体育用具室の戸は、建て付けが悪い。
先生は両手を戸の端にかけ、一気に引っ張った。
シュガララッ! バム!
大きな音と共に、薄暗い用具室に光が差し込む。
「・・・・!」
室内で何か動いた事に気がつき、先生は目を凝らす。
「・・・誰かいるのですか?」
返事は無い。
だが、入り口から射しこむ光の範囲から逃れるように、壁際の薄闇からこちらを見つめる瞳があった。
半月型で、切れ長の瞳が光を反射し、先生の方を見ている。
「・・・・あ・・・三珠さんでしょうか?」
少し目が慣れると、シルエットしか分からなかった姿が、制服姿の女生徒であることが判別できた。
真夜は無言で、両手にバットを数本抱えてこちらを見ている。
先生は小首をかしげた。
「はて? 三珠さんは運動部でしたでしょうか?」
先生の言葉に、真夜は自分の抱えているバットを見た。
「あ! いやいや。別に部活動でなくとも使うのは良いですよ。まあ、夏休みですし、授業で使う事もありま
せんからね。」
先生は柔らかい口調でそう言って、用具室の中に入ってきた。
真夜はジッと佇んだまま、目だけで先生の姿を追っている。
「・・・校舎裏の日陰に建っているとはいえ、さすがに蒸しますねえ。」
先生はひとり言のように呟きながら、ふところからノートを一冊取り出しページをめくる。
真夜は抱えていたバットをスタンドに戻し、先生の脇からノートを覗き込んだ。
『死に るるぶ』と書かれた表紙が目に入り、真夜は首をかしげた。
真夜に気が付いた先生は苦笑を浮かべ、
「・・・ここは先生が先に見つけたスポットですから。譲りませんよ?」
不思議そうに無言で自分を見上げる真夜に、先生は指差しながら説明を始めた。
「まず、立地が良いですね。校舎裏にひっそりと佇み、用が無いと人が近づきません。用がある人でも、来
る時間帯は限られます。・・・・・・・つまり、発見されにくいと言えますねぇ。」
次に、先生は天井を指し、真夜もつられて天井を見上げる。
そこには、何かで使う長い棒がまとめられ、用具室を斜めに横切って吊るされている。
「縄をかけるのに丁度いいと思いませんか? おあつらえ向きに、跳び箱・平均台・その他、踏み台になり
そうなものは十分揃っています。・・・・先生の評価としてはAクラスですよ。」
満足げにそう言って、先生は真夜に背を向けて、窓の方へと移動する。
「なので、こうして時々見回っているわけですよ。この窓とか・・・・・・」
先生の言葉を聞き流しながら、真夜は何を思ったか、側にあった跳び箱によじ登り出した。
窓の鉄格子をチェックしながらぶつぶつ言う先生を見下ろして、真夜はポケットからハサミを取り出した。
跳び箱の上で背伸びをして、棒を吊るしてあるロープにハサミを入れる。
何度もギコギコこじっているとやがてロープが切れ、吊るされていた棒の片端が、先生の脳天を直撃した。
「どおおっ!?」
少し間の抜けた悲鳴を上げ、先生は落ちてきた棒の束の下敷きになり、のびてしまった。
真夜は嬉しそうに笑みを浮かべると、跳び箱から降りてきた。
先生の側にしゃがみ込み、袖口を掴んで、ついついっ、と引っ張る。
ピクリともしない先生に首をかしげ、おもむろにふところから着火マンを取り出すと、とりあえず手近にあっ
た体操マットに火を付けた。
少し湿り気味のマットだが、しばらく火を近付けていると何とか燃え移り、煙を上げ始めた。
真夜は目を少し細めて微笑んだが、
「何をしてるんですかぁ!?」
気絶していたと思っていた先生が突然叫び、真夜は驚いて着火マンを落としてしまう。
先生はマットの煙を上げている部分を手で叩き、火を消した。
「三珠さん! あなた・・・・・・」
無言で自分を見つめる真夜を見て、先生は何か言いかけてやめた。
しばらくして、
「・・・分かってますよ三珠さん。―――ですが、この場所は焼身を行なうのは不向きです。・・・先生に相談
してくれれば教えたのですが・・・・・・はっ!!」
先生は何か思いついたように真夜を凝視する。
「―――光栄ですが、私は焼身での心中は望んでいないのですよ。申し訳ない。」
ただ自己完結しただけなのか、それとも頭を打ったショックが抜けきっていないのか、そう結論付けると、先
生は真夜が落とした着火マンを拾う。
真夜が視線で先生の動きを追っていると、先生はふと天井を見上げ、真夜もその視線の先を追う。
そこには先ほど切り落としたロープの片割れが、ぶら下がっていた。
「・・・・どう見ても、刃物か何かで切り落としたような跡ですが・・・・・・まさか!?」
先生は、ぐるんっ! と真夜の方を振り向き、真夜は思わずびくっ! と身体をすくませた。
「三珠さんじゃありませんよね!? あ! ちょっと!」
先生の大声に、真夜は慌てて立ち上がったが、片手を掴まれてしまう。
カシャン・・・・・!
その拍子に、ハサミが落ちてしまい、軽い音を立てた。
しばし時が止まり、二人は無言で落ちたハサミを見つめている。
先生の首が ぎぎいっ と、ぎこちなく真夜の方を向いた。
「・・・そ、そうです! 証拠が揃いすぎてますから! ・・・・しし、しかし! 取り合えず、もう他には持ってま
せんよね!? これ以上証拠は出ませんよね!? ・・・・ちょ・・・っと、ポケットの中の物を全部出してみな
さーい!!」
先生は、ガバッ! と立ち上がり、片手を掴んだまま、真夜に詰め寄る。
真夜は逃げようとしたのか身をよじり、
カタッ・・・!
上着の内側から着火マンが、もう一つ転がり落ちた。
先生の顔が真っ青になり、パニック状態になったようだった。
「・・・うそですよね!? とと・・・とりっ! とりあえず、危ないものは全部先生に預けて! あなたは見つか
らないうちに帰って―――」
カクカクと動きながら、先生は真夜のポケットを調べようと手を伸ばし―――
真夜は当然、抵抗しようと後ずさり―――
「あ! わわわっ!?」
足元の後ろにあった体操マットに気が付かず、真夜は仰向けに転んでしまう。
その手を掴んでいた先生も引き倒されるように倒れるが、何とかマットに手を付いてこらえた。
真夜は頭でもぶつけたのか、痛そうに両目を閉じ、まぶたの端からは涙が滲み出ていた。
「・・・す、すいません! 大丈夫で・・・・・し・・・・・・・」
先生は少しパニックが収まったのか、目に冷静さが戻り、自分の状況を確認する。
真夜は、体操マットの上に横たわり、自分は半ば覆いかぶさるように、彼女の上にいた。
転んだ時に乱れたのか、スカートは下着が見えそうなほどに捲くれ、細い足が腿の付け根までさらけ出され
ていた。
そして、自分の右手は、真夜の上着の裾をまくり上げながら中に入り込んでおり、細く白いウエストまわりが
、薄暗い部屋の中でもはっきりと目に飛び込んでくる。
指先に当たる布のような感触は―――胸を覆う下着・・・・だろうか。
蒸し暑い中で動き回ったせいか、しっとりと湿り気を持つ真夜の肌の感触。それが、余計に少女に触れて
いる事を実感させられる。
その姿勢のまま動けなくなってしまった先生は、真夜が目を開け、自分の方を見た事に気が付くのが遅れ
た。
真夜は自分の姿を悟ると、表情こそ普段のままだったが、目と頬の間がほんのりと赤く染まっていた。
先生は声が出せず、取り合えず上着の中に侵入してしまっている手を抜こうとして、
ふにゅ
手が震え、少女の柔らかな脇腹の辺りを少し握るような動作をしてしまった。
真夜は驚いたのか、体を硬直させる。
さっきまで涙目だった瞳がさらに潤み始め、先生の顔を見上げた。
(・・・・・三珠・・・さん・・・・。こ・・・・この感じは以前にもどこかで・・・・! いやいや! そんな事考えてる場
合では・・・・・・!)
真夜を見つめ、硬直したまま内部葛藤に陥ってしまった先生に、真夜は少し気恥ずかしそうに、顔を伏せ
―――
その途端、ギョッ! と、元々大きい目をさらに見開いた。
見る見るうちに、湯気が出そうな勢いで、その顔が赤く染まってゆく。
「・・・・・・・・?」
先生は訝しそうにその視線の先を追い―――
「なああああああっ!?」
瞬間、硬直状態が解け、先生は絶叫を上げた。
真夜の視線の先―――
それは、先生の足の付け根あたり。
もはや、ハカマの中からでも、隠しようがないほどそびえ立った自分の――――――絶棒。
真夜は呆然としたように、目がそこに釘付けになってしまっていた。
先生は慌てて前かがみになり、両手で覆い隠す。
「・・・・あああ! すいません! これはその・・・・・!」
慌てて取り繕うとしたが、真夜が固まったまま自分を見つめている事に気が付き。
「ああああ!! 絶望した!! 証拠過多なくらいの節操無しを曝してしまった自分に絶望したぁー!!」
真夜が止める間もなく、叫び声を上げて用具室を飛び出して行ってしまった。
真夜は先生を止めようと差し出した手を、所存無く空に漂わせていたが、やがて手を下ろし、まだ顔を赤ら
めたままで、制服の乱れを直した。
ふと、脇を見ると、先生が落としていったノートが目に入った。
ノートを拾い、マットに腰を下ろすと、真夜はゆっくりとページをめくって読み始めた。
やがて、あるページで真夜の手が止まる。
何事か考え込み、しばらくするとノートを閉じて、少し笑みを浮かべて立ち上がり、用具室を出ていった。
/////////////////////////////
先生は宿直室の自分の部屋に仰向けに転がり、力の抜けた顔をしていた。
あれから、夢中で男子トイレに駆け込み、手洗い場で頭から水を被って、一心不乱に経文を唱え、壁に頭
を打ち付けたりして、どうにか気分が収まった時には、すでに、とっぷりと日が暮れていた。
夏休みで他に生徒がいなかったのが唯一の救いだった。
そして今、誰もいない宿直室で一人、頭を悩ませていた。
(・・・・三珠さん・・・・・。どうも、彼女が分かりません。見た目は悪い子ですが、本当は違うと・・・・思うので
すが、どうも言動に怪しさが満載で――― まあ、悪さをする年頃もあるのでしょうが――いや! 悪い
子と決め付けてはいませんが。 ・・・・・うーむ。・・・どうしても彼女を見ているとハラハラドキドキで、本当に
分かりません・・・・・・・・・)
先生は頭を掻きむしった。
(・・・ええい! 考えていても分かりません! 今度会ったら、ちゃんと謝ってから、もう少し話を―――)
―――コトン
部屋の入り口から小さな音が聞こえ、先生は思わず起き上がった。
時計を見ると、いつの間にか、時刻は0時を回っていた。
(・・・気のせい・・・・・・でしょうかね?)
そう思いつつも、念のためそっとドアを開けてみる。
廊下は静まり返り、人の気配は無い。
「・・・・気のせいですか。―――おや?」
足元にノートが一冊置かれているのに気が付き、拾い上げる。
「これは、私の『死にるるぶ』? どこかで落としたものだと思ってましたが・・・・・・」
そこで、ノートに何かが挟まっている事に気が付いた。
そこのページを開くと、
「・・・ハサミ・・・・ですね・・・・。しかも、名前が入ってますが。」
先生は苦笑を浮かべる。
そのページは、学校のプールの情報をまとめてある所だった。
そして、ページには大きく折り目がつけられていて、先生は眉をひそめた。
「・・・なにやら意味深・・・ですね。・・・・・・これを持って来たのは三珠さんでしょうが・・・・・・」
先生はしばらく考え込んでいたが、
「・・・行ってみますか。」
ぽつりと呟き、プールへと足を運んだ。
外へ出ると、見事な満月が頭上に鎮座していた。
いつもなら、懐中電灯が無ければ良く見えないほどのプール近辺だが、月明かりのおかげで何とか歩ける
ほどには様子が見て取れた。
風はあまり無く、うだるような―――とまではいかないが、少々蒸し暑い夜の空気の中、先生はプール前に
たどり着き、様子を伺う。
周りを囲うフェンスと樹木にさえぎられて、わずかな隙間からしか様子を伺えない。
が、
「あれは・・・・・!?」
そこから見えたのは、こちらに背を向けてプールサイドに佇む少女・・・・・に見えた。
「・・・・みたま・・・・・・・」
先生が声を掛けようとした瞬間、その姿が、ゆらりと動き、
大きく水音が上がった。
「・・・まさか!? 飛び込んだ?」
先生は慌てて入り口の方に廻り、プール場内に駆け込む。
静まり返った水面は暗く、浮かんだはずの波紋ももうおさまり、僅かに波を立て、そこに映った満月の姿を
揺らしていた。
目を凝らし、水中の様子を伺うが、水中は暗く、ほとんど分からない。
「三珠さんー!?」
先生は、水際に手を付き、顔を水面に近づけ、真夜を呼んだ。
一呼吸おき―――
水中から白い手が伸び、先生の襟元を掴むと、グイ! と力を込めて引っ張られる。
再び激しく上がった水音と共に、先生はプールに落ちていた。
「ごぼぼぼっ!?」
必死に抵抗しようとして息を吐き出してしまい、先生は慌てて呼吸を止める。
暴れると余計に苦しくなると刹那に判断し、体の力を抜いて目を開けた。
自分の襟首を掴む白い二本の手と、その向こうに猛禽類を連想させる鋭い目が月明かりを反射していた。
(・・・やはり・・・三珠さん? まさか、一緒に身投げしてくれと!?)
真夜は水底を蹴りながらプールの中央まで先生を引っ張ってゆき、そこで浮上した。
軽い水音を立てて、二人の頭が水面に出た。
同時に、先生は大きく口を開き、空気を吸い込む。
なんとか足が着く深さであることに気がつくと、ほうっ、と息をついて真夜の方を見た。
真夜の方もかなり苦しかったのだろう。ぜいぜいと息を吸い込みながら、――こちらは足が着いていないら
しく、先生の肩に掴まったまま水に浮いているようだった。
「・・・・・・三珠さん。一体何を・・・・・?」
真夜の呼吸が落ち着くのを待ち、先生は口を開いた。
それには答えずに、真夜は先生の両肩を掴んだまま、少し微笑んだようだった。
真夜の体は浮力で浮いているため、その顔も先生と同じ高さにある。
先生が次の言葉をかけようとするより早く、真夜は腕を曲げ、すいっ、と先生に顔を近づけて、そのまま唇
を重ね目を閉じた。
先生はあまりの事に固まってしまう。
肩に置いていた手をそのまま背中に伸ばし、真夜は先生の体を抱きしめた。
先生の目の前には、閉じた真夜の瞳がある。
美しく並んだ睫毛には水滴が宿り、月光を含んで輝いているように見えた。
無意識に先生の手が真夜の背中に伸び、そっと抱え込んだ。
真夜の冷えた唇が小さく震え、微かに吐息が漏れた。
背中に回した手に力が篭り、先生の体を強く引き寄せる。
サプン・・・・・・・サプ・・・・・・・
かすかに聞こえる水音が静まり、プールの水面は静けさを取り戻した。
―――水を吸った服は重い。
プールから上がった時の第一の感想はそれだった。
先生は服と同じく水を吸った草履と足袋を脱いで、休憩用に敷かれているポリマットに座り込んだ。
真夜も先生にならい、靴と靴下を脱いでマットの上に上がる。
時折、パタパタと、水滴がマットに落ちる音をさせ、真夜は先生の隣に膝を抱えてちょこんと座った。
先生は真夜の顔を見ることができずに、視線をそらして眼鏡の水気を飛ばしていた。
―――キュ
マットの軋む音に振り向くと、自分を見上げている真夜と目が合い、真夜は慌てて視線を外した。
先生は、頬を指で掻きながら、真夜に話しかける。
「・・・・えー、その・・・・昼間は失礼しました。あんな醜態をお見せしてしまいまして・・・・・」
先生の言葉に、真夜は視線をそらしたまま小さく首を振った。
「何と言うか、まあ・・・・・その、普段の印象と違って、三珠さんがとても可愛らしくて―――あ! いや!
失礼! 普段がどうとかいうわけでは決してなく! ・・・・いえ、だからと言って、生徒にあんな姿を見せるな
んて、私はもう教師として情けなく・・・・・・・まあ、その・・・・」
弁解になっていないような先生の言葉を聞いて、真夜は少し赤くなり、キョロキョロと何かを探すようにまわりを見回す。
先生はそんな真夜に気がついて、
「―――三珠さん? もしや・・・・その・・・。バットか何かを、お探しだったりしますか?」
先生に指摘され、真夜はハッとしたようにその顔を強張らせた。
僅かに苦笑が混じった微笑みを見せ、先生は真夜に声をかける。
「・・・先生、何となくあなたの事が分かりかけた気がします。先生は、その・・・・・・死にたがる事で誰かの気
を引こうと、ね。・・・・・三珠さんは―――」
先生の言葉に、真夜はバツが悪そうに、うな垂れた。
「・・・・それが、元から、あなたの表現なのですから、そんなに気にしないで良いですよ。――でも、まあ、何
か他の方法も、考えてみると良いかもしれませんが。・・・いや、無理にする事は無いですよ? ただ、分か
ってもらえる事が少ないかも知れませんが・・・・・」
半分、自分に言い聞かせるような先生の言葉に、真夜は少し考えこんでいるようだった。
そして、何か思いついたのか、すっくと立ち上がる。
「ちょ? 三珠さん?」
―――とすっ
軽い音を立てて、真夜は先生の膝の上に腰を下ろした。
「・・・・・・・・・・・・三珠さん?」
真夜は先生には背中を向けたままだったが、耳たぶが赤く染まっているのが分かる。
先生は、戸惑いながらも、それに触れたくなりそっと手を伸ばした。
軽く触れると、真夜は、ぴくっと肩を震わせたが、先生の手に自分の手を添え、顔を挟みこむように頬に当
てる。―――長い指先が真夜の唇に触れ、形を確かめるようにその上をなぞる。
もう片方の手が真夜の頬を優しく撫で、少し丸みを帯びた顎を支えて、真夜の顔をゆっくりと横に向かせた。
すぐ側に先生の顔があった。
真夜は少し緊張した面持ちのまま、目を閉じる。
すうっ・・・と、音も無く、先生の唇が真夜の唇に触れた。
先生は真夜を包むように両手を廻し、片手で真夜の手を握り締め、もう片手は真夜の水を吸って重苦しくな
った髪を梳かすように撫でている。―――ガチガチだった真夜の肩から、しだいに緊張が解けていく。
小さく滑らかな真夜の唇を味わうように、時折甘く噛んだり、舌先でなぞるたび、真夜は唇を小刻みに震わ
せていた。
必死で息を止めている真夜に気が付き、先生はゆっくりと唇を離した。
「・・・・・すみません。」
その声に、真夜は少し眉を寄せて目を開けた。
先生は表情を曇らせて、申し訳なさそうに真夜を見ている。
「――今、完全に・・・・・教師と生徒という立場である事を忘れていました・・・・・・・」
自分の唇を噛みしめてそう告げる。
真夜はびっくりしたように目を見開いた。
「自分の教え子に、こんな事を―――」
先生の言葉が終わらないうちに、真夜は激しく頭を振り、先生の胸を叩いた。
見上げた瞳から、じわり、と涙が湧き出しこぼれ、真夜は慌てて、袖で拭った。
先生はかける言葉が見つからず―――、真夜は、腕で目を押さえたまま―――、お互いに顔をそむけた。
しばらく、どこからか聞こえてくる、ジー・・・、という低い虫の音だけが聞こえていた。
真夜は、膝の上でこぶしを握り締め、何事か考えているようだったが、やがて、意を決したように先生の膝
から降りて隣に座りなおした。
先生はそれに気が付き、首を傾げて真夜を見る。
真夜は先生に背を向けたままで、胸元に手をやり、制服のリボンをほどいて抜き取った。
水を吸ったリボンは、マットの上に、くたり、と置かれる。
「・・・・・み!」
先生は息を飲んで口を開こうとしたが、真夜は先生の手を。ギュッ・・・ と握り、自分はマットの上で仰向け
に体を横たえる。
口元を横に結び、頬を染めて、真夜は先生をジッと見上げた。
真夜の行動を理解し、先生は慌てふためく。
「・・・みみ、三珠さん!? それは・・・! 私たちは、教師と、生・・・・・・」
そこまで言いかけて、真夜の潤んだ瞳に気が付き、先生は吸い込まれるように彼女の瞳の奥をのぞいた。
立場の話を持ち出して、この場を去る事はたやすい・・・・・が。
戸惑い、考えてしまう―――、それをしたら、真夜は――――――
真夜の瞳は表情を変えない。ただ、自分を真っ直ぐ見つめていた。
「・・・・三珠さん。」
先生は真夜の背に手を差し伸べ、ゆっくりと抱え起こした。
真夜は、何もいわずに先生を見ている。
「・・・私は、どうやら、―――あなたと離れたく無いようです。」
そう言って、真夜の小柄な肩に手をまわし、抱きしめた。
「一時の気の迷いなどではありません。・・・今、心底。そう感じています。」
真夜は唇をギュッと噛み締め、先生の胸に顔をうずめた。
(・・・こんな・・・・か細い子だったのですね・・・)
湿った上着に手こずりながら、何とか脱ぎ去った真夜を横目で見て、先生は胸の中で呟く。
肩幅も狭く、なで肩気味で、その腕も、手で握り締める事が出来るのではないかと思えるほどだった。
胸の辺りはやや丸みを帯びたラインが伺えるが、腰にかけては、最小限の肉しか付いていない。
真夜が、先生の視線に気が付き、二人は慌てて同時に目をそらす。
水分を吸って重くなった服と二人が格闘している音だけが聞こえている。
「・・・・・・・えっと・・・振り向いてもよろしいですか?」
真夜の返事は無かったが、先生は様子を伺うようにゆっくりと振り返った。
真夜は、まるで胎児のように体を丸め、横たわっていた。
胸の膨らみを両手で覆い隠すようにして、目は半分閉じ、恥ずかしそうに視線をそらしている。
着ていた服が残した水が、幾つもの水滴となって肌に残っており、その一つ一つが月の光を含み、輝いているようだった。
短い髪は重苦しく額に張り付くように垂れていたが、それが余計に、真夜の表情と相まって、愛くるしく感じられ、先生は息を飲んだ。
「―――とても・・・可愛らしいです。」
そう言って、真夜の肩から腰のラインを優しく撫でる。
水滴がその肌をこぼれ落ち、マットの上に広がった。
「・・・・そして・・・とても・・・・・・いとおしいです。」
真夜は口元をほころばせた。
先生は包み込むように体を重ね合わせると、真夜はその腕の上に、人差し指でなぞりを入れた。
まよ
そう書いた事に気がつき、先生はたまらず真夜を強く抱きしめる。
「・・・真夜・・・さん。」
真夜は微笑みながら、先生の腕を抱えた。
明かりといえば、はるか頭上から射す月の光だけ。
ふと、夢でも見ているような気を覚えてしまう薄闇の中、二人はお互いの存在を確かめ合うように手足を絡
めていた。
真夜は目を閉じたまま、首筋と耳元を唇で優しくなぞる先生の頭を抱えていた。
先生は片手で真夜の髪を撫でながら、もう片手で胸の膨らみをそっと包むと、真夜の体がピクリと軽く跳ね
た。―――ゆっくりと、順番に指をくねらせながら、時に緩急をつけて膨らみをほぐしてゆく。桜色の先端は
指の間に軽く挟み、時折、手首を捻る動作も合わせ、その柔らかさを感じとっている。
真夜は、眉をしかめたり、首を軽く左右に振ったりしながら、半ばむず痒いとも感じられる感触を受け止め
ていた。
薄く目を開けると、その前に眼鏡を外した先生の顔があった。
夢中でその唇を探り、重ね合わせると、何度も擦り付けるようにその上をなぞる。
先生は、髪を撫でていた手を動かし、真夜の体のラインをたどりながら下の方に伸ばした。
腰の後ろへと手をまわして行き、小さく引き締まったヒップラインに触れると、真夜は小さくうめき声を上げ
たようだった。
そのまま、腿の付け根をたどり、真夜の大事な部分に手を伸ばした。
その場所を覆い隠すように手を重ね、少し指を立てて手の平を動かした。そして、少女の部分に沿って
指を流すと真夜はビクッ! と体を震わせて、短く吐息を吐き出した。
指先で軽く秘所をなぞる動作を繰り返して行く。真夜は、苦しそうな、それでいて切なそうな表情を交互に浮
かべ、その動きを感じ取る。幾度も繰り返すうちに真夜の体は熱く火照り出していた。
先生は指先にある場所が、湿り気を帯びて来ていることに気が付いた。
真夜は、自分の秘所に触れている先生の手に触れようと手を伸ばし、別のものに触れてしまい思わず身を
すくめた。
少し困った顔をしながら先生は真夜を見た。
真夜は、完全に硬直した先生の部分にもう一度そっと触れる。暖かい奔流が感じ取れ、真夜は先生に微笑
んだ。
「・・・・・・真夜さん。」
先生の言葉に、真夜は頬を赤らめながらコクリと首を縦に振った。
程よく濡れそぼった真夜の秘所に絶棒の先端が当てられた。
真夜は先生に全てを任せるように目を閉じ、その片手に指を絡ませてしっかりと握りしめた。
ゆっくりと真夜の中が押し広げられ、先生が侵入してくる。
真夜は少し肩を震わせて先生を受け入れていた。
絶棒の先端に微かに抵抗のような物が感じられた。真夜と先生の視線が一瞬絡み、先生は真夜の肩を抱
え込むように抱き寄せ、ゆっくりと腰を突き入れた。
真夜の口から鋭い呼吸音が漏れ、激しく頭を左右に振り、足の指はマットに食い込む程踏みしめる。
大きな瞳から涙がこぼれた。先生はそっと真夜の頭を抱え込み、自身も歯を食いしばるような表情を見せ
ていた。
小柄な真夜の中は想像以上にきつく、絶棒を進入させまいとするかのように絞めつけてくる。
やがて、真夜の最深にたどりついた感触があったが、先生は、キュウキュウと絞めつけてくる真夜の中に、
あっという間に限界近くまで達している事を自覚した。
すぐに抜かなくては持たないという気持ちと、このまま真夜に全て受け入れて欲しいという気持ちが混ざり
合い、先生は苦悶の表情を浮かべた。
幾分、痛みに慣れたのか、真夜が心配そうに自分を見ている事に気が付いた。
「真夜さん・・・・・すみませ・・ん。・・・もう、出てしまいそうで・・・・・・・・・」
真夜はそれで理解したのか、大丈夫とでも言いたげに先生の目をジッと見つめ、少し瞳を潤ませながら繰
り返しうなずいた。
『先生が、そうしたいように、して欲しい』と、先生の脳裏には伝わり、それが引き金となって、自分の奥底
から熱い流れが絶棒を遡ってくるのを感じ、
「クッ!」
呼吸を吐き出すとともに、真夜の中から自身を抜き取った。
次の瞬間、駆け上がって来ていた白い濁流が飛び出し、真夜の腹上に吐き出されて行く。
真夜は上気した表情を浮かべ、その放出が終わるまでを、いとおしそうに見守っていた。
先生は自分の服の袖から手拭いを数本取り出し、服と同じように濡れているそれを硬く絞った。
手拭いを軽く広げて、真夜の秘所から流れ出た鮮血と、体の上に散った自身の分身を丁寧に拭き取ってい
た。
真夜は少し恥ずかしそうな表情を浮かべたまま、先生に体を拭かれるままになっている。
やがて手拭いを片付け、先生は真夜の横に再び寝そべると、真夜は嬉しそうに肌に触れてきた。
真夜はその胸に耳を当て、先生の鼓動を聞いている。
先生は真夜の背に手をまわし、腕の中に包み込んだ。―――すでに熱が引き、真夜の肌は少し冷えかけ
ているようだった。
「・・・・・さすがに夜は少し冷えますね。」
真夜は先生の顔を見て首を振った。 そして、体をピタリと貼り付けるように密着させる。
先生は少し笑い、真夜の頭をなでた。
「――真夜さん。できれば、ずっと、このままこうして居たいのですが・・・・・・・ いずれ夜が明けて、また、
普段の日々に戻る事になります。・・・・そうしたら、また、他の生徒に追われたりする毎日で、・・・・その中
あなたとの事を知られないように、なおかつ、二人で会える機会や場所を作る事は容易ではないと思うので
すよ――――」
真夜は先生の瞳をジッと見据え、話を聞いている。
「ですから、今。次に・・・・・私と会ってくれる時を決めませんか? できれば――」
真夜はその言葉が終わらないうちに、ニッ、と、先生に笑いかけると、人差し指を立てて空を見上げた。
先生がその目線の先を追うと、そこには、夜空を大分傾きかけた満月があった。
少し照れくさそうに笑いながら、先生は真夜を抱きしめる。
「・・・はい。――満月の日が・・・・・・とても待ち遠しくなりそうです・・・」
真夜は満面の笑みを浮かべ、先生の頬に口付けた。
ずい!
といった感じで、自分の前に差し出された物を先生は凝視する。
真夜が両手で抱えて持って来た、モノ。
「――ま・・・・・・・・三珠さん。えー、これは・・・・・・・・・泥団子でしょうか?」
真夜はさらに手を突き出し、先生は思わず自分の両手で受け取った。
ベタリとした感触で、そのこげ茶色のモノの中に指がめり込む。
先生は思わず眉をしかめたが、すぐにそれから漂う甘い香りに気が付いた。
「あ! おはぎでしたか、すみません――って、巨大すぎませんか!?」
それは確かに、ソフトボールより二回り大きいサイズのおはぎのようだった。
真夜は困惑している先生にそれを渡すと、相変わらず無表情のままスタスタと部屋を出て行き、先生は少
し困った顔で振り返った。
その視線の先にいた交は、少し嫌そうに眉をよせ、そっぽを向いてしまう。
「・・・・一人で食べきれますかね?」
取り合えず、何処かに置く事も出来ない事に気が付き、先生はちゃぶ台の前に腰を下ろして、特大おはぎ
にかぶりついてみる。
「・・・・おや・・・・割と甘さ控えめですね。・・・なかなかいけます・・・・」
そう言って、さらにかぶりつき―――
ガチッ!!
口の中に響いた硬い音に顔をしかめ、恐る恐るかじっている部分に目をやる。
――金属質の・・・先の尖った棒状の物が見えた。
少し青ざめた顔の交が様子を見ているようだった。――ゆっくりとソレを引っ張り出してみる。
「・・・釘・・・・・・でしょうね。・・・五寸釘ってやつでしょうか?」
先生は釘をちゃぶ台の上に置く。
ゴトッ、と、重そうな音がした。――良く見ると、マジックで「まよ」と書かれている。
「・・・・まあ、三珠さんが犯人な訳ありませんね。 証拠がそろい過ぎて・・・・・・・・」
横で交が『絶対アイツだよ!?』と叫んでいるのを軽く受け流し、先生は笑った。
――宿直室の入り口横で、真夜は壁に背を預け、中での会話を聞いていた。
手の平に残っている粒あんを舐めながら、先生の声を聞いて口元に笑いを見せた。
部屋の中が静かになると、真夜はそっと廊下を歩き出した。
廊下の窓、ふと、外を見ると真夏の日差しの中、校庭の端にあるプールの姿が目に入り――
真夜は、かあっ! と顔を赤く染めながら、走り去って行った。