「いけません! 争い事は!」  
いきなり先生が叫んだ。  
「・・・・・え?」  
奈美は携帯片手に、ぽかんとした顔をしている。  
先生はツカツカと歩み寄り、奈美の手を掴む。  
「・・・あの? ・・・先生? 争い事って・・・・」  
コンサートのチケットを取るため、繰り返しコールを行っていた所だった。  
中々繋がらず、発信履歴を塗り替えるだけの状態だったが。  
「一倍以下のコンサートを見に行きましょう!」  
先生は高らかに宣言すると、奈美の返事を待たず、強引に手を引いて歩き出す。  
「なんですかぁ!? 一倍以下って!?」  
状況が飲み込めず、先生に引っ張られるまま奈美は後を歩く。  
「争うことなどしなくていいんですよ。一倍以下なら、敗者はでませんから。」  
奈美は何となくその言葉を理解し、疲れた表情を浮かべる。  
「・・・・それって、ものすごくアレなコンサートとかですよね?」  
先生は答えず、さくさくと歩みを進める。  
奈美は少し小走りで、先生の歩幅に合わせて歩く。  
「・・・・・あの、先生。・・・誘ってくれるなら、も少し違・・・・・・」  
「何を言うのですか。君が、チケットを勝ち取れば、誰かが敗者になります。もしくは君が敗者に!  
先生は、敗者を作らないための一倍以下を推奨しているのです!」  
「・・・またカフカちゃんですよね? 言いくるめられてますよね?」  
奈美はちょっと傍観気味の表情でつぶやいたが、先生の耳には聞こえないようだった。  
「・・・あ! 先生! 私、制服ですよぉ! せめて着替えてから・・・・・・・」  
聞こえないのか、聞こえないフリなのか、先生は奈美を引っ張ったまま、会場へと入っていった。  
 
 
開演時間はとっくに過ぎた会場で、先生と奈美は並んで座っていた。  
手にはストラップ付きのペットボトル。コーラを選び、先生に「普通」と言われ、席についたのだが、  
「・・・・・・だれもいないです、先生。」  
「一倍以下ですから。・・・・貸し切りみたいでよいでしょう?」  
先生はそういって、ペットボトルの緑茶を飲んだ。  
「・・・・・・・・・・・始まりませんよぉ?」  
「一倍以下ですから。・・・・・・・ドタキャンありとチケットに書いてありますよ。」  
奈美はチケットを見た。・・・端に小さく書いてある。  
・・・・・少し日が暮れてきた会場はライトアップされた。  
「・・・・・・先生・・・・楽しいですか?」  
「・・・まあ・・・少し・・・・」  
先生は椅子にもたれて、半分寝ながら返事をする。  
溜め息をついた奈美の横で、先生は完全に寝息を立て始めた。  
「・・・・楽しいんだ。」  
ちょっと憂鬱な顔で先生を見ていた奈美だったが、ふと、表情を緩めてそっと先生の方へ寄る。  
先生が起きないように、ゆっくりとその肩に自分の頭を重ねていった。  
(・・・・・ま、いいか。)  
少し頬を赤くしながら、口元をほころばせ、自分も目を閉じた。  
 
 
二人が会場を出た時は、すっかり日も落ち、街は完全に夜の姿に変わっていた。  
人影もまばらな歩道を二人並んで歩いていた。  
街灯の灯りは暗く、時折通り過ぎる車のヘッドライトが、その姿を照らす。  
「・・・結局、居眠りしに行っただけじゃないですか。」  
少し非難気味に言う奈美に、先生は平然と答える。  
「日塔さんも良く寝ていましたねぇ。・・・・よだれを垂らして熟睡してましたよ。」  
「・・・! 見てないで起こしてくださいよぉ!」  
奈美は顔を赤くして先生にくってかかる。  
先生は涼しげに笑って、奈美を受け流す。  
「・・・・・・敗者を作らない生き方は良いですよ。やはり競争率は一倍以下でなくては。」  
夜空に向かい独白する先生に、奈美は肩をすくめた。  
そして、ふと思い付いたように、  
「でも、先生も、なんだかんだで競争率高いですよね。」  
先生の肩がピクっとした。  
「はあ。・・・そうですか? 何がでしょう?」  
奈美はちょっと考えて、思いきったように話す。  
「・・・えーと。・・・先生を狙ってる女の子ですよ。うちのクラスだけでも結構な人数ですよ?」  
奈美は言葉に気をつけて、ゆっくりと告げた。  
「私が、競争率を一倍以上にしていると!?」  
先生の顔色が変わる。  
「・・・・・・いつもディープラブとか騒いでるじゃないですか。」  
「・・・・・ああ・・・・! 愛が重いっ! 重過ぎる!」  
先生は頭を抱えのけぞった。  
「・・・・・・・何をしたのかは知りませんけど。」  
「人聞きの悪い事を言わないで下さい! 私は何もしていません! 彼女達がディープラブすぎるのです!」  
「・・・・また絶望するんですか?」  
奈美の言葉に、先生は勢い良く振り返ると、奈美の首を両手で掴む。  
「わっ!?」  
「ええ、絶望してますよ! ディープラブしかない人生に絶望してますよ! 重い愛はいりません! 私は普通  
の男女交際がしたいんです!」  
先生の叫びに、奈美は一瞬心臓が跳ねあがるのを感じた。  
「・・・・・・え・・・・・あ・・・あれ?」  
(・・・・・普通の・・・・・・・? って・・・・・え?)  
「・・・・・・・・・・あ・・・・」  
先生も自分の言葉に気がつき、頬に汗がひとすじ流れた。  
奈美の顔が見る見る真っ赤に染まってゆく。  
(・・・わ・・・・わわわわ!)  
「・・・先生! 首! 苦しいです!」  
とっさに奈美は叫んだ。  
「・・・・あ・・・・と。すみません。」  
先生はスッと奈美の首から手を引く。  
「・・・・・だ、大丈夫ですか? 日塔さん。」  
「あ・・・はい・・・」  
奈美は慌てて、特に苦しくも無かった首をさすってみせる。  
 
しばらく沈黙が訪れた。  
二人とも次の言葉を選んでいる様子が、気まずさとは違った空気を作りだしていた。  
「・・・・・・・あ・・・・・・まあ、・・・ディープラブも悪いものではないですよ。」  
視線をそらしながらつぶやいた先生の言葉が、奈美の胸に突き刺さった。  
「・・・・・そ、そうなんだ。」  
(何でそんな事言うのよ! 先生・・・・・・!)  
奈美は喉まで出かかった言葉を飲み込み、気の無い言葉を返す。  
「・・・でもまあ、倍率が高いのは何とかしなくてはいけませんね。」  
「・・・・・・・私が・・・・・・・」  
言いかけて口をつぐんだ奈美を、先生はハッとした顔で見た。  
「・・・・み、見た限りでは・・・・・って話です。・・・・クラスの子達を。」  
(・・・・そんな事・・・そんな事が言いたかったわけじゃ・・・・・!)  
心の中で叫び続ける自分を押さえて、奈美は何とか言葉を続けた。  
「・・・・そう・・・・・ですか・・・・・」  
ぼんやりとした返事を返す先生に、奈美はサッと近寄る。  
「日塔さん?」  
奈美は答えずに、先生の手を掴み、引っ張りながら歩きはじめた。  
「・・・帰りますよ。遅くなっちゃいましたし。」  
そう言って先生の手を握る手に力をこめた。  
「あ・・・ととっ!」  
先生は少したたらを踏み、奈美に引きずられるように歩きだした。  
奈美は先生に構わずに、ずかずかと歩いてゆく。  
先生はしばらく奈美の横顔を見ていたが、  
「日塔さん、一つ聞いてもいいですか?」  
「・・・・・え? 何を・・・ですか?」  
予想外の言葉に、奈美はきょとんとした顔で振り返った。  
「あなたの倍率はどのくらいなんでしょうか?」  
「・・・・・・! あー・・・・・えっと・・・・・」  
うっかり言葉に詰まってしまった奈美に、先生は少し笑った。  
「・・・やはり倍率も『普通』なんでしょうね。」  
「普通ってゆうなーっ!!」  
反射的にいつもの返し方をした。  
でも、心なしか、あまり気分は悪くない。  
奈美は戸惑いながらも、怒った様子を見せ、再び先生を引っ張って歩き出す。  
ふと、自分が握っていた先生の手が、自分の手を握り返した。  
「・・・・・・・あ・・・・・」  
奈美は思わず立ち止まってしまう。  
先生はそんな奈美に笑いかけると、  
「じゃ、帰りましょうか。」  
そういって、今度は自分が先導して歩き出した。  
ちょっと呆気にとられていたが、小さく微笑むと、奈美は手をつないだまま横に並んだ。  
「・・・倍率・・・・・1倍以下じゃないんですね。」  
「いや・・・・・普通は何倍しても普通って事ですから。」  
即座に切り返した先生に、奈美は少し肩をすくめた。  
苦笑を浮かべて、奈美は先生の手をさらに強く握りかえす。  
(・・・・・まだ・・・もうしばらくは・・・・・・ここがいいな・・・・・・)  
いつのまにか、先生が奈美の歩幅に合わせて歩いていてくれる事に気がついた。  
「・・・・ふつうって・・・ゆうなーっ・・・・・・・」  
ゆっくりとそう言って・・・・・二人は静かに、肩を並べて歩いて行った。  
 

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