〜幕の壱 千里〜
欠けた月明かりは頼りなく、広がる深い闇の奥まではとても届かず。
忘れ去られたような朽ちかけの地蔵堂。その前に、一本だけ灯された灯篭の火は二つの人影を闇の中に
浮かび上がらせている。
「・・・聞けば、江戸に仕事人がいるとか・・・・・・・・・・」
背を向けた侍風の相手に、娘は決意を秘めた表情で、袂から包みを取り出す。
「このお金で・・・・・・その人たちを、お願いします・・・・・・!」
後ろ手に渡された包みはずしりと重い。
娘は顔を伏せ、逃げるようにその場を去った。
再び地蔵堂には静寂が落ち――――
「・・・承知した。きっちりと仇をとってきましょう。」
千里の声を最後に灯りは消され、辺りは闇へと沈んだ。
障子に映った影は三つ。
酒の匂いと、酔いどれ達の馬鹿笑いが廊下まで響く。
「・・・咲く花は牡丹のごとくに。大輪を此処に三つ。小輪を間に散りばめ・・・・・・・・・・覚悟。」
音も無く千里は踏み出す。
鞘から抜かれた白光が薄紙を突き抜け、刹那の間を置かずに、連続して格子戸の間を貫いた。
身を翻し、刀身を鞘に収め―――
重いものの倒れる音と共に、真紅の花が障子に映る。
酒の香りは鉄の匂いに替わり、辺りが静まり返ると、千里の姿は消えていた。
〜幕の弐 あびる〜
欠けた月明かりは頼りなく、広がる深い闇の奥まではとても届かず。
忘れ去られたような朽ちかけの地蔵堂。その前に、一本だけ灯された灯篭の火は二つの人影を闇の中に
浮かび上がらせている。
「・・・聞けば、江戸に仕置人がいるとか・・・・・・・・・・」
背を向けた職人風の相手に、娘は決意を秘めた表情で、袂から包みを取り出す。
「このしっぽで・・・・・・その人たちを、お願いします・・・・・・!」
後ろ手に渡された包が開き、さらりと一房の尾が見える。
娘は顔を伏せ、逃げるようにその場を去った。
再び地蔵堂には静寂が落ち――――
「・・・・・・しっぽ。」
あびるの声を最後に灯りは消され、辺りは闇へと沈んだ。
あびるの袖口から伸びたさらしが男たちの首に絡み付き一斉に天井から吊り下がる。
その指が張り詰めたさらしを弾き、
頚椎の外れる鈍い音と共に、男たちは動かなくなる。
「・・・今度はしっぽのある物に生まれかわるといいね。」
その声を最後に、あびるは姿を消した。
〜幕の参 芽留〜
欠けた月明かりは頼りなく、広がる深い闇の奥まではとても届かず。
忘れ去られたような朽ちかけの地蔵堂。その前に、一本だけ灯された灯篭の火は二つの人影を闇の中に
浮かび上がらせている。
「・・・聞けば、江戸に毒舌人がいるとか・・・・・・・・・・」
背を向けた童女風の相手に、娘は決意を秘めた表情で、袂から包みを取り出す。
「このブラで・・・・・・その人たちを、お願いします・・・・・・!」
後ろ手に渡された包みはふわりと軽く。
娘は顔を伏せ、逃げるようにその場を去った。
再び地蔵堂には静寂が落ち――――
『サイズ 合わねーよ』
素早く半紙に書かれた文字を最後に灯りは消され、辺りは闇へと沈んだ。
〜幕の四 晴美〜
欠けた月明かりは頼りなく、広がる深い闇の奥まではとても届かず。
忘れ去られたような朽ちかけの地蔵堂。その前に、一本だけ灯された灯篭の火は二つの人影を闇の中に
浮かび上がらせている。
「・・・聞けば、江戸にやおい人がいるとか・・・・・・・・・・」
背を向けた絵師風の相手に、娘は決意を秘めた表情で、袂から包みを取り出す。
「この同人誌で・・・・・・その人たちを、お願いします・・・・・・!」
後ろ手に渡された包みは分厚く。
娘は顔を伏せ、逃げるようにその場を去った。
再び地蔵堂には静寂が落ち――――
「このカップリングはありえない!!」
晴美の絶叫を最後に灯りは消され、辺りは闇へと沈んだ。
〜幕の伍 霧〜
欠けた月明かりは頼りなく、広がる深い闇の奥まではとても届かず。
忘れ去られたような朽ちかけの地蔵堂。
「・・・聞けば、江戸に引き篭もり人がいるとか・・・・・・・・・・」
お堂の中で布団を被る相手に、娘は決意を秘めた表情で言葉を続ける。
「このお堂で・・・・・・引き篭もりを、お願いします・・・・・・!」
娘は格子戸を閉め、逃げるようにその場を去った。
再び地蔵堂には静寂が落ち――――
「・・・私は仕事をする気はあるよ。」
霧の声を最後に灯りは消され、辺りは闇へと沈んだ。
〜幕の六 奈美〜
欠けた月明かりは頼りなく、広がる深い闇の奥まではとても届かず。
忘れ去られたような朽ちかけの地蔵堂。その前に、一本だけ灯された灯篭の火は二つの人影を闇の中に
浮かび上がらせている。
「・・・聞けば、江戸に普通人がいるとか・・・・・・・・・・」
背を向けた町娘風の相手に、娘は決意を秘めた表情で、
「・・・・・・あ、人違いでした。てへっ。」
娘は顔を伏せ、逃げるようにその場を去った。
再び地蔵堂には静寂が落ち――――
「・・・・・・え?」
奈美の声を最後に灯りは消され、辺りは闇へと沈んだ。
〜幕の七 まとい〜
欠けた月明かりは頼りなく、広がる深い闇の奥まではとても届かず。
忘れ去られたような朽ちかけの地蔵堂。その前に、一本だけ灯された灯篭の火は二つの人影を闇の中に
浮かび上がらせている。
「・・・聞けば、江戸に付きまとい人がいるとか・・・・・・・・・・」
背を向けた相手に、娘は決意を秘めた表情で、
「この袴姿で・・・・・・その人につきまとってください・・・・・・!」
娘は顔を伏せ、逃げるようにその場を去った。
再び地蔵堂には静寂が落ち――――
「・・・ええ。ずっと・・・・・」
まといの声を最後に灯りは消され、辺りは闇へと沈んだ。
〜幕の八 絶望先生〜
欠けた月明かりは頼りなく、以下略――――
「・・・聞けば、江戸に絶望人がいるとか・・・・・・・・・・」
背を向けた書生風の相手に、娘は決意を秘めた表情で、袂から縄を取り出す。
「この縄で・・・・・・絶望して下さい・・・・・・!」
娘は木の枝に縄を吊るし、逃げるようにその場を去った。
再び地蔵堂には静寂が落ち――――
「絶望されますか?」
「・・・いたんですか?」
「ずっと。」
二人の声を最後に灯りは消され、辺りは闇へと沈んだ。
〜幕の終 真夜〜
欠けた月明かりは頼りなく、広がる深い闇の奥まではとても届かず。
忘れ去られたような朽ちかけの地蔵堂。その前に、一本だけ灯された灯篭の火は二つの人影を闇の中に
浮かび上がらせている。
「・・・聞けば、江戸に放火人がいるとか・・・・・・・・・・」
背を向けた忍び風の相手に、娘は決意を秘めた表情で、袂から包みを取り出す。
「この着火りさんで・・・・・・お願いします・・・・・・!」
娘は顔を伏せ、逃げるようにその場を去った。
再び地蔵堂には静寂が落ち――――
「・・・・・・・・・・・・・・」
カチッ ボウッ!
火事と喧嘩は江戸の華。天を焦がすは夕紅か。
町を舐める赤猫や。通り過ぎれば炭しか残らぬ。
熱く燃えるは情念の炎か。
これにて仕事の納め時。
/////////蛇足///////////
〜幕の外 臼井〜
欠けた月明かりは頼りなく、以下略――――
「・・・聞けば、江戸に薄い人がいるとか・・・・・・・・・・」
「ぼくの事ですか!?」
「やだ・・・・! 誰もいないのに声がした!」
娘は顔を伏せ、逃げるようにその場を去った。
再び地蔵堂には静寂が落ち――――
「・・・見えてないか。」
灯りは消され、辺りは闇へと沈んだ。