柔らかそうなデニム地のワンピースに、少し底が厚めのクリーム色のスニーカー。その靴紐は薄いピンク色の物  
に替えてある。  
肩に下げた麻のトートバックは口がジッパー式で、振り回しても中の物がこぼれないようになっている。  
頭の両側で髪を結わえたゴムの飾りは、左右で微妙に色合いが変えてあるように見えた。  
ノースリーブの肩を覆うように着たボレロが、パッと見、ジャケットの様に見える程の小柄な姿が、人の多く行き交う  
改札口前で立ち尽くしたまま、携帯の画面を見ていた。  
 
『オセー! オセー! オセー!』  
『イライライライライライライラ』  
『レディを 待たすなんて いい度胸だな!』  
 
メールを送るわけでは無しに、そんな文章を画面に打ち出しては消してを繰り返していた。  
少し電池の残量が減り始めた事に気がつき、予備の電池を確認しようと芽留がカバンを開けようとした時、小さな足  
音が近づいてきた。  
 
「あー! いたいた! めるねーちゃ・・・・・」  
 
交が言葉を言い終わらないうちに、声に反応してこちらを見た芽留がよろめき、後ろにあった自動券売機にもたれか  
かった。  
「めるねーちゃん? だいじょうぶか!? ひんけつか?」  
慌てて走りよった交を、キッ! と睨みつけ、芽留は携帯の画面を突き出す。  
 
『なんだその格好は! 七五三か!? 入学式か!?』  
 
交は少し首をかしげた。  
「なんだよ? けっこう着るの、たいへんだったんだぞ?」  
そう言って、紋付羽織と袴。さらに扇子付きの自分の姿を見直す。  
『バカだろお前! いや、バカなのは あのハゲか!?』  
芽留は画面をつき付けたまま片手で頭を抱えた。すぐそばを通り行く人が、時折、好奇の視線を二人に投げかけた  
り、「かーわいい!」と声を上げるのが聞こえた。  
芽留は交の襟を掴むと、駅の出口へとグイグイ引っ張ってゆく。  
「な・・・なにすんだよ?」  
『黙ってろ オマエはいいかもしれねーが オレは凄くイヤダ!』  
振り向きもせずに画面を見せて、芽留は交を引きずるように駅を出ていった。  
 
 
駅前を少し街に入った子供服専門店。  
その店内に二人の姿がある。  
芽留が、顔なじみらしい店員と何やらやり取りすると、交にサイズの合いそうな服が見繕われて来た。  
「じゃ、音無さん。また、つけておくわね。一応、サインお願いできる?」  
交の着物を預かってくれるよう頼み、芽留がサインをしている間に、着替え終わった交が歩いてきた。  
茶色のボトムと青のスニーカー。上はTシャツ姿になった交が、店内をキョロキョロ見まわしている。  
「めるねーちゃん、子供服着てんだな。 へー・・・」  
『言いふらしたら コロスぞ?』  
「ああ。わかったって・・・・・ でさ。この字、何て書いてあるんだ?」  
交がTシャツの裾を両手で引っ張り、フロントに印字された文字を見せる。  
 
 【 沼 人 】  
 
芽留は携帯を操作し、  
『意味はハゲに聞け  なかなか似合うぜ』  
すこし照れた交に、ニヤリと笑いかけた。  
 
立っている時は交の方が背が低いだけに見えたが、電車の座席に座ると全体的なバランスの不足が伺える。  
交は床につかない足をぶらぶらさせながら、首から下げたサイフの中からチケットを取り出す。  
「ん。めるねーちゃんの分。」  
芽留はチケットを受け取ると複雑な表情を見せる。  
『なんでオレが 子供のお守りなんかで ネズミーランドに 行かなきゃなんねーんだよ』  
溜め息をついた芽留に、交は少し得意そうに胸を張った。  
「このチケット、オレが当てたんだぞ。おじさん、くじ運ないからさ。」  
『そーいや ハゲの奴 生きてるのか?』  
交はチラッと眉を寄せた。  
「大丈夫だと思うよ。」  
『いまの時期に 食中毒なんて ベタすぎんぞ?』  
「・・・うーん。ちりね−ちゃんが看病に来てくれたし。平気だろ。」  
「・・・・・・・・・・・ぅ・・・・・・・・」  
芽留の顔が少し青ざめた。  
『・・・・・・・死んでなきゃいいがな』  
「おーげさだよ、めるねーちゃんは」  
そう笑った交に、芽留は溜め息交じりに苦笑を返した。  
 
 
「うわー! すっげー! なあ、めるねーちゃん! あれ乗ろうぜ!」  
『2時間待ちなんて冗談じゃねーぞ!』  
「おー!? でかい城がある! あれなんだ!? ネズミのかじったチーズみてーだ!」  
『あれはな   中を探検できるらしーぜ』  
「ねーちゃん何見てんだ? 説明書?」  
『ガイドブックって言え クソガキ』  
「なんだ! 実はねーちゃんも楽しみだったんだな?」  
『違う! こんなクソ広いトコ テキトーに廻ってたら 日が暮れるだろーが!』  
「じゃ、オレのオススメいこうぜ!」  
『こっち見ろガキィィィィィ!!』  
 
 
 
身長制限のあるアトラクションに乗れず、どよん、と暗くなる芽留。  
交が下手な慰め方をして、さらに暗くさせてしまう。  
はぐれた交を探す芽留を、『迷子のメルちゃん』と園内放送で交が呼び出し、半分キレながら迎えにいく芽留。  
ゴーストハウスを、二人とも目に涙を溜めながら走り抜けたり。  
園内にいるキャラクターと、顔をしかめながら写真を撮って貰う芽留。  
お昼を食べる事も忘れて、ひたすら遊んで。  
さんざん園内を走り回って  
 
気がつくと、日は落ちて、園内はライトアップされていた。  
 
さすがに空腹を憶えて、芽留たちはオープンテラスでハンバーガーなどをパクついていた。  
『まあ めぼしいトコは行ったな』  
ガイドに赤ペンでマークを入れながら、芽留がジュースのストローに口をつける。  
「なに言ってんだよ! 夜はこれからだろ?」  
さらりと言った交に芽留はむせ返ってしまい、喉をケホケホしながら交を睨む。  
『そんな寝言 ドコで憶えた!?』  
「え? だってテレビとかで言ってるぞ? ねーちゃん、言われた事ないのか?」  
ひきっ、と芽留の顔が引きつり、凄まじい勢いで携帯を打つ。  
『ケンカ売ってんのか!? この量産型メガネハゲ! ハゲ予備軍チビ!!』  
交は少し眉を寄せて芽留の携帯を覗き込み、  
「・・・ねーちゃん。この字なんて読むんだ?」  
その一言に、芽留はずりずりとイスから半分ずり落ちてしまう。  
「どーしたんだよ?」  
『モウイイ』  
無気力な顔の芽留に、交は首をかしげていたが、やがてどこからか聞こえてくる音楽に気がつき、辺りをキョロ  
キョロ見回している。芽留は視界の端に、その出所をキャッチすると、すばやく立ち上がり交の手を引いて指差した。  
『ナイトパレードだぜ!!』  
 
 
二人がたどり着くころには、すでにパレードのコースを挟むように人垣が出来上がっていた。  
何とか間近で見ようと悪戦苦闘しているが、上れるような段差もなく、飛び跳ねても人垣の頭の向こうまでは  
一瞬しか見れない。  
楽しそうなテーマソングと、歓声だけが聞こえてくる。  
何とか人の足元をくぐって前に出れないか、屈み込んで思案している芽留に、  
「・・・・・・めるねーちゃん、パレード見たいよな?」  
交にそっと尋ねられ、芽留は不思議そうな顔をして振り向いた。  
「よし。」と、一度うなずくと、交は芽留の後ろに回りこみ、しゃがんで両足の間に頭を入れた。  
「・・・・・・ぃ・・・っ・・・!?」  
驚く芽留の両足をしっかり掴むと、交はゆっくりと立ち上がってゆく。  
『おい! 無茶すんな!』  
芽留は慌てるが、交はニッと笑うと、そのまま完全に立ち上がる。  
「平気・・・さ! オレ、結構、力、あるんだぜ! なあ! 見えるか!?」  
肩車状態になった芽留はパレードの方を向き直る。  
辺りの大人と、そう変わらない視線になっており、輝く装飾の行列がはっきりと見えた。  
『カッコつけてんじゃ  』  
芽留は思わずそう打とうとして、慌てて画面を消し、ムービー録画に切り替えた。  
「・・・・・・・・・・・・・・ネーョ・・・・・・・・」  
画質を【高画質】に設定しながら、芽留は少し頬を赤く染めていた。  
 
 
 
帰り道、芽留の携帯を貸してもらい、繰り返しパレードの録画を見ている交と並んで歩く芽留。  
自然と、言葉を交わす事もなく、終始無言で歩いていた。  
この時間は人通りも無く、時々、蝉の鳴く声が夜の空気を震わし、耳に届く。  
道の先に学校のシルエットが見てとれた。  
 
「めるねーちゃん、楽しかったか?」  
芽留に携帯を返し、交は尋ねた。  
『なかなか いい 子供だまし だったぜ』  
「なんだよー オレ楽しかったぞ?」  
芽留は小さく肩をすくめた。  
『ソレハ よかった デスネ』  
「・・・・・・今日、ありがとうな。」  
二人は歩みを止める事なく、少しずつ、校門が近づいてくる。  
 
少し焦った顔をしていた交が、たまりかねたように足を止め、芽留の方を振り向く。  
「あ―――あのさ! オレさ! 今日、返事しようと思ってさ!」  
芽留は訝しげな表情を浮かべて、足を止めた。  
『?』  
交は一度短く息を吸い込んだようだった。  
「オレ・・・・・・めるねーちゃんの事好きだ!」  
顔を紅潮させて言葉と呼吸を吐き出した交と反対に、芽留の方は凍りついたように動きが止まり、交の顔を  
凝視しているようだった。  
 
しばし――いや、かなりの間が空き・・・・  
 
『往来の真ん中で 寝言 言ってんじゃねー! ボケ!』  
『からかってんのか! クソガキ!』  
『オマエ ちょっと おもてに出ろ!!』  
 
怒涛のように携帯を打ち続ける芽留に、交は少しあわてて、  
「ねごとじゃねーよ! だって、この前、めるねーちゃん、オレに好きだって・・・・・・! だから、返事しなきゃっ  
て思ってて――」  
その言葉に、芽留は体をよろめかせてしまう。  
少し顔を赤くして、柳眉を逆立てながら携帯を打つ。  
 
『あんなの間違いだっつーの! 無効だろーが!』  
『って あれで落ちるって オマエどんだけチョロいんだよ!?』  
『気付けよ! タコ!』  
 
交は唇をギュッと結ぶと表情を固くした。  
「・・・めるねーちゃん。オレの事、キライなのか?」  
芽留は、ハッ、としたように言葉に詰まったようだった。  
 
『いや そういう意味じゃねーよ!』  
『つまり なんだ』  
『10年早いんだよ!!』  
 
混乱しているのか、意味の繋がらない言葉を打ち出すが、  
「・・・じゃ・・・・・・・10年待ったらいいって事か? 10年たったら・・・・・」  
『10年たったら オレは どーなってる!?』  
「え・・・・」  
目の前に画面を突きつけられ、交は返事に詰まった。  
芽留は、交を睨みながらも、その瞳が微かに潤み、揺れていた。  
 
『ヤメロ ヤメよーぜ こんな話』  
『全部 勘違いなんだよ さっさと忘れろ』  
 
「カン違いじゃねーよ!!」  
交は涙声で叫び、芽留の両肩を掴んだ。  
「だって・・・さ・・・  だってさ・・・ 今日すっげー楽しみだったんだぞ。めるねーちゃんと出かけれるって・・・・・・さ。  
 ねーちゃんに会うと、すごくドキドキするんだぞ・・・・・・・  これ、好きだって事だろ・・・!?」  
交は泣いていた。泣きながら芽留の両肩を掴んだ手は震えていた。  
芽留は一瞬、交から視線をそらして、すぐに真剣な顔で交に向き直る。  
 
『 違う 』  
 
一時の沈黙――――そして、  
 
「なんでだよ! わかんねーよ! める・・・ねーちゃ・・・・」  
芽留を、しがみ付くように抱きしめて、交は芽留の名前を繰り返し呼んだ。  
交に抱きしめられたまま、芽留は悲しそうに瞳を細め、交を抱きしめようと腕をまわし――――  
 
『・・・・・・ク・・・・・』  
 
小さく呻いて、交の背に触れる寸前に腕を止めた。  
指先は、手を握りかけた時のように細かく震え、苦悶の表情を浮かべると、芽留はゆっくりと腕を戻した。  
 
とんっ  
 
軽い音を立てて、芽留は交の体を突き飛ばした。  
交は驚いた顔で、後ろに数歩たたらを踏み、芽留の顔を見つめる。  
 
「めるねーちゃん・・・・・・」  
 
『忘れろ 早く』  
 
「何で・・・・・わかんねーよ・・・」  
 
涙を拭おうともせずに佇む交に、芽留はゆっくり近寄った。  
『そのうちわかる   10年たって 今日の事なんて 全部忘れた時には わかる』  
「・・・いやだよそんなの!」  
『男が いつまでも泣き言 言ってんじゃねーよ』  
「・・・・・・・だって・・・わかんねーよ」  
 
しゃくりあげながらうつむく交に、芽留は小さく微笑んだ。  
 
『今だけだ そんなのは』  
「ねーちゃん・・・・・」  
 
少し顔を上げた交の目の前――鼻が触れるくらい近くに、芽留が携帯を差し出した。  
 
『 じゃあな 』  
 
交の頬に柔らかい物が触れ  
――それが芽留の唇だと理解した時には、芽留は交の横をすり抜けるように去り  
一瞬だけ肩に乗った髪は、交の頬をくすぐるようにして通っていった。  
 
 
 
足音が遠ざかってゆく。  
 
 
交は振り向き、追いかけたい衝動を必死でこらえ――――  
目を拭って、校舎に向かい、走り出した。  
 
 
 
宿直室に駆け込み、ただいまも言わずに一直線に押入れに飛び込み、硬く戸を閉め、布団に身をくるみ  
交は泣いた。  
先生や霧が外から話しかけても、何も答えず――――ただ、ひたすら泣いていた。  
 
 
 
芽留は自室のベッドに転がり、携帯をいじっていた。  
ナイトパレードのムービー画面。  
交に見せるように撮った物とは、別のデータを開く。  
そこには、少し携帯の角度を変えて撮った交の顔が写っていた。  
 
絶対に倒れまいと、力を込めた、交の表情  
 
芽留は、真剣そのものの交の表情を見て柔らかく微笑み、携帯を閉じた。  
 

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