「ただいまあ。」
そう言ってみたけど、当然お帰りなさいという声は帰ってこない。
父はいつも夜遅い帰宅だし、母は友達と買い物に出かけている。姉
はいつも予定ははっきりしないけど、いないに決まっていた。みん
なわかっていることだけど、それでも家に帰ったときにはそう言っ
てしまうのだ。姉は気まぐれだから、夕食を家でとるのかどうかも
はっきりしない。いつも土壇場になってから、今日は夕飯いらない、
と電話を掛けてくる。大学に入ってからはそんな傾向がますますひ
どくなった。私はそういうのにとてもイライラするんだけど、まあ
文句を言っても仕方がない。
姉とはまあ、あまり仲の良くない方だろう。性格も正反対だった
し。今ではもう別に気にしていないが、両親に可愛がられたのはは
っきり姉のほうだった。今でも親戚には姉と妹が逆みたいね、と言
われる。姉はのんびりしていてみんなに愛される性格だったが、私
は癇の強い子だったのだ。
二階の自分の部屋に上がって着替えてから、居間に戻って横にな
った。今日は部活はなかったけれど、授業を受けただけでもとても
疲れた気がする。国語の授業中にいつものように先生が脱線して、
赤木さんがそれに乗って、マ太郎がはしゃぎ回って・・・。結局私が
なんとか収拾させることになってしまったのだ。
うとうとしていると家の電話が鳴った。すぐに出ると思ったとお
り晴美からの電話だ。そもそも友達の中で携帯ではなく、家の電話
に掛けてくるのは昔からの友人である晴美だけだ。
「もしもし 藤吉ですが、木津さんのお宅ですか?」
「晴美? 私だよ。」
「ああ 結局今日大丈夫だったよ というか両親も旅行にいって
るし 夜遅くにリビング使っても全然平気だよ 何時に来る?」
「夕飯食べてからだから、8時でいいかな?」
「わかった じゃあ8時に待ってるね」
「うん、それじゃ。」
文化祭のパンフレットを一緒に作る、というのが目的だが、実際
のところは晴美といろいろおしゃべりをするのが目的で、それがす
ごく楽しみだった。高校になって、晴美と同じクラスになれたのは
良かった。口に出して本人に直接言ったこともないのだけれど、こ
れは本心からそう思う。
自分でも付き合い辛い性格だと思っているが、何故か小学校のと
きから晴美とは気が合ったのだ。彼女ののんびりして物事にこだわ
らない性格がよかったのかもしれない。
他のみんなとは高校の時から一緒になったので、中学までの私を
知っているのは晴美しかいない。今でこそクラスでは委員長みたい
だし、茶道部の部長までやってちょっと後輩には怖がれているくら
いだけど、小学校時代は泣き虫だったし、それを知られているのは
かなり恥ずかしいことだ。
小学校の時はちりちりパーマ、と悪口を言われて、その後それが
チリパーというあだ名になったこともある。からかわれると泣き出
して怒ることもあり、キチガイ木津千里、それがキチキチという実
にありがたくないあだ名を付けられていた時期もあった。
当然晴美はそのことをみんな知っているのだが、高校になってか
らは、それをみんなにいうことは無く、秘密にしておいてくれてい
るのだ。
7時過ぎになって、予想通り母親と二人で夕飯を食べることにな
った。今日は学校の用事で晴美の家にへ行く、多分徹夜になって泊
まることになる、と話をした。もちろん晴美の家に行くのなら、親
があれこれ言うことはない。
部屋にもどると洗面用具をバッグにつめて、必要な文房具やノー
トも入れて、すぐに家を出た。もう秋が近くなっているから涼しい。
すっかりいい気持ちになって晴美の家へ向かって歩き出した。