「おはようごさいます。小節さん」  
「おはようございます…」  
いつも通りに挨拶をする。  
まわりの皆は気付かないが二人の間にだけ緊張した空気が流れていた。  
どさっ  
「ふぅ」  
今日も授業がおわり、望は職員室の机に座ると同時に小さくため息を吐く。  
「どうしてこんなことになってしまったんでしょう」  
そういうと望は先週の休日の出来事を思い返していた。  
父親の留守をついてあびるの部屋に遊びにきていた望。  
学校での事、尻尾の事、そして二人の事。  
話に花が咲き、楽しい時間を過ごしていた。  
そしてある拍子に「望さんにはどんな尻尾が似合うのかな?」  
と言いながらあびるが尻尾を数本持ち、望に迫る。  
その時、望は尻尾を無理矢理つけられるのを嫌がるあまり、口調も強く言葉を吐きだしてしまったのだ。  
「そんなしっぽなんかのどこがいいんですか!先生理解できませーん!」  
瞬間、あびるの表情が冷たく固まる。  
しまった。  
自分の失言に気づいた時にはもうおそかった。  
「出てって…」  
「あ、あびる…?」  
「いいから早く出てって!望さんなんか嫌いよー!」  
それ以後、電話やメールにも無反応で、学校で会っても挨拶程度で話し掛けてもそっけない反応をされるか、ひどい時は無視までされていた。  
「はぁ…」  
望はため息を吐きながらとぼとぼとあてもなく歩いていた。  
気が付くと望は無意識の内にあびると初めてデートした動物園の前に来ていた。  
 
バタバタバタ―――  
病院の廊下に複数の女生徒の足音が響く。  
「先生!」  
千里が病室のドアを力強く開ける。  
そこには包帯や湿布で半身を包まれた望がいた。  
「やあ、皆来てくれたのですか」  
「来てくれたのですかじゃないですよぉ!」  
奈美が強い口調で返す。  
「まといちゃんが救急車呼ばなきゃ大変なことになってたんですよ!」  
晴美が続ける。  
まといは千里の背後に隠れて泣いているようだ。  
芽留が青い顔で携帯の画面を向ける。  
[何で動物園でそんな大怪我してんだよ]  
すん、すん、と霧が人目をはばからず泣いている。  
「せんせぇ…」  
望は皆に簡単に事情を説明すると「さあ、今日はもう遅いから帰りなさい。明日からしばらくの授業は智恵先生に代理していただきます。クラスの皆にも迷惑をかけてすまないと伝えてください」と伝える。  
その言葉を聞くと生徒達はそれぞれに見舞い、別れの言葉を伝えながら部屋を退出した。  
一時の静寂が、流れる。  
 
「どうぞ、お入りください」  
望が言うと、静かに病室にあびるが入ってきた。  
「………」  
あびるが望のすぐそばに寄る。  
「よく来てくれましたね。ありがとうございます」  
その言葉を聞いたあびるは瞳からと涙を溢れさせる。  
ガクっと跪き、泣きながら叫ぶ。  
「望さんの馬鹿!何でベンガルトラの檻なんかに自分から下りたりなんかしたのよ!」  
まといから状況の一部始終を皆と一緒にあびるも聞いていた。  
望が穏やかに口を開く。  
「しっぽを…触ってみたかったのです…」  
「え?」  
「あびるの気持ちが知りたかった。あびるに少しでも近づきたかった。ベンガルトラ、お好きでしょう?」  
あびるは涙を溢れさせながら叫ぶ。  
「馬鹿、馬鹿ぁ、望さんに何かあったら私、私…」  
「すいません、軽率な行動で心配をかけてしまいました」  
「私の方こそつまらない事で怒ったりして…ごめんなさい…」  
「あびる…」  
望があびるの顔を上げさせキスをする。  
「ん…」  
二人の唇がやさしく触れる。  
 
望は包帯に包まれた自分の顔を指差し  
「これであびるに少し近付けましたかね」  
と普段は吐かない冗談を吐く。  
「馬鹿、本当に心配したんだから」  
望は久しぶりにあびるの笑顔を見る。  
その笑顔を見つめながら、もうあびるを悲しませるようなことは絶対にしない。  
そう心に固く誓っていた。  
 

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