正直な話、顔に関しては余裕で合格点だ。ときどき、私も負けているんじゃないか、と思うくらいに、  
あの色白の顔が綺麗に見えることがある。  
ファッションに関しても、まぁ及第点。地元での軽い格好も、最初は少し驚いたがそれなりにセンス  
は認められた。その上で和服も着こなせるとなるというのも、ポイントは高い。  
良い家の出だから、財力も礼儀作法も、特に問題なし。曲がりなりにも教師だから、頭も良い。  
そこまでは、ほとんど理想像と言ってもいいくらいの成績だ。  
………けれど、ただ1つの、重大な欠点は。  
「そこまで揃ってて、なんであんな性格してんのよ!!」  
そう。あの、腰の引けた情けない性格だけは、どうしても許せない。それこそ、こうして思わず声に  
出して叫んでしまうほどに。  
「(日本は亭主関白の国じゃないの!?『黙ってオレについて来い』でしょ、普通!?)」  
私は普段から、ああして周りにつんけんして見せているけれど。それも、ちゃんと理由があってのこと  
なのだ。あの私の強気な姿を見て、それでもなお「いいから黙ってついて来い」と胸を張って言って  
くれるような男性………私は、それを求めているのだ。欲しいのは、あんな腰の低い態度や情けない  
謝罪の言葉なんかじゃ、決して、ない。  
「(あー!あーーーーッ、もう!!)」  
本当なら、無理矢理にでも先生と一緒になって、それからあの性格を矯正していきたいくらいの気持ち  
だけれど、なかなかそうもいかない。私にも、女としてのプライドがある。今の情けないままの先生に  
簡単になびいてしまっては、なんだか………何かに、負けてしまう気がするのだ。  
「(たまには男らしい所見せなさいよ!きっかけも何もありゃしないッ!!)」  
抱き枕に爪を立てながら、ベッドの上でばたばたと両脚を振り回す。最近どうも、こうして苛々する  
ことが多くなった気がする。それもこれも全て、先生の所為だ。絶対にそうだ。  
 
すると。  
 
『………今日も荒れてますわね、カエレちゃん?』  
「っ!」  
 
頭の中で、声がする。  
一瞬ビクリと身体を震わせてから………しかし、それ以上は特に驚くことも無く。他の人間には決して  
聞こえないその声に向かって、私は、同じく他の人間には聞こえない声で話し掛ける。  
「(………うるっさいわね。何しに来たのよ、楓。)」  
頭の中に住む、もう1人の私………楓は、クスクス、と微かな笑い声を上げた。  
 
楓は、私が日本での生活の中で、文化の違いに押し潰されそうになったときに生まれた、第二の私だ。  
つまるところが、二重人格。正確には、私の中には他の国で生まれたもっと沢山の人格が住んでいて、  
ほとんど1つの世界を形成しているようなものだから、多重人格、という言葉が正しいけれど………  
楓以外の人格が積極的に自己主張をしてくることはほとんど無いから、二重、と言っても問題無い。  
楓が生まれたばかりの頃は、私も意識を乗っ取られるのが怖くて、無理に彼女を意識の闇の底へ押し  
込めておこうとした。二重人格の人間など、一般的な社会では、そうそう受け入れられるものではない  
からだ。その反動か、その頃は、私の身体の中で私と楓が主導権の奪い合いをし続けているような有様  
だった。  
だが。あのクラスに入ってからは、事情が変わった。  
私の二重人格を知っても、あのクラスでは誰一人として、私を避けたり、特別扱いするようなことは  
無かった。クラスメイトも………先生も、含めて。  
それも、私がこうして先生を想い苛立つようになった原因の1つだ。二重人格のことを知っても、  
結局次の日には何事も無かったかのように接してくれた身投げを止められる、なんて大事件の後で、  
少し顔を合わせづらかったのに、そんなことはまるで無かったとでもいうように接してくれた。  
そのことで、私は不覚にも心をときめかせてしまったのだ。  
………まぁ、そのことはともかくとして。  
そうして、無理矢理押し込める必要が無くなった楓と、私は徐々に、意図的なコミュニケーションが  
取れるようになってきた。今は、なんというか、生意気な妹が出来たような感覚だ。傍から見れば、  
頭の中の人格と会話をする危ない人間、と思われるのかも知れないが………正直あのクラスに居ると、  
そんなことはどうでもよくなってくる。アクの強過ぎるクラスメイトの存在は、私にとっては、幸い  
なことだった。  
 
『最近ずっと、先生のことで苛々なさってますわね。』  
「(………放っといてよ。)」  
こうして、会話をするようになってから………楓の正確も、かなり変わった気がする。なんというか、  
私の性格の一部が乗り移ったような。私にも、楓の持っていた、男性に対して一歩引いてしまう部分  
が伝染ってしまったような気がする。  
『久々に、カエレちゃんのお眼鏡にも適いましたかしら?』  
「(だから苛々してるんでしょ。少し黙ってなさいよ、もう!)」  
『相談くらいしてくれて宜しいのではなくて?私だって………先生を、お慕い申しておりますのに。』  
お慕い申しておりますのに、の部分だけは、心底真面目な声になる。楓も、他のたくさんの私達も、  
結局は元の私、「木村カエレ」から枝分かれした人格だ。性格も言葉遣いも大きく違うけれど、根幹の  
部分は、全員が共有している。  
つまり、人間の根底にあるもの………食欲、睡眠欲、そして余り考えたくはないけれど、性欲………に  
根差している嗜好は、ほぼ共通しているのだ。全員、糸色先生に好意を持っているのは、間違いない。  
『ねぇ………もっと、素直におなりなさいな。』  
「(それが出来ないから、苛々してんのよ………あんたも私なんだから、解かるでしょ。)」  
『もう。いつものカエレちゃんみたいに、思うことは包み隠さず打ち明けたら宜しいのに。』  
「(………あんた、ちょっと前まで『女は3歩引いて〜』とか言ってたじゃないのよ。)」  
『それは、それですわ。お慕い申し上げる殿方にひたすら一途、というのも、大和撫子の姿でしてよ?』  
「(………あーもう、うるさい!ちょっと寝てなさいよ!!)」  
はぁ、と、頭の中で楓が溜息を吐くのが聞こえた。………いや、それとも今のは、私自身の溜息だった  
ろうか。もう、頭がぐちゃぐちゃで、何がなんだか解からない。  
 
『………そうですわ。』  
やがて頭の中で、楓が、何かを閃いたような明るい声を上げた。  
「(………何よ………?)」  
『カエレちゃん、糸色先生が男らしくなさってくれないから、踏み出せずに居るのよね?』  
「(………いちいち聞かなくても解かるでしょ。)」  
そして。  
『ということは………男らしい糸色先生の姿を見たら、少しはお気持ちも変わりますかしら?』  
その声のトーンが、すぐさま………何かをたくらんでるかのように、低く、落ちる。  
『そうなのよね?それなら………ひとつ、考えがありますわ。』  
「(………ちょっと………何、考えてんのよ、楓………?)」  
私の返答を待たずに結論を出した楓は、また、クスクスと笑いながら………。  
『じゃぁ………申し訳ないけれど、少しだけ………。』  
「(え………っ………!?)」  
突然、私の意識を、乗っ取りに掛かってきた。  
「(ちょ、っと………か、楓!?あんた、何の………ッ!!?)」  
『大丈夫………悪いようには、致しませんわ………。』  
頭が割れるような、締め付けられるような。久々の、吐き気を催すような嫌な感覚。  
「(そ、そんな、の………信じ………ッ!?)」  
『………ごめんね、けれど………これも、全部………。』  
楓が、どこか申し訳なさそうな声で呟いたその言葉を、聞き終わるよりも先に。  
 
私の意識は、身体から締め出され、真相意識の深い闇に沈みながら………ぷつり、と途切れた。  
 
 
 
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その日も望は、宿直室で独りの夜を過ごしていた。  
いや………おそらく、望の気付かないうちに、部屋のどこかでまといが常に望を観察しているはずだが。  
視界の外にいると、ついつい、その存在を忘れがちになる。慣れとは怖ろしいものだ。  
毎日の密かな楽しみ兼日課である読書の時間を、終える。栞の紐をページに挟み、本を机の上に無造作に  
投げ出す。今日も1日、2のへ組での激務をこなし、体力も限界だ。  
「(まだこんな時間ですが………たまには、少し早く休みますか。)」  
あくびをしながら頭の隅でそんなことを考えて、望は、押入れから簡素な寝具一式を取り出し、畳の上  
に広げた。適当に皺を伸ばし、形を整えて、眼鏡を外して電灯から垂れた紐に手を掛けた………。  
そのとき。  
 
コン、コン  
 
「おや………………?」  
ドアをノックする音が響き、望は、電灯を消し掛けたその手を止めた。  
「(………こんな時間に?)」  
眼鏡を掛け直し、時計に眼をやる。時刻は9時、寝るには少し早い時間だが、外出するには遅い時間。  
こんな時間に自分を訪ねてくるとすれば、誰だろうか。まといがうっかり宿直室から締め出されたか、  
霧が心細くなって理科準備室からこちらへ渡って来たか、あるいは可符香か千里辺りがとんでもない  
厄介事でも持ち込んできたか。  
「はい、はい、今開けます………っ………。」  
そして。そんな気構えで、ドアを開いた望は。  
その先に立っていた、心底意外なその少女の姿を眼にして、思わず固まった。  
「あ、れ………き、木村………さん?」  
「………夜分遅くに申し訳ございません、糸色先生………。」  
そのしおらしい態度に、望はまた言葉を失ったが………眼の前に居るのがいつもクラスに居るカエレ  
ではないということにだけは、すぐに気付いた。  
「あ、え、っと………もしかして、楓さん、ですか………?」  
「はい………ご無沙汰しております………。」  
呆気に取られながらも、望はひとまず挨拶を交わし、立ち話もなんですから、と言って楓を宿直室に  
招き入れようとする。  
しかし………楓は、その場を動こうとはしない。  
「………あの………どうか、なさいましたか………?」  
恐る恐る、望がそう尋ねる。楓は黙ったまま、ほんの少しの間だけ視線を落として………その後。  
頬を上気させながら、熱の篭った視線で、望の瞳を見つめた。  
「………へ………?」  
ドキリ、と望の心臓が高鳴り、同時にその口から上擦った情けない声が漏れる。  
事情を理解できていない望に、楓が、一歩、また一歩と歩み寄る。靴が無造作に脱ぎ捨てられ、2人の  
距離が見る見るうちに縮んでいく。  
「先生………あの、私………ッ………。」  
自ら歩み寄りながら、しかし、どこか恥ずかしげな表情を浮かべる楓。その姿に、望の体温は上がり、  
その鼓動が早まっていく。  
望むが1歩後ずさる毎に、楓がそれ以上の距離を詰めて。遂に、2人の距離が、ゼロになる。  
楓は、身体の正面を望むの薄い胸板に密着させ、自分よりもほんの少し高い位置にある望の瞳をまるで  
熱に浮かされたような表情で見上げながら………熱い吐息と共に、一言、呟いた。  
 
「ずっと、先生を………先生を、お慕い申し上げておりました………っ………!」  
 
少しだけ時間を掛けて、その古風な言葉の意味を租借して。  
「………………は、い?」  
望の思考回路が、停止した。  
 
 
 
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眼が、覚める。  
暗く、冷たい深海に浮かんでいるような感覚。久々に叩き落とされた、意識の闇の底。  
『………ちょっと………どういうつもりよ、楓………。』  
「(あら、やっと………っ、お目覚めに、なりまして………?)」  
どこか人を小馬鹿にしたような声で、楓が答える。意識が途絶える前とは、完全に立場が逆転して  
しまっているらしい。自分の身体の感覚も無ければ、自分が見ているはずの景色すら見えない。  
『………説明しなさいよ。』  
「(もう少し、休んでらしても、っ、宜しかったのに………。)」  
『いいからとっとと説明しなさい。あんた、今、どこで何してるの?』  
楓の声が、何故か所々途切れがちになっているのを訝りながら、私は強い態度で楓を問い詰める。  
また、あの微かな笑い声が聞こえた。  
「(………本当に、知りたいんですの、ね?)」  
その声の調子に、一抹の不安を覚えながらも………私は無言で、楓に圧力を掛け続ける。  
それを感じ取り、楓が、答える。  
 
「(それじゃぁ………身体は、お返しできないけれど。)」  
『………………。』  
「(貴方の、眼だけは、っ………少しだけ、覗かせて、差し上げますわ………っ!)」  
 
楓の言葉の、直後。視界の中に、白い光が差し込み………楓が見ているであろう景色が、現れる。  
 
そして。  
眼の前で展開される、その光景を眼にして………その意味を、理解した瞬間。  
『………なッ………〜〜〜ッッッ!!?』  
私は、意識だけの身体で、頬を真っ赤に上気させた。  
 
始めは、眼の前にある赤黒いものが何なのか、近過ぎて解からなかったけれど。  
前後に動く視界と、引いた視点からの映像と………時折、低い視点から見上げる、糸色先生の顔、  
そこに浮かぶ表情を眼にして。私は、自分が、自分の身体が何をしているのかを、悟った。  
「先、生………ん、気持ひ、良い、ですか………っ?」  
楓が実際に口にした声が、私の耳にも届く。私は、まるで自分自身が望んで『その行為』に及んで  
いるような錯覚に陥りながら………糸色先生の分身を、自らの口を使って慰めている楓と、視覚を  
共有していた。  
「き、木村、さん………そこはッ………!?」  
「先生ったら………もうこんなに、腫れ上がってらっしゃいますわ………ん、ちゅ………。」  
「や、やめて下さい、もう………ホントに、もう………う、あ………!!」  
「もう、こんなに先走って………ん、ぅ………美味しゅうございますわ、先生………。」  
楓は私と同じ声で淫らな台詞を吐きながら、びくびくと震える先生の分身を一心不乱に咥え込む。  
『な………何やってんのよアンタ!!?こんな、こんなの………止めなさいよ!!今すぐッ!!』  
「(………カエレちゃんが、悪いんですのよ?いつまでも、素直になってくださらないから。)」  
『勝手なことしないでよッ!!っていうか、こんな………なんで………!!』  
「(いいじゃ、ありませんの………っ、恋なんて所詮、早い者勝ちですわ………ッ!)」  
『何が大和撫子よ!!何が和をもって良しよッ!!この、淫乱女!!』  
「(日本には、『当たって砕けろ』という………素敵な、言葉もありましてよ?)」  
『砕けるのなんて、どうせ私じゃないのよ!!止めて、こんな………こんなのって………!!』  
どうしようもない喪失感と後悔の念に駆られる私の言葉を、遂に無視して。楓は、糸色先生への行為  
を加速させる。先生の分身に細い指を絡め、それを上下にしごきながら、舌で唾液を塗りつけるよう  
に膨らんだ分身全体を愛撫していく。  
「う、あ、ぁぁ………ッ………!!」  
やがて先生が、苦しそうな呻き声を上げ………その、直後。  
「あ、ぐッ………………!!」  
「………あ、ん………ッv」  
最大限に膨張した、分身の先端から。私の顔目掛けて、白く粘度のある液体が、一気に吐き出された。  
 
「は………あ、ん………。」  
楓が、蕩けそうなほどうっとりとした声を上げながら、指に絡んだ先生の精を弄ぶ。息を荒げる先生  
の脚の間で、楓は、その指を自分の口へ運んだ。くちゅくちゅと、舌が自分の指を嘗め回す音が響く。  
「は、ぁ………っ、は………。」  
「これが………先生の………ちゅ、ぷ………v」  
「き………木村、さん………ッ………。」  
先生が、切なげな声で私の苗字を口にする。おそらくそれは、「木村カエレ」ではなく「木村楓」を  
呼ぶ声なのだということを想い、私はもはや、声を上げる気力すら失っていった。  
「先生………先、生ぇ………ッ………v」  
私の身体が、先生に迫る。首の後ろに手を回し、そのまま先生の身体を引き倒すように、仰向けで  
宿直室の畳の上へと寝転んでいく。2人の身体が、上下に重なる。  
「………いらして………糸色、先生………ッ!」  
楓が、先生の理性に止めを刺す、甘ったるい誘惑の声を上げる。  
その瞬間、先生の中で何かが切れるのが、眼の前に居ないはずの私にも、はっきりと感じられた。  
「………木村、さんッ………!!」  
楓の視界に映る先生の瞳には、普段ならば絶対に見られない………どこか、獣染みた光が宿っていた。  
 
ああ、先生は、こんなに荒々しくて男らしい顔も出来るんじゃないか。どうして、私の前ではその顔を  
1度も見せてくれなかったのか。楓には、そのぎらぎらと光る瞳でこうして襲い掛かっているくせに。  
それとも、それもこれも全部、私が悪いのか。なんだかんだと愚痴を溢しながら、結局は先生に何一つ  
アプローチをしなかった私の所為なのか。  
今こうして先生と愛し合おうとしているのは、私の身体であって「木村カエレ」ではない。なんだろう。  
何が悪かったのだろう。どうして私は、楓なんかに出し抜かれてしまったんだろう。今更そんなことを  
考えたところで、何もかもが、遅すぎるけれど………。  
 
「(………本当に、宜しくって?)」  
『………………ッ!』  
不意に。楓が、私に語りかける。  
視界の中の時が、止まる。  
「(このままでは、私………本当に、全部奪ってしまいますわよ?)」  
諫めるような、咎めるような。どちらにしろ、今まで、私さえ聞いたことがなかったような強い声。  
「(本当に、それで宜しいんですの?そのまま、何もせずにいらっしゃるつもり?)」  
『………そんな………だって、私………そんなの………!』  
最後のチャンスを与えられていると、感付きながら。それでも最後の1歩を踏み出しかねている私  
に向かって………楓は、まるで母親が小さな子供を叱り付けるような声で、叫んだ。  
 
「(カエレちゃんが、先生を慕うお気持ちは………その、程度なの!?)」  
『ッ!!』  
 
ぱちん。私の中で、何かが、音を立てて弾ける。  
『………や、だ………。』  
「(もっと、ハッキリ言いなさい。カエレちゃんは、先生と、どうしたいの!?)」  
気付けば………涙など流せるはずのない私の声は、いつの間にか、涙声になっていた。  
『私………私、先生と………一緒に、なりたい。』  
「(好きなんでしょう?)」  
『………私、先生が………糸色先生が、好き………!』  
 
想いを告げた後の、しばしの、沈黙。  
そして。  
「(………もう、やっと素直になってくれましたわね。)」  
楓の声が、急に、凪ぐように穏やかになる。  
『………かえ、で………?』  
「(全く、世話の焼けるお姉様ですこと。最初から、そう言えば宜しいんですのよ。)」  
『………楓、あんた………?』  
クスクス、と、また笑い声が聞こえる。  
「(仕方ありませんわ。先生との、初めては………カエレちゃんに、お譲りしますわ。)」  
『………え………?』  
「(けれど、少しだけ覚悟なさいね。初めての交わりは、とっても、痛いそうですから。)」  
『え、ちょっ………待って、ここまでしといてそんな急に………!?』  
「(お気持ちは、おありなんでしょう?女たるもの、時には、大胆さも必要でしてよ?)」  
さきほどまでの厳しい態度はどこへやら。まるで、この状況を心底面白がっているような口調で  
言いながら………楓の声は、徐々に、私の意識から遠ざかっていった。  
「(大丈夫ですわよ。先生は………ちゃんと、あなたの望む男らしさを持った、殿方ですから。)」  
楓の声が………意識の闇の底、私とは別の場所へと、還って行く。  
そして、それは同時に………それに置き換わるべき私の意識が徐々に表層に浮かび上がりつつある  
ことを、示していた。  
 
そして。  
「(御武運を、お祈り致しますわ。カ・エ・レ・ちゃん………v)」  
『楓!!ちょっと、待っ………………!!』  
その声が途切れた、瞬間。  
 
 
 
/////////////////////////////////////////////////////  
 
 
 
視界が、再び動き出す。しかし今、私の意識の中にあるのは、眼に見えるものだけではない。  
背中に感じる畳の感触、高まった自分の体温、乱れた衣服の居心地の悪さ………そして、眼の前に覆い  
被さった、糸色先生の荒い息遣い。さっきまで楓の物だったはずの全ての感覚をそっくりそのまま身体  
にのこして、その意識だけが、私に置き換わる。  
「(え………え………ッ!?)」  
頭の中で声を上げても、楓の返事は聞こえない。きっと、意識の底で高見の見物を決め込んでいるのだ。  
「………木村さん………!」  
「ひゃッッ!!」  
突然、先生がのしかかってくる。私が、驚いて身をすくませるよりも先に………先生が、唇を重ねて  
きた。思わず、全身が引き攣るように硬直する。  
ガチガチになった唇を解し、こじ開けるようにして、先生の舌はなんとか私の中に侵入しようと蠢いて  
いる。少しの間、恐怖にも似た感覚に身体を硬くしていた私も、やがて先生とキスをしているという  
事実に惚けてしまったかのように緩み、先生の舌を受け入れてしまった。  
「ふ………ん、ぅう………!!」  
舌と舌が絡み合う、まるで映画の中のように濃厚な口付け。眼の前で様々な色の光が明滅し、頭の奥が  
痺れてくるような錯覚に陥る。  
「………ふ、は………ッ………。」  
やがて離れた2人の舌を、透明な糸が繋ぐ。もはや、それがどちらの唾液なのかなど解かりはしない。  
次に、先生の掌が、私の胸に伸びた。細い指が這うようにして制服の裾から腹の上に潜り込み、その  
まま肌をなぞりながら、胸元に達する。下着が押し上げられて、制服の下で、私の両胸が露になる。  
「ん………っ………。」  
下着と制服で胸の先端を擦られて、私は、思わずぴくりと身体を震わせた。そこが、ピン、と隆起して  
いるのが、自分でもよく解かった。性感帯に触れられずとも、先生と触れ合っている部分が、じんわり  
と暖かくなってくる。身体全体が、驚くほどに敏感になっている。  
 
「ひゃ、ん………ッ!?」  
先生は、まるで私の胸の輪郭を確かめるように掌を一回り滑らせてから、徐々に、私の胸に刺激を送り  
始める。始めは、掌全体で持ち上げたり、軽く指で形を変える程度に。やがて、指に込められる力が  
強まり、掌全体の動きも大きくなり、胸全体が揉みしだかれて大きく形を変えるようになる。  
「………ちょっと、失礼しますよ………っ………。」  
先生はそう言って、少しずつ、私の制服の裾を捲り上げ始める。腰が、おへそが、徐々に先生の眼の前  
に曝け出されていく。水着を着ているときにはたくさんの男達に見られてもなんともなかったのに、  
今は、こうして先生に身体を凝視されるのが恥ずかしくて仕方が無い。  
「や………嫌だっ、先生………っ………!」  
弱々しい抗議も虚しく、程なくして、私の胸は完全に覆い隠すものを失った。  
先生は、ほとんど馬乗りになるようにして、両手で私の胸を捏ね回し始める。掌の真ん中で先端が押し  
潰され、擦り付けられて、じんじんと痺れるような快感が背筋を駆け巡る。  
「はっ、ぁ………ん、せ、先生………嫌っ、そんな、激し………!」  
「………胸が大きいと、感度が悪いと言いますが………どうやら、嘘みたいですね。んっ………。」  
「ふ、あぁッ!?」  
突然、先生が私の胸に顔を埋めてくる。そのまま、谷間や乳房に舌を這わせ………やがて、その舌が  
先端に達する。ちろちろと、舌先がひくひくとわななく先端を虐める。  
揉みくちゃにして、舌で愛撫して………更に、先端に吸い付いて、甘噛みして。存分に私の胸を愛し  
終えて、先生は1度、私に覆いかぶさっていた上体を起こした。先生が離れてもなお、私の身体は、  
快楽の余韻に小さな痙攣を繰り返す。  
「………いいですか、木村さん………?」  
ぼう、と惚けた頭で、次に放たれたその言葉を理解するには、少しだけ時間が必要だった。  
そして、先生が求めているであろうことに思い至った、瞬間。太股に、先生の指が、触れる。  
「う、あ、ぁッ………!?」  
つい、と内腿を指でなぞられて、私は思わず、仰向けのまま背中を仰け反らせた。今は、先生との  
全ての接触が快楽に直結してしまう。  
先生の欲望と、そしてそれを待ち望んで震える自分の身体に、抗う術などあろうはずもなく。私は  
さしたる抵抗も無いままに、ゆるゆると脚を開き、先生にその身体を差し出した。  
「先生………先生、せん、せいっ………。」  
うわ言のような声が、漏れる。先生は1度私に身を寄せて、頬に軽いキスを落とした後………その指  
を、私の下着に絡めた。指が触れた瞬間、くちゃり、と微かな水音が響く。  
胸への愛撫があったにしても、少し準備が整い過ぎている気がする。もしかしたら、楓の奴が、先生  
に奉仕しながら自分の身体も慰めていたのかも知れない………などということは、もちろん考えて  
いる余裕も無く。  
湿った下着が、するすると太股を滑り降りていく。私はほとんど無意識のうちに片方の膝を立てて、  
下着から片脚を引き抜いた。下着自体は、もう片方の足の膝下辺りに残されて、胸に続いて完全に  
無防備になった下半身に、先生の身体が割り込む。  
先生に向かって、両脚を開き、下着も身に着けていない所を曝け出して居る………そう考えると、  
本当に死にそうなほど恥ずかしかったが、それと同時に身体の疼きはますますその激しさを増して  
いく。  
「………よく、解しておかなければいけませんね。」  
先生はそう言いながら………あろうことか、身を屈めて、その顔を私の脚の間に埋めてしまった。  
捲れたスカートの影に先生の姿が消えて、直後………全身が痙攣するような甘い痺れが、下腹部  
から脳天までを一気に突き抜けた。  
「ひ、あ、あ、あぁぁぁぁ………〜〜〜ッッッ!!?」  
まるで、私の内部を掻き分けるように蠢く何本もの細い指と………もう、1つ。もっと柔らかくて、  
暖かくて、そして厭らしい動きをする………先生の舌が、私の中を、蹂躙していく。  
「や、嫌ぁ………駄目、先生、そこッ………そん、そんな、所、ぉ………!?」  
「………こちらも、可愛いですよ。本当に………。」  
「や、駄目ッ、そんなの………言っちゃ駄目、ッ………!!」  
喋るたびに、先生の吐息と舌のランダムな動きが、私の身体を高めていく。十分に私の入り口を  
解した後、先生は………遂に、最後の行為に向けて、準備を始める。  
「木村さん、私も………そろそろ、我慢の、限界です………っ。」  
先生が、私の両脚を抱え込むようにして、私に覆いかぶさる。見ると、さきほど白濁を吐き出して  
萎れたはずの先生の分身は、再び膨張してあの大きさを取り戻していた。  
 
一瞬だけ、背筋が寒くなる。あんな物を………果たして、私の身体は、受け入れられるのか?  
「………何かあったら………すぐに、言ってくださいね。」  
私の不安もどこ吹く風、とでもいうように。先生は自分の分身を手にとって、それを、私の入り口  
にぴたりと宛がう。私は思わず両眼をきつく閉じて、眼の前の先生を更に近くへ抱き寄せるように、  
その背中に腕を回した。  
そして。運命の時が、やって来る。  
 
「………失礼、します………!!」  
「………あ、ッ………〜〜〜ッッッ!!!???」  
 
先生の腰が、私に近づいて。入り口が、ほんの少しだけ、押し広げられた直後。  
私は、それまでに味わったことのない程の痛みを感じ、思わず声を失った。  
「ぁ………く、ぅ、ッ………ッッ………!!?」  
悲鳴を上げることすらままならない程の、激痛。快感も恥ずかしさも全て消し飛んで、身体が硬直  
し、脂汗が浮いてくるような、地獄の苦しみ。  
覚悟していたものを遥かに超えるその衝撃に、気付けば私は、ぽろぽろと涙を零していた。  
「い………い、たい、痛いッ………先生っ………!!!」  
「………もう、少しです。もう少しで………全部………ッ!!」  
私の搾り出すような訴えにも、先生は決して行為を中断しようとはしない。ズキズキと痛む私の  
内部に、なおも分身を沈め続ける。しかし、ともすれば乱暴とも思える先生の姿を見て………私は  
何故か、安心感のようなものを感じていた。先生から与えられるその痛みは本物だったが、しかし、  
それ以上に………私を抱き締めて、私と1つになろうとしてくれている先生が、これ以上無いほど  
力強く、男らしく見えて。その腕の中に居ることが、なんだか、この上なく幸福なことに思えた。  
「………は………入り、ましたッ………!」  
やがて、先生が呻くようにそう呟いて、分身の進行が止まる。肉を引き裂かれるような鋭い痛みは  
止んで、ただ、ズキズキと腹の底に響くような、鈍い痛みだけが残される。気がつけば私は先生の  
白い肌を掻き抱いて、その背中に爪を立て、浅い引っ掻き傷をいくつも作ってしまっていた。  
繋がった部分が、焼けるように熱い。先生に抱きついたままでは、そこがどうなっているのかは  
見えないけれど………多分、血が出ているんだろう。初めてのときは、そうなるものだと聞いた。  
「は………はッ………は、ぁ………。」  
浅く短くなっていた呼吸を、徐々に整えていく。その間も先生は、崩れ落ちそうになる私の身体を、  
力強く支え続けてくれた。  
「ごめんなさい、痛かったですか………けど、ちゃんと全部入りましたよ、木村さん………。」  
先生が、小さな子供をなだめるような声で、囁く。その言葉に包まれて、言い様の無い幸福感を  
感じながら………しかし、その中に1つだけどうしても言いなおして欲しい場所を見つけた私は、  
まだ喘ぎ続けている喉で、必死で、言葉を紡いだ。  
「………カ、エ………って………。」  
「………はい………?」  
呼吸と鼓動が、なかなか治まってくれない。  
それでも私は、必死で声を振り絞って………どうしても伝えたかった、その言葉を、呟いた。  
 
「………カ………レ、って………カエレって………っ。」  
「………え………?」  
「カエレ、って、呼んで………糸、色、先生………ッ………。」  
「………………………………ッッッ!!?」  
 
先生の身体が、硬直する。  
無理も無い話だろう。先生は今の今まで、ずっと………私が、楓のままだと思っていたんだから。  
事情が呑み込めない様子で、先生は、自分と繋がったままの私の姿を見つめる。  
「………木む………い、いえ、カエレさん………どうして………?」  
「あ………せ、んせ………私………っ………。」  
どうして、と尋ねられれば、答えなければいけないことは山ほどあるような気がした。けれど、  
それを言い表す言葉なんて、先生と結ばれたままで冷静に考えられるはずもない。私はただただ  
言葉にならない声の破片を漏らしながら、また、ぽろぽろと涙を零し始めてしまった。  
先生は、しばし、驚いた表情でその様子を見守っていたが………やがて、全てを悟ったような、  
意を決したような表情に変わり………また、私の身体を抱き締めてくれた。  
 
 
「………すいません。どうやら………私は、とんでもなく、酷いことを………。」  
「………先生、私………わた、し………ッ………。」  
「………何も、言わなくていいですから。あとは………先生に、任せてくれませんか?」  
ぽん、ぽんと私の背中を叩きながら、先生は、揺るぎ無い声でそう言った。  
私も、結局まともな言葉は1つも伝えられないまま………それでも、先生の言葉だけは受け入れる。  
こくり、と小さく頷くと、先生は小さな声で、何事かを呟いた。荒い呼吸としゃくり上げる声の  
所為で、先生が何と言ったのかは、よく解からなかった。  
 
そして。先生の腰の動きが、再開される。  
「行きますよ………カエレさん。」  
「あ、ぐ………ぅ………!!」  
ギチ、と、また痛みが走る。さっきよりは少しはマシになったが、それでも、激痛であることに  
変わりは無い。私の腕はまた、先生の身体にすがるように爪を立てる。  
「………今度は………これで、少しは楽になると、いいんですが………っ、く………。」  
もしかすると、先生も痛みを感じているんだろうか。快感を我慢しているのとは少し違う、単純に  
苦しそうな呻き声を上げながら………先生は、両手で支えていた私の身体を、片腕のに持ち変える。  
離れた腕が………先生に絡みつく私の片腕を、取る。  
「本当なら、私の仕事なんですが………申し訳ありません、この体勢ではなんとも………。」  
申し訳無さそうにそう言いながら、先生は一旦動きを中断させて………私の手を、そっと、結合部  
へと導いていった。  
そして。  
「ひ、んぅッッッ!!」  
「………解かり、ますね?」  
先生の指が………胸よりも唇よりも、どこよりも敏感な突起に、触れる。  
瞬間、腰から生まれた快楽の波が、全身へと波紋のように伝わっていく。  
「これで、少しは楽になるはずです………。」  
「あ、あッ………ひ………や、やぁ………ッ!!」  
「後ろからなら、私が慰めてあげられるのですが………無理に体位を変えるのも………。」  
くにくにと、結合部の上部を指の腹で捏ね回される。先生の言う通り、全身を駆け巡るようなその  
快感は、まるで麻酔のように結合の痛みを和らげていった。  
私はほんの少しの不安を抱きながらも………自分の、1番敏感な場所に、指を這わせていく。  
どんな風に触れれば、どれだけの快楽が生まれるのか。自分の身体のことは、自分が1番よく解かる。  
だからこそ………何か、一旦スイッチが入ってしまったら、歯止めが効かなくなりそうで。それが、  
少しだけ怖かった。  
そして。そんな、私の不安を読み取ってくれたのだろうか。  
「………何も、考えなくていいですよ。何があっても………私は、ここに居ます。受け止めますから。」  
そう言って、微笑んでくれた。  
頬が上気する。不安が、取り除かれ………思考が曖昧になっていく。  
私は、先生に促されるがままに………自分の指で、自分の身体を慰め始めた。  
「ん、ふッ………く、ぅん………ッ!!」  
その行為を確認してから。先生も改めて自分の動きを再開する。  
痛みと快楽が、混ざり合ったその状態の中。完全に優勢だった痛みが徐々にその影を潜め、快楽が、  
その度合いを増していく。不安も恐怖も、負の感情は全て払拭されて、ただ、愛する人と結ばれる  
幸せだけで頭が一杯になる。  
「せん、せ………先生、先生ッ、先生ぇッ………!!」  
「カ、っ………カエレ、さん………!!」  
無我夢中で腰を叩きつけられ、無我夢中でその感触に酔いしれて。  
やがて………私の身体が、ピークを迎える。  
「や、ぁ………せん、せ………なに、何かっ………!?」  
「………ええ、私もです………もう………!!」  
どうやら、限界が近いのは先生も同じらしい。  
「はぁ、んッ!!く、来るッ、来ちゃう、ぅッ!?」  
「カエ、レ、さん………ッ………!!」  
無意識のうちに、私の脚が、先生の腰を捕える。  
 
どうやら腰を引こうとしていたらしい先生は、一瞬、私の脚にその動きを封じられて………次の瞬間。  
 
「う、ッ………………!?」  
「はッ………あ、ぁッ………v」  
 
耐え切れない、熱い迸りを………余すことなく、私の中に、注ぎ込んだ。  
身体の奥底に叩きつけられる熱を感じながら。私の身体も、同時に、絶頂を迎える。  
 
落雷のように全身を襲った、緊張が………時と共に、徐々に、弛緩へと転じていく。  
 
 
 
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「………膣内射精なんて、告訴どころじゃ済みませんよ、本当なら。」  
事後の手厚い介抱を、終えて。  
「いえ、その………それは、カエレさんが………。」  
「何か言いました?」  
「………なんでもありません………。」  
先生はまた、いつもの気弱な先生に戻ってしまった。  
私の強い言葉に、相変わらずビクビクしっ放しで。ひとつになっていたときのあの逞しさは、一体  
どこに消えてしまったというんだろう。  
「(………ひとつに………。)」  
自分で考えながら、また、行為の最中のことを思い出してしまう。顔が、熱くなる。  
「………ともかく。こうなってしまった以上、何かあったら、責任取って貰いますから。」  
「………また、あなたまで木津さんみたいなことを………。」  
「何か!?」  
「なんでもありません!」  
 
………全く。これから先が、思いやられる。  
 
「今日は、帰りますけど………また後日、ゆっくりお話しましょう。」  
「………はい………。」  
照れ隠しついでに、ちょっと釘を刺して。私は、席を立つ………が。  
「………っ………。」  
初体験の、余韻だろうか。腹の底の疼くような痛みに、私は思わず、よろめいた。  
すると。すかさず、先生の手が私を支える。  
「だ………大丈夫、ですか………?」  
「………誰の所為だと思ってるんですか。」  
そうだ。本当に、先生は解かっているのか。そもそも、この一連の出来事が全部………先生が、私の  
心を乱してくれた所為なんだということを。  
先生はまた申し訳無さそうに頭を下げて、宿直室の出入り口まで付き添ってくる。  
「大丈夫ですか?夜道は危ないですし、よければ家まで………。」  
「平気ですよ、すぐそこですから………それより。」  
「………は、はい………?」  
「………これでもし、裏切ったりしたら………告訴も裁判も抜きで、私が、処刑しますからね。」  
一瞥と共に放ったその言葉に、先生は、白い顔を更に青冷めさせた。  
「………肝に銘じておきます………。」  
「それじゃ。また明日、学校で。」  
最後にそれだけ言って、私は、宿直室を後にした。  
 
 
 
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独り、夜道を歩く。月が、明るい。  
『………どうでした?初めての、殿方との交わりは?』  
事の最中はずっとだんまりを決め込んでいた楓が、不意に、その姿を現した。  
「(………あんなに痛いなんて、聞いてないわよ。全く………。)」  
『けれど、凄く、幸せだったんじゃなくて?』  
はぐらかす為に言った言葉もあっさり見破られて。私は、二の句を継ぐことができなかった。  
「(………全く………余計なこと、するんじゃないわよ。)」  
『なんならあのまま、私が先生の全てを奪って差し上げても宜しかったんですのよ?』  
「(………〜〜〜ッ!)」  
『あらあら………冗談に、決まってるじゃありませんの。』  
「(………ホントに冗談なんでしょうね。)」  
『当然ですわよ。私だって………カエレちゃんが嫌いで、虐めてるんじゃありませんもの。』  
頭の中で会話しながら、顔がカーッと熱くなってくる。楓の笑い声が、聞こえた。  
 
『………ともかく。おめでとうございます。』  
「(………………うん。)」  
空を、見上げる。雲ひとつ無い、満点の星空が、私を見下ろしている。まるで、私を祝福してくれて  
いるみたいだ………なんて、メルヘンチックなことを言うつもりは無いけれど。  
『これで、先生も………やっと………。』  
楓は、感慨深げな、ゆっくりとした口調でそう言って。  
………その、後。  
 
『「私達」、みんなのものですわね?』  
「(………………は?)」  
 
心の奥で感じていた、じんわりとした暖かさが、急に、冷める。  
「(………ちょっと、皆って………?)」  
『言ったじゃありませんの。私も………それに他の皆さんも、先生のこと、大好きなんですからね?』  
『そうよ、ねぇ?』『私だって大好きよ!』『そうですよ』『そーだぜ』『ソウダナ』『………』  
頭の中で聞こえる声が、突然、その数を増す。  
 
「(え………?ちょっと………あんた達、なんで急に………!?)」  
『あら嫌だ。急に、だなんて………長いお付き合いじゃありませんの。ね?』  
「(………〜〜〜ッ!!)」  
 
どうやら………先生の心を射止めても、私にはまだ、大勢のライバルが居るらしい。  
この先のことを思いやり、私は、軽い眩暈を覚えた。  
 
 
(END......?)  
 
 

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