久藤准は、疲れていた。  
 
糸色倫。  
この美貌の少女と付き合い始めてから、彼に心休まる暇はなかった。  
なにしろ、その美しさに育ちの良さから来る気品が相俟って、  
彼女に目を惹かれない男はいないのだ。  
 
特に、後姿の美しさは天下一品で、振り返る彼女を見たいがために、  
廊下を歩く彼女に後ろから呼びかける不埒な輩は後を絶たなかった。  
 
准は、彼女に近寄る男どもを排除するために、  
日々、水面下で激しいバトルを繰り返していた。  
 
まず、一番ライバルになりそうな木野には、  
趣味の悪い服を着せて褒めちぎり、調子に乗せて、  
いわゆるライバルキャラからお笑いキャラへの変更に成功した。  
―――まあ、あそこまで、悪趣味にはまるとは思わなかったけどね…。  
 
倫に結婚を迫った不届きな担任教師の1日友は、  
遠くに飛ばしてしまうに限る、とインドへの自分探しの旅を提案した。  
―――なのに、あっさり戻ってきちゃって…。  
   今度は日本中の旧跡めぐりでも勧めてやろうかな。  
 
サッカー少年の田中一郎は、当面の心配はなかったのであるが、  
昨今、サッカー選手は人気キャラである。  
慎重を期すに越したことはない、と丁寧に勉強を教えて進級させた。  
―――注目される前に卒業してしまえ!  
 
そして、臼井は。  
―――……倫ちゃん、普段は見えてないみたいだから、大丈夫か…。  
 
このように、「さよなら絶望先生」に男キャラが少ない裏には、  
オンエアされない部分での、准の涙ぐましい努力があったのであった。  
 
しかし、一番の問題は、倫本人に全く自覚がないところだった。  
呼ばれると気軽に振り返り、その見返り美人姿を惜しげもなく披露してしまう。  
そして、それを見て身をよじる男どもに、はて、と首を傾げるのだ。  
 
今日も今日とて、倫は4段抜きで盛大にその後姿を衆目にさらし、  
准は、ショックの余り、ぐったりと机につっぷした。  
 
そんな准を、倫は不思議そうに眺めやった。  
「どうしたんだ?随分と疲れてるみたいだが…。」  
「…誰のせいだと思ってるんだ…。」  
准の口の中での呟きは、倫には聞こえなかったようだ。  
 
倫は、楽しげに続けた。  
「さっき、図書室で女生徒達が話していたんだが、お前、競争率高いんだな。」  
「…。」  
―――競争率が高いのは、君の方です、倫ちゃん。  
 
そういえば、と倫がふと唇に指をあてた。  
「最近、気が付いたんだが…。  
 この学校の男子生徒は、すぐ前かがみになるようだが、腰が悪いのか?」  
 
倫の無邪気な質問に、准は心からため息をついた。  
―――ホントに、この兄妹ときたら、自覚がなさすぎるよ…。  
 
ノーマルになっても、准の苦悩と受難の日々は、まだまだ続きそうだ。  
 
 
 
 

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