朝、この時期は寒くて凍えそう。今朝はいつも以上に寒いみたい。だけど暖房なんてかけられない。家にはお金が無い。そう。借金も遂に大台を突破してしまった。考えるだけで寝込んでしまいそう。  
冷えきった部屋では暖かい布団は名残惜しいけど、なるべく一気に着替えてしまおう。  
着替え終わって朝ご飯を作ろうと思ったら、不意に後ろから抱きつかれた。  
あの人は最近いつもこう。私が布団を抜けると寒くなるからって布団に戻るように言う。  
 
「あ…おはよう。…ダメだよ。遅刻しちゃうでしょ。」  
 
いつもこうやって抱きしめられるだけでドキドキして、だけどあの人はすぐに離れてしまうからその先を期待してしまう私が恥ずかしい。  
でも今日はいつもと違う。今日はずっと私の肩に手を回して軽く寄りかかってる。自分の心臓の鼓動が早くなっていくのがわかる。  
 
「ね、ねぇ…ダメだよ…え?」  
 
ボソッと呟かれた言葉に私は硬直してしまった。  
『仕事辞めた』って…目の前がぐるぐる回る。倒れそうになるのを何とかこらえて、あの人を引きはがす。  
 
「辞めたって…どうするの?私のバイトだけじゃとてもじゃないけど今月乗り切れないよ?多分平気って…いつもそんなこと言って借金抱えて…もう私にはわからないよ!」  
 
思わずそのまま家を飛び出してしまった。もういい。きっと他の人の所にでも行くんだ。私なんてきっと遊びなんだ。  
あ、お弁当忘れちゃったなぁ…。ご飯…炊いてあるから平気だよね。…って何であの人の心配してるの?あの人なんか…私の事なんてちっとも心配してないんだろうな…  
 
 
4限の終了のチャイムが鳴る。お昼どうしよう…朝から何も食べてないから頭がぼーっとする。  
 
「アレ?麻菜実ご飯食べナイのカ?」  
 
私がぼーっと座っているとマリアちゃんが話しかけてきた。相変わらず冬なのに夏服を着ている。でも、寒がっている様子はちっとも無くて元気いっぱい。  
 
「今日はちょっと忘れちゃったの。だから今日は抜きかな。」  
 
言い終えた時ふと、後ろに気配を感じた。振り向くとそこには腕を組んだ木津さんが立っている。彼女の目は魚目になっている。  
…私は何か彼女のポリシーに反する事をしてしまった?嫌な汗が流れてくるのがわかる。彼女の暴走はよくある事だけど、慣れる事は出来そうにない。  
 
「ちょっと…どうしたの?」  
 
木津さんの不穏な様子にいち早く気付いた藤吉さんが木津さんの耳元で囁く。  
 
「晴美には関係ないわ。それより…あなた。」  
 
藤吉さんを軽くあしらい、私の方へ一歩詰め寄る。クラスの皆も木津さんの様子に気付いたらしく、固唾をのんで見守っている人もいれば、教室から逃げ出そうとしている人も、もう涙目になっている人もいる。  
教室が静まり返り、異様な緊張に包まれているのがわかる。  
 
「大草さん!」  
「はっ、はい!」  
 
沈黙を破り厳しい口調で私の名前を呼ぶ。その語気は有無を言わせない迫力を感じる。  
 
「ダメじゃない…」  
「えっと…」  
「御飯を抜かしちゃ!」  
「え?」  
「人間は1日に、朝、昼、夜と食事をとらなきゃ行けないわ!昼御飯を抜かす事なんて許されません!」  
 
あ…なんだ。そういうことね。木津さんにとっては御飯を抜かすことは許せないことなんだ。そう思ったらなんだか緊張が抜けてふにゃっとしてしまった。  
皆も大事にならそうだと思ったのか、また雑談を始めている。  
 
「ありがとう。木津さん。でも今日お弁当持って来てないから、食べれないの。」  
「それは問題ないわ。私のを半分あげるわ。」  
「それなら私のもあげるよ。」  
 
木津さんと、大事にならないで人一倍ほっとしているように見える藤吉さんがお弁当を分けてくれると言ってくれた。  
せっかくの好意なんだからもらわないと悪いよね。というよりお腹が空いて、断るなんてとんでもないとしか思えない。  
 
「う〜ん…じゃあもらうね。ありがとう。ごめんね二人とも。」  
「マリアも!」  
「えっと、マリアちゃん…嬉しいけどもう十分もらえたから…ね?」  
 
 
さすがにマリアちゃんから貰うわけにはいかない。この子はきっと私より厳しい生活をしているはずだから。  
でも、マリアちゃんはあの子の机からお菓子を掴むとその掴んだ拳を私の前に突き出した。  
 
「イイからヤル。マリアノいた村ではミンナ家族を大事にしたネ。困ってルのいたらミンナ助ける。  
クラスの人ミンナ優しい。ダカラクラスのミンナ家族と同じ。麻菜実もワタシの家族。だからヤル。」  
 
私はこの目の前の幼い少女の言葉を聞いて今朝の自分を恥ずかしいと思った。私は辞めた理由も聞かないであの人を責めてしまった。あの人はきっと慰めて欲しかったんだと思えてきた。口下手なんだから…  
マリアちゃんは拳を前に突き出したままこっちをじっと見つめている。私はその小さな手をそっと両手で包んで、見つめ返した。  
 
「ありがとう…マリアちゃんは優しいね。」  
「困っタ時はお互いサマネ!」  
 
かわいいなぁ…にぱーっと笑うマリアちゃんの顔を見ると自然と顔がほころんじゃう。思わず頭を撫でてしまった。  
 
「エヘへー」  
 
くすぐったそうに笑うマリアちゃん。こんな子が欲しいなぁ、なんて思ってしまう。最近ご無沙汰だな、なんて考えてしまって思わず顔が赤くなってしまった。  
 
「顔赤いゾ?風邪カ?」  
「あら、それは心配ね。」  
「だ、大丈夫!なんでもないから!」  
 
このクラスの人たちは皆優しい人ばかり。しようもない事を考えているだけの私の事を心配してくれる。今日はなんだかとても救われた気持ちがする。  
帰ったらあの人に謝らなくちゃ。  
 
 
すっかり暗くなっちゃった。きっとお腹を空かしてるんだろうな。私がいないと家じゃ何もしないんだから。ドアに鍵を差し込む。…なんだか少し緊張する。  
 
「ただいまぁ。ごめんね遅くなって。バイトが延びちゃって…」  
 
あの人はいつも通りTVを寝転んで見ている。気のなさそうな返事が返ってくる。  
どうしようかな…どうやって切り出そうか悩んでしまう。いざこうして言おうと思うとなかなか難しくて、変に緊張してる。  
 
「お腹空いたでしょ?今から作るからね。」  
 
晩ご飯の後で話そう、それでもいいよね。そんなことを考えてるとあの人が話しかけて来た。相変わらず背中をこっちに向けてるけど。  
 
「どうしたの?・・・・・・ううん。いいの…私こそごめんね。・・・うん、うん。」  
 
今日は人に助けられてばっかり。なんだかとっても暖かい。私はきっと幸せなんだな。甘えたくなってあの人の背中に抱きつく。  
 
「ねぇ、あなた…うん。平気だよ。また見つければいいんだから・・・こうしてると暖かいね。」  
 
あの人が私の方を振り返った。私はその目に見つめられるだけで熱に冒されたようになってしまう。私は目を閉じてあの人に身を委ねる。でも口だけはお決まりの台詞を呟いてしまう。  
 
「御飯遅れちゃうよ…ん…ぁ……もう…」  
 
 

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