暖房がよく利いた教室で教科書の文字列を眺めていると、ついウトウトと舟を漕ぐのは、
普通の人間なら誰でも持っている習性だろう。ましてや午後一番の授業ともなれば。
どこにでもいそうな女子高校生、日塔奈美もその一人だった。
――眠い。
真面目に授業を聞くつもりなのに、やたら眠くて仕方が無い。胃の腑に収まった弁当が
程よくお腹を温めてくれて心地良い。袴姿に丸眼鏡の教師に指名された工藤君の朗読が、
甘く優しく奈美の意識を夢の世界へと誘ってくれている。いっそこのまま眠ってしまえば
どれだけ楽になれるのだろう。
――いやいや、ちゃんと授業を聞かなきゃ。
奈美は頭を振って教科書の紙面を睨む。だが寝惚けた頭では、紙面の文章も意味不明な
文字列としか捉えられない。それを無理矢理解読しようと努力すれば疲れる。疲れるから
余計眠くなる。工藤君の朗読でさえ、言葉というより癒し系の音楽にしか聞こえない。
――これ以上頑張って、意味あるの?
どうせ途中から授業の内容など、頭に入っていないのだ。無理に目を覚ましてそれで、
先生の説明を聞いても理解できるのだろうか。
――やっぱ寝ちゃおう、っと。
暖かく深い闇めがけて意識が落下を始めた瞬間――
こつんと頭を叩かれ、奈美はお尻で椅子を後ろに突き飛ばしながら立ち上がった。
担任教師の糸色望(通称絶望先生)は、出席簿を手に奈美を見下ろしていた。
「冬眠ですか、日塔さん?私も冬眠したいですよ」
怒られている、とばかりに奈美は、糸色を見上げて咄嗟に口走る。
「スイマセン先生!居眠りする気はなかったんです!」
ハッと口元を押さえる。これでは自分で居眠りの事実を認めてしまったようなものだ。
私のバカ、と墓穴を掘った自分自身に対して舌打ちしながら、奈美は釈明の言葉を探す。
けれども咄嗟には思い付かない。躊躇っている奈美の先を取るように糸色が叫んだ。
「私も冬眠したいです!永眠がかなわぬなら、せめて冬眠ぐらいしてもいいでしょう!」
まるで見当違いな糸色の言葉に、奈美は一瞬己の耳を疑った。否、奈美だけではない。
二年へ組の一同が糸色へと注目した。糸色は彼らの視線などまるで意に介さない。
ああズルいズルい、と糸色は呟きながら教壇へと足早に駆け上がる。
だん、と教卓を叩いて糸色は教室の生徒を見回した。
「動物ばっかりズルいと思いませんか皆さん!ヘビや熊やチューブ――」
糸色はそこで顎を触り思案する。教室の面々が静まり返る。
ぽんと手を打ち、彼は何やら勢い付いて云った。
「そう、人間も冬眠しますよね。例えば他にゴールデン・アイのボリスとか――」
先生、と生徒の中に挙手する者があった。顔に眼帯手足には包帯を巻いた痛々しい姿の
少女――小節あびるが糸色に促され起立して口を開く。
「『俺様サイコー!』って叫んで液体窒素かぶるアレですか?あれは冬眠というより凍結、
もしくは永眠と呼んだ方が正しいと思いますけど」
あびるは糸色の目を見据え、表情を変えずに淡々と意見を述べた。クールビューティと
一部から呼ばれる彼女だが、確かに相応しかろうと思われる。
けれど彼女も、糸色に再考を促すには至らなかった。糸色は間に一髪も入れず反論する。
「他にもあります。スラッシュマンとか――」
それは人間じゃなくてロボットだろう、という反論をあびるは行わなかった。代わりに
ネコ科動物のごとき姿形をしたスラッシュマンのしっぽを頭に思い浮かべ、ふんふん、と
鼻息も荒くその様子を夢想する。
一体どんな手触りなのだろう。猫のようにフサフサした体毛に覆われたしっぽなのか、
それとも合成樹脂に特有のつるつるした手触りなのだろうか――
唯一糸色の暴走を止められそうな彼女が、うっとりと夢想を始めた以上、他の面々に
同じ仕事を期待するのは難しい。
止める者のいない中、糸色は黒板に白墨を走らせる。書きながら糸色は叫ぶ。
「それだけではありません!他にもこんな人達が冬眠していると思われます!」
●東京サンシャイン・ボーイズ
三十年後に冬眠から目覚めます。
●AIのデイヴィッド
⇒2000年後に冬眠から目覚めます。
●インリン様
⇒次にいつ冬眠から目覚めるのか誰も知りません。
●クリスタルキング
⇒いつ目覚めるのか誰も知りません。ずっと待っているのに…
「じゃあブラックジャックによろしくも冬眠しているんですね?
生徒の中から起こった声に、糸色は手を止めて黒板を背にした。
髪留めが愛らしい風浦可符香が、求められてもいないのに起立し、元気そうな笑顔を
浮かべて糸色をまっすぐ見つめている。
彼女の笑顔を見ている内、糸色は死にたい気分になった。けれども目を逸らさない。
ポジティブなのは確かに苦手だが、この少女から感じる何かは単なる陽気さとは違う。
あくまで糸色の主観ではあるが、彼女は嫌がられるのを承知でわざとポジティブな発言を
繰り返しているような節が見られた。天真爛漫に見られがちだった風浦可符香の表情に、
糸色は時折邪悪な翳を感じてしまう。
可符香から目を背けるのは、そんな邪悪な彼女の意の侭に動く事と大差ないのだろう。
糸色は根が小心な癖に、あるいは小心ゆえに気位が高かったためか、自分の行動が他人の
思惑通りになってしまう事に対して強い反感を持つ性格だった。要するに天邪鬼なのだ。
見つめ返し、顎で発言を促す。可符香は教室中に通る大きな声ではっきりと発音した。
「ヤンサンに掲載された読み切りのタイトルにも使われたブラックジャックによろしく、
あれも春になってほとぼりが冷めたら連載再開するんですよね?」
聞こえなかったのか、糸色は可符香に返事をしないまま黒板の文字を乱暴に拭き取った。
足早に教卓を降りた糸色を、長い髪を真ん中分けにした木津千里が呼び止める。
「どこへ行くんですか?まだ授業中のはずですけど」
「冬眠する場所を探してきます」
糸色はそれだけ言い残して、二年へ組の教室を後にした。
開かずの間――正確には引き篭もりの部屋と呼んだ方がいいだろう。元々は歴とした
化学室だったのだが。
各教室や職員室や体育館を廻った挙句、糸色が冬眠の場所として選んだのがここだった。
この部屋で暮らしている生徒がいるため、寒い冬でも暖房の面で心配が要らない。外出を
極端に嫌うので、水や食糧についても大量の備蓄が用意されていることだろう。冬眠には
打って付けの好条件ではないか。
糸色は全座連のシールが張られた扉を軽く叩いて開いてみる。鍵は掛かっていなかった。
かつて化学実験室だった部屋の中に足を踏み入れて辺りを見渡す。天秤などの器具を
収めていたはずの棚は漫画やDVDで占められ、実験台のゴムホースには本来家庭用の
ガスコンロが接続されていた。備え付けの流しを占めるのは二百ミリリットルのビーカー、
ただし箸やフォークと一緒に混じっている今では、食器にしか見えなかった。ご丁寧にも
蛇口に浄水器まで付いていれば、最早キッチンであると認識するのが正しいのだろう。
日当たりが良く、実験台もないので広い南角の一角には畳が六帖ほど敷かれ、テレビに
冷蔵庫それから炬燵まであった。壁紙にカーテンまで新調したようだ。
どうやってこんな生活用具を揃えたのか、と舌を巻く光景だが、全部インターネットの
通販で購入された物らしい。
キッチン代わりに使われている一台を除き、殆どの実験台は一見手付かずのままである。
その一台の蛇口から延びたホースが、換気扇の下に相当する窓の無い一角へと通じていた。
衝立で区切られた向こう側から、ぱちゃぱちゃとした音に混じってくぐもった鼻歌がする。
部屋の主はあの中か、と糸色は吸い込まれるように歩を進め、当然のように衝立を開く。
座敷童とも渾名される糸色の生徒――小森霧が、一糸纏わぬ姿で桶の水に浸かっていた。
小森霧は素早く首を背後に向け前髪を掻き分けて、衝立の傍らに立つ人物を確かめる。
それが袴姿の担任だった事に安堵の色を浮かべ、彼女は溜息と共に言った。
「開けないでよ」
霧の顔は長い前髪の下に隠され、普段は決して人目には触れない。何より本人が人前に
見せたがらない。ただし唯一の例外である糸色に対してだけ、彼女は積極的にその類稀なる
美貌を見せてくれるのだ。
そんな霧の表情が、本当に色っぽくなったように糸色には思われる。
元々知る人ぞ知る美少女だったのだが、それは単なる顔貌に留まらない。言葉遣いに若干
乱暴な面が見られるが、彼女が芯に女らしい匂いを秘めている事を糸色はよく知っていた。
一目見て、心中する時の相手に決めた程だ。尤も心中候補は他に何人もいて、彼女らの
名前を記した『ですのうと』も存在するのだが。
桜色に上気した霧の肌から立ち昇った湯気が、換気扇へと吸い込まれてゆく。湯を湛えた
木桶の外には牛乳石鹸にティモテまである。
それらを見て確かめてから、糸色は霧の裸身に目を向けて云った。
「お風呂ですか。前に来た時は無かったはずなのに」
「だって先生もこの部屋に来るのに、汚い身体でいられないから――」
霧は恥じらうように云って俯き、ほんのりと火照った頬を前髪の下に引っ込める。
彼女が目を逸らしている間に、糸色はたっぷりと霧の身体を目で楽しむ事に決めた。
全体的に見て、小森霧の肉体は明瞭な曲線から出来ていた。
例えば湯面近くの腰に注目すれば、しっかりと括れていて贅肉も少ない。前屈み気味の
体勢を取っていても、腰骨の左右にある窪みを見分けるのは実に簡単である。臀部の肉は
湯の中にあって直接見る事は出来ないが、腰のラインから推測する限り、肉付きはかなり
良さそうに見える。湯面からすらりと伸びた太腿も、蕩けるように柔らかそうだ。
確かにその一つ一つを取り上げても魅力的ではある。だが糸色が最も注目したのは――
太腿と、肩から二の腕にかけてのなだらかな曲線とで構成された三角形の内側に見える、
隠しようもなく張り出した霧の豊かな乳房だった。見るからに持ち重りしそうで、とても
糸色の手に収まる代物ではない。糸色の両手を使っても、包み込むのは難しいだろう。
もっと胸の大きな女性はこの学校にも確かに存在する。例えば霧のクラスメートである
帰国子女の木村カエレだとか、あるいはSCの新井智恵だとか。
けれども霧の乳房は形が良い。まだ十代という事もあって、重そうな質感にも関わらず、
綺麗な球形を描いている。
艶やかな長い黒髪に男好みの肉体を惜し気もなく晒していた美少女を前にして、糸色は
己が少しずつ興奮してゆくのをはっきりと自覚した。
「――それより先生、どうしたんですか?いきなり私の部屋に来て」
小森霧は木桶に座ったまま糸色へと向かい直す。両膝をぴたりとくっ付けてはいるが、
細い脹脛の隙間から覗かせる下腹部の茂みを糸色に見られてしまっている。
その事に気付かぬまま、霧は長い前髪を掻き分けて嬉しそうな様子で糸色に訊ねた。
大きな瞳を輝かせた幼けない表情が、よく発育した肉体と不釣合いな印象を与える。
糸色は眼鏡のずれを指で直して平静を取り戻した。どうせ茂みの奥の花びらは湯の中だ。
無理に覗こうとして好色な視線を霧に気付かれたくはない。それで糸色を嫌悪することは
恐らくなかろうが、彼にしてみればもう少し霧の裸を楽しみたいのだ。
霧はそんな糸色の内心に気付く様子もなく、部屋片付けときゃよかった、と小さく呟く。
糸色は軽く笑いを浮かべ、本来の用件を切り出した。
「ここで寝かせて欲しいんですけど、構いませんか?」
えっ、と霧は糸色の言葉に一瞬訝しんだ。戸惑いつつ彼女なりに糸色の言葉を理解する。
やがて前髪の下の肌が茹蛸のように赤くした。
「やだ、先生、その、あの――」
あたふたと身じろぎしながら糸色の表情を確かめる。眼鏡越しに見える糸色の表情は、
真剣そのものであるように霧には思えた。
ややあって、霧は黙り込む。
口元に恥じらいを浮かべ、小森霧はこくりと小さく頷いた。
風呂から上がるまで待ってと霧に頼まれ、糸色は畳敷きの上で時間を潰すことに決めた。
「別にただ冬眠させてくれたら嬉しいのですが」
そう一人ごちて糸色は溜息を吐く。霧がどういう勘違いをしたのか想像するのは容易い。
とは云え――
糸色は霧の入浴する姿を堪能したお蔭で、すっかり興奮している。冬眠するどころか、
今夜眠りに就くのも難しいだろう。小森霧が女として彼に抱かれるつもりならば、糸色は
甘んじてそれを受けようと思った。
衝立で区切られた向こう側で、肌を擦る音と湯を被る音とが交互に繰り返す。
糸色は退屈凌ぎにと、少し色褪せたテレビの画面を漠然と眺める。あっと声を上げた。
妖怪大戦争――それも元祖の方だ。霧の事だから神木隆之介君の登場するDVDばかり
観ていたのかと思っていたから、これは糸色にとっては意外な発見だった。
画面の中でアブラスマシが身長の何倍も高く跳び跳ねる。ペルシャからやって来た悪魔
ダイモンの目玉を、アブラスマシが槍で切り裂いた。
古びた映像は、糸色に彼の幼年時代を回想させる。
チョウレンジャーのショーが見たいと家族に駄々を捏ね、長兄の縁に蔵井沢の屋敷から
後楽園まで連れて行って貰ったこと。ショーが終わった後、チョウレンジャーのブルーと
握手した上に、レッドから「のぞむくんへ」と自分宛てのサインまで貰ったこと。
誰しも子供の頃は幸せな思い出に満ちている。その時が糸色の人生の峠だったのだろう。
峠を過ぎれば、後は斜陽族のように不幸への地獄下りが待っているだけ。それが人生だ。
――お金持ちは金持ちだ
――登り詰めたら、後は下り坂
何に登場した歌だったか、と糸色は唄いながら頭の中で出典を探す。中々出て来ない。
「お待たせ、先生」
少女の声で、糸色は我に帰った。
糸色の背後から呼びかけていた小森霧は、頭から毛布を被っていた。着衣はジャージに
薄手のシャツ。彼女のそんな姿は、糸色の意識にライナス坊やを彷彿とさせた。
霧は夏でもタオルケットに身を包んでいる。霧にとって毛布は、外部から身を護る為の
障壁として機能しているのだろう。心を許したはずの糸色の前でも、この癖が出てしまう。
糸色には彼女の気持ちが解らないでもなかった。だから霧の癖を咎めたりはしない。
DVD面白かった、と霧は糸色を気遣うように問う。
存分に楽しませて頂きました、と糸色はくつろいだ様子で答える。霧の口元が微笑んだ。
「よかった。それじゃあお布団敷くね」
霧はいそいそと押入れから布団を引き出し、手早く畳の上にそれを広げた。
「汚いお布団だけど、先生これでいい?」
充分です、と糸色は答えて早速布団の中に潜り込む。眼鏡を外して枕に顔を埋めると、
何故か少女の甘い匂いがしたような錯覚を覚える。
自分の布団で心地良さそうにしている糸色の姿に、霧の口元が小さな微笑みを浮かべた。
糸色は顔を上げて霧に呼びかける。
「よかったら君も一緒に寝ませんか?」
霧は彼の一言を待っていたかのように、いそいそと畳の上で三つ指を着いて云う。
「不束な娘ですけど、こちらこそ宜しくお願いします」
糸色と何度も肌を合わせているにも関わらず、まるで初めて抱かれるような振る舞いだ。
そんな彼女の態度が可笑しかったのか、糸色は軽く笑う。霧の口元も釣られて笑う。
糸色に手を取られ、霧は被っていた毛布を脱いで、素直に彼のいる布団へと潜り込む。
すぐさま糸色に抱き付き、たっぷりとした二つの暖かい膨らみを彼の胸板に圧し当てた。
前髪を開くと現れた霧の頬は、透き通るように滑らかだった。
指でつんと突付いてみると、瑞々しい弾力でもって押し返す。その指を顎まで這わせて
くいと持ち上げると、霧は素直に糸色の動作に従う。
霧の赤い唇に軽く触れてから、糸色は霧の大きな瞳を見つめて云った。
「お風呂上りにメイクもしたんですね」
安物の化粧水だけど、と霧は目を逸らしながら答えた。今度は霧が糸色に口付ける。
霧の肉感ある唇を、そして少し小さめの舌を舐め回しつつ、糸色は球状に張り出した胸へ
シャツ越しに掌を当てる。
そのまま円を描くように撫で回した。んふぅっ、と霧が鼻息を漏らす。
けれども霧は糸色から唇を離さない。糸色の頭に手を回し、より強く深く吸い付く。
糸色は陶然とキスに溺れた霧の表情を愉しみながら、シャツの中へ左手を侵入させる。
霧が唇を離した。深く息を継ぐ。
糸色は右手でぽよぽよと霧の乳房を弾むように弄び、左手を臍の下に這わせる。
「先生――」
早くも霧は酔ったように瞼をとろんとさせ、潤んだ瞳で糸色を見上げる。
掌に吸い付く霧の肌触りを愉しみつつ、肋にかけてゆっくりと左手を上らせる。
霧の息遣いが深くなる。
明らかに質感の違う丸みに指先が辿り着いた処で、糸色は意地悪そうに尋ねた。
「下着は、身に着けていないのですね?」
霧は恥ずかしそうに頬を赤らめ、無言でこくこくと頷いた。どうせ糸色に脱がされるの
だから、着けるだけ無駄だと判り切っていたのだ。
霧はシャツの中で乳首を弄られ、目を瞑り小さく肩を震わせる。
鎖骨の下にうっすらと赤い痕を付けて、糸色は徐に霧のTシャツを捲り上げた。
ぷるんと音がして、豊かなまるい乳房が糸色の前に姿を現した。
一度風呂場で目の当たりにしているとはいえ、良く観察すれば新たな発見が無くもない。
健康的な淡い桃色をした乳首は小さく控えめに縮こまっていて、広がった乳輪の大きさは
それと比べて若干大きく見えて境界線もはっきりしない。乳房全体から見れば、均整の
取れた物だといえるだろう。
糸色は舌と指を丹念に使って先端を弄る。柔らかな丘陵の向こうから嬌声が聞こえる。
霧の乳首がむくむくと固く隆起してゆく様を、糸色は舌先でたっぷり愉しんだ。その事を
嬉しそうに霧に伝えると、彼女はいやいやと首を振った。
「やぁぁ……先生のえっち――」
口ではそう云いながらも霧は抵抗しない。乳房に顔を埋めてちゅうちゅうと吸い上げる
糸色の頭を、霧はさらに胸へと強くかき抱く。
脇腹の括れから張り出した腰へ。糸色の動きを受け入れるかのように霧が腰を浮かす。
霧の息遣いが、尻から太腿の肉をジャージ越しに愛撫する糸色の手の動きと同調を始めた。
「先生、せんせい――」
膝から内股にかけて糸色が摩る内に、霧は徐々に両脚を開いてゆく。
乳房と良く似た肉感が、強張った合成繊維の下で暖かに息衝く様子が掌に伝わる。
指を筋状に食い込ませて縦に撫でると霧が声を出して喘ぐ。
霧が見守る中でジャージのゴムに手を懸ける。霧は観念したように天井を見上げる。
ゆっくりと引きずり下ろし、糸色は霧の細く縮れた茂みを視界に捉えた。
糸色は霧の腿を大きく持ち上げ、秘められた花びらのような霧の性器をしげしげ眺める。
貝殻のように慎ましく閉じたそれは、霧の貞淑を物語っているようにも見える。けれども
指で左右に開かれたその内側は、糸色を迎え入れる予感で充分な熱を帯びていた。
顔を近づけると、女の温気がむっと鼻を擽った。牛乳石鹸の芳香が混じったそれに糸色は
軽い酩酊を覚える。
霧が足をじたばたとさせて止めるのも構わず、糸色は花びらに口付ける。太股と尻とを
丹念に撫で回しながら、霧に聞かせるようにちゅぱちゅぱと音を立てて吸い上げる。舌に
唾液をたっぷりと絡ませて、花びらの筋に沿って舐める。
感じる度に、霧の柔らかな太股が糸色の頭をきゅっと挟む。。
粘膜の内側に隠れていた突起を舌先で突付くと、霧は僅かに腰をぴくぴくと震わせた。
糸色は頃合を見計らって、霧のジャージを潜って両腿の間に割り込む。
くちゃりと音を立てて身を埋めると、霧は白い喉を仰け反らせた。軽く達したようだ。
いきなり動き始めるより、まずは霧の呼吸が整うまで待ってやる方が良かろう。
そう思っていた糸色の腕に、霧が力なく手を添えた。
「先生――すごく固い」
霧は糸色と目を合わせて、喘ぎつつもにっこりと笑って云った。
「いっぱいして。会えなかった時の分まで、いっぱい、私でして――」
自分の上で懸命に腰を使う糸色の動きに、霧は翻弄されて泣き叫ぶ。
処女の強張りが取れた霧の膣肉が、意味ある言葉に現れない彼女の快感を雄弁に語る。
程よく柔軟に糸色を包みつつも、時折吸い付くように締め付ける。締め上げて蠢く。
性器と人格とが別の生き物に乖離してしまったような印象を糸色は受けた。甲高く鳴き、
涙をボロボロと流すほど霧を苛んでいた物は、自分の中を掻き回す糸色の欲望というより、
むしろ彼を受け入れて全霊で悦ぶ彼女自身の性器だったことだろう。
たった半年の間に女はここまで変化する物なのか、と舌を巻く。同時に何も知らなかった
小森霧をここまで変化させたのが自分だという事実に、糸色は深い感慨を覚える。
心細そうに敷布の上を泳ぐ霧の手を、糸色は捕まえてやった。霧がぎゅっと握り返す。
ほとんど同時に、霧の呼吸と膣の締め付けが切羽詰って来た。彼女を絶頂に導きながら、
糸色は自分も達しようと懸命に動く。
霧がもう一方の手で糸色の肩を掴む。糸色の筋肉に霧の指が食い込む。
「私、もう、あ、あぁあ――」
霧は全身を強張らせて果てた。足首まで脱がされたジャージが拘束となっていたので、
糸色は絡み付いて奥へと吸い上げる霧の膣肉から己を引き抜くことが出来なかった。
どくどくと霧の中に注ぎ込む本能的な快楽に、糸色は身を任せる。
愛する糸色を受け止めた嬉しさに浸りながら、霧は彼の脈動と同じ間隔で呼吸した。
それから互いに何度交わり何度果てたかは、糸色も霧も覚えていない。
すっかり裸にした霧を、糸色が四つん這いにさせて後ろから貫く。霧がまた嬌声を上げる
大きく張り出した霧の尻を掴み、糸色は痩せた下腹を激しく打ち付ける。
波打つ尻の肉とは対照的に、霧の腰から背中にかけては無駄な贅肉が殆ど見当たらない。
きゅっと括れた腰と肩甲骨の張り、それから日に当たらない項に、糸色は激しく欲情する。
「やだっ!――せん、せい――」
霧の胎内に埋められた糸色の肉体が硬度を増した。戸惑いつつ霧は嬉しそうに感じ取る。
糸色に突かれる度に、大きな胸がぶるぶると前後に揺れる。糸色が後ろからそれを掴む。
ぎゅうと乳房を搾られて、霧は痛みに顔を顰めた。そうかと思うと今度は乳首を触られる。
揺れる乳房の先端が、糸色の指先を周期的に軽く擦るのだ。
霧の膣がきゅうきゅうと糸色を吸い上げる。喘ぎ声の間隔が短くなってゆく。
彼女の腰を一際引き寄せて、糸色は二人の接合部を指で弄る。
二度三度と痙攣しながら糸色の射精を受け止め、霧は敷布にぐったりと身を投げ出した。
糸色は再び霧を仰向けに寝かせ、前髪を開いて唇を奪う。頬は紅潮し瞳は焦点を失って、
それでも霧は朦朧としながら求められたキスに本能で応じる。
ぐったりと脱力した霧の脚を掴んでぐいと左右に開く。慎ましく閉じていた花びらは、
何度も糸色に蹂躙されてだらしなく広がり、中に注ぎ込まれた糸色の精と霧自身の蜜とが
交じり合った白濁液に塗れ、ひくひくと淫靡に蠢いて糸色を誘っている。
再び首を擡げた肉塊を、糸色は二人分の蜜を湛えた花びらの中心に宛てがった。
押し込むように体重を掛けると、あっと小さく叫んだ霧の中へぬるりと飲み込まれる。
糸色に胎内を掻き乱される度に、霧はいやいやと前髪を振り乱して叫ぶ。
うっすらとした肋の上で乳房が毬のように弾む。糸色はそれを手に捕えて弄ぶ。
揉んだり捏ねたりして掌の中で弾力を味わい、掌の中で自在に形を変える様子を愉しむ。
臍より下の方に視点を移した。己が出入りするたび、ぐちゃぐちゃと汁気を含んだ音を
立ててそれを飲み込む霧の粘膜が卑猥に映る。泣き叫ぶ霧の若干幼い顔立ちと妙に似合う。
何度も痙攣して霧が果てる。潤滑の良くなった霧の膣で達するのが難しくなる。
それでも懸命に動き続け、糸色は。
糸色は一番奥のコリコリした行き止りを亀頭で叩き、霧が火の付いたように泣く。
やがてその動きが止まっても、霧の身体は糸色の脈動に呼応して小刻みに震え続けた。
簡単に後始末をした糸色が大の字に横たわり、霧は甘えるように彼へと身を寄せた。
糸色は彼女の頬に張り付いた前髪を払い除け、軽く口付ける。微笑みを返した霧はしかし、
繰り返し激しく求められて余程疲れていたのだろう。
すぐに糸色の胸に顔を埋め、長い黒髪の下からすぅすぅと幼けない寝息が漏れ聞こえた。
「――先生」
眠っていたはずの霧が静かに呟き、糸色は彼女の前髪を開いてみた。
静かに瞼を閉じ、安らかで無邪気な寝顔は、糸色が初めて彼女の家を訪問した日から、
少しも変わっていないようにも見える。
寝言だったのか、と納得して糸色は天井を仰いだ。一体どんな夢を見ているのだろうか、
と彼が聞き耳を立てる中で霧の寝言は続く。
「今夜はお泊りしてくれるの――?」
糸色は胆を冷やした。小森霧の呟きは本当に寝言なのだろうかと疑問を抱き、霧の肩を
わずかに揺さ振ってみる。霧は眉を寄せるだけで何も言い返さない。
胸を撫で下ろしつつも、糸色は霧に対してある種の煩わしさを覚えた。
女という生き物はいつもこうだ。どれほど抱いても飽き足らずに男の存在を求めて来る。
それどころか一晩中、いや隙あらば人生まで独占しようとさえ企む悪しき生き物なのだ。
もっとも小森霧には罪の意識などない事は糸色もよく知っていた。
彼女はただ純粋に糸色を慕っているだけだろうし、仮に彼女が邪悪な生き物へと変貌を
遂げていたとしても、それは貞操を奪い色欲を教え込んだ糸色の責任である。
泣きそうな気持ちになった途端、眠気が押し寄せる。
「まるで子供ですね」
一人そう呟いて、糸色は大きく息を吐く。一晩どころか冬中眠れそうな勢いだった。
心地良く訪れた疲労に欠伸を一つ吐き、霧ごと包まろうと毛布を引き上げた所で――
がらりと扉が開く音が糸色の耳に届いた、と思って頂きたい。
<<後半へ続く?>>