宿直室で、倫を伴って戻ってきた准から事情を聞いた可符香は、青ざめた。  
見合いの話に、ではない。  
その見合いを前に、望が姿を消した、という事実にだ。  
 
何だかんだ言いながらも、望は、律儀な人間であった。  
「見合いの儀」のときも、文句を言いながらきちんと実家に帰っていた。  
それが、今、実家にも帰っていないということは…。  
 
可符香の表情を見て、准が憤懣やるかたない、といった顔をした。  
「まったく、あの馬鹿教師、何度杏ちゃんを泣かせたら気が済むんだ!」  
と、倫を見て謝る。  
「あ、と、言いすぎだったね、ごめん。」  
 
倫は、首を振った。  
「いや、准、お前が正しい。お兄様は、大馬鹿者だ。  
 だいたい、お兄様ときたら、子供の頃から人に心配ばかりかけて…。」  
と、倫の言葉が止まった。  
准と可符香が、何事か、と倫の方を見る。  
 
「もしや…。」  
「なに?どうしたの?倫ちゃん。」  
「お兄様の、行き先に、心当たりがある。」  
「―――!!」  
 
 
 
 
1時間後、3人は、望の実家の方向へと向かう列車に乗っていた。  
その中で、倫が話し始めた。  
「お兄様は、子供の頃、体が弱くてな…。  
 夏はいつも、奥の別荘に、1人で静養にやらされてたんだ。  
 人の出入りが多い本宅では、体が休まらないだろうと言われてな。」  
 
准が意外そうな顔で相槌を打つ。  
「へえ、そうなんだ……先生1人だけで?」  
「まあ、もちろん手伝いの者はいたけどな。」  
「子供なのに、寂しくなかったのかな…。」  
 
倫は、苦い笑いを浮かべた。  
「寂しい、といえば、本宅の屋敷にいても同じだったからな…。」  
「え…?」  
「お父様もお母様も、お忙しくてめったに姿をお見かけしなかった。  
 我々を育ててくれたのは、時田と、乳母や達だ…。」  
「…。」  
「特に、お兄様は、体調を崩して奥座敷で寝ていることが多かったから、  
 友人も少なかったし…。」  
「…知らなかった。先生も、倫ちゃんも、ある意味寂しい子供時代を   
 過ごしてきたんだね…。」  
「ははは、まあ、人は沢山いたんだがな。」  
 
准と倫の会話を、可符香は意外な気持ちで聞いていた。  
―――先生に、そんな子供時代があったなんて…。  
 
今まで、可符香は、望は自分とは違い、誰からも愛されて  
幸せな人生を送ってきたんだとばかり、思っていた。  
体が弱く、大人だらけの大きな屋敷の奥で1人、  
ぽつんと寝ている子供の姿など、想像もしたことがなかった。  
 
―――私、先生のこと、何も知らなかったんだ…。  
 
「それにしても、先生が、病弱だったなんてね…。  
 でも、確かに、見るからにひ弱そうだもんなぁ、先生。」  
准の言葉に、倫は苦笑した。  
「いや、見た目はあれでも、今では随分と丈夫になったんだぞ。  
 上のお兄様達に、よってたかって鍛えられたからな。」  
 
可符香は、ぼんやりと思い出していた。  
―――そういえば、前に、泳ぎを散々鍛えられたとか言ってたっけ…。  
 
そのおかげで、自分は、望に命を助けられたことがあった。  
2人が、初めて心を通わせたときの、北の果てでの遠い記憶。  
 
―――先生……会いたい…どこにいるの、先生…。  
可符香は、膝の上で両手を握り締めていた。  
 
 
望や倫の実家がある蔵井沢駅を過ぎ、列車はさらに山間部へと進んでいく。  
列車は、やがて、小さな駅で止まり、可符香達はそこで列車を降りた。  
秋の湿った落ち葉の香りが、ホームに降り立った可符香達を包む  
 
倫は、駅でタクシーを拾うと、行き先を告げた。  
 
タクシーの中で、准は倫に尋ねた。  
「ところで、なんでここに先生がいるって思うの?倫ちゃん。」  
倫は、小さいため息をついた。  
 
「この別荘は、私やお兄様にとって、両親との幸せな思い出の場所だから…。」  
「…?」  
「夏の間、両親は、必ず1度は、幼い私を連れてここを訪れるようにしていた。  
 …さすがに、お兄様のことが不憫だったのだろうな。  
 そのときだけは、客も来ず、本当に家族だけの水入らずの生活ができたんだ。」  
上の兄達はいないことが多かったけどな、と倫は笑った。  
「本当に、楽しかった…。子供時代では、ほとんど唯一の、両親との思い出だ。」  
 
倫は遠い目をしてタクシーの窓から外を眺めた。  
「だから…お兄様が、家族のことで悩んでいるのだったら…  
 一番に、ここに来ているのではないかと思って…。」  
「…。」  
 
准は黙り込んだ。  
可符香も、痛む胸を押さえて外を眺めた。  
外は、既に夕闇が濃く降りており、白い靄があたりに漂っていた。  
 
―――どきん。  
 
白い、靄。  
夢の中で見た光景が蘇る。  
 
―――さようなら、もう、会うこともないでしょう…。  
 
遠くに消えていく、後姿。  
首にはロープが巻きついて…。  
 
「…いや。」  
可符香は思わず、声に出して呟いていた。  
 
「杏ちゃん?」  
「やだ…先生…だめ…。」  
可符香が両手を口に当てて震え始めた。  
―――だめ、もうこれ以上、ポジティブな考えなんか、できない…!  
 
准は、驚いたように可符香を見ていたが、無言でその肩に手を回した。  
倫は、自分も手を伸ばして可符香の膝をぽんぽんと叩くと、呟いた。  
「…あの馬鹿兄……絶対に許さん…。」  
 
 
タクシーは、瀟洒な別荘の前で止まった。  
倫は、タクシーを返すと、懐から鍵を取り出した。  
 
「さて、と…。」  
倫が別荘の鍵を開けようとしている間、可符香は辺りを見回した。  
と。  
向こうの木立に、靄の中にぼんやりと佇む人影が見え、息を飲んだ。  
「―――先生!!」  
 
倫と准が驚いたように可符香を見た。  
可符香は、人影に向かって走り出していた。  
 
人影が振り返り、驚いた顔でこちらを見つめた。  
「可符香…何故…。」  
可符香は、望に体当たりした。  
「わふっ!」  
そのまま、ぎゅっとしがみつく。  
「先生の馬鹿!なんで、何も言わずにいなくなっちゃうんですか!」  
 
 
* * * * * * * *  
 
 
望は、自分に抱きついている少女を見ながら、驚愕していた。  
 
何故、ここに可符香がいるのか。  
顔を挙げ、遠くに准と倫が立ちすくんでいるのを見て理解した。  
「ああ…倫が……うかつでした…。」  
 
望は、相変わらずの、自分の脇の甘さに苦笑した。  
 
望にしがみついたままの可符香が、顔を上げた。  
 
「お見合いの話…聞きました。」  
「え…。」  
「先生、どうするつもりなんですか…。」  
「…。」  
「先生、私…大人しく身を引くから、お見合いを受けてください。」  
可符香の言葉に、望は、目を見張った。  
 
「なっ…、あなたは、いったい、何を言って…!?」  
うろたえる望に、可符香は、目に涙を湛えて言った。  
「私、たとえ、先生と二度と会えなくなったとしても、それでも、  
 先生が、元気で生きててくれるんだったら、それだけで、いいから…。  
 だから…。」  
 
望は、思わず可符香から顔をそらした。  
 
「いなく、ならない、で、ください、先生…!」  
 
その場に、沈黙が落ちた。  
 
望は、ゆっくりと、ため息をついた。  
そして、可符香の腕をそっと外すと、別荘を見上げた。  
可符香も一緒に、瀟洒な建物を見上げる。  
 
「ここで…私は、両親から沢山の愛情をもらいました。」  
「…倫ちゃんに、聞きました…。」  
 
望は、別荘を見上げたまま続けた。  
「私は…両親の恩に、背くことはできません。  
 かといって、教師をやめて、政治家になるなど…  
 ましてや、愛していない人と結婚することなど、できはしません。」  
 
そう言うと、可符香を振り返った。  
心から、愛しいと思っているのは彼女1人だけ。  
しかし―――。  
 
「私は、あなたを、この糸色の家のしがらみに巻き込む勇気もない。」  
 
「私は、そんな、心の弱い大人なんです…。  
 こんな私は…この世にいる価値もない。  
 却って、私なんかがいるから、両親もいらぬ期待をするのです。」  
望は自分の手を見下ろした。  
 
「私がいなくなれば、両親も、あきらめるでしょう。  
 だから………。」  
 
可符香の唇が震え始めた。  
 
と、そのとき。  
 
―――どげしっ!!!  
あたりに不気味な音が響いた。  
 
望は、後ろから思い切り蹴り飛ばされ、地面に顔面から突っ込んだ。  
望の後ろには、怒りマークを貼り付けた倫が、足を上げて立っていた。  
 
「な、何をするんですか、倫!」  
望は振り返ると、痛さの余り涙目で抗議したが、倫の怒声に遮られた。  
「だまらっしゃい!この、馬鹿兄!!」  
 
「ば…。」  
望は、絶句して、年の離れた妹を見上げた。  
倫は、顔を真っ赤にして怒っていた。  
妹がこんなに激昂するのを見るのは、久しぶりだった。  
 
「何を勝手に自己完結なさっておられるのですか!  
 いいかげんに目を覚ましなさい、お兄様!」  
「…。」  
 
望の顔を見て、倫の表情が、少し和らいだ。  
「お兄様…お父様も、お母様も、お兄様のことを愛しています。  
 お兄様を苦しめてまで、跡を継がせようとは思ってませんわ。」  
「いや、でも、お父様は…。」  
「お兄様。」  
倫がまた怖い顔をした。  
 
「だいたい、お兄様は、今までに一度でも、お父様にご自分のお考えを  
 お伝えになったことがありまして…?  
 本当に、なんたるチキン!  
 それでは、お父様も、お兄様のお気持ちを測りようがないじゃないですか!」  
 
望は、唇を噛み締めた。  
確かに、倫の言うとおりだった。  
自分は、昔から、親に対して心からの要望を述べたことがない。  
 
子供時代、元気で優秀な兄達に比べ、病弱で寝込んでばかりいる自分は、  
この家の厄介者だと、いつも負い目を感じていた。  
 
親に心配されればされるほど、申し訳ない気持ちが膨らみ、自分など、  
この世からいなくなってしまえばいいのに、とさえ思うようになった。  
思えば、望の自殺癖は、子供の頃からのこの思いの発露なのかもしれない。  
 
厄介者の自分は、これ以上、親の期待に外れるようなことはできなかった。  
たまに文句を言ってみたり、軽い抵抗を試みたりはするけれど、  
兄達や倫のように、親に対し、自分の我侭を突き通すことはできなかった。  
 
それでも、どうしても、親の期待に応えることができないのであれば…。  
―――私は、消えるしかないじゃないですか…。  
 
 
と、そこに、もう1人の教え子が、倫の後ろから現れた。  
「そうですよ、だいたいにおいて、先生は、自分が身を引きさえすれば  
 それでいいと思ってる、それは大きな間違いですよ。」  
 
望は、むっと准を睨み上げたが、准は気にしていないようだった。  
「そんなの、一番、卑怯な解決方法だと思います。  
 残された者の気持ちを何も考えない、自分勝手で、非道で、我侭な。」  
「…そこまで言われると、さすがに腹が立ちますね…。」  
 
「腹が立ってるのは、僕の方ですよ。  
 …杏ちゃんの顔を、見てご覧なさい、先生。」  
准の言葉に、望は、愛する少女の方へと目を向けた。  
 
可符香は、事の成り行きに呆然としているようだったが、  
その顔は依然青ざめており、眼の下には心労からくる隈ができていた。  
 
「先生に、お見合いを受けてくださいって、さっきの杏ちゃんの言葉。  
 杏ちゃんが、どんな気持ちで言ったと思ってるんです?」  
 
准の言葉に、可符香がうつむいた。  
 
―――可符香…。  
 
望の胸に、後悔が波のように押し寄せてきた。  
 
―――私は、自分のことでいっぱいで……、彼女の気持ちなんて…。  
     
言葉もなく、可符香を見つめている望に、准が畳み掛けるように言った。  
「杏ちゃんに、あんな顔させているのは、先生です。  
 これで、先生がいなくなっちゃったら、杏ちゃんはどうなるんですか。  
 いい加減に、ダメ大人から卒業してくださいよ、先生!」  
准の語気が荒くなった。  
 
望は、准を見、倫を見て、最後に、愛する少女を見た。  
可符香が、顔を上げると、真剣な目で望を見つめ返した。  
 
倫が准の後を続けた。  
「教え子に意見されて腹が立つのだったら、  
 見返してやればいいじゃないですか、お兄様!  
 一生に一度くらい、逃げずに正面突破してご覧なさいませ!」  
 
望は、もう一度、可符香の顔を見た。  
―――可符香…。  
私は、何度、あなたを泣かせれば気が済むんでしょうね…。  
 
望は、決心した。  
 
「…分かりました。お父様に、会いに行きましょう。」  
 
 
 
翌朝、望は、緊張の面持ちで、実家の敷居をまたいだ。  
後ろに、准、倫、そして可符香が望の後を押すように続いている。  
 
―――教え子や妹に守られているようで、情けないですね…。  
 
望はため息をついたが、実際にそうなのだから仕方ない。  
望の姿を見て、驚いたように駆け寄ってきた使用人の一人に尋ねた。  
「お父様は?」  
「旦那様なら、今日は書斎で書き物をしておられますよ。」  
 
父親が家にいるとは、これは珍しい。  
望は、この幸運が何か幸先の良さを告げているような気がした。  
続いて尋ねる。  
「時田はいますか?」  
「時田様なら、今、旦那様のご用事で外出中でございます。」  
 
―――しめた。  
 
今、時田と対面したくはなかった。  
あの老執事は、いつも望に、両親の期待に応えることを望んでいた。  
ここにいたら、きっと大騒ぎをするに決まっている。  
 
「では、あなたからお父様につないでくれませんか。  
 ―――望が、大事な話がある、と伝えてください。」  
「は、はい…。」  
 
慌てて屋敷の中に駆け込んでいく使用人を見送ると、望は振り返った。  
「あなた達は、別室で待っていてください。」  
 
「先生…。」  
不安そうに見上げる可符香に、望は微笑んだ。  
「大丈夫ですよ…もう、逃げたりはしませんから。」  
 
 
* * * * * * * * *  
 
 
可符香達は、応接室の1つで落ち着かなげに茶を飲んでいた。  
「随分、時間かかってるね…。」  
 
と、そこに、外から戻ってきたらしい執事が通りかかり、驚いたように足を止めた。  
「これは、倫様…?それに、ご学友の方達も…。」  
と言いつつ、その目は鋭く可符香を見やる。  
「もしや、望坊ちゃまも、こちらに?」  
 
「…お兄様なら、今、お父様と大事なお話中です。」  
倫の答えに、時田のモノクルが光った。  
「…そうですか…、では、私は、これにて失礼をば。」  
 
「…お待ちなさい、時田。」  
倫の静かな声が響いた。  
時田が無表情のまま、ゆっくり振り返る。  
「お父様のところに行こうというのでしょう。…いけません。」  
倫は立ち上がると、時田の前に回った。  
 
「お前が、お兄様を大切に思って…期待しているのも分かります。  
 お兄様は、お前が育てたようなものだもの。」  
時田の表情が、小さく動いた。  
 
倫は、時田にはっきりと告げた。  
「でも、お兄様の人生は、お兄様のものだ…お前のものではない。  
 お前の期待は、お兄様を苦しめているだけです。」  
時田の顔が悲しそうに歪んだ。  
 
准と可符香は声もなく二人を見つめていた。  
 
倫は時田の手を取った。  
「時田…。私も、お兄様も、子供の頃から、お前のことが大好きだった。  
 お前は、いつも私達を助けてくれた。  
 だから…これからも、私達を助けて欲しいのです。本当の、意味で。」  
時田の肩が、がっくりと落ちた。  
 
ちょうどそのとき、応接室の扉が開き、疲れた表情の望が顔を出した。  
 
 
* * * * * * * *  
 
 
望は、目を丸くした。  
応接室の扉を開けたら、目の前で倫と時田が手を取り合っていたのだ。  
「倫?………時田?あなた方、何をしているんです?」  
 
時田が、こちらを向いた。  
 
「望ぼっちゃま…。」  
自分のもとに歩み寄って来る時田に、望はやや怯んだが  
ぐっと歯を噛み締めると、時田に向き直った。  
 
「時田。お父様に、見合いはしない、跡も継がない、とお伝えしました。」  
「…。」  
「お父様は……、私の気持ちを、分かってくださいました。」  
 
望は、挑戦的な目で時田を睨みつけた。  
何か小言を言われたら、すぐさま言い返してやるつもりだった。  
 
しかし、時田は、望に深々と頭を下げた。  
「……時田?」  
時田は、顔を上げると望に微笑みかけた。  
「ご立派に、なられましたな、ぼっちゃま。」  
「…!」  
 
望は、混乱した頭で辺りを見回した。  
つい先日まで、あんなにも頑なだった時田が、どうしたというのだ。  
と、倫と目が合った。  
倫は、望に向かってにっこりと微笑んだ。  
望は、何があったかを、だいたい理解した。  
 
―――どうやら、倫には、一生分の借りを作ってしまったようですね…。  
 
ため息をつくと、時田の方を向いた。  
子供の頃から父代わり、母代わりであった時田に認められるのは、  
本当のところ、何よりも嬉しかった。  
「…時田……ありがとう。」  
 
望は、嬉しそうに時田に微笑んだ。  
 
「では、本当に、世話をかけましたね、時田。」  
「とんでもないことでございます。お車は、よろしいのですか?」  
「ええ、たまには、駅まで歩いてみようと思うので…。」  
「さようでございますか。」  
 
一同は、糸色家の門を出ると、駅に向かって歩き始めた。  
 
先頭を歩いていた可符香が、望を振り返って笑いかけた。  
「先生。私たち、これからは、もっともっと色々お話しましょうね。」  
望は、まぶしそうに可符香を見返した。  
「ええ…そうですね。」  
 
望は、会見の最後の父の様子を思い出していた。  
 
少し悲しそうな顔をしながらも、その目は慈愛に満ちていた。  
―――お前も、やっと、自分の守りたいものができたのだな…。  
 
そのときの父の言葉を思い出しながら、望は可符香をそっと見た。  
 
―――守りたいもの。  
自分の命よりも、大切に想っている少女。  
なのに、自分は、またしても、この少女を自ら傷つけてしまうところだった。  
 
―――可符香を、守りたい。  
彼女を守るために、自分は、もっと、強くなりたい…。  
 
望は、生まれて初めてポジティブな考えが自分の中に生まれてきたのに気づき、驚いた。  
 
―――あなたが、私を、ここまで変えてくれたんですね…。  
 
望は、前を行く可符香の後姿に、小さな声で呼びかけた。  
「可符香…あなたが、高校を卒業して…教師と、生徒でなくなったら、そうしたら…。」  
 
可符香が、振り向いた。  
「ん?先生、何か言いました?」  
 
望は、一瞬口ごもると、可符香に微笑みかけた。  
「…いいえ、なんでもありません…。」  
 
焦ることはない、と望は心の中で微笑んだ。  
自分は、まだ、ようやく親離れしたばかりのひよっこだ。  
これから、まだまだ壁に突き当たることもあるだろう。  
 
―――それでも、あなたと一緒なら、私は…。  
 
望は、空を仰ぐと、太陽に向かい、思い切り明るい笑顔を見せた。  
 
 
 
 
 
 
 
 
 
  おまけ小ネタ 
 
 
「いやー、しかし、ホントに毎回毎回、先生は何かしら騒ぎを起こすよなぁ…。」  
「…すまないな、准。お兄様が世話をかけて。」  
「って、何で倫ちゃんが謝るのさ。倫ちゃんだって被害者じゃないか。」  
「いや、そこはやはり妹だし…。」  
「…なんか、気に入らないなぁ…。」  
「ん?」  
「だって、倫ちゃん、僕が先生に迷惑かけたって、先生に謝ったりしないでしょ?」  
「はぁ…?お前がお兄様に迷惑かけることなんかないだろう?」  
「結局、僕より先生の方が倫ちゃんに近いってことか…。」  
「な、お前、何を言ってるんだ!?」  
「寂しいなぁ…。」  
「おい!ちょっと待て、准、どこに行く!?」  
いつになく渋い顔をして、倫に背を向けて歩き出す准に、倫は焦った。  
慌てて追いかけたが、躓いて転びそうになる。  
「きゃっ!!」  
地面に激突する、と思ったが、准がはっとした顔で振り向き倫の体を抱きとめた。  
倫は、自分が准の腕に包まれているのに気がつくと、  
次の瞬間、がばっとその腕にしがみついた。  
「り、倫ちゃん…!?」  
准が驚いたような声を上げたが、倫は黙ったまま必死で准の腕をつかんでいた。  
「…。」  
と、頭の上から、准の小さなため息が聞こえた。  
「……ごめん、倫ちゃん。さっきの泣き言は忘れて。」  
倫が顔を上げると、准は苦笑を浮かべて倫をぎゅっと抱きしめた。  
「考えたら、そういうところも全部含めて僕は倫ちゃんが大好きなんだよね。  
 あーあ、惚れた弱みとは、よく言ったもんだよ…。」  
「…!!」  
 
―――何を勝手に自己解決してるんだ…お前、お兄様より性質が悪いぞ…!  
 
倫は心の中で叫ぶと、赤くなった顔を准の胸にそっと埋めた。  
 
 

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