はっ、はっ、はっ  
真夜中、可符香は汗だくになって目覚めた。外はよく晴れているが、少し空気が湿っている。  
何で今さら、こんな夢…  
薄暗い部屋で、組み敷かれている自分。薄ら笑いを浮かべる男たち。かつて味わった誰にも言えない、忘れたはずの過去。  
 
違う。私は風浦可符香。赤木杏じゃない! 心の中で何度も唱えながら、乱れた布団を整え、再び眠りに付こうと目を閉じた。  
うっ!?  
目を閉じても豊かな空想力が災いして、先刻の悪夢が頭から離れない。男たちに押さえつけられて、もてあそばれている自分の姿がありありと浮かび上がる。  
 
いやっ!離してっ、ああっ!!ん、んぁあ!嫌ぁ…  
己の記憶との戦いを頭の中で繰り広げる。  
違う違う違う!これは夢!私は、杏じゃ、なくて、…可符…  
…うっ?!うぇっ、げぇっ  
体が芯からきりきりと痛み、同時に激しい吐気が彼女を襲った。涙目になり両手で口を押さえながら、何とかベッドを抜け出し、ふらつきながら洗面所に辿り着いた。  
 
蛇口から水をドバドバと流しながら、耐え切れずに何度も嘔吐を繰り返した。数分後、なんとか吐気が治まり顔を上げると、鏡に写った真っ青な自分の顔に気付いた。  
こんなこと、もうずっと無かったのにな…  
朦朧とした意識の中、流れ続ける水を止めることもできず、可符香は鏡に背を向けてその場に崩れ落ちた。  
 
洗面所から居間が見える。テーブルの上に置かれた写真立ての中では、「赤木杏」とその両親が笑っていた。  
…お母さん…お父さん…  
ふっ、と笑みがこぼれた。幼い頃の数少ない両親との楽しい思い出。唯一の両親との写真。「赤木杏」は、先刻の悪夢を払拭してくれるような、とても幸せな顔をしている。  
 
じわり、と可符香の顔が再び歪んだ。何が哀しいのか自分でも分からない。悪夢がただ怖かっただけなのか。一人が寂しいからなのか。それとも…  
絶望した!私は本当に死のうとしていたんです!  
今朝出合った、妙な新任教師への怒りなのか…  
 
…絶望したなんて、軽々しく言わないでよ…  
もはや立ちあがる気力もなく可符香はその虚ろな目で写真立てを見つめ続けていた  
 
 

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