結局、階段坂の下での攻防は、望が勝利したらしい。
可符香と望は、お互いの体を交換したままの姿で、部屋で向かい合っていた。
可符香が、望の体を、もじ、とよじらせる。
「なんか…どうすればいいか、分からないですよ、先生…。」
それは望も同じだった。
「いつもは、私は、どうやって始めてましたかね…。」
「…先生は、いつも、キスしてくれますよ。」
「…。」
望は黙り込んだ。
自分の顔にキスされるのは、余り楽しくない。
「キスの次は?」
「…そんなの…。いつも夢中で、覚えてないです…。」
再び、2人の間に沈黙が落ちる。
―――これは、可符香を先に点火してしまった方が早そうですね。
「とりあえず、服を脱ぎましょうか。」
「え…。」
お互い、慣れない仕組みにもたもたしながら服を脱ぐ。
可符香は、一糸まとわぬ自分の姿を見て顔を赤らめると目をそらせた。
「さて…。」
望は、可符香のものである細い指を望自身に向かって伸ばした。
「まず、あなたにその気になってもらわないと…いいですか?」
勝手知ったる自分の分身。
どこをどうやれば良いのかは知り尽くしている。
果たして、望が動かす可符香の指に、あっという間にそれは固く立ち上がった。
ふと見上げると、紅潮し、息を荒げた自分の顔がある。
「せ、先生…。」
低い声は、興奮のためかかすれていた。
しかし、望は、逆にどんどん気持ちが萎えていくのを感じた。
―――あまり、見たくない光景ですね…。
それはそうだろう。
あくまでもノーマルな男として、頬を染め、自身を昂ぶらせた自分の姿など
見ていて決して楽しいものではない。
―――やめますか…。
と、
「先生…どうしよう…私、これ、我慢できない…!」
可符香が、震えながら、望に抱きついてきた。
―――どうやら可符香も、男の生理の切なさを分かってくれたようですね。
と冷静に分析する自分がいる傍ら、
可符香が耳元で漏らす喘ぎ声に、体の芯が潤んできていることに気が付いた。
―――これは…なぜ…。
自分の声だというのに、こんな反応が起きるのは、その中身が可符香だからか。
それとも、この体が、自然と自分の声に反応するようになってしまっているのか。
―――後の方だと嬉しいんですが…。
体の奥に感じ始めた疼きに、望は心を決めた。
体に回された「自分」の手を取ると、それをそっと今の自分の白い胸の上に導いた。
「そのまま突き進まれては、あなたの体が壊れてしまいますから…。
私を受け入れられるよう、この体に潤いを与えてやってください。」
可符香が望のものである頬をさらに赤く染めた。
「え、って、ど、どうすれば…。」
「あなたが、私にしてもらって気持ち良いと思うことをすればいいんですよ。」
望がそう言って微笑むと、可符香は、少し考えていたようだったが、
やがて、そっと望に…自分の体に、手を差し伸べた。
狭い部屋に、2人の息遣いが響く。
「…くっ…ぁあ!」
可符香の…自分の手の動きに、望は翻弄された。
いつも、自分が男として感じる快感とは、まったく別の感覚。
明快で分かりやすい前者と異なり、女性として与えられる快感は不安定で、
体の奥深くから湧き上がるような快感に、上り詰めそうになっては、
次の瞬間、それはふっと遠のき、もどかしい思いが募る。
―――こんなんで、長時間責められたら、体が持ちません…!
普段の、自分の可符香に対する行為に、多少自省の念が浮かんだが、
そのうちに、可符香の指先に体中の感覚が集中し始め、次の瞬間、
全ての思考が吹き飛ぶような快感が、つま先から頭の先へと通り抜けていった。
「―――っ!!」
望は、歯を食いしばった。
余りの刺激の強さに、いまだに足の付け根の辺りがしびれているようだった。
息が切れ、体を動かす気にもなれない。
しかし、同時に、体の芯では以前にもまして疼きが高まっており、
体は、その疼きを治める収めるための、自分を埋め尽くす何かを欲していた。
ふと、自分に覆いかぶさる影に、顔を上げる。
そこには、泣きそうな表情の、自分の顔があった。
「先生、先生、もう、私、我慢できません…!」
―――私の体って、そんなに我慢がきかなかったですかね…。
ちょっと傷つきながら、望は可符香を黙って見上げた。
「先生、いい…?」
目の縁を赤く染めた「自分」が尋ねてくる。
いつもは、自分が可符香に対して発する言葉。
望は、返答に詰まった。
可符香の体は、交わることを強く欲してはいるものの、
今さらながら、どこかで及び腰になっている自分がいるようだ。
―――やっぱり、さすがに、ちょっと…。
しかし、体を起こそうとした望に対し、
「ああ、もう、だめ……先生!!」
そのためらいを吹き飛ばすかのように、可符香が望を押し倒した。
「…ぅあっ!」
望は、あまりの衝撃に声を上げた。
体の中が、自分以外のものでいっぱいになる感覚。
それを待ち望んでいた可符香の体は、その異物を締め付けることで応えた。
同時に、いまだかつて感じたことのない快感が、望の背を走る。
「くぅ…っ!」
―――こんな…可符香は、毎回、こんな状態なのか…!
先ほど上り詰めたばかりで敏感になっているところを、激しく突かれ、
そのたびに、可符香の白い体は跳ね上がる。
「あ、ぅっ、ぁあ!」
恥ずかしいと思いながらも、どうしても声が漏れる。
せめてもの救いは、その声が愛しい少女のものであるということだ。
一方、可符香の方も完全に余裕がないようだった。
「先生…先生…先生…!」
うわごとのように繰り返しながら、体を打ち付けてくる。
与えられる刺激の強さに、気が遠くなりそうになり、
望は、必死で意識を保とうと努力した。
そこに、可符香が、よりいっそう強く深く、自身を埋め込んできた。
「あああああああああ!」
全ての意識が、そこに集中し、痙攣する。
望は、頭の中が真っ白になり、次の瞬間、意識を失った。
目を覚ますと、相変わらず、自分の顔が覗き込んでいた。
その表情は、いくぶん、心配そうだ。
「可符香…。」
「先生、大丈夫でしたか…?私、途中から夢中になっちゃって…。」
望は体を起こした。
体の奥に、鈍痛を感じる。
「大丈夫です…あなたの方は?」
可符香は、望の首を振った。
「私は、全然…何ともないです。…でも。」
その顔がふいに赤くなる。
「何か…すごかった…。」
「ん?」
「男の人って…あんな風に、気持ちよくなっちゃうんですね。
先生の気持ちが、よく分かりました。」
望は、可符香の正直な感想に思わず笑い出した。
「分かってくれましたか…普段、私がいかに努力して自分を抑えてるか。」
「ん…。」
可符香は頷くと、顔を上げて、望の顔で口を尖らせた。
「でも、先生だって、分かってくれたでしょ。私が、どんなに大変か…。」
「…。」
望は、思わず言葉に詰まった。
可符香の言うことは、事実だった。
可符香のこの細い体が、望と交わるたびにどれだけ翻弄されているのか
まさに身をもって体験したのだから。
望は吐息をついた。
「ええ、確かに…今回の体験は色んな意味で貴重でしたね。…でも。」
可符香を見る。
「私は、やはり自分の体であなたを抱くほうがいいですね。」
可符香も、望の頬を赤く染めて頷いた。
「私も…先生に抱かれる方が、すき。」
2人は、連れ立って階段坂まで赴くと、スムーズに入れ替えを果たした。
「ああ、やっぱり自分の体が一番落ち着きますね。」
満足げに自分の腕をなでる可符香に、望が頷いた。
「そうですね…では、早速。」
望は、にやりと笑った。
「今回は、あなたの体のどこが感じるのか、身をもって学習しましたから、
その学習効果を試させていただきましょうか。」
可符香の顔が赤くなった。
「もう、大変だって言ったのに、全然学習してないじゃないですか―――!!」
「男の生理は切ないものなんですよ!あなたこそ、学習したんじゃなかったんですか?」
楽しげに言い争う2人を、塀の上の猫があくびをしながら眺めていた。