時計の針は、もう昼を回った時刻を指していた。  
もぞもぞと動きながら手を布団から出して額に当ててみる。  
「んん・・・・・・・・・クスリが効いたかな? だいぶ楽になってきたような。」  
だるそうにゆっくりと半身を起こして、枕元のお盆に置いてある体温計を手で掴んだ。  
「・・・しかし、ヒマだな〜 学校終わったら、誰か見舞いにでも来てくれないかな・・・・・・」  
ひとり言を呟きながら体温計を口にくわえる。  
何気なく窓の外に目をやり────  
ぶっ!  
奈美は口から勢いよく体温計を吹き出してしまった。  
飛び出したそれは畳の上を滑り、窓のすぐ下まで転がって止まる。  
「・・・せ、先生!?」  
「ほほう・・・ 不登校で、病人の振りまでしているとは、手が込んでいますね・・・・・・」  
カラカラと窓を開けながら話しかけ、先生は手を伸ばして畳の上にj転がっている体温計を拾い上げる。  
「平熱ではないですか!? やはり仮病だったとは、まさしく普通!」  
「ふつうって言うなあぁ!!」  
少し潰れた声で叫んだ奈美をよそに、先生は窓枠に足をかけて身軽に部屋に飛び込むと窓をしめた。  
「何なんですか一体!? 授業は!?」  
「ははは、ズル休みされたいけない生徒さんを家庭訪問に来たのですよ。」  
体温計をおちょくるように左右に振って見せながらそう宣言すると、奈美の顔が引きつった。  
「だれがズル休みだあ!! 今、計ろうとした所なのに、熱なんか分かる訳ないだろ!?」  
聞こえているはずだろうが全く耳を傾ける様子も無く、先生は奈美の枕元に腰を下ろした。  
首に括っていた風呂敷を解いて、なにやら中身を取り出してゆく。  
「まあ、話を合わせてあげる事も教師のつとめ。見舞いらしき事をしに来ましたよ。どうせ、暇を持て余し  
ていたのでは無いのですか?」  
相変わらず引きつり顔のまま、奈美は溜め息をついて、  
「まあ、そうだけどさぁ・・・・・・ 今日、うちの親も帰ってくるのが遅いし、誰か見舞いにきてくれないかな  
ー・・・・・・って思ってたとこ。」  
「ああ、不登校が再発、という事にしてありますから。見舞いは来ないかと。」  
「は!? なにするんですかぁ!?」  
口を曲げて苦情の声を上げた奈美だが、先生は笑って流し、風呂敷の中から取り出したタッパ−を奈美  
の前へと差し出した。  
奈美は首をかしげてそれを見つめる。  
「なんです? これ?」  
「私からの差し入れですよ。・・・・・・あ、ちょっとレンジをお借りしますね。失礼して。」  
さっと立ちあがり、奈美の返事も待たずに先生は部屋から出ていってしまった。  
 
 
(・・・何だかんだ言って優しいじゃない。・・・もしかして手作り? 何かな?)  
やがて遠くの方でチ−ンと音がして、先生の戻ってくる足音が聞こえてきた。  
だが、気配が近づくにつれ、奈美の顔色が変わってくる。  
漂うこの異臭は、間違い無く廊下の先から近づいてくる物だった。  
「・・・何、この、古い天ぷら油を焼いたような臭いは・・・・・・?」  
やがて、先生が部屋の中へと戻ってきた。  
再び、奈美の枕元へ腰を下ろすと、おもむろにタッパ−のフタを開ける。  
「うっ・・・・・・!?」  
湯気と共に広がる何とも言えない油ぎったそのカオリに奈美は顔をそむけた。  
「ちょ・・・何ですかコレ!?」  
「ウナギの稚魚を、秘伝のタレとオリーブオイルでとじた物ですよ。糸色家では、代々伝わる風邪の特効  
薬だった気がします。」  
「気がしますって!? ・・・なんか、目にしみるよコレ!!」  
 
「まあ、召し上がれ。」  
慌てる奈美をよそに、先生はレンゲでその異臭漂う物体を一すくいして奈美へと差し出した。  
間近で見るその煮崩れた茄子のようにドロリとした塊と、嗅いでいるだけでお腹が一杯になりそうな異臭  
に奈美は仰け反り気味に後ずさりする。  
「い・・・・・・私、ちょっと、これは・・・・・・」  
レンゲを差し出している先生の顔があからさまに悲しそうに沈みこんだ。  
「・・・そうですか。・・・丹精こめて作ってきたのですが・・・・・・」  
その一言に奈美の顔が引きつる。涙を滲ませた目を閉じてレンゲをくわえた。  
その物体は、つるりと口に入り、数回咀嚼して息を止めて飲みこむ。  
「どうですか?」  
「・・・すっ・・・ごく・・・くどい・・・! 胃にもたれそう・・・!」  
奈美の感想に先生はにっこりと微笑む。  
「さあ。どんどんやって下さい。全部食べないと効き目がありませんから。」  
「いや、もういいって! ちょっと、まっ───っぐ!?」  
餌をもらうヒナ鳥よろしく、口を開いたスキに次々と差しこまれるレンゲに奈美は目を白黒させている。  
喉ごしだけは良いので、つるっと入ってしまい、気が付くといつのまにかタッパ−はカラになっていた。  
 
 
「うう・・・・・・なんか、嫌な汗が出てきた。」  
「体が温まった証拠ですよ。景兄さんが開発された秘伝の薬の効果です。」  
奈美の動きが止まり、その頬を汗がひとすじ伝う。  
「・・・今・・・何て?」  
「ああっと! もう一つ持って来たものがありましてね・・・・・・」  
「聞けよ! 人の話!」  
涙目で訴える奈美に構うことなく、先生は再び風呂敷の中をごそごそと探り、得意げな顔でそれを取り出  
した。  
「まあデザート替わりになるかと思いまして・・・・・・桃缶を持ってきてあげましたよ。」  
ゴトッ、と重い音を立てて取り出した桃の缶詰を三個程、奈美の目の前へと積み上げた。  
奈美はもう抗議を諦めたのか、疲れた顔でその縦に積まれた缶詰を眺める。  
「・・・なんで桃缶なんですか?」  
「風邪っぴきには桃缶と、太古の昔より決まっているではありませんか。」  
「そうなんですかぁ? ・・・・・・まあ、さっきのクドいヤツの口直しにはちょうどいいかも。」  
疲労したような表情の中に、ようやく奈美は少し笑みを浮かべた。  
「ではさっそく開け・・・・・・ あああっ!?」  
「え!? どうしたの?」  
突然叫び声を上げて、大げさに髪を掻きむしった先生に奈美は驚いた声を上げた。  
先生は頭を抱えうずくまるようにしていたが、突然、ひょいっと顔を上げて無表情に告げる。  
「缶切りを忘れてきました。」  
「いつの時代の桃缶だぁ!! って言うか、嫌がらせだろ!? 嫌がらせにきたんだろ!?」  
泣きそうな顔で叫んで、奈美は疲れたのか横になって布団を被ってしまった。  
「・・・おや、ふて寝してしまうとは普通ですね。」  
「ふつうって言うなあ!! もう! ・・・缶切りならキッチンにありますよ!」  
「ははは。では、ちょっとお借りするとしましょうかね。」  
しれっとした顔で笑いながら、先生はいそいそと桃缶を抱えて部屋を出ていった。  
 
 
「・・・あ〜もう。喉イタイし・・・疲れた・・・。」  
奈美は布団から仰向けに頭だけ出して、ふう、と息をついた。  
「何か・・・暑いな・・・・・・ もしかして、あの変な料理のせいか?」  
段々と額に噴き出してきた汗を、パジャマのそでで軽く拭う。  
「暑っ・・・・・・ ん・・・よっと!」  
寝たまま足を伸ばし布団を跳ね除けて毛布一枚に包まった状態で、奈美はようやく落ち着いたかのよう  
に目を閉じ、やがて静かに寝息を立て始めた。  
 
 
「やれやれ・・・・・・よく考えれば、缶切りを使うなど子供の頃以来でした・・・ すっかり手間取ってしまい  
ましたねぇ・・・」  
ぶつぶつ呟きながら勝手に使わせてもらった小鉢を木の盆に乗せ、ドアを開け奈美の部屋へと入った。  
「はい。お待たせしまし・・・・・・」  
部屋へと一歩を踏み入れ、横になっている奈美の方を向いた先生の動きが瞬時に凍り付く。  
 
よほど暑かったのだろう。布団どころか毛布まで跳ね除け深い寝息を繰り返している。  
それだけならば良いのだろうが、寝ながら脱ぎ捨ててしまったらしきパジャマのズボンは足元に丸められ  
た状態で、かろうじて片足の足先だけが通されていた。  
少し大きめのだぶついたパジャマのおかげで、その裾に隠れギリギリ下着までは見えてはいないが、無  
造作に投げ出された奈美の白い脚が少し動いただけで、それは簡単にはだけてしまうだろう。  
「ひ・・・日塔さ・・・・・・!」  
当の奈美は口を半開き状態で熟睡し、起きるような気配は見せない。  
そして、下手に起こしては状況を悪化させると刹那に判断し、先生は出しかけた言葉を飲みこんだ。  
 
機械のようにぎこちない動作で傍らの勉強机の上へとお盆を置き、音を立てないようにじりじりと移動し  
て跳ね除けられた毛布を掴んだ。  
そっと広げ、足先からゆっくりと被せてゆく。  
奈美がいつ身じろぎでもしてむき出しになってしまわないか冷や汗をかきながら───自然と視線が張  
りのある腿の部分を見る事となってしまい、先生は目の焦点を合わせないようにして毛布をかけてゆく。  
──腰の所まで毛布で覆ったところで、毛布の感触が不快だったのだろうか奈美が一つ身じろぎをした。  
 
一瞬先生の顔に緊張が走ったが、何とか間に合った事に胸を撫で下ろして、ズレてしまわないように足  
先で端を踏んで全体を整える。  
「んん・・・・・・」  
奈美は小さな声を出してもぞもぞと片手を動かしながら、上着の裾から手を入れてお腹の辺りを軽く掻い  
た。  
その奈美の姿に、先生は思わず吹き出しそうになるが口を押さえて懸命にこらえる。  
「・・・オヤジですか・・・! あなたは・・・」  
くぐもった小声で言い、笑っていた先生だったが、次の瞬間、一気に顔が青ざめる事となった。  
やはり、汗ばんでいて不快なのだろう。パジャマの中で体をこするようにしていた手を、無造作にグイと胸  
元まで移動させてしまったのだ。  
当然パジャマが裾からめくれ上がり、その肌が露わとなった。  
声にならない悲鳴を上げ、先生は僅かに後ずさる。  
奈美の手は自分の胸の膨らみに当たって止まりはしたが、下着を着けていないままの、その丸みの部分  
が下半分を裾から覗かせてしまい、ここからでも形の良さが分かる。  
あとほんの少し、また奈美が身じろぎすれば、その柔らかそうな膨らみが隠されている部分まで全て露出  
してしまう可能性は極めて高い。  
 
その光景に釘付けとなっていた先生の中で、極限状態に達した何かが音を立てて切れた。  
「だあああっ!!」  
突然大声を上げると共に傍に跳ね除けてあった布団を一気に持ち上げ、叩き付けるように奈美に被せた。  
「うぉ、ぶっ・・・!?」  
さすがに飛び起きた奈美は顔だけを端から出した状態で目の前に立つ先生に気が付く。  
「何するんですかぁ!?」  
「あなた、普通に私を苦しめるのですか!!」  
「何の話だあ!?」  
訳の分からないといった顔のまま起き上がろうとした奈美の両肩あたりを反射的に先生は突き飛ばすよ  
うに突いて布団に押しつけた。  
奈美は枕でちょっと後頭部を打ち、痛そうに顔をしかめる。  
「何なんですか!?」  
 
「ご自分の格好を見て御覧なさい! ハレンチな!」  
一瞬、キョトンとした奈美だったが、がばっと布団をめくって中を覗き込むとその顔が見る見る赤く染まっ  
てゆく。  
「ち・・・・・・チカン!? 犯罪です!!」  
「だれが痴漢ですか!!」  
「ひとが寝てる隙に何てことするんですかぁ・・・・・・!」  
半べそをかきながら布団を引っ張り顔を隠す奈美に、先生は困ったように少し眉を寄せた。  
「いや、私は何もしていませんから! あなたが無意識にやったのでしょう、普通に。」  
「ふつうっていうなあ!」  
涙目で叫ばれて、先生は一つ溜め息をつく。  
 
「―――以前、私に見られても何とも思わない、とか失礼な事を言っておきながら何ですか・・・」  
「だからって、こっそり見られるのは嫌ですよお!」  
少し落ち着きを取り戻してきた先生は、しゃがんでパジャマのズボンを拾い上げ、差し出した。  
「・・・では、堂々となら良いと?」  
差し出されたズボンを、のろのろと片手を伸ばして受け取りながら、奈美は少し首をかしげ、  
「それも嫌かな・・・」  
「何なんですか一体。」  
再び溜め息をつく先生の前で、奈美は布団の中でごそごそとズボンを履いているようだった。  
 
「と・・・とにかく! 誰にも言わないで下さいよ!?」  
「こんな事、人に言えるわけが無いでしょう? 日塔さんに露出癖があるなんて。」  
「そんなもん、あるかあ!!」  
こめかみに血管を浮かび上がらせ、切れた奈美は立ち上がりざまに先生の襟首に勢いよく掴みかかる。  
―――が、とたんに眩暈をおこしたようすで頭をぐらつかせ、糸が切れた人形のように力のない動きで先  
生の方へと相手を巻き込みながら倒れこんだ。  
 
「痛ったー・・・」  
鈍い音がした。―――先生の顎に頭突きを喰らわせるような格好で二人はもつれて倒れている。  
ひたいをさすりながら頭を起こすと、すぐ目の前に、奈美の一撃をもらって伸びているのか目を閉じた状  
態の先生の顔があった。  
自分の全身を相手の体に預ける形で、二人は奈美が押さえ込むような姿で密着し、重なりあっている。  
 
微かな吐息も感じられるほど間近にある先生の顔。  
体の面積のほとんど触れ合わせた相手から伝わってくる体温。  
奈美の頭の中が真っ白になってゆく。  
熱に浮かされたような表情で瞳を潤ませながら、先生の唇に触れようとして自分の顔を近付けて行く。  
胸は早鐘の様に打ち続け、二人の唇が触れ合う、―――その寸前で、突然先生が目を見開いた。  
 
「・・・・・・・・・!」  
お互いに相手の瞳に映った自分の姿が見えるほどの近距離で、その動きが止まった。  
先生の顔から見る見る血の気が引いてゆく。  
「・・・ぜ・・・絶望した!! 普通だと思っていた子がこんなにも積極的だった事に絶望した!!」  
「ち・・・ちが・・・・・・これは、事故・・・!」  
 
どうやら喉の腫れがひどくなってきたらしく、奈美の口からでた声はひどく擦れている。  
満足に声が出ないらしい奈美を見て、先生はいつもの表情に戻り小首をかしげながらそっとその額に手  
のひらを当ててみる。  
その目が驚きで見開かれた。  
「何ですか!? すごい熱です! まるで風邪でもひいているみたいではありませんか!?」  
「・・・まだ、いうか・・・・・・」  
苦しげに呟いて、ふと、奈美は先生が少し困ったような顔で自分に送っている視線の先をたどる。  
 
そこは自分の胸元。  
広がった作りのパジャマの襟がはだけ、先生に圧し掛かって押しつぶした感じになったその膨らみは、く  
っきりと深い谷間を作っていた。  
顔を真っ赤にして、先生の顔面を向こうへ押しやるように手のひらを乗せる。  
「みるなあ・・・・・・! 言われなくても、どきます・・・!」  
奈美は体を起こそうとしたが、力が全く入らないのか、ガクリとバランスを崩して真横に転がってしまった。  
「うー・・・・・・」  
「しかたがないですねぇ・・・」  
転がったまま唸っている奈美を見かねたのか、先生はその背中と脚に手をまわして体を持ち上げた。  
「重っ!!」  
はっきりと大きな声で叫ばれ、奈美は何か言いたそうな顔で先生を睨む。  
どさっ  
やや、乱暴ともとれる音を立てて奈美の体を布団の上へと横たえ、毛布を掛けて布団を被せる。  
特に文句を言うわけでも無く、荒い息をついたまま目を閉じて、その顔は熱を帯びているせいで朱に染ま  
っている。  
 
しばらくすると、呼吸が落ち着くとともに眠りについたのか、荒い息は静かな寝息へと変わっていった。  
「眠ってしまったようですね・・・」  
ぽつりとした呟きにも反応は無く、先生はやれやれといった風に肩をほぐす様な仕草をして、騒ぎでズレ  
てしまったメガネを直した。  
 
 
布団を掛けなおしてやり、寝ている奈美の横にそっと腰を下ろしその寝顔を眺めている。  
額にうっすらと汗を滲ませ、眉毛は力無くハの字に垂れて、唇を少し開いて不規則な寝息を立てていた。  
苦笑とも微笑ともとれる笑みを浮かべ、先生は頬の辺りを指で軽く掻く。  
「弱っている日塔さんは可愛らしいのですがねぇ・・・・・・」  
ボソリと小声で呟いた。―――ふと、熱で赤くなっている奈美の頬がさらに赤みを増したように見えた。  
 
先生はそれに気がつかなかったのだろうか、音を立てないように静かに腰を上げて立ちあがる。  
そろりそろりと窓の方へ向かい、窓枠に手を掛けた時、  
「絶望・・・・・・」  
背中側から聞こえた声に思わず振り向くが、奈美はそこで相変わらず寝息を立てているだけだった。  
「普通の寝言ですかね・・・・・・?」  
誰にとも無く問いかけるような言葉に、奈美の顔が一瞬だけ引きつったように見えた。  
先生は顎に手をやり、首をかしげてしばし考えをめぐらせる。  
「・・・そういえば、まだ桃を食べていませんでしたね。・・・日塔さんは寝てしまいましたし、私が頂いてしま  
いましょうか。」  
返事は無く、奈美の口元が微かに微笑んだ形を見せたようだった。  
 
 
(ん・・・・・・あ・・・ああ、寝ちゃってたんだな・・・あ・・・ ええ!?)  
眠りから覚め、目を開けようとした奈美はそのまま動けなくなってしまった。  
(こ・・・この感触って・・・もしかして・・・)  
自分の体は横を向いているのだが、本来なら何も無いはずの両腕の間に、何やら大きな物体が存在し  
ている感触がある。  
奈美はそれを抱きかかえるようにして眠っているらしかった。  
そして自分の肩に乗せられた物は、体を包むように背中へと回された腕だろうか。  
(おちつけ・・・・・・! おちつけ・・・・・・)  
目を開ける事も体を動かす事も出来ずに、奈美はただ困惑し、頭の中でその言葉を繰り返し唱えつづけ  
ていた。  
 
(・・・うん、大丈夫。・・・変態! とか言っちゃえばいいんだ。・・・よし!)  
心を決め、おそるおそる薄く目を開けてゆく。  
日は沈み、照明をつけていない部屋の中は薄暗く、すぐには窓の輪郭くらいしか判別できない。  
自分の隣には、確かに、ひとかかえ程もある大きさの物が横たわっている。  
(・・・で・・・でも。・・・もうちょっとだけ! あと少しだけ。)  
奈美は硬直した腕に力を込め、それをしっかりと抱きしめようとして、  
「・・・へ?」  
思わず声を上げてしまった。  
想像した以上に柔らかい感触と、その表面のふわふわした手触りは人の服や肌などでは無い。  
薄暗闇の中、少しづつ暗さに慣れてきた目に飛び込んできたもの。それは、  
「ぬいぐるみかよ・・・!」  
子供くらいの大きさをした皇帝ペンギンの縫いぐるみ。それを抱き枕のように抱えていたのだった。  
「ふう・・・ 何だか私、ばかみたいじゃないかぁ・・・・・・」  
安堵感からか力が抜け、肩にかかっていた縫いぐるみの前ヒレをどけて、あらためてその姿を確認する。  
 
幾何学模様にもみえるデッサンのペンギンの顔を見て、奈美は少し吹き出してしまった。  
気がつくと、いつのまにか熱もひいているようで、体も楽になったように感じられる。  
「・・・風邪っぴきも、たまにはいいかもね。」  
つぶやいて、縫いぐるみをギュッと抱きしめる。  
「・・・もう少し寝るか。」  
奈美はペンギンに軽く口付けをして、目を閉じる。  
そんな自分に照れるように頬を赤くして、微笑を浮かべた顔を布団の中へと埋めた。  
 
 
 
 

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