夏休みのある日。  
蝉の鳴き声が暑苦しさを増している真昼。  
「先生…」  
 
本当に暑い日で、ぼんやりと先生の事を考えていた時のことである。  
常識とは考えられるか不明だが、私は拉致されたのだ。  
車内に揺られ数時間、着いた途端そこは蔵だった。  
 
 
 
 
 
 
 
「お見合い終わったの?」  
「ええ。皆様お帰りになりましたよ。」  
頑丈な扉を開けて現れたのは執事である老人だった。  
先程“お見合い”で教員の彼に逃げられた霧は、体育座りをしたままただじっと扉へ目を向けた。  
「…誰かに決まった?」  
 
紳士とも言えるその老人は、残念そうに首を振りながら眉根を下げて微笑む。  
「…残念ながら」  
「…そ……そうなんだ」  
それを聞いて霧はほっと胸を撫で下ろした。  
次にいつ帰れるかを尋ねた。霧には見たいテレビがあるのだ。  
「坊ちゃまの願い故、まだ学校へ返す訳には行かないので御座います。」  
それを聞いて執事は申し訳なさそうに頭を下げ、紙袋を置いてまた扉は閉まってしまった。  
 
「………」  
 
先生の言う事なら仕方がないか…。  
そう思いながらも自分に用が有る事に嬉しそうに口元をゆるめた。  
立ち上がり、蔵の高い位置…二階から射し込む月明かりが少し眩そうに目を細めて包装された紙袋を手に取った。  
 
もしかしたら着物か何かかもしれない。  
 
開けたいという欲を堪え、その紙袋を置きそっと服を脱いでいく。  
蔵の中はひんやりとしていて気持ちが良い。  
日中居た教室とは別世界だと霧は思った。  
 
「小森さん」  
 
不意に扉が開いた。  
いつもの和服姿の糸色だった。  
霧はとっさに持っていた衣服で胸元を隠し、背を向けて俯いて目を逸らした。  
「っ…み、みんなは」  
声が出ない。  
「何とか皆さん帰りましたよ。」  
平然と話す糸色に困惑を示した。  
蔵の暗さで後ろから差し込む光が逆光となって表情が読みとれないからだろうか。  
「小森さん?」  
 
怖い  
 
霧は背筋を微かに寒いものが走ると小さく後ずさりした。  
 
その様子を見た糸色は上品に眉を寄せ近付いた。  
「何故逃げるのですか」  
霧は小さく震え胸元の衣服を握り締めて後ろへと引き下がる。  
「せ、先生…学校に帰りたい。」  
見ないで欲しいといいたげに口ごもっていた本心は、恥ずかしさのあまり遠まわし過ぎる言葉に変わってしまった。  
 
「先生も引きこもり癖を直すには何か考えてみたんです。」  
一歩、二歩と。  
 
「働いてみては如何ですか?最初から外でアルバイトは無理でしょうから、まずはこの家で。」  
 
ついに壁に背中が付き、霧は縦に何度も頷いた。  
 
頷いた瞬間、扉が閉まり、外からガチャンと施錠される音がした。  
 

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