がやがやとなる喧騒の中、望とあびるは動物園にデートに来ていた。
あびるは入園してからずっと色んな動物(しっぽ)を見ては目を輝かせている。
普段のクールな印象とはまるで別人で見ていて微笑ましい。
「先生、早く〜」
「はいはい」
あびるがクロシロエリマキキツネザルの檻の前から笑顔で手招きをする。
しかしあびるとは反対に望の表情には笑顔は少なかった。
デートをする二人の後をつけている人影かあるのに気付いてしまったからである。
はっきりと確認したわけではないが人影の見当はついていた。
一人は常月さん、もう一人は木津さんですね。なぜお二人がここに…
くいっ
「あ…」
望が軽く絶望しかけるとあびるが不機嫌そうな顔で望の袖口をひっぱっていた。
「小節さ…」
沈んだ表情のまま望をベンチへと誘導する。
二人は言葉無くベンチに腰掛けた。
しょんぼらした表情のままあびるが口を開く。
「先生…何か今日楽しくなさそう…」
「いえ、あの…」
望が紡ぐ言葉を探しているとあびるが望の手を両手で力強く、ぎゅっと掴んだ。
「こ、小節さん?」
「今日は学校も関係ない、日曜日ですし…その…私達の初デートだし…せめて今日くらいは…私だけをみてほしい…です」
その切ない願いの言葉に望はあびるを強く抱き締めたくなった。
告白の際、望の全てを受け入れる決意をしたあびる。
そんな彼女のこんなにも可愛らしい願いの声を聞いてしまっては…先程まで彼にあった絶望は何処かへと消え去ってしまっていた。
おそらくあびるも二人に気付いている。
でもそんな事を気にはしていられない。
望はすくっと立ち上がると満面の笑みをあびるに向けて
「小節さん、次は何を見にいきましょうか!?」
と声をかける。
あびるも笑顔で立ち上がり「アルマジロ見たいです!」
「それではアルマジロの檻まで競争です!」
可符香も顔負けのポジティブ、もといバカップルぶりで二人は次の檻へと笑顔で駆けていった。ちなみに競争は望の圧勝だった。
皆が遊び疲れ、日もすっかり暮れた動物園。
園内のレストランで食事をした後、二人はまたあのベンチに腰掛けていた。
「先生、今日はとても楽しかったです」
「私も…」
望があびるの方を見ると、なにやらあびるがもじもじと体をくねらせている。
「どうしたんですか?小節さん?」
「あのね、先生……の、望さんって、呼んで、いい?」
顔を真っ赤にしてあびるが問い掛ける。
望は表情を緩ませ、笑顔で答える。
「…かまいませんよ…あびるさん…」
「ぁ…」
あびるは嬉しそうに顔を上げる。その目には少し涙がたまっていた。
ふたたびあびるが恥ずかしそうに話しかける。
「の…の、望さん、その、あの…」
「はい?」
「…‥…して…ください…」
あびるの言葉は望にはうまく伝わらなかったが、あびるが目を瞑り顔を上げるとクスッと微笑むような表情になる。
そしてそのまま二人は静かに唇を重ねた。
「望さん、大好き」
「あびるさん、私も好きですよ」
二人が空を見上げると満天の星が輝いていた。
まるで二人の始まりを祝福しているかのように。