「ああ、疲れた…。」  
命は、注射針を注射器から外しながら、やれやれと肩を揉みほぐした。  
今日は弟の高校で予防接種があり、命は、校医として来校していたのだ。  
 
そんな命に、  
「本当に、お疲れ様でした。で、申し訳ないんですが、  
 私、子供の迎えの時間がありますので、これで失礼します。」  
助手を務めていた丸顔の保健医は、そう言うと、とっとと保健室を後にした。  
「はあ…。」  
 
保健室に残された命が、仕方なく1人、医療器具を片付けていると  
保健室と隣の部屋をつなぐドアが開いた。  
「あら、糸色先生、まだいらしたんですか。」  
姿を現したのは、スクールカウンセラーの新井智恵であった。  
「新井先生?へぇ、保健室は、中でSC室とつながってるんですね。」  
「ええ、カウンセリング中に気分が悪くなる生徒もいるので…。  
 私、彼女から保健室の戸締りを頼まれてたんですが、先生、  
 もしよろしかったら、こちらの部屋でお茶でもいかがですか?」  
智恵は、保健室の入口を施錠しながら、命に微笑みかけた。  
 
こんな美人の誘いを断る手はない。  
命は、二つ返事で誘いに応じた。  
 
10分後。  
命は、SC室で智恵と向かい合ってお茶を飲んでいた。  
命は、お茶を一口飲むと、智恵に尋ねた。  
「どうです、うちの愚弟は皆さんにご迷惑をかけてませんか?」  
智恵は、その質問に苦笑した。  
「そうですね、糸色先生は…。」  
といいかけて、あら、と口を押さえる。  
「先生も、糸色先生ですものね、紛らわしいわ。」  
命は笑うと、すかさず自分を売り込んだ。  
「私のことは、命、と呼んでください。  
 弟のことは、アホでも馬鹿でもお好きなように。」  
智恵はコロコロと笑った。  
「分かりました、それでは先生のことは命先生と呼ばせていただきます。  
 私のことも、下の名前で呼んでくださいな。皆、そうしてますから。」  
 
―――いい女だなぁ。  
命は、智恵の笑顔を見ながら思った。  
今まで、それなりに色々な女性と遊んできてはいるものの、  
ここまでの美人にはそうそうお目にかかったことはない。  
色っぽい体つきと真面目そうな風情とのギャップも、男心を誘う。  
―――望の奴、こんな美人と一緒に働いてるのか。  
命は、弟をうらやましく思った。  
 
「で、弟が何か?」  
話を戻すと、智恵は頬に手を当てた。  
「いえ、迷惑というほどではないんですけれど…。」  
命は、智恵から、望が毎朝SC室に相談にくるという話を聞いて眉を上げた。  
 
―――なるほど。望の奴、この先生に惚れてるのか。  
そういえば、と、弟は昔から年上の女性が好きだったのを思い出す。  
―――あいつは、マザコンだからなぁ…。  
「すいません、あの馬鹿ときたら、とんでもないご面倒を…。」  
渋面を作って謝ると、智恵は、いいんですよと笑って手を振った。  
「それに、何だか、糸色先生ってどこか放っておけないところがあって。」  
命はそれを聞いて、内心、またか、と舌打をした。  
 
昔から、そうだった。  
命も望も同じような顔つき、背格好で、年頃も近く、条件は変わりない。  
むしろ、医者である命の方が、世間的には好条件のはずなのに、  
こと、女性に関しては、命は弟に連戦連敗していた。  
命が目をつけた女性達は、皆、必ずと言っていいほど、  
いつの間にか手取り足取り弟の世話を焼いているのである。  
 
―――だって、望君って何となく放っておけないんですもの。  
命の抗議に、彼女達は異口同音にそう答えるのだ。  
しかも、望自身は、それを全く自覚していないところが余計に腹が立つ。  
 
―――この先生も、いままでの娘たちと一緒か…。  
命は、弟に対する対抗心がむくむくと湧いてくるのを感じた。  
 
命は、つと智恵から目をそらすと、ため息をついて見せた。  
「智恵先生は、お優しいんですね…。」  
タイミングを見計らって、顔を上げる。  
「知恵先生。私にも悩みがあるんです…聞いていただけますか?」  
「え…?」  
「先生、初めてあなたを見たときから、私は、胸が苦しいんです…。」  
「…。」  
「あなたを見ていると、何故か、全身の疼きが止まりません…。  
 …あなたのその優しさは、私には向けていただけないんでしょうか?」  
 
陳腐極まりない、品のない口説き文句であることは百も承知だ。  
しかし、智恵も小娘ではない、命の言っている意味は分かるだろう。  
あとは、目力で勝負である。  
切なそうな表情を瞳に浮かべ、一心に智恵を見つめた。  
目を合わせてしまえば、大抵こっちのものだった。  
 
智恵はため息をつくと言った。  
「…私に、どうしろと?」  
「あなたに…この疼きを癒して欲しい…。」  
智恵は立ち上がった。  
「…分かりましたわ、命先生。  
 でも、治療は、私なりの方法でやらせていただいてよろしい?」  
命は、心の中で、弟に向かってガッツポーズをして見せた。  
しかし、表情はあくまでも誠実に  
「もちろんです。あなたの嫌がることは一切しませんよ。」  
と微笑んだ。  
 
ところが。  
次の瞬間、智恵の態度がガラリと変わった。  
「じゃあ、まず、そこに跪いてちょうだい。」  
「…は?」  
命は、先ほどの笑顔で固まったまま、智恵を見返す。  
「私の方法に従うんでしょう、さあ、早く跪きなさい!」  
命の背中に冷や汗がつたった。  
 
―――こ、これは。  
自分は決してM 属性の人間ではない。  
むしろどちらかといえばSだと思う。  
―――しかし…。  
目の前で腕を組む美しい女性。  
これを、みすみす逃すのも惜しい話である。  
弟に対する対抗心もある。  
命は、目を瞑り、何事も経験だ! と思い切ると智恵の前に跪いた。  
 
智恵が、命の前に立ちはだかり、つと手を命の顎にかけ上を向かせる。  
智恵の目は異様に輝いており、命は、思わず体を引いた。  
「怖がってるのね…ふふふ。」  
智恵が楽しそうに笑う。  
「大丈夫よ。初めての人には、優しくしてあげるから…。」  
―――そ、その方向で、お願いします…。  
命は言葉も出なかった。  
 
 
 
「体が、疼いて困るんでしょう…?」  
智恵は、唇が触れ合わんばかりのところまで顔を近づけると囁いた。  
「ちゃんと、どこが疼くのか説明してご覧なさい?」  
そう囁きながら、指先で、命の喉元をすっと撫で上げる。  
命の背中を快感がぞわぞわと這い登った。  
 
「さあ、どこが疼くの?」  
「え、その…。」  
さすがに、命が口ごもる。  
しかし、智恵にじっと見つめられ、小さな声で答えた。  
「か、下半身が…。」  
智恵は、口の端をあげた。  
「下半身、だけじゃ分からないでしょう?…ここ?」  
喉をなでていた手が命の腿に伸び、そこをさわさわと撫でた。  
「う…。」  
 
「さあ、答えてご覧なさい…。」  
智恵は、命の耳元で囁くと、そっと命の耳たぶを甘噛みした。  
その手は膝から足の付け根の間を微妙な動きで行き来している。  
 
その妖しげな感覚に、すでに、命の下半身は完全に張り詰めていた。  
しかし、智恵は、わざとそこには手を触れようとしない。  
 
「きちんと、疼く場所の名前を言ってご覧なさい…?」  
「…。」  
改めて、その名を口にしようとすると、何だか恥ずかしい。  
ためらう命に、智恵の声が一オクターブ低くなった。  
「…言わないと、これでおしまいよ。」  
「…っ!」  
 
命は、顔を羞恥に赤く染めながら、不承不承その器官の名を口にした。  
 
「よくできました。」  
智恵は、嬉しそうに微笑むと  
「いい子には、ご褒美をあげないとね。…ちょっと待っててちょうだい。」  
そういうと、ついたての後ろに回った。  
 
しばらくして出てきた智恵の姿に、命は息を飲んだ。  
黒いボンデージファッションに身を包んだ智恵は、まさに「女王様」であった。  
 
智恵は命に近づくと、命のシャツのボタンをゆっくりと外していった。  
「どうしたの…黙り込んで。」  
固まったまま、気が付くと、命はすっかり服を脱がされていた。  
 
「ふふふ…なかなかいいものを持ってるじゃない。」  
智恵が命を見下ろす。  
「こんなきれいな顔をして、いけない子ね…。」  
智恵は妖艶に笑うと、命の頬をすっと撫でた。  
命の背中に再び快い痺れが走った。  
 
しかし次の瞬間、命は、智恵がロープを取り出すのを見て焦った。  
―――いくらなんでも、ロープは…。望じゃあるまいし。  
 
「あ、あの、智恵先生、ロープはちょっと…なにぶん初心者なので。」  
情けないと思いつつ、口調が哀願調になる。  
 
智恵は眉を上げると、ため息をついた。  
「しかたないわね。じゃあ、特別に今回は別のものを使ってあげる。」  
智恵は保健室とつながるドアの向こうに姿を消すと、  
伸縮性の包帯を手に戻ってきた。  
 
包帯で両手を後ろ手に固定される。  
包帯の柔らかい感触にほっとしていると、後ろから首に包帯を回された。  
「―――え??」  
智恵は、淡々と、反対側の手首に包帯の端を結び付けている。  
これでは、腕を伸ばしたら首が絞まってしまう。  
 
―――窒息プレイか…確か、事故事例も多かったはず。  
    ……下手すれば、酸素不足で多量の脳細胞が死滅して、  
    取り返しの付かないことに…。  
 
なまじ知識があるだけに、窒息状態よって生じる様々な症例が頭に浮かぶ。  
 
「ち、智恵先生、これは危険では…?」  
自分は、弟と違い、自殺未遂の趣味はない。  
「大丈夫、加減は分かってますから。」  
凄絶な笑みを浮かべる智恵に、命の背筋に、先ほどとは異なる戦慄が走った。  
 
「さあ、いきましょうか。」  
智恵は、どこから取り出したのか、いつのまにか長いムチを持っていた。  
「ちょ、待って…!」  
命の制止を聞かず、智恵は、勢いよくムチを振り下ろした。  
バシっと大きな音がSC室に響き渡る。  
 
ムチ自体は、派手な音の割に、意外にも痛くなかった。  
しかし、背中を打たれるその感覚に、思わず腕が伸びる。  
腕から回された包帯が首を圧迫した。  
―――く、苦しい…!  
一瞬、意識が朦朧となる。  
 
慌てて腕を緩めるが、そこに再びムチが振ってくる。  
―――た、助けてくれ…!  
 
しかし、そのうちに不思議な快感が命の中で湧き上がって来た。  
触られてもいないのに、下半身が爆発しそうになる。  
 
「あら、命先生、才能あるみたい。」  
智恵の笑いを含んだ呟きに、命はぶんぶんと首を振った。  
―――ちがう、私はMではない…!  
 
智恵は、ムチを振るう手を止めると、命の前にしゃがみこんだ。  
「だって、先生…ほら、こんなに。」  
張り詰めた命自身の先端から、透明の雫がにじみ出ている。  
智恵は、それを、ゆっくりと先端に塗り広げた。  
「く…っ、ふ…。」  
思わず、命の口から喘ぎが漏れる。  
 
「ふふふ、いけない子ね。」  
智恵は楽しそうに命自身を弄り始めた。  
「う、ぐぅ…!」  
智恵の指が敏感な部分を触れるたびに体が跳ね、腕が伸びて気道が圧迫される。  
―――息が、できない…!  
しかし、喘いでいるうちに、再び意識が朦朧としてきて、  
それに伴い、快感が苦しさを上回るようになってきた。  
 
「先生…そんなに腕を伸ばしては、駄目よ。」  
智恵が囁くが、体は言うことをきかない。  
遠のく意識に頭のどこかで警鐘が鳴っているのを感じたが、命はもはや、  
このまま快感の波にさらわれてしまってもいいような気分になっていた。  
 
智恵は、眉をひそめるとはさみを取り上げ、命の首にかかる包帯を切った。  
「かはっ!」  
命は前に倒れこみ、激しく咳き込んだ。  
 
「まったく、先生ったら、ご自分で危険だっておっしゃったのに。」  
命は、床に倒れたまま涙目で智恵を見上げる。  
智恵は、たった今切り離した包帯の切れ端を持って立っていた。  
 
「この子が、元気すぎるのがいけないのかしらね。」  
そう言うと、包帯を、まだ元気を保っている命自身の根本に巻き始めた。  
「聞き分けのないこの子に、しばらく大人しくなってもらいましょうか。」  
 
「ちょ、智恵先、げほっ!」  
命は慌てて抗議しようとするが、再び咳き込んでしまった。  
抵抗しようにも、両腕は未だ後ろに拘束されたままだ。  
智恵は、難なく包帯を命自身の根本にきつめに巻きつけると、結び目を作った。  
 
「さて、と。」  
智恵はにこやかに微笑むと、ゆっくりと命自身を口に含んだ。  
「――――!!!」  
 
美しい女性が、自ら、口を使ってくれている。  
本来であれば、非常に喜ばしいシチュエーションであるはずである。  
しかし、命の脳裏にはそのような考えはひと筋も浮かばなかった。  
 
智恵の舌遣いは巧みで、命自身の敏感な部分を隅から隅までを嬲りつくす。  
「くっ、はぁ、はっ…!」  
命は、体をそらせて息を吐いた。  
既に、自身は張り詰めきっていたが、包帯で根本を押さえつけられているため  
欲望を解放することができない。  
限界を超えて与えられる快感は、苦痛にも等しかった。  
 
「智恵先生…もう…!」  
命は叫んだ。  
智恵は顔を上げると、涙目で懇願する命を、楽しそうにじっくりと観察した。  
 
「いいお顔…。」  
とその唇にキスをしたが、その間も、今度は手を使って命自身を撫でさすっている。  
「智恵先生、お願いです、お願いですから…!」  
命はほとんど泣いていた。  
 
智恵は口を尖らせると、  
「しかたないわね…初心者ですものね。」  
そう言って、包帯を解き始めた。  
「さあ、いらっしゃい…。」  
智恵の細く白い指が命を促す。  
命は、脳髄が全て吸い取られていくかのような感覚を味わいながら、  
その指の動きに促されるままに、果てた。  
 
 
 
全てを放出しつくして、ぐったりと床に横たわっている命に、智恵が声をかけた。  
「命先生?体の疼きは治まりました?」  
「は、はい、十二分に…。」  
それどころか、立ち上がる気力さえない。  
「それは良かったですわ。」  
智恵は晴れやかに笑った。  
 
「ところで、命先生。」  
「はい?」  
「言うのを忘れてましたけど、私の治療、部外者は有料なんです。」  
命はそれを聞いて、この期に及んで金の話か?と、やや興ざめした。  
しかし、次の智恵の言葉で、自分の考えが甘かったと思い知る。  
 
「…お代は、体で支払っていただくことになっています。」  
「―――!!!」  
満面の笑みで保健室へのドアを開け、ベッドを指し示す智恵に、命は青ざめた。  
 
 
2時間後。  
 
 
智恵の満足そうな笑みに送られてSC室を出た命が、  
すっかり暗くなった校内を足を引きずるように歩いていると、  
偶然、弟に行き会った。  
 
「命兄さん!?まだ、学校にいたんですか?」  
望が驚いたように声をかけた。  
「…ずいぶん、智恵先生のところに長居してたんですね…。」  
恨めしげに見上げてくる弟の顔を、命は憔悴し切った顔で見下ろした。  
 
「…望。」  
「…なんですか。」  
弟のふくれ面に向かい、命は心の底から言った。  
「あの女は、やめとけ。あれと一緒にいたら、長生きできないぞ。」  
 …まあ、死にたいなら手っ取り早いかもしれないが、と口の中で呟く。  
 
望の顔色が変わった。  
「な、どういう意味ですか、兄さん!いったい智恵先生と何があったんですか!?」  
しかし、命は望の問いに答えるのももう面倒だった。  
ぐい、と望を押しのけると、腰をさすりながら出口に向かった。  
 
「―――絶望した!校医とスクールカウンセラーの爛れた関係に、絶望した!」  
 
弟の叫び声を背中で聞きながら、命は心の中で呟いた。  
 
―――絶望したいのは、こっちの方だよ…。  
 
そして、よろよろと校門を出て行ったのだった。  
 
 

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