女の子が三人とも欲望の餌食となっている。男たちから滴り落ちる汗の匂いと体臭――  
熱気渦巻くこの部屋で、地獄の饗宴が始まるのだ。そんな予感に私はただ恐怖した。  
 
「ミンナトモダチだヨ。心配するナ」  
既に屈強そうな中年男に組み伏せられ、首筋をベロリベロリと嘗め回されながら、  
マリアは妙に甘ったるい喘ぎ声の合間を縫って私に呼びかけた。  
「私モコンテナの中デそうなったヨ」  
「ちょっと友達って、どういう友達なのよ?!」  
「コンテナの中暑イ。イライラしてツイケンカしちゃうヨ。デモケンカ良くナイ。  
 ダカラ私ミンナとトモダチするノ」  
 夏服を捲り上げられ、引き締まったお腹を嘗め回され、その度にマリアは悦びに満ちた  
嬌声を上げる。シンプルなデザインのブラジャーが捲り下ろされた。寝転んでも崩れない  
お椀型をしたマリアの胸は、小振りながらもかなりの弾力を備えていそうだ。  
 男はマリアの乳首に食らい付き、満遍なく嘗め回す。マリアの乳首がシャラポアのように  
大きく尖って、それを無心で口に含んだ。  
「アン、パウロもっと優シク……」  
 自分の父親ほど歳の離れた彼に向けて、マリアは慈愛に満ちた妖艶な眼差しを向けた。  
 パウロと呼ばれた彼はそれに構う事なく、マリアの両足を畳に付くほど大きく広げて見せる。  
マリアの陰部を覆う毛は中学生かと思う程薄く柔らかく、性器を隠すには何の役にも立たない  
代物だった。生えていない、と言い切った方が実情を現しているだろう。  
 皮膚の色と変わらぬ褐色の縦筋だけを挙げれば、容貌に相応しく幼い性器に見えるだろう。  
けれどもそこから大きくはみ出た分厚い陰唇が、彼女の男性経験を暗に物語っていた。  
 私は彼女の歩んできた人生を想像し、言葉を失った。目の前では中年男が濡れそぼった  
陰唇の谷間目掛け、節くれだった中指を強引に差し込む。  
「ソコ駄目!そんなのされタラ、マリア……」  
 マリアがギュッと目を瞑り、腰を浮かせて中指を全部受け入れる。  
 お預けを食った犬のように情けない顔をしながら、中年男が指を出し入れさせながら尋ねる。  
「ユオレディソキンダンプ!オケオケ?」  
 言って中年男が指を止める。しばらく息を整えてから、マリアはあっけなく頷いた。   
「イイヨ、オケ!」  
 男は待ってましたとばかりに指を引き抜くと、ズボンの前を開けて醜悪に膨れ上がった  
肉塊を取り出し、彼女の秘部に先端を宛がってぬちり、と容赦なく肉を割る。  
 とても正視に耐えぬ惨い光景だった。けれど私にとって更に残酷だったのは、男性器を  
すっぽりと奥まで受け入れたマリアが、堪らなく嬉しがっていたという事実だった。  
 
 くちゃっと湿りを帯びた音と共に、つんとした痺れが下腹から背筋を駆け昇った。  
マリアの心配をしてる場合ではないと、私は自分の置かれた状況を思い出す。  
 宙吊りで脚を大開きにさせられたまま、私は先生より少し歳若い感じのする男に  
茂みの下を弄られていた。彼の手首は下腹に隠れて私からは見えない。  
 けれども性器の内側に隠された粘膜を男の目に晒されていたのは明らかだった。  
皆が溜息を混じえながら、一斉にそこへギラ付いた視線を浴びせ掛けていたのだから。  
「いやあ……見ないで……」  
 私が首を振って嫌がる様子も、彼らに取っては興奮を掻き立てる為の演出でしかないのだろう。  
「スプレンディッ――」  
 感嘆の言葉に合わせて、生温かい息がソコに掛かった。  
 嬉しそうな顔をした男にくんくんと匂いを嗅がれ、屈辱と羞恥で頭の血管が切れそうだった。  
 ぺろり、とむず痒い官能が走る。アソコを舐められたのだと気付き、私はイヤイヤと首を振った。  
 
「止めて!そこ先生しか舐めた事ないの!!……ひうっ!」  
 舌を使った陵辱は、それでも止む事はなかった。実際私は手足をがっちりと固定され、  
また度重なる官能に翻弄されてまともに抵抗出来ないのだから。  
「ヤだ……あぁ……」  
 熱く柔らかい舌の肉が左右の襞を這い、ざらっとした感触に私は小さな悲鳴を上げる。  
音を立てて内側を啜られた時には、声さえも出なかった。  
 舌が侵入し、中を舐め回されながら敏感な部分を指先で剥かれる。亀裂の下から上にかけて、  
でろりと一際深く舐められて――  
 がくがくと頭の中が揺れ、立ち眩みにも似たブラックアウトを一瞬だけ体験した。  
 
 指で左右に開かれた私の粘膜に、男性の熱い肉塊が触れたのが判った。私は最後の力を  
振り絞り、挿入を阻止しようと右に左に腰を捩って抵抗した。  
「先生、お願い先生助けて――ッ!!」  
 肉塊を外そうとする。けれども無駄な話だった。  
「いやああぁぁっ!!」  
 肉を押し分けて、男が私の膣内へ一気に侵入を果たす。  
 物憂げだけれど優しい先生の顔が脳裏に浮かんで、胸が張り裂けそうだった。  
 私は恥も外聞も無く、大声で――  
 泣いた。  
 
「マリア!!マリア!!」  
 騎乗位で結合した彼女を、男は感極まった声で何度も呼んだ。  
 マリアは手馴れた娼婦のように、素早く正確で艶かしく腰を振る。ぷるぷると小さな胸が震え、  
男がそれを下から鷲掴みにする。  
 彼女の腰が大きく浮き上がり、愛液に塗れた男の醜い塊がぴちぴちした太股の裏に見えた。  
 マリアは喘ぎながらも男に覆い被さり、顔を両手で引き寄せた。二人が口元を涎塗れにしながら  
情熱的なキスを交わす。  
「アラビューマリア!!」  
 我慢出来なくなった男が、マリアの腰を掴んで細かく激しい振動を加えた。  
「ミトゥ!アア凄いヨ、パウロユアソグレイッ……!!」  
感極まったマリアが喉を仰け反らせ――  
 
 男に中を掻き回される度に、恐怖と混乱が私の頭の中を激しく渦巻いた。  
 碌に風呂にも入っていないからか、それとも生活習慣の違いからか、汗の匂いが先生とは  
違いすぎるのだ。先生の匂いなら安心できるのに、彼らの匂いは吐き気しか催さない。  
 人種的な問題では無い、と言い切れた。例え日本人であっても、好きでもない男の人に  
キスされたり舐め回されたりするのは耐え難い程に――  
 ――イヤ!  
 お尻の肉に腰を打ち付ける男の動きが、段々と早まって来た。  
 不吉な予感を覚える。こいつらに避妊の概念はあるのだろうか。  
 考えるまでも無く答えはノーだった。絶対彼らは欲望に任せて中に出すつもりだ。  
 ――それだけはイヤ!  
 初めては突然だったから仕方ないけれど、絶望先生はそれ以後の膣内射精を我慢してくれている。  
生で直に愛し合うのはきっちり籍を入れ、子供が出来ても揺ぎ無い家庭をきっちりと作ってからに  
しようと約束したのだ。  
 性病や中絶の心配もなく、先生の全てを受け入れる日を楽しみに待っていたのに――  
 名も知らぬ男が、そんな私達の神聖な誓いを自分勝手な欲望で踏み躙ろうとしている。  
 ――絶対、イヤ!!  
 私は畳に掌を付き、力を込めて匍匐全身を試みる。腰を捩る事で、打ち込まれた熱くて固い  
男の肉塊を引き抜こうと試みる。  
 けれどもそれが却って男の欲望を刺激されたのか、彼は私の腰をぐい、と掴んで引き寄せる。  
そんなにいいのかという意味の言葉を耳元で甘く囁かれ、首から背筋へと悪寒が走った。  
 突然腰が抜けた。全身ががくがくと震え出し、腕も脚も脱力してしまった。  
 逃げられないという事実に打ちのめされた。  
 打ち込まれた物が私の一番奥にぐいぐいと擦り付けられる。  
「カミン、アイムカミン!!」  
 男が胸を掴みながらお腹の上に体重を掛ける。ロクに歯磨きもしていないだろう息が生臭い。  
 
 男の動きが止まった。獣のような激しい咆哮と、私の淫らな絶叫がどこか遠くから聞こえる。  
 内側で繰り返される熱い吐出には、身体の渇きを癒してしまう不思議な魔力があった。  
 けれども中が脈打つ度に――  
 夢にまで描いた先生との幸せな結婚生活が音を立てて崩れ落ち、二人で歩くバージンロードが  
追い縋るよりも速く彼方へと遠ざかって行く気がした。  
 
 引き抜かれると同時に、私の中でどろっとした感覚が流れる。  
 ――出されてしまった  
 自らの意志でこそないけれど、これで先生を決定的に裏切ってしまった。  
 向こうでは四つん這いで男に貫かれている風浦さんが、もう一人の物を口に含んで  
懸命に扱いていた。マリアが壁を背に片足を持ち上げられた状態で、彼女の中を  
一心不乱に往復する男の頭を抱え込んでいる。  
 休む間もなく膝を持ち上げられる。ああ二人目が私に挿れようとしているのか。  
 するなら出来るだけ早く終わってね、という捨て鉢な態度で、私は二人目の男を胎内に  
受け入れる。  
 男は挿入の瞬間痛そうに顔を顰めた。中に出された物でヌルヌルしてるのに、そんなに  
私のアソコって狭いのだろうか。  
 そう言えば先生も私の中に入る瞬間、いつも苦しそうな顔をしていたっけ。  
 はち切れんばかりに私の身体を満たして、それで大切な壊れ物に向けるような目で  
私を見つめて――  
 先生が動き出すまでのあの瞬間は幸せだったんだな、と今になって  
 すぐに柄も言われぬ恍惚の表情になって私の腰を掴み、がくがくと乱暴に抽送を繰り返す。  
 内側の肉襞を擦られ、私の喉は快楽に溺れるでもなく勝手に喘ぎ声を上げ続ける。  
 もう一度身体の中で脈動。  
 また新たに男が肉塊を私の秘所に宛がって挿入し、狂ったように腰を打ち付けた――  
 
 知らない間に、部屋には電気が灯っていた。精液の濃い匂いに思わず咳込む。  
 風浦さんも仰向けにぐったりと横たわっていて、下半身は大量の白い粘液に塗れている。  
 十数人いた不法入国の男達は、皆一様に満足した様子で明るく語り合っている。話題は専ら、  
私達の喘ぎ声とかおっぱいの質感とか膣の締め具合とか、とにかくそういう下世話な物だ。  
 最初にマリアを抱いたパウロもその中に混じっていた。一日に女の子三人とセックスしたら、  
そりゃあ満足な事だろう。  
 けれど彼一人を責めても詮無い話だった。別にあの男一人だけがマリアや私を慰み者に  
したのならともかく、全員が私達を平等に陵辱したのだから。  
 私達はそうは行かない。十何人の男に絶え間なく犯され、疲労とダメージを受けていた。  
 下腹が痛い。アソコがヒリヒリする。疲れ切って動く事も叶わず、このまま眠りたい気分だ。  
既に窓の外は暗闇に包まれていた。今何時頃だろうか。  
 男達がきっちりと列を成して部屋を出て行くのが見えた。  
 マリアが素っ裸のまま私に寄って来る。あれだけの男たちから陵辱を加えられた割に、  
彼女の足取りには全く淀みがない。  
 屈み込むと、襞のはみ出た性器が私の目の前に迫る。内側の粘膜が赤く充血していた。  
「ダイジョーブ?委員長」  
 ヨッコラショ、と彼女は日本語の掛け声に合わせて私の腕を抱えて起こす。  
 その拍子に赤く擦り切れた性器から、特有の匂いを持った白濁液がとろりと零れ出た。  
マリアは気付いて照れ隠しのようにまた笑った。  
「マダ出てるヨ。ミンナ一杯出すカラ困っチャウ」  
 流石に疲労の色は隠せなかったけれど、ジョギングでもして来たかのような爽やかな表情だ。  
風浦さんが仰向けの体勢を取ったまま、しんどそうに腕を上げて胸を覆った。  
「あなた――何で動けるの?」  
 毎日シテるカラ――そう言ってマリアは快活に笑う。  
「毎日あんな目に遭って、何で平気なのよ?!」  
「ミンナトモダチ、だからカナ。コンテナの中デ服脱がさレタ時ソウ言われたヨ。  
 『トモダチになろウ』ッテ。私OKしたヨ、ダッテ毎日ご飯貰えるモン。  
 アレ何で委員長泣いてるカ?」  
 私はマリアの顔をまともに見られなかった。そんな悲惨な過去をしれっと語る彼女に、  
かえって言い様のない痛々しさを感じてしまったからだ。彼女の事を思えば、私なんか  
どうでもいい位だ。  
 マリアの言葉は――  
 閉ざされている――  
 
 何て――  
 何て理不尽で残酷な話なんだろう。  
 性の玩具にされて、その事を全く疑わないなんて――  
 マリアは純心で、皆が喜ぶなら何でもしてしまう子である。男達はそんなマリアの  
優しさに付け込む形で、何も知らぬ彼女で性欲を処理していたのだ。  
 恐らくは国を出る前から、性的虐待は続いていたのだろう。毎日の食事と引き換えに  
身体を要求され、それに疑問を挟む事もなく応じていたのだ――  
 そこまで思いを巡らせて、私はクラスメートだった元関内の話を思い出した。  
 何がフェアトレードだ。出席番号と引き換えに女の子の身体を要求するなんて。  
 あんなヤツ、一生籍を失ったまま彷徨い続けるのが当然だ。楯雁人みたく公式には  
存在しない者としてどっかで野垂れ死んでしまうのが、彼に相応しい報いだろう。  
 誰にもマリアに手出しはさせない。彼女は――  
 私が守る。  
 十七歳の私が、マリアを傷付ける者たちに死を運ぶ黒い翼になってやる――  
 
 途端に今まで受けた屈辱が大した事ないように思えて来た。私は手の甲で涙を拭うと、  
頭を上げてもう一度マリアの顔を真正面に捉えて言った。  
「マリア――」  
 きょとんとした目でマリアが私を見た。こうして見ると本当に幼けない娘だ。  
「あなたはここに住んじゃダメ。私を家まで送って行って、そのまま一緒に暮らしましょう」  
 身体こそ丸裸でだらしなく膝を畳に着いたままだったけれど、私の腹は決まっていた。  
「トモダチも一緒ジャ、ダメ?」  
 駄目よ――私はきっぱりと拒絶した。  
「今日からあなたは私が守るの。性のあり方についてもきっちりと教えてあげるからね」  
 セイノアリカタ――マリアにしては少し難しい言葉だったようだ。  
「セックスの事よ。こんな所にいつまでも居たら絶対幸せにはなれないから」  
「幸セ――」  
「そんな難しい顔をしないで。幸せになりたいから国を出たんでしょう」  
 マリアは首を捻って天井を見上げる。彼女が考えを巡らせた数秒間の沈黙は、しかし  
彼女の一生にも匹敵する重要な時間だと私は知っていた。マリアが幸福を掴むか否かが、  
その数秒で導き出した答えに左右されてしまうのだから。  
 
 風浦さんが寝返りを打ってお尻を向けたその時、マリアが私の目を真っ直ぐに見つめた。  
迷いや淀みのない、とても綺麗な瞳をしている。  
「ワカッタ!!じゃあマリア、委員長の家デ何すれバイイカ?メイドサンカ?」  
「家はそんなメイドさんがいるような大金持ちじゃないわ。メイドのマリアさんだなんて  
 漫画じゃあるまいし。ルームメイトなんだから遠慮はいらないわ。あ、それとエッチは無しね」  
 それでいい――と私は彼女の意志を確かめた。  
 マリアが大きな目と可愛い口をぽかんと見開いて訊ねる。  
「エッチッテ何?」  
 まだ日本語の語彙が不足していたのか、マリアは自分のした事を指す言葉だとは理解できない  
様子だった。真正面から聞かれても返答に困る質問なだけに、私は恥ずかしい気持ちを抑えて  
努めて冷静な態度を取る。  
 言葉を選びつつ、彼女にも解るように言い直した。  
「セックスの事よ。あなたの友達がしたみたいな事しなくても、私とあなたは仲良しだからね」  
 ナカヨシ――呟いてから彼女は、何か頭の中で閃いたように急いた様子で言った。  
「マリア仲良しの意味分かったヨ!マリアと委員長は仲良し!委員長優シイネ、アリガト」  
 彼女らしい元気な返事には、私の中の不安まで掻き消してしまう力強さを備えていた。  
私は微笑んで座り直し、制服を手繰り寄せる。携帯の画面を見れば、十一時三十七分。  
「そう。それじゃ今日は私の家に泊まりましょうか。明日になったら病院へ行って、  
 お医者さんに事情を話して処置して貰いましょう。石神井の方にいいお医者さん  
 知ってるから――」  
 言いながら親指を動かしてメール文を打つ。内容は家族に帰宅が遅れた事を詫びつつ、  
マリアの事情について説明である。  
 書き終わり、いざ送信ボタンに指を掛けた所で――  
 
 ――さすが委員長!  
 
 突然頭上から聞こえた声に私は驚いた。携帯を放り出し、あっと叫んで顔を上げる。  
 風浦さんが何事もなかったかのように、ポジティブな笑顔を浮かべて立っていたのだ。  
 聞きましたよ委員長さん、と風浦さんは笑顔を崩さずに言う。  
「あなた身体の方は大丈夫なの?ってゆーか――」  
ついさっきまで丸裸で横になっていたのに、いつ制服を着たのだろうか。  
 勿論、と風浦さんは笑う。陵辱された面影など微塵も覗えぬ笑顔だった。  
その笑顔に私は内心で戦慄を覚える。この娘一体何者なんだろうか。  
 委員長、と呼び掛けられ、私は慌てて風浦さんの顔を捉え直した。風浦さんが言う。  
「マリアちゃんを家に引き取るそうじゃないですか。さすが正義の粘着質!」  
 言うに事欠いて何て事言ってくれるのこの娘は――  
 私は全身の気怠さも忘れて立ち上がった。背丈の関係で風浦さんを見下ろす格好になる。  
 委員長お尻キレイ、とマリアが感心したように呟く。そんな彼女を余所に私は肩を怒らせ  
拳を握り、風浦さんに向かってアパートが揺れるほどの大声で叫んだ。  
 
「 誰 が 正 義 の 粘 着 質 だ ! !」  
 
<<終>>  
 
 
 

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