「はい、では今度の課題は二人一組になってやってもらいますね。組み合わせはくじで  
決めさせてもらいます」  
絶望先生がそういうと、「えー」と不満そうな声が教室中からあがる。  
「静かにしてください。好きな子同士だとまた前と同じになってしまいます。普段とは  
違う組み合わせにするから新しいアイデアも生まれるんです!」  
 ・・・先生にしてはまともなこと言ってる。どうしちゃったんだろ。このまま変な思いつ  
きを生徒に押し付けるアイデア先生になっちゃったりしなければいいんだけど。  
「では、みなさんくじを一枚ずつ引いてください。同じ番号を引いた人どうし、組にな  
るように席を移動してくださいね」  
 私がくじを引くと、15の数、黒板に書かれた15番に当たる席へノートと筆記用具を持っ  
て異動した。すぐにとなりにやはり15と書かれた紙片を持った相手が座った。  
 
それは・・・なんと風浦さんだった。  
 
・・・実のところ、ちょっと心が重くなった。私はちょっと苦手にしてるんだ、彼女のこ  
と。誰にも言ったことはないけれど。  
 彼女はクラスの中では唯一幼稚園の時に一緒だった生徒だ。悪い人じゃないし、性  
格も明るくてポジティブだ。でもちょっと良くわからない不思議な部分がある。正直  
に言うとちょっと不気味なところとでも言うのか? 先生や木津さんはいつも彼女に  
からかわれている感じだし。まあ本人達には自覚はなさそうなんだけど、はたから見  
ている私には良くわかるのだ。  
 何しろ私が「普通」って言われることにこれほどコンプレックスを抱くきっかけに  
なったのが幼稚園の時の彼女の一言にあったんだから。  
 
「あ、可符香ちゃんだ。良かった」私はつい心にはないことを言ってしまう。  
 いつも教室の中では一緒のグループになっておしゃべりもするし、一緒に遊びに出か  
けたりするんだけど、そういうときはいつも他に誰かいて、二人だけで話すことはほと  
んどない。良く知ってはいるが、二人で話すのはどこか緊張してしまう。そういう距離  
なんだよね、友達として。  
 
「よかったあ、奈美ちゃんで。やっぱり良く知ってる人の方がいいよね」  
「でも風浦さんなら、クラスの中の誰とでも大丈夫だと思うよ。ほら、私これで結構人  
見知りが激しいから、不安だったんだ」誰とでも物怖じせずに付き合える彼女がちょっ  
とうらやましいのは本当だ。  
「そんなことないよ」  
 
「・・・そういう小節さんは、しっぽフェチなんじゃないですか? 絶望した! 本質と  
は違うところに萌えるフェティシズム社会に絶望した!」  
 ちゃんと聞いていないうちに、また先生の話がおかしな方向に向かっていたみたいだ。  
「先生、今まで言いませんでしたけど、ご自分の着物や袴への執着についてはどう説明  
するんですか?」細かいところは良くわからないけど、千里ちゃんも突っ込んでいる。  
いつものように、ますます混乱して収拾が付かなくなるのは火を見るよりも明らかだ。  
「わかります。僕も脚から・・・」臼井君まで・・・ああ、もういい!  
 
「これじゃとても今日中に終わりそうにないね。放課後に一緒にやろうか?」私は言っ  
た。  
「それなら私の家でどう?」  
「うん、でもいいの?」そういえば風浦さんの家にいったことはいままで一度もない。  
クラスの誰かが行ったという話も聞いたことがなかった。考えてみると小学校のときか  
らそうだ。  
 ・・・風浦さん家ってどんな感じなんだろ? これはちょっと興味深いというか面白そ  
うというか、行って確かめてみたい。  
急に好奇心が高まってきた。  
 
* * *  
 
住所録に書かれた彼女の住所から、ネットを使って地図を打ち出した。  
徒歩でいけるほどの距離ではあるが、ほとんど行ったことがない町なので地図が必要  
だ。30分ほど歩くと、迷うことも無く、あっさり到着した。ごくごく普通のそんな  
に大きくもない一軒家だ。  
「思ったより普通ね」心の中で考えて「普通っていうなー」と突っ込みも入れてみた。  
 
 呼び鈴を押すを母親らしき人がでていた。「可符香ちゃん、お友達がお見えになった  
わよ」  
・・・家でも可符香って呼ばれているだ。お母さんはごく普通の人に見える。  
「いらっしゃい。あがってあがって」  
 2階の彼女の部屋は6畳くらいのフローリング、学習机にベッドとこれも普通な感じ。  
 
 
 学校の課題の方はすぐに片付いてしまった。出されたお茶を飲み、お菓子を食べながら  
学校のこととかを話す。  
「奈美ちゃんは4月の初めは学校に来なかったんだよね」しばらくして、彼女が言った。  
「え、・・・ま、まあ」そりゃあ今は毎日楽しく学校に来ていると言えるのだろうけど、  
あの頃はそれなりに悩んでいた時期だったのだ。  
 学校でもこの話題はみんな触れないでいたので、ちょっとどぎまぎした。でも彼女の  
屈託のない表情、言い方には悪気はなさそうで、言われたから不愉快になるわけでもな  
かった。  
「学校が嫌だったのね、ちょっと。親譲りの学校嫌いで、ってやつかなあ」糸色先生の  
国語の授業で習った作品のフレーズを使ってみる。良くわかんないけど。  
「でも奈美ちゃんは自分から登校してきたんだよね。それからは毎日来るようになっ  
たし」  
「まあ、ね。そういえば最初に学校に来たとき、先生や可符香ちゃんには驚いちゃっ  
た」考えてみるとあれがショック療法みたいなものだったのかも、私の不登校への。  
「今は楽しそうだよね、学校」  
「でも悩みもあるんだよ」  
「え、どんなどんな?」  
「あたし、普通だからなあ。きっと周りのみんなはつまんないじゃないかと思って」  
彼女のペースにはまってちょっと喋りすぎているのかな?  
 
「いやだなあ、奈美ちゃん。普通の人なんてまわりにいるわけないじゃない!」  
「へ?」  
「自分で普通と思っていても、人間一人一人が神様の前では特別な存在なんですよ」  
「あ、ありがと」なんてポジティブな。  
「でもやっぱり人並みで普通なんだよ。きっと」  
「そうねえ」しばらく考えてから彼女は続けた。  
「そうだ、普通ってきっと大切なことなんですよ。」  
「え?」  
「普通電車があるから、うつがや駅やいやだ橋駅でも降りられます。それに数学でも人  
並みであることが役に立ってますよ」  
「数学で・・・私苦手なんだけど・・・どうしてかな?」  
「ほら、ルート3はひとなみにおごれやって覚えるでしょ。あれがなければ暗記にする  
のにみんな大変ですよ」  
「うん、まあ、そうかも」だんだんわけがわからなくなってくる。なんか手玉に取られ  
ているのかも。  
「先生も私が何か話すとすぐ『普通』っていうでしょ」  
「あれはいい意味での『普通』なんですよ」  
「えっ、えっ?」  
「だって先生は・・・」  
 
 
 その後も彼女の話は何時間も続き、説得されたような、はぐらかされたような変な気  
持ちで家に帰った。  
「普通でもいいのかな?」そう呟いてみた。  
 4月に初めて学校へ来たときの彼女の態度も、彼女なりに私に学校へ来やすくさせて  
くれるための気遣いだったのかも。  
今度先生から「普通」って言われても、「はい、私普通ですから」って答えてみよう・・・。  
 
・・・いや、それはない。  
 
そういえば風浦さんのことやっぱりわからないままだ。何も前進していない。  
まあ、彼女の秘密を探るのはそんなに一筋縄ではいかないのだろう。  
これからも調べる楽しさがあると考えればいいことだ。  
ちょっとポジティブな考えがうつったのかな、私?  
 
完  
 

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