その日も残業のせいで帰宅がすっかり遅くなった。  
 一人暮らしを始めてからもう2年になる。いつまでも親元にいるのはどうかと思った  
のと、いつも帰宅が遅く、少しでも通勤時間を減らすためにこのアパートを借りたのだ  
が、結局遅く会社を出ても間に合うということで、さらに残業が増えただけの結果に終  
わってしまっていた。  
 今日もまた、課長の終業間際の変な思いつきに振り回されて、書類作りに追われ、な  
んとか逃げ出してきたのだ。  
 
 駅からアパートまでの道を早足で戻り、いつもの習慣どおりポストを覗いたとき、そ  
れを見つけた。最近同級生からしょっちゅう来る「結婚しました」という報告のはがき  
だ。もらうたびに、私だってと考え、また日常の忙しさにかまけて忘れてしまうことの  
繰り返しだった。  
 
 だが今回のものにはちょっとした衝撃があった。ここしばらく感じたことの無い衝撃  
が。  
 
 はがきには「結婚しました。糸色 望・杏(旧姓赤木)」と書いてあった。上半分に  
は、神前結婚式での着物姿の先生と風浦さんの写真が載っていた。  
 「結婚したんだ・・・。」  
 風浦さんと先生が付き合っているという話は卒業してしばらくしてから噂で聞いてい  
た。それから考えるとむしろ時間が掛かったといえるのだろう。  
   
 部屋に入り、着替えてからテーブルの前に座り、はがきの中の二人の姿をじっと見つ  
めた。嫉妬の感情なんて無いはずなんだけど・・・。私は笑った。  
 
 やっぱりそうだったんだ・・・。  
 
 もうあの時からずいぶん時間が経っている。  
 私は式には呼んでくれなかったんだな、そう思うと少しさびしかった。でもそれは仕  
方のないことだ。最後に会ったのがあんな状態では、気を使って呼ばないのが自然とい  
えた。  
 
 卒業後、最後に先生のいる宿直室に行ったときの事は今でもはっきり覚えている。い  
つも見回りと称して遊びに行っていたが、結局それが最後になってしまった。  
 その日は交君も常月さんや小森さんも部屋にはいなくて、先生は一人だった。私はそ  
こで先生にこれからも交際してください、と真剣に頼んだのだ。  
 先生はいつものようにすぐにごまかしたり、逃げ出したりせずに、辛抱強く私にあき  
らめなければならないことを説得してくれた。  
 
 結構な時間そこにいたと思う。それも泣きながらだ。先生は嫌がることもなく、私が  
納得するまであきらめるように話してくれた。  
 最後になっても私は「絶対あきらめません。きちんと責任とってもらいます」と言っ  
て家に帰り、大泣きした。もう終わったんだ、あきらめなくちゃいけないんだ、という  
ことは良くわかってた。  
 
 考えてみると、ほとんど全てが私の思い込みに過ぎなかった。それは良くわかってい  
たし、そんなおかしな私を馬鹿にせず、先生も良く付き合ってくれたものだと思う。  
 
 大学に進み、生活の大部分がそちらで占められるようになると、あっという間に高校  
時代のことは忘れていってしまっていった。  
 そのころの友人とも疎遠になり、現在でも仲が良いのは晴美一人だけだ。晴美は公務  
員になって、今でも漫画の持込みを続けている。最初は半分は馬鹿にしていたんだけど、  
今ではそういう夢がある彼女がうらやましかった。  
 
 私は何をしているのだろう?  
 
 写真の中の先生は、高校時代には見たことがないような幸せそうな笑顔をしている。  
風浦さんは昔のままだ。あのすべてに対して絶望していた先生も、ようやく希望を見  
つけることができたのだろう。  
 はがきには先生の手書き文字で「一度気が向いたらでいいので遊びに来てください  
ね。これは社交辞令ではありませんよ。」と書かれている。その横には風浦さんの字  
で「本当に本当に会いたいです!」とあり、見慣れた狐の尻尾みたいな飾り文字で結  
ばれている。  
 
 そうなんだ。一度晴美を誘って会いに行ってみよう、私は思った。  
 
 自分では気が付かなかったが、涙ぐんでいた。ただ、それは悔しかったとかいう気持  
ちからのものではない。あの毎日がお祭りみたいだった高校時代、その懐かしさで感情  
が高ぶってしまったのだろう。そうか、あれからもう10年近くが経ったのか。  
 
私もこんな幸せなそうな笑顔の写真を送るからね、そう思った。  
私ならきっとできるはずだから。  
 
おしまい  
 

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