「望さん、ダメ…ぇっ…」  
「良いじゃないですか。今更恥ずかしがることもないでしょう?あびる…」  
望が耳元で囁く  
「っあん…っ」  
二人の身体が淫らに絡み合う。  
望とあびるは情熱的にお互いの想いを交じり合わせてゆく。  
今、この部屋にはあびると自分の二人だけ…のはずであった。  
二人の行為の傍らでか微かに細い光が差し込まれている。  
そのか細い光の源。  
押し入れの中には霧と交が隠れていた。  
 
(ね、姉ちゃん?)  
霧は手の平で交の視界を遮っている。  
(ダメよ、子供はまだ見ちゃダメ!)  
(姉ちゃんだって子供だろ!)  
か細い声で問答する二人。  
「ああっ…望さ…っう…んっ」  
部屋から漏れる嬌声。  
二人の間に気まずい沈黙が流れる。  
(………)  
(!!)  
突然、霧の両手に違和感が走る。  
生温かい水のような感触。  
これは―――  
 
ガラッ  
 
押し入れの戸が勢い良く開く。  
驚いた表情の二人は半裸のまま固まっている。  
つかつかと厳しい表情で二人に歩み寄る霧。  
そして―――  
 
ぱんっ  
 
乾いた音が室内に響く。  
思いきり頬を打たれた望は呆然とした表情で霧を見つめている。  
瞬間、あびるの表情が厳しいものになり霧に向き合おうとする。  
が、その刹那あびるの心を強く打ち砕く情景が視界に飛び込んできた。  
 
交くんが、泣いている―――  
 
「先生の馬鹿っ!」  
霧の激しい怒声が響く。  
「いくら彼女が出来たからって浮かれすぎです!小さな子が居るのに、所構わずいちゃいちゃして!」  
まるで引きこもりや過充電の時のような激しい口調。  
「交くんは今が大事な時なんですよ!」  
キッ、とあびるのを睨みつける霧。  
「…あびるちゃんも!」  
あびるの身体がビクッと震える。  
「交くんの親代わりの自覚があるならしっかりしてよ!」  
あびるには返す言葉もない。  
 
「うわあぁぁん」  
この切迫した状況に耐え切れず交は泣きながら部屋を飛び出す。  
「交くん!」  
霧が追いかけて部屋を出る。  
二人は気まずい空気の部屋に残される形になる。  
「先生…」  
あびるの口が重みを帯びて開いていった。  
 
 
「少し、距離を置きましょう」  
 
昼休みの職員室、望の脳内に同じ言葉が何度もリフレインする。  
「告白した私からいえる言葉じゃないですけど…」  
そういって距離を置くことを提案したあびる。  
望がその提案を拒絶することはできない。  
できるはずがない。  
自分の軽率な行為で甥っ子を傷つけ、教え子を傷つけ、恋人を傷つけてしまった。  
悪いのは、自分だ―――  
望は再び絶望した。  
霧はあれからいつもに増して引きこもってしまっている。  
話し掛けても口をきかず、笑顔も消えていた。  
 
あびるは自分を避け続けているし、望自身もあびるには関わるような事は自然と避けていた。  
 
絶望した。己の愚かさに心底絶望した―――――  
 
 
いつも以上に気力の無い望を見てまといが話し掛ける。  
「元気出してください…そんな先生、見ていて辛いです」  
望は答えない。  
深い絶望の谷に落ち込んだ望の耳にはどんな励ましも心の奥底には届かなかった。  
ボジティブな言葉も、きっちりした言葉も、普通の言葉も、毒舌メールも―――  
望の心に届く事は無かった。  
 
あの出来事から一週間。  
薄暗い雲のかかった空模様の日曜日。  
望は部屋で惚けながらTVの画面を眺めていた。  
しかし望の目にその画面は微塵も映ってはいない。  
 
からっ  
 
この一週間、望以外が開けることの無かった扉が静かに開く。  
「おじさん」  
「!」  
その声に驚いたように振り返る。  
「交…?」  
交はいつもと同じ目つきで望を見つめる。  
「おじさんらしくないよ」  
「え?」  
「いつもどうしようもない事で騒いで、皆からからかわれて、それでもどこか楽しそうなおじさんが、俺は、好きだよ」  
交の目には涙が滲んでいる。  
「交…」  
 
ガラッ  
 
扉が再び開く。  
「小森さん…」  
霧が交に近寄るようにして部屋に入ってくる。  
顔色も少しばかり良くなっているように見える。  
霧は少しはにかんだような笑顔をみせて話す。  
「交くんに叱られちゃった」  
「え…」  
「そんなの姉ちゃんらしくないって」  
霧は交の肩に両手を添え、そう言って頬笑んだ。  
 
「俺、子供だからおじさん達のやってる事が良いことなのか悪いことなのかはよくわからないけどさ。皆の仲が悪くなるのは一番嫌だよ。あびる姉ちゃんと仲直りしてくれよ、おじさん」  
「交…」  
 
望の脳裏にあの日の事が思い出されてゆく。  
 
あの告白の日。  
彼女は泣いていた。  
その姿が世の全ての事に絶望していた自分にはとても美しく―――守ってあげたいという気持ちになった。  
しっぽが大好きで、おかげでいつも全身怪我だらけで、運動音痴で、いつも冷静で、でも二人でいる時は猫のように甘えてきて―――愛しい人よ。  
 
今、迎えに行くから―――  
 
望の目に光が灯る。  
 
「交、ありがとう。忘れかけていた大切なことに気づくことができましたよ」  
 
そう言うと望は部屋を駆け出していった。  
 
自宅、動物園、市民プール。  
あびるの居そうな場所を捜して回る。  
ぽっ…ぽっ。  
曇り空からは雨が降りだしてきていた。  
 
小高い丘、あの祭りの日、二人で花火を見たあの場所にあびるはいた。  
びしょ濡れになり、虚ろな目で丘から街を見下ろす。  
何処に居ても、何をしていても脳裏に浮かぶのはあの人の笑顔、あの人の声。  
「望さん…」  
今にも消え入りそうな声で呟く。  
 
「呼びましたか?」  
 
はっ、としてあびるが振り返る。  
そこには息を切らせて、あびる以上にびしょ濡れになったの望の姿があった。  
 
「望、さん…」  
「あびるさん、先日は私の軽率な行為で嫌な思いをさせて申し訳ありませんでした」  
望は深々と頭を下げる。  
「え…?」  
あびるはまだ今の現状を掴み切れていない様だ。  
「あなたに伝えたいことがあります」  
「え…」  
「この一週間、何処に居ても、何をしていてもあなたの笑顔が、あなたの声が頭から離れないのです!あなたの事を心から愛しています!」  
「望…さん…」  
あびるの瞳から大粒の涙がこぼれ落ちていく。  
「また、一からやり直しましょう」  
「はい!」  
 
二人はお互いを強く抱き締めあった。  
もう絶対に離れないように。  
気づけば雨はあがり、暖かな陽光が雲間から差し込まれていた。  
まるで新しい一歩を踏み出そうとする二人を祝福するかのように。  
 

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