通りを向かい合わせに立ち並ぶ商店は金銀のモールで店先を飾り立て、軒先には本物だったり、書き割り  
だったり、様々なツリーが並んでいる。  
店ごとに競い合うように『Merry Chrismas』のノボリを立て、普段よりも道が狭く感じる。  
有線や、CDデッキから流れるクリスマスソングは、お互いの音が混ざり合い、ほとんど町の喧騒の一部と  
化していた。  
 
『アー ウゼェ!! イベントにつられて やたらと出てくんなよ!!』  
 
人ごみに翻弄されながら、携帯の画面に文句を並べて、芽留は通りを一人歩いていた。  
行き交う人に衝突しないようにするのが精一杯で、辺りを見る余裕も無い。  
 
『こんなんで買い物できるか! つうか、ココ、ドコだ!?』  
 
商店街に入ってから、まだそんなに経っていないというのに、芽留はすでに足元はフラフラになって、彷徨っ  
ているかのように歩いていた。  
「おや? 音無さんではないですか。」  
聞き慣れた声に顔を上げると、すぐ正面に担任教師の姿があった。  
マフラーを巻き、長めの外套を羽織ってはいるが、膝下からは袴と足袋に草履の鼻緒が覗いており、芽留は  
顔をしかめた。  
 
『ちょっとは 空気に合わせた格好でウロつけ! ハゲ!』  
 
芽留に携帯を突きつけられると、先生は澄ました顔で、  
「空気・・・? 何の事でしょう。 私は正月の準備に繰り出したのですがねぇ。」  
少し嫌味っぽい口調で言う先生に、芽留は眉を寄せた。  
 
『製造日がそんなにイヤか ハゲ』  
 
「製造日って言わないで下さい!!」  
先生は少し前かがみになって叫んだ。  
「・・・・・ところで。音無さんは、買い物に来られたのですか?」  
『プレゼント交換があるからな ・・・メンドクセーけど 付き合いってモンがあるしよ』  
「・・・・どこのサラリーマンですかあなたは。 オヤジ臭い言い方は止めてください。」  
芽留はニヤリとして、  
 
『先生には どんなヅラが似合うのか 迷うんです』  
 
「ヅラなんていりません!! ―――って、私は参加もしませんから!!」  
激しく首を振って往来の真ん中で叫ぶ先生に、芽留は横を向いて携帯を覗き込み、他人のフリをしている。  
行き交う人に変な物を見るような目で見られ、先生は頬に一すじ汗を垂らすと、咳払いをする。  
 
『今日の6時からだからな 遅れんなよ』  
 
「だから、参加しませんよ! 私は。」  
『張り切ってるヤツもいるんだから 顔ぐらい出せよ ボケ』  
「・・・・顔を出したら最後な気がしますが。」  
芽留は溜め息を一つついて、いつの間にか立ち話になっている事に気が付き、取り合えず歩き出した。  
先生も芽留の横に並んで歩き出し、芽留はチラリとその姿を見る。  
 
『何で付いて来るんだ?』  
「・・・いえ、この人ごみじゃ、一人だと危ないでしょう? 特に音無さんは。」  
芽留が、携帯で何か言葉を返そうとした時、メールの着信音が鳴った。  
 
  メール着信 1件  
  Frm [普通女]  
 
「・・・・・・日塔さんですか。」  
『覗いてんじゃねー! エロハゲ!』  
 
芽留はすばやくそれだけ打つと、メールを開く。  
 
『芽留ちゃん、来る時にローソクお願い。可愛いやつね♪』  
 
芽留は軽く溜め息をつくと、返事を打って画面を閉じる。  
「・・・日塔さんと仲が良いのですか?」  
先生の問いに、芽留は小首をかしげて見せる。  
 
『 普 通 』  
 
「ああ、なるほど。」  
先生は面白そうにニヤリと笑い、芽留は肩をすくめて見せる。  
「まあ、普通はそうですよね。」  
『あいつをイジルの好きだな ハゲ』  
「ええ、まあ。」  
先生は、一つうなずくと、芽留の肩に手を置いた。  
立ち止まった二人の前を、寿司桶を乗せた自転車が通り過ぎる。  
芽留が少し憮然とした顔を見せた。  
 
『ガキ扱い すんな ハゲ』  
そう打って、不機嫌そうにさっさと歩き出して行く。  
「いえ、危ないですから・・・・」  
『チビだからって言いたいのか?』  
「そうではなくて・・・・・・」  
先生は苦笑を浮かべて、そのまま何も言わずに芽留の横に並んで歩いている。芽留は、時々、先生を  
横目で見ながら、指を携帯のボタンの上に走らせている。  
その様子を見ながら歩いていた先生は、何かに気がついたように少し眉を寄せた。  
「・・・音無さん。指が赤くなってますが・・・・・・。手袋はお持ちじゃないんですか?」  
芽留は、チラリと自分の指を見て、やや、ぎこちなく携帯を操作する。  
『手袋してると ボタンが打ちにくいんだよ 悪いか』  
そう打った画面を見せて、携帯を左手に持ち替える。寒さで赤くなった右手は、コートに擦りつけて暖めよう  
としているようだった。―――よく見ると、芽留の着ているコートには手を入れるようなポケットが無い。  
先生は黙って芽留の様子を見ていたが、不意に芽留の右手を片手で握り締め、手を繋ぐ格好となった。  
「・・・・・・・!・・・・・・!?」  
驚いて立ち止まり、自分を見上げた芽留に少し微笑み、繋いだ手をそのまま外套のポケットに入れた。  
「・・・・・ァ!?」  
目を丸く見開いている芽留を見て、先生は少し驚いた表情を見せる。  
「音無さん、冷え性ですか? 手・・・・氷みたいに冷えてますね。」  
そう言って、ポケットの中の芽留の手を少し握り直す。  
芽留は思わず顔を伏せて、早足で歩き出し、先生も芽留に足取りを合わせて歩いてゆく。  
 
『何ニヤけてんだ! エロ教師!』  
『余計なお世話だ!!』  
 
少し打ちにくそうに左手で携帯を打って見せる芽留に、先生は少し照れるように笑った。  
「いやー・・・・ 私、妹の手を引いて歩くという事に、少々、憧れがありましてね。」  
芽留は転びそうになった。  
 
『ダレが妹だ!? やっぱ チビだと思ってナメてるだろ!!』  
『ってゆうか、ちゃんと妹いるだろーが!! ハゲ!!』  
先生は、芽留のツッコミに、頬など掻きながら、  
「・・・倫はまあ、 ―――ちょっと可愛げが無いですからねぇ・・・・・・」  
「・・・・ヵ・・・・・・!?」  
芽留は自分の顔が火が出るように熱くなっている事に気がつき、下を向いたまま、先生から見えないように  
顔をそらした。  
 
 
その時、  
 
「ちょっといいかね?」  
やおら、二人の前に割り込み、初老の男が声をかけてきた。  
「いや、私はこういう者だが―――君たちは、どういった間柄かね?」  
スーツの隙間からチラリと見せた警察手帳に、先生は硬直した。  
その――私服刑事らしき人物は、怪訝そうに二人を交互に見ている。  
「・・・いえいえ! 私たちは・・・・・」  
何やら弁解を始めようとした先生に気付かれないように、芽留は文字を打った携帯を刑事に見せる。  
 
『この人 変態です』  
 
刑事の顔が微かに強張り、先生の腕を掴んだ。  
「ま、とにかく。ちょっと最寄の交番まで来てくれるかね。」  
そう言って、先生の返事を待たずに腕を引っ張って歩き出した。  
「えええ!? ちょ、ま・・・」  
先生の声と姿は、すぐに人ごみに紛れ、見えなくなった。  
 
 
「・・・・・・ぁ・・・・!」  
先生の姿が見えなくなってから、芽留はようやく気がついたように慌てるが、もう二人の姿はどこにも  
見えなくなっていた。  
一つ溜め息をつき、自分の右手に気がつく。  
さっきまで、先生の手とポケットに包まれていたそれは、今は暖かく解されている。  
芽留は、少し骨ばった先生の手の感触を思い出し、  
 
―――トクッ  
 
一瞬鼓動が止まり、そして一度、高く打ち出された。  
「・・・・・!!!!」  
芽留は困惑し、頭に血が上り、背中を汗が伝うのを感じる。  
『嘘!嘘!嘘! 気のせい! 気のせい!』  
何度も携帯の画面に打ち込むが、鼓動は早くなるばかりで、さらに、胸を締め付けるような感覚が起きる。  
『頼む オレ! スルー! スルー!!』  
 
―――目を閉じ、何度も深呼吸をし  
 
ようやく落ち着いたのか、空を見上げて大きく息を吐き出した時、メールの着信音が鳴った。  
 
  メール着信 1件  
  Frm [普通女]  
 
「!!!」  
思わずうろたえたが、取り合えず、すぐ横にあったツリーの影に隠れると、メールを開いた。  
 
『先生に連絡つかなくてさ。みんなも知らないみたいだし、何か知らないかな?』  
 
芽留は少し顔を引きつらせたが、  
 
『さっき逮捕された。』  
 
そう打って、送信する。  
すぐに返信が来る。  
 
『何やったの!? 先生!?』  
『いや オレと手を繋いでたら―――』  
 
そこまで打って、芽留はハッと気がつき、慌てて削除して打ち直す。  
 
『オレと並んで歩いてたら、捕まった』  
『・・・・・あー なるほど。先生、人を勘違いさせるの大得意だからねー』  
 
奈美の返信を読んで、芽留は微かに自分の胸が痛むのを感じた。  
『オマエの気持ちが チョット分かったぞ 結構厄介だな ハゲ』  
『そうそう! そうなんだよねー。まあ、いつもの事だけど』  
 
『えーと それで どのへんだろ? 私、迎えに行ってくるわ。イブの夜が留置所なんて  
寂しすぎるしね』  
芽留は少し苦笑した。  
『ほっとけ 似合うじゃねーか』  
『まあねー ・・・って、ほっとく訳にもいかないって。とりあえず出るわ』  
 
芽留は肩をすくめ、奈美に任せようと返事を打とうとし―――  
ちょっと考えて、すぐに文を取り消す。  
 
『ついでだ オレが行ってやる オマエ行くと また恩着せとか言われるぞ』  
『あー! 言うだろーなー 先生は・・・  じゃ、ゴメン お願いね?』  
 
芽留は、頬に少し汗をかきながら返信すると携帯を閉じて、ほっと息をついた。  
しばらく、じっと携帯の画面を見ていたが、やがて文字盤を操作し、  
 
『オレは 勘違いしねーぞ』  
 
それだけ打ってすぐに画面を消し、急ぎ足で歩き出した。  
 
ふと、自分の右手がまだ憶えている温もりに気が付き  
慌てて、払うように手を振り回しながら、芽留は走り去って行った。  
 

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