「じゃあ今日の分のプリントは置いていくね。」
今日の学校のこと、授業のこと、そしていつものように赤木杏が見た夢の話などの
雑談をして、木津は病室からでていった。
「みんないいお友達ね」看護婦さんの言葉を聞いて、本当にそのとおりだと私は思
う。意識を取り戻したあと、毎日交代でプリントを届けてくれたり、授業の様子を
話に来てくれているのだ。
「後遺症が残らなかったのは本当に奇跡だね」赤木を担当した医師はそう言ってい
た。
確かにそうなのだろう。あんなところから飛び降りたのだから、後遺症どころか、
命があったことだけでも不思議といえる。
赤木の意識が戻らなかったのは一ヶ月ほどだったという。
眠り続けているあいだ、赤木はたくさんの夢をみた。不思議なことに夢の中では何
年も時間がたち、春夏秋冬、いろいろな出来事があった。
とてもリアルで、今でもそれがすべて夢だったとは信じられない。
「夢の中でね、千里ちゃんや奈美ちゃんもでてきたんだよ」
赤木が夢の中でみた節分や七夕、修学旅行や文化祭の話をすると、みんな面白がっ
て聞いてくれる。
「杏ちゃんは昔から空想好きだったもんねえ」奈美ちゃんが笑う。
そういえば夢の中で、私は何故か風浦可符香の名前で呼ばれていた。私が中学のと
き漫画を書いた時のペンネームだ。どうしてかわからないけれど、現実の私を忘れ
たがっていたせいなのかもしれない。
夢の中にでてくるのはすべて私のクラスの人たちだ。
でも一人だけ違う。一番お見舞いに来て欲しいあの人が。
糸色先生が完全に私の想像力が作り出した存在だったということだけは、なかなか
信じることができなかった。
お父さんとお母さんが私を置いて行ってしまったとき、私も死を選ぼうとしたのだ。
そのとき見たこと、私が心に受けた傷は一生忘れることはできないだろう。
カウンセラーの先生は、そんな私の心が辛さを忘れるために絶望先生を作り出した
のだろうという。
もうあと少しで退院できる。きっと学校に戻ってからも、みんな私を助けてくれる
だろう。でもそこに絶望先生はいないのだ。
「でも、認めなくちゃ」私は思う。
「なんてポジティブなんでしょう、この子は」夢の中の絶望先生の言葉を思い出し
て私は笑う。
「そう。私はポジティブ少女なんだから、先生の言うとおり」
これからは上手く行くに違いない。