奈美があるのとは反対側のイスに座り、彼女──常月まといは唐突に切り出した。  
「実は、ご相談したい事があります」  
あの常月が相談事とは珍しい。意外な台詞に驚きながらも頷く普通少女日塔奈美  
にちらりと微笑み、まといは相手を見つめながら語りだした。  
聞いてみれば、話は簡単。  
それは、いわゆる『恋愛相談』と言うヤツだった。  
その相手の事を考えるだけでドキドキしたり、自分以外の誰かに構うたびに嫉妬  
する(彼女の場合度が過ぎるのだが)のは、間違いなく恋に落ちているとしか思え  
ない。  
実際、その名前の通り担任の糸色望に付きまとっている。  
「…だけど、私の事よく思ってないかなと思って」  
まといは、そう溜息をついた。  
まあ確かに先生は彼女との関係を曖昧なままにしている。というか、むしろスト  
ーキングしている彼女を怖がらないのだろうか?今まで恋愛してきた相手は、度  
の過ぎた恋愛観を怖がって、皆まといを遠ざけようとしたらしい。  
もう少し気持ちを押さえたら…。  
だが、勿論そんな事が言えるはずもなく、普通少女奈美はセオリー通りのアドバ  
イスをした。つまり、告白を勧めたのだ。  
「で、でも、ほら、自分から告白したら案外嬉しいかもしれないし……思い切っ  
て言ってみたら?」  
まといはそうアドバイスした奈美を見て、微かに微笑んだ。  
その微笑を見た途端、何故か不安な気持ちになる。  
 
「でも…もし、この想いを伝えたら、私は抑えが効かなくなると思うの。相手を  
追い詰めて、無理矢理にでも私の愛を受け入れさせてしまうかも……それでも、  
告げたほうが良い?」  
「ええっと……まあ、うん…」  
今でも十分に相手を追いつめてるではないか。と心の中でつっこんでみた。  
そんなことを言えたらどんなに良いだろうか。……そういった行為が、世間一般  
で何と呼ばれているのか再度教えたかったが、奈美はなんとか踏み止まった。  
それはストーキングと言う犯罪よ、と言ったところで、付きまといが趣味の超恋  
愛体質が改心するはずがない。  
奈美は、できるだけ優しく、相手を怖がらせないように求愛するよう説得した。  
 
「なるべく、なるべく、怖がらせないように、ソフトにね」  
「……わかったわ」  
重ねて念を押す奈美に苦笑しながら頷くまとい。  
彼女に妥協させた事で、奈美は妙な“やりとげた感”を感じた。  
「それで、正式に交際を申し込みに行くとして、その時に贈り物を持っていこう  
と思うの。何が良いと思う?」  
「そう、ね……花束とか…手紙とか?」  
お約束な品々をあげる奈美に、まといは「なるほど」と頷いた。  
 
「有難う、奈美さん。必ず貴女の言う通りにやるわ」  
彼女は二人分の代金をカウンターに置くと、喫茶店を出ていった。  
「じゃあね」  
彼女が出ていくと  
奈美も胸をなで下ろして少し遅れて喫茶店を出た。  
 
 
規則正しい間隔で鳴らされる、ブザーの音。  
時計を確かめると、時刻は午前10時。  
昨夜は妙な不安感に駆られて遅かったせいか、寝坊してしまったようだ。  
鳴り続けるドアベルに急かされるようにして仕方なくベットから起き上がり、パ  
ジャマ姿で玄関に向かう。  
「はーい。どな──」  
まだ半ば夢の世界にいながらドアを開けた奈美は、『ソレ』を見て一瞬で目覚め  
た。  
両腕いっぱいに抱えられた、真紅のバラの花束。  
いつもより普通の女の子らしい格好、そのポケットには何十枚も入れられて厚く  
なった手紙が入っている。  
──奈美のアドバイスした通りに。  
「どうして…」  
事態が飲み込めずに呆然とする奈美に、まといは困ったような微笑を浮かべて首  
を傾げてみせた。  
「何か不備があった?ちゃんと奈美さんの言う通りにしたはずなんだけど」  
 
ああ、なるほど!  
告白前に確認にきたのね。  
ほっと胸を撫で下ろす奈美に、まといは少しだけ恥ずかしそうに花束を差し出し  
た。  
アドバイスされた通り、なるべく怖がらせないよう、優しげな声で囁く。  
「好き。愛してるの、奈美さん。私とお付き合いして下さい」  
奈美はそれを聞いて固まった。  
 
恋愛相談は、普通、本人相手には、しないよ。まといちゃん…。  
 
と心の中で小さく呟いた。  
 
 
end  
 
 

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