激しくドアを叩く音が続けざまに聞こえる。  
それはもはや、叩くなどという生易しい物ではなく、はっきりとした破壊の意思を持つ激しい音  
だった。  
小屋の中にあった、ありったけのテーブルやイスで押さえ込んではいるが、木製のドアその物が  
破られれば、それもさしたる意味は無くなるだろう。  
 
二人は懐中電灯の照らす薄明かりの中、焦りの表情を顔に張り付かせ脱出口を探していた。  
 
「木津さん! 窓はどうですか!?」  
先生の問いに窓を調べていた千里は首を振った。  
「駄目! ちょっと位置が高いし、人がくぐれない事も無いけど・・・・・・・・手間取ったら  
危ないです!」  
 
戸棚を空けて中を調べていた先生は、手当たり次第に中の物を引っ張り出しながら小さく唸った。  
中から出てくる物といえば、錆び付いた工具や、ラジオ、黄ばんだ書類や、細かい雑貨など、ほ  
とんどガラクタとしか言えない代物ばかりで、武器になりそうな物すら見つからない。  
 
先生はもう一度室内を見回し、状況を確認する。  
 
「・・・窓から出るのは危険。・・・出口はドアが一つのみ。・・・武器になる物は無し。・・  
・助けを呼ぶあても手段も無い。・・・・・・ドアもそう長くは持たない。」  
自身を落ち着かせるように唱える言葉に、千里が口を開いた。  
「逃げるには・・・そのドアを通るしかなさそうですね。」  
「それはそうですが、向こう側には・・・・・・」  
先生は乾いた声で答え、ドアを見る。  
まだ破られてはいないものの、容赦の無い破壊音を聞く限りそれも時間の問題だろう。  
 
「・・・こうしたら、どう?」  
千里は幾分震える声で言い、散らばったガラクタを見ていた。  
 
 
ドアの中心に亀裂が入り―――それをきっかけに、文字通り風穴が開きドアの木材は砕かれて行  
く。  
その向こうから小柄な影がゆっくりと部屋に足を踏み入れてきた。  
手に握るバットでバリケードを払いのけながら、鋭いその双眸が部屋の隅で寄り添う二人を捕ら  
えた。  
そして、先生の手に握る細いワイヤーに気が付き、訝しげに目を細める。  
手が開かれ、ワイヤーが滑るように中に舞い、次の瞬間、重い音と共に真夜の頭頂部に衝撃が走  
った。  
金属音と工具などを散らばしながら、工具箱は真夜の足元に落ちる。  
噴き出した赤い物が額を伝い、その顔に幾本もの筋となり流れ落ち―――真夜は、二人の姿を赤  
く染まった視界に捉えたまま、ゆっくりとうつ伏せに倒れこんだ。  
 
「・・・いまのうちですね。」  
真夜が動かなくなった事を確かめ、先生は千里の手を引いてバリケードの残骸に、埋もれるよう  
に横たわったその体を乗り越えて外に出る。  
 
 
 
空はようやく白みががっていた。  
ひんやりと湿った空気と、少し霧ががったダムの湖面を横目に二人は車に乗り込んだ。  
 
「先生、全然寝てないでしょう? 運転できますか?」  
千里の問いに先生は苦笑を浮かべた。  
「・・・そうですが、とにかく安全な場所まで行き着くまでですから。・・・・・・じゃ、行き  
ますよ。」  
エンジンがかかり、ヘッドライトが伸び、前方の薄闇を払い出す。  
低い唸りとともに、テールランプの赤い光が遠ざかっていった。  
 
 
 
ダムの側面を走る細い道を、車は慎重に下っていた。  
千里はようやく緊張が解けたのか、うつらうつらと始めており、先生は少し笑うとエアコンのス  
イッチを入れようと手を伸ばし―――  
 
ゴッ!  
 
車の天井が鈍く軋みを上げた。  
「・・・な、何!?」  
その音で千里も飛び起き、先生はゴクリと喉を鳴らし、かすれた声を出す。  
「・・・・・・まさか・・・・・?」  
 
ゴン! ガッ! ドッ!  
 
続けざまに上から聞こえるその音で、不安は確信に変わる。  
「・・・せ・・・先生・・・・・・うしろ・・・・・!」  
千里の声に先生はバックミラーを覗き込み、息を飲む。  
後部座席の窓から、血だらけの顔のままの真夜が、逆さに覗き込んでいた。  
その手に持つバットのグリップが窓に叩きつけられ窓は軋んだ音を立てた。  
 
「木津さん・・・・・・シートベルトを外してください。」  
口もきけずに硬直している千里に、先生はそっとささやいた。  
 
 
 
何度も叩かれた窓は遂に砕け、真夜は上半身から車内に入り込んでくる。  
「いきますよ!!」  
目の前のカーブに向かい、ハンドルも切らずに直進すると先生はドアを開け、千里の腕を掴んで  
外へと飛び出した。  
地面に転がった二人が最後に見たものは、ガードレールを突き破り、湖面に向かい落ちてゆく車  
の中で、その目を見開きこちらを見ている血だらけの少女の姿だった。  
 
激しい水音―――そして沈黙。  
 
「・・・木津さん? 怪我は?」  
「大丈夫。擦り傷くらいです・・・・・」  
少し足をぎこちなく引きずりながら、千里は先生に微笑んだ。  
「あまり大丈夫ではないですね・・・」  
先生はそう言って、千里の腕を取ると半ば強引に背負い込んだ。  
「・・・だ、大丈夫です。歩けますよ。」  
「こちらのほうが早いですから。」  
先生はそれだけ言うと、千里をおぶって歩き出した。  
 
 
先生の背中におぶわれながら、千里はチラリと後ろを振り返る。  
壊れたガードレール以外は何も見えない。  
千里の唇が細く開いた。  
唇の両端を引き上げ、三日月を思わせる笑みが浮かぶ。  
喉の奥から、「ククッ」と低い声が漏れた。  
「木津さん? 何か言いましたか?」  
「いえ、なにも。」  
すました声で返事が返ってきた。  
2人の姿は遠ざかって行き、やがて曲がりくねった道の先に消えてゆく。  
 
 
 
しばし後、日が完全に山裾から顔を出した頃。  
大きく裂けたガードレールの下、崖の向こうから伸びた手が裂けたガード板の端を掴んだ。  
手繰り寄せるように腕を縮め、自身の体を持ち上げて、真夜は雑草の生えた地面の上へと這い上  
がる。  
大きく息をつき、口にくわえたままだったバットが転がった。  
 
呼吸を整えもせず、真夜はバットを手に取り杖代わりに立ち上がると、2人の去っていった道先  
を睨むような視線で見据える。  
 
ややおぼつかない足取りで一歩を踏み出し、よろめく体を引きずるようにして歩いてゆく。  
そしてその姿は、濃くなり始めた霧の中へと消えていった。  
 

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