「ちょ、お、おおおおお姉さんッ!?」
しな垂れかかる柔らかな身体の感触に、マズイ所がマズイ状態になりそうだ。
しかもそのマズイ所には、丁度女子大生の膝が割って入っており、
「……ふふッ、良かったぁ……、先生も満更じゃないみたいですね」
自らの膝に感じる男の反応に、女子大生は満足気に笑みを深めた。
ヤバイ。これはヤバイ。まじでヤバイよ、マジヤバイ。
股間ヤバイ。
(し、下ネタは反対です…ッ!)
何故か咄嗟に脳裏を過ぎった下品な文章を振り払うように、望は激しく頭を振った。
「まままま待って下さい、ちょっとぉッ!」
もはやこれは看病の域を超えている。
間近に感じる甘い香りの誘惑に逆らいながら、望は身体を起こそうとするが、
「先生……、嫌がらないで」
熱っぽいながらもどこか寂しげな呟きだけで、望の抵抗を封じる女子大生。
「ねぇ先生……私の事、やっぱり好いていてくれてたんでしょう?」
まるで猫のように身体を擦り付けてくる。
特に重点的に膝を擦りつけられ、局部に感じる感触に望は小さく呻き声を上げた。
「勘違いじゃないですよね?だって好きでもない相手にこんな事されても……、
ここは、こんな風になったりしませんものね」
「ち、違います…ッ、これは何というか、生理現象というか、えぇとッ」
「じゃあ、私のこと嫌いなんですか?」
スルリと身体を滑らせて、望の顔を覗き込む女子大生。
その表情はさっきまでの気弱げなものとはうって変わって、男を求める貪欲さを匂わせていた。
「き、嫌い……な、わけが……」
カラカラに乾いた喉から出る声は、悲しいほどに裏返っていた。
まるで女子大生の熱が移ってしまったかのように、望の身体も内側から熱くなっていく。
思わず否定してしまってから、望は内心で「しまった」と冷や汗をかいた。
だがもう遅い。女子大生はまるで勝利を確信したかのように笑みを深めた。
――嫌いになれるわけがない。
正直、こうして誘惑されるのを嬉しいと感じてしまっている。
今すぐに抱きしめたい。抱きしめて、その妖艶に孤を描く唇を自らのそれで塞ぎたい。
しな垂れかかる華奢な身体に、愛おしさが込み上げて堪らない。
香水か、それとも彼女の体臭か、甘い香りに頭の芯が痺れたようで、思考がろくに回らない。
あぁ、何も考えずに、ただ深くねっとりと交じり合えたなら―――
「―――ぁ……、は……ッ」
望はまるで喘ぐように荒い呼吸を繰り返す。汗が、止まらない。
そんな望の様子に興奮を覚えたのか、女子大生は更に頬を上気させて、ゆっくりと望の耳に唇を寄せた。
「―――先生」
『愛して』
紡がれた言葉には、淫猥な響きに似つかわしくない程に、切実な願いが込められていた。
ゆっくりと。
望は、彼女の身体を抱きしめた。
「………」
ほんの僅か。
抱き寄せられた女子大生の瞳に、影が落ちる。
だがそれも一瞬の事。すぐにその口元は孤を描き、熱く火照った望の身体を抱きしめ返した。
『勝った』
彼女は一言、声には出さず、口の中でだけそう呟いた。望はそれに気付かない。
耳元で繰り返される望の呼吸は、さっきより幾分か落ち着いていた。
だが膝に押し当てられた彼自身は先ほどよりも熱を持ち、男としての自己主張を強くしている。
「………」
望はそっと彼女の身体を放し、その口元に自らの唇を寄せる。
「……ん」
てっきり唇に口付けが降るものと瞳を閉じた女子大生は、
しかし予想に反して頬に口付けを落とされて、逆にそのあまりに優しい感触に驚いてしまった。
情欲とは正反対の、まるで母が子にするような、優しい接吻。
キョトンと目を見開くと、望はすでに顔を離し、柔らかく微笑んで彼女を見つめていた。
その瞳に、先ほどまでの狼狽や、困惑といった感情はない。
その態度が不思議でならなくて、彼女は訝しげな顔で望を見つめた。
「どうして……?」
望は何故かくすりと苦笑して、再度顔を寄せてくる。
耳元に触れんばかりに寄せられた唇から漏れた言葉は、彼女の身体を震わすのに十分な力を秘めていた。
「おいたが過ぎますよ――――可符香さん?」
ギクリ。
硬直する女子大生の肩にそっと両手を乗せて、望は笑みを深めた。
「まったく……、危うく騙されかけました」
「な、なに、何言ってるんですかぁ、可符香は妹ですよ?
私が可符香なわけないじゃないですか……あ」
思わず素の声色で答えてしまって、彼女は墓穴を掘った事を自覚したのか笑顔を引き攣らせた。
凍りつく女子大生―――可符香の頭に、望はコツンと軽く拳骨をぶつけた。
「めっ」
「あ、あははは〜。バレちゃいました」
可符香はチロリと小さく舌を出して照れ笑いを浮かべた。
一つに纏めた長い髪は当然カツラで、可符香は自らそれを取り払う。
長い髪の下から現れたのは、クロスした髪留めと少しはねた短い髪。
どこからともなく取り出したハンカチで顔を拭いメイクを取ると、大人びた女性の雰囲気は取り払われ、
年相応の愛らしさを宿した、いつもの可符香がそこに居た。
「どうして判ったんですか?」
まさか見破られるとは思っていなかっただけに、可符香の驚きは大きい。
「これだけ近くで触れ合えば、判りもしますよ」
望は表面上事も無げに答えたが、正直内心では「間違ってたらどうしよう」という不安で一杯だったりした。
「ちぇー、この変装自信あったのになぁ」
手の中のカツラを弄りながら呟く可符香。
声色こそ不満気ではあるものの、その顔はどこか嬉しそうだ。
「で、この性質の悪い悪戯の理由、説明していただけますか?」
逆襲とばかりに、少し意識して冷たい声で問い質す望。
だがそんな望の強気な態度は、すぐに崩れ去る事になる。
「――だって、私だけ騙されっぱなしなんて、嫌だったんです」
可符香はしょんぼらと肩を落として、憂いを帯びた瞳で答えた。
その表情がグサリと胸に刺さって、望は何故か言い知れぬ罪悪感に駆られてしまう。
「わ、だ、わわ…ッ、私がいつ貴女を騙したって言うんです!?」
「わかってるくせに」
むっ、と上目遣いに睨みつけてくる可符香。
――彼女が言っている事に嫌という程心当たりのある望は、
だがそれを認めるわけもいかず、必死に首を左右に振った。
「だからッ、あの時だって私は一度も嘘なんてついてないと――!」
「あの時? あの時って、先生はいつの事だと思ったんですか?」
「うぅ…ッ!」
また自ら墓穴を掘ってしまって、喉の奥から掠れた呻きを漏らす望。
あの時というのは、望が入院する少し前――可符香と交際する切欠となった、とある一件の事である。
悪意など微塵も無かった……むしろ、心から彼女を思っての事だったとはいえ、
結果的に可符香を欺くような行動を取ってしまった事を、望は誰よりも申し訳なく思っていた。
だがとある理由があり、望はどうしても自分の非を認めるわけにはいかないのだ。
「と、とにかく! もう気は済んだでしょう!?出来れば早々に降りていただきたいんですけど!」
何とか誤魔化そうと冷や汗をかきながら、いまだ自分の上に乗っかったままの可符香の肩を軽く押し、降りるよう促す。
だが可符香は、望の上から退こうという気はまったくないようだ。
それどころか、不思議そうに望の顔を見つめて、
「あれ? ここまできて、最後までしないつもりなんですか?」
などと、とんでもない事をさらりと言ってのけた。
「なななんなな、何を言うんですか貴女は!」
「だってぇ」
ニマリと、彼女の唇は妖しく孤を描く。
可符香の表情に、先ほどまでの妖艶さが舞い戻る。
大人びたメイクは落としたはずなのに、少女は立派に女の香りを漂わしていた。
「先生のここ、まだ硬いままじゃないですか」
いつの間にやら捲り上げた袴の中に手を伸ばし、直接望の内股を撫で上げる可符香。
そのまま、スルリと下着越しに望自身を撫で上げる。
「うひゃわぅああわああああッ!?」
あまりに唐突な接触に、望は情けない悲鳴を上げて身を引こうともがくのだが、
少女一人の体重になす術もなく身の自由を奪われている。
バタバタもがく望を、可符香は少し複雑な表情で見下ろして、
「……もうちょっと色気のある悲鳴上げて下さいよ」
「貴女はもうちょっと謹んで下さいよぉぉおお!?」
確かに望の気の抜けた悲鳴は、男女の営みに漂うはずの、妖しい雰囲気をぶち壊してしまっている。
「これ以上は陵辱です、むしろ強姦ですぅうう!」
「何言ってるんですかぁ。少しでも感じたら和姦なんですよぉ?」
――会話そのものは(一部で)お決まりなのだが、いかんせん男女の立場が逆である。
下手をすれば「らめぇぇ」とでも叫びかねない望の様子に、可符香はやれやれと溜息を吐いた。
一旦望の分身を撫でる手を引っ込めると、望は安心したのか――それとも本当は残念なのか、吐息を吐いて肩の力を抜いた。
「先生……、女の子がここまでしてるのに、その態度は酷いです。
それとも私より、『隣の女子大生』の方が良いんですか……?」
台詞の最後あたりになると、可符香の声音はとても悲しげな響きを帯びていた。
「――ッ!」
あまりに寂しげに呟く可符香を、咄嗟に抱きしめる望。
「そんな事、言わないで下さい」
さっきまで悲鳴を上げていた男とは思えない真剣さで、望は可符香の耳元で囁いた。
「……先生……」
「……確かに、私は『隣の女子大生』の誘惑に負けそうになりました。
彼女に貴女の影を見て憧れてた事とか、結果的にやっぱり貴女自身に惚れてたんだって事は、
この際言い訳にしかなりません……ですが」
「さり気なく自己弁護混ぜてきましたね」
「混ぜっ返さないッ!
――ですがそれでも……今の私が確かに好きなのは、貴女なんですッ!」
どうしても格好がつかないのはご愛嬌である。
だがそれだけに望の必死さも伝わってきて、可符香は何だか胸の奥が暖かくなった。
「えへへ……。ごめんなさい、意地悪言って」
「そんな嬉しそうに謝らないで下さいよ」
「えへへへへ〜ッ」
可符香は胸に湧き上がる幸福感を持て余して、ぎゅうと望の身体を抱きしめ返した。
「じゃあ先生、私の事抱いてくれますよね?」
「え、ちょ…何でそう繋がるんですかッ」
「先生こそ、何でそこに繋がらないんですか」
この期に及んでまだ煮え切らない担任教師を、可符香は心底不思議そうに見上げる。
その瞳があまりに澄んでいて、望は余計にやり切れない思いで答えた。
「何も身体のお付き合いだけが愛情表現じゃないでしょう?
それに貴女はまだ高校生です。そういうのは卒業を待ってから――」
「大丈夫ですよ。私、今日安全日ですし」
「そういう問題じゃなくてですね……」
「んもぉ、お硬くなるのはあそこだけでいいんですよぉ?先生」
「う、上手い事言ったつもりですか! っていうか下ネタ反対って言ってるじゃないですかぁ!」
とても恋人同士が抱き合ってする会話とは思えない。
「そんな事言って……、でも、先生?」
声のトーンを落とし、悪戯っぽく笑う可符香。
その笑みに不吉なものを感じて、望は思わず身震いした。
「な、なんですか」
「本当はさっきから、身体が熱くて仕方がないんじゃないですかぁ?」
「え……」
ドクン。
まるでその言葉に反応したかのように、心臓が大きく脈打つ。
「掌はじっとり汗ばんでいって、頭の奥がぼーっとしてきて……。
喉はカラカラに渇いて、目の奥が熱くなって、涙で潤んできて……」
染み入るような可符香の声。
彼女の言葉通り、望の掌はじっとりと汗ばみ、思考は熱に霞み、喉が乾いて、瞳が潤んでくる。
「あ、あ…ぁ」
どうして。
湧き上がってくる衝動を必死に抑えながら、望は荒い呼吸の中でそう問おうとする。
「仕方ないですよ、先生。
さっきミルクティーを飲みましたよね。アレに、気持ちよくなるお薬を混ぜてたんです。
そろそろ効いてくる時間だから、先生が興奮するのは仕方ない事なんですよ」
そんな望の言葉を先取りするように答える可符香。
出されたミルクティーで喉を潤した事を思い出し、望はぼんやりとした意識の中で納得する。
「……何てこと、するんですかぁ……」
「だってこうでもしないと、先生の事だから臆病風に吹かれちゃうと思って」
「臆病とかじゃなくてですね…あぁ、もう」
すっかり滾ってしまった下半身を持て余しながら、望は何もかも諦めたように溜息を吐いた。
「そこまでされちゃあ……もう、仕方が、ないですよね……」
「はい、仕方ないですっ」
可符香は満足気に笑って見せた。
その笑みがあまりに無邪気で、望はもう苦笑するしかない。
「可符香さん」
「はい」
望はゆっくりと可符香の唇に、自らの唇を寄せながら、
「愛してますよ」
「私もです」
心からの愛の言葉を囁きあって。
ゆっくりと、二人の影が重なった。