その日、兄の医院を訪れた倫は、扉を開けたとたん目を丸くした。  
 
「何を言われても、私は行かないからな!」  
怒声と共に、荒々しく奥の診療室のドアが開き、  
この上なく不機嫌な顔をした命が白衣の裾を翻して出て来たのだ。  
「こら待て!自分ばっかり逃げやがってこの角眼鏡!」  
「…望坊ちゃま、お言葉が。」  
命の後から出てきたのは、これまた自分の兄である望と執事の時田。  
「…望お兄様?…時田まで…。」  
 
命も望も、医院の玄関に立っている倫に全く気づいていないようだ。  
望が息を切らせながら命に指を突き付けた。  
「今年こそ!兄さんにもあの恐怖体験をしてもらいます!!」  
 
受付の看護師は、既に我関せずを決め込んでているようだ。  
倫はため息をついた。  
「…一体、何の騒ぎ?」  
その言葉に、兄弟がこちらを振り向いた。  
「お兄様方、いい年をして、何を喧嘩してらっしゃるのです?」  
命と望は気まずそうに顔を見合わせた。  
そこに、時田が横から楽しげに口を出した。  
「いえ、今年の見合いの儀は、命様がご参加いただくというお話を。」  
 
倫は驚いた。  
今まで、命が見合いの儀に参加したことなど、聞いたことがない。  
 
と、命が大声で叫んだ。  
「待て、時田、私は参加するとは一言も言ってないぞ!」  
「そうは行きませんよ、命兄さん!いつも私ばかりずるいじゃないですか!」  
「うるさい!私はお前みたいに暇じゃないんだ!」  
「暇ですって!!絶望した!教師の過酷な労働環境を知らない兄さんに  
 心から絶望したーーー!」  
 
倫は、もう一度ため息をついた。  
きっと兄達は、さっきからずっとこんなやり取りを繰り返していたのだろう。  
 
倫は望に向き直った。  
「望お兄様。見合いの儀が嫌なら、  
 ご自分が行かなければいいだけの話じゃありませんか。」  
 
ところが、時田がすかさず口を挟んだ。  
「倫様。お言葉ですが、見合いの儀は糸色家の大事な儀式。  
 糸色家の御方々が誰もご参加されないというのは少し…。」  
 
その言葉に、望が、ぽん、と手を打った。  
「そうか、よく考えたら倫でもいいわけですよね。」  
「な…。」  
倫はあんぐりと口を開けた。  
 
時田も望の隣でうなずいた。  
「倫様のクラスメートの皆様も、今年もまたいらっしゃいますし、  
 ちょうどいいかもしれませんな。」  
「え、私は、今年は出ませんからね!彼女達は呼ばないでくださいよ!」  
 
倫は、自分を差し置いて交わされる会話に抗議しようと口を開いた。  
しかし、バン!という大きな音が響き、そちらを振り向いた。  
 
命が、いつになく険しい顔で壁に手を当てていた。  
「…いい加減にしろ、望。倫はまだ未成年だぞ。」  
「婚姻適齢には達してますよ。」  
望は、怯んだ様子もなく、さらりと答えた。  
「冗談じゃない!倫を参加させるなんて絶対に許さないからな!」  
 
倫は目を丸くして命を見ていた。  
どうして、命はこんなに激昂しているのだろう。  
 
望がわざとらしく時田を振り返った。  
「でも、私も兄さんも行かないとなったら、倫が行くしかないですよねぇ。」  
「そうですなぁ、望坊ちゃま。」  
時田もそらぞらしい顔をしてうなずいた。  
 
望は、勝ち誇ったように命に向き直った。  
「さあ、兄さん、どうしますか?  
 倫を見合いの儀に参加させるか、ご自分が参加するか。」  
お前が行け、と倫は心の中で呟いたが口には出さなかった。  
何故か、命が何と答えるのか、少し聞きたい気がした。  
 
命は悔しそうな顔をしてしばらく望をにらんでいたが、  
とうとう、やけくそのように叫んだ。  
「……分かった…行けばいいんだろう、行けば!!」  
 
手を取り合って喜ぶ望と時田を医院から追い出した後、  
倫と命は、診療室で向かい合ってお茶をすすっていた。  
 
「まったく、あいつはいつまで経っても成長しないな…。」  
湯飲みを片手にぼやく命を見て、倫は、クスリと笑った。  
「望お兄様、ご自分は参加されないようなことおっしゃってたけど、  
 そんなの無理ですわ。クラスの女子達が許しませんもの。」  
「…だったら、私は無駄に参加させられるだけか。」  
命は疲れたように椅子に背を預けて、やれやれとため息をついた。  
 
そんな命を見ながら、倫は、少し申し訳ない気持ちになった。  
命が見合いの儀に参加するのを決めたのは、倫のためだ。  
 
倫は、ふと、先ほどの命の激昂した様子を思い出した。  
昔から、命は、倫には過保護気味であったが、  
だからといって、あんなに感情的になることはなかった。  
何が気に触ったのだろうか…倫が、そんなことをぼんやりと思っていると、  
命が、気がついたように倫に声をかけた。  
 
「倫。お前、今年も見合いの時期に実家に帰ってるのか。」  
「ええ、でも見合いの儀の間は自室に篭ってますから、ご心配なく。」  
糸色家の家族が生活する母屋だけは、見合いの儀の間もオフリミットだった。  
「そうか…分かってると思うけど、くれぐれも外には出ないようにな。」  
あくまでも過保護な兄に、倫は笑うと、冗談めかして言った。  
「分かってますわ。  
 特に今年は、外に出たりしてお兄様と目が合ってしまったら、大変。」  
 
ガチャン!  
 
倫は驚いて目を見張った。  
命は、空っぽの手を宙に浮かせたまま固まっていた。  
命の手から落ちた湯飲みが、床で二つに割れている。  
 
「…お兄様?大丈夫ですか?」  
「あ、ああ…すまない、ちょっとぼんやりしていた。」  
命はあたふたと立ち上がり、診療室から出て行った。  
外から「ええー、割っちゃったんですか、あの湯のみ。」という  
看護師の声が聞こえてくる。  
 
―――お兄様?  
倫は、いつにない命の不自然な態度に、眉根を寄せた。  
 
 
見合いの儀当日。  
先に実家に帰っていた倫は、母屋に命の姿を見つけて声をかけた。  
「お兄様、お疲れ様です。」  
「ああ、倫。中庭に軽食が用意されているようだよ。行かないか?」  
「あら、いいですわね。」  
2人は連れ立って中庭に向かった。  
 
中庭では、ちょっとした立食パーティが催されていた。  
大勢の人で賑わっている中、望がクラスメート達に囲まれているのが見えた。  
「やっぱり参加してるじゃないか、あの馬鹿。」  
「相変わらず、大人気ですわね、望お兄様。」  
「遊ばれてるだけだろう、あれは。」  
2人で望の様子を遠くから眺めていると、髪留めをした少女が振り向いた。  
 
「あれぇ、今年は絶命先生も参加ですか。」  
「くっつけて言うな!!」  
命の叫び声に、望が、気がついたように振り返った。  
 
「来ましたね、兄さん…覚悟しておいた方がいいですよ。」  
「お前こそ、人のことより、自分の心配をしたらどうだ。」  
命は、今から望の視線を受け止めようと目を皿のようにしている  
女生徒達を見回して、肩をすくめた。  
 
倫は、そんな兄弟のやり取りを少し離れたところから見ていたが  
そこに、可符香がそっと身を寄せてきた。  
「倫ちゃん、命先生に気をつけるよう言ってくださいね。  
お見合いの儀には、妖怪百目小僧さんも参加されていますから。」  
「は…?…ようかい…?」  
倫は面食らった。  
 
可符香は、倫の表情を気にかける様子もなく、頷いた。  
「はい。昨年は、見ないプロの先生でも、目を合わせちゃいましたから。」  
「…だったら、お兄様は今頃、妖怪と結婚してるはずではないか?」  
不審気に言い返す倫に、可符香は、んー、と口を指に当てた。  
「そうなんだけど、先生が気絶しちゃったから。  
 そうか、でも、だったらもしかして、あの妖怪さんは、  
 今でも先生のこと探してるかもですね!」  
可符香はそう言うと、「それじゃっ。」と手を振って離れて行った。  
 
「妖怪って…何だそれは…。」  
1人残された倫は、我に返ると、馬鹿馬鹿しいと首を振った。  
 
 
夜も更けて、糸色家の旧領地内のあちこちに、かがり火が焚かれ始めた。  
糸色の屋敷は高台にあるため、その光景が一望できた。  
 
―――大丈夫、まだ開始までには時間がある。  
倫は、母屋と他の棟をつなぐ渡り廊下に立って眼下の街を眺めていた。  
と、後ろから命の声がした。  
「倫、何をしてるんだ。そろそろ儀式が始まる時間だよ。  
 こんなところにぼんやりと立っていると危ない。」  
 
「でも、お兄様、ほら見て。とてもきれい。」  
倫は振り向くと、揺らめく光の群れを指差した。  
命は、倫の横に来ると、倫の指差す方向に目をやった。  
「確かに、くだらない儀式でも、これだけは一見の価値はあるな…。」  
 
2人はしばらく黙ったまま、並んで、幻想的な風景を眺めていた。  
倫は、何となく寛いだ気分で、命の顔を見上げたが、  
そこで目にしたものに、眉をひそめた。  
 
母屋の庭にも、かがり火が焚かれている。  
命の顔に、その炎が揺らめく影を作っていた。  
しかし、炎に照らされた命の表情はどこか苦しげで、  
思いつめたような瞳をしていた。  
 
「…お兄様…?」  
 
命は、倫のその声に、はっとしたように身じろぎをした。  
そして、次の瞬間、慌てたように倫から目を逸らすと、  
取り繕ったような、明るい声を上げた。  
「そ、そろそろ、自室に戻ったほうがいいな、倫。」  
 
倫は困惑したように、命の横顔を見つめていた。  
この間の診療室でのことといい、最近の命はどうもおかしかった。  
何か悩んでいることでもあるのだろうか。  
 
倫が命に声をかけようとした、そのとき。  
ざわついていた外の空気が、急に静まったかと思うと、  
夜のしじまを、銅鑼が鳴る音が響き渡った。  
 
命が顔を上げて舌打ちをした。  
「…しまった…始まったか!」  
倫も焦った。  
いつの間にそんなに時間が経っていたのだろう。  
ここから母屋までは、けっこうな距離があった。  
―――どうしよう。  
 
と、命が倫から顔を背けたまま、倫の手を握った。  
「ついて来い!絶対に顔は上げるなよ!」  
そういって、倫の手を引き、走り出した。  
 
倫は、誰とも目を合わせないよううつむきながら、  
命に手を引かれ、長い渡り廊下を必死に走った。  
 
どこからか雄叫びとも悲鳴ともつかない喚声が聞こえ、  
思わず倫は身を竦めた。  
と、命の、倫の手を握る手に力がこもったのを感じた。  
 
―――お兄様。  
倫も、命の、細い骨ばった手を強く握り返した。  
そう、この手に従ってさえいれば、大丈夫。  
 
いつだって、そうだった。  
命は、どんなときも倫を守ってくれていた。  
 
だからこそ、命に何か辛いことがあるのなら、  
自分も、命の力になりたいと思うのに―――。  
 
しかし、命は、倫に対して、いつも年長者であり「兄」であった。  
いつも倫のことを優しく包み込んではくれるが、  
望のように、腹を割った付き合いはしてくれなかった。  
 
結局、自分は、命にとって一人前として扱ってもらえてないのではないか。  
倫は、走りながら、唇を噛み締めていた。  
 
「ふう…何とか、誰にも会わずに済んだな。」  
2人が辿り着いたのは、以前、望が自室として使っていた  
廊下の突き当たりの離れだった。  
 
命は襖を開けると、倫の背を押した。  
「倫、お前は見合いの儀が終わるまで、明かりを消してここにいなさい。」  
「え…お兄様は…?」  
倫は驚いて尋ねた。  
命は、少しためらった後、答えた。  
「私は、すぐ外の廊下にいるから…何かあったら、呼びなさい。」  
「そんな、一人なんて嫌です!」  
こんな暗い部屋に一晩中1人なんて、余りぞっとしない。  
命が、天井を見ながら強い口調で首を振った。  
「ダメだ。」  
そして、小さい声で、付け加えた。  
「…万が一、と言うこともあるじゃないか。」  
「…。」  
 
「万が一」というのは、何を指しているのだろか。  
2人の目が合ってしまうことを言っているのか、それとも…。  
しかし、命の横顔は、それ以上の質問も反論も許さない、と語っていた。  
「…分かりました、お兄様。」  
倫は、ふい、と顔をそらせると、1人離れに入って行った。  
 
 
倫は、豆電球だけをつけると、畳の上に正座した。  
遠くで怒号や悲鳴、そして見合い成立を示す鐘の音が聞こえる。  
 
―――命お兄様、いったい、どうなさったのだろう…。  
 
命が、何か悩んでいるようなのは、見て取れた。  
しかし、それを尋ねても答えは得られないことも分かっていた。  
命は、いつも、その心を倫に見せてくれない。  
 
さきほど、かがり火を見つめながら命が何を考えていたのか、  
それが分からないことが、腹立たしかった。  
それを知ることが、自分にとっても何故か非常に重要に思えた。  
 
「心をのぞければいいのに…。」暗闇で、倫はぽつりと呟いた。  
倫の呟きは、そのまま天井に吸い込まれていった。  
 
 
その後、倫は、しばらくうとうとしていたらしい。  
ふと肌寒さを感じ、相変わらずの薄明かりの中で目を覚ました。  
 
時計を見ると、午前3時をだいぶ回ったところだった。  
あと1時間もすれば夜が明ける。  
 
外にいる、と言っていた命はどうしているだろう。  
倫は、襖ににじり寄ると、細く開けた隙間からそっと外を覗いた。  
 
離れに続く廊下の先に、ぼんやりとした人影が見えた。  
命は、薄暗い廊下の壁に背を預け、通路を塞ぐようにして座っていた。  
 
蔵井沢の高地にあるこの屋敷は、夏でもかなり涼しい。  
夜明け前の最も寒いこの時間、廊下に座っているのは辛いだろう。  
倫は、命の口から白い息が吐き出されるのを見て、  
命に部屋に入るよう声をかけようと口を開いたが、  
危ういところで、それを押しとどめた。  
 
どうせ、命は断ってくるだろう。  
どうしても取り去ることのできない、自分と命との間に張られた薄い帳。  
倫は、小さくため息をつくと襖を閉めた。  
 
外は、すっかり静かになっているようだ。  
皆、さすがに疲れてきているのだろうか。  
 
古びた置き時計の針の音が、やけに大きく響く。  
急に、孤独感が倫を包み込んだ。  
 
そのとき。  
 
―――ざわり  
部屋の後ろで何かが蠢くようなかすかな物音がした。  
 
「!?」  
倫は、後ろを振り返ったが、何もいなかった。  
いや、正確には何も見えなかった…しかし、何かが、そこにいた。  
 
今、物音がした部屋の隅の方に、  
何か得体の知れない、禍々しいモノがうずくまっているような気配があった。  
 
倫の背中に、冷たい汗が伝った。  
―――気のせい、気のせいだ…。  
必死に自分をなだめたが、気がつくと両腕に鳥肌が立っていた。  
 
ふと、先ほどの可符香の言葉が脳裏によみがえった。  
―――妖怪さんは、今でも先生のことを探して…。  
 
倫は、ここが以前、望の部屋だったことを思い出し、首を振った。  
「馬鹿馬鹿しい、妖怪なんているわけない…。」  
しかし、その呟きは弱々しく、途中で消えていった。  
 
―――怖い…。  
倫は、部屋の隅から目を背け、両手で自分を抱きすくめた。  
自分は、気丈だと思っていたのに。  
良く見知っているこの部屋で、一体何を怯えているのか。  
 
ふいに、豆電球が瞬いたかと思うと、ふっと消えた。  
―――何!?  
辺りが、完全な暗闇に包まれた。  
 
「ひっ。」  
倫は、部屋の隅に目をやって小さく悲鳴を上げた。  
 
暗闇の中で、部屋の隅がぼうっと光り始めたのだ。  
もう、気のせいなんかではなかった。  
 
暗緑色のその光は、ぞろりぞろりと、こちらに向かって来ていた。  
まるで、触手を伸ばして何かを探すように…。  
 
―――ヨメ・・・イナイ・・ドコ?  
 
すすり泣くような声が聞こえた。  
淀んだドブような、生臭い臭気が、その暗緑色から漂ってくる。  
その表面全体に何か、丸い、眼球のようなものが浮かび上がってきていた。  
 
「い…いやぁっ!」  
倫は叫ぶと、ふすまを開けて廊下に転がり出た。  
 
倫を見て、命が驚いたように身を起こした。  
 
「どうした!」  
命が、慌てたように駆け寄ってくる。  
「お兄様!何か変なものが!」  
倫は、命に必死で命にしがみついた。  
 
「…っ!」  
命は、倫にしがみつかれた瞬間、びくっと体を震わせると、  
倫の肩を持って倫を引き剥がそうとするような仕草をした。  
しかし、途中でその手の動きが止まった。  
 
命が息を飲む音が聞こえ、倫は後ろを振り向いた。  
襖の隙間から、暗緑色の物体がぞろり、と姿を現した。  
倫は、はっとして叫んだ。  
「お兄様!百目小僧です!目を合わせては駄目!!」  
 
百目小僧はこちらに向かってきているようだ。  
―――ヨメ・・・ワガヨメ・・・ニゲルナ・・・。  
 
「―――ふざけるな!この子はお前の嫁じゃないぞ!」  
命が、顔を逸らせながらも、怒鳴り返した。  
 
―――ウウウ…ウォォオ…!!  
妖怪が唸り声を上げた。  
 
その声に含まれた悪意に満ちた怒りに、倫は思わず身をすくめた。  
「っ!」  
命が、百目小僧に背を向け、かばうように倫を抱きしめた。  
―――お兄様…!  
 
伸ばされる触手を振り払って、命が再び叫んだ。  
「やめろ!倫は、絶対にお前なんかに渡さない!!」  
命の声に含まれた切実な響きに、倫は、思わず命の顔を見上げた。  
 
―――あ…。  
 
倫は、命の顔を見て、悟った。  
兄が、今まで、何に悩んでいたのかを。  
 
いつも、倫には穏やかに微笑んで、心が見えなかった命の表情。  
今、そこには、命の心中の想いがはっきりと表れていた。  
 
倫は、兄の顔を見上げたまま呟いた。  
「お兄、さま…。」  
その声に、命が、倫を見下ろした。  
 
 
―――2人の目が、合った。  
 
 
次の瞬間。  
まばゆい明かりが辺りを照らした。  
百目小僧が、うめき声を上げて縮こまる。  
 
「見合い、成・立〜!!」  
鐘の音と共に、あちこちから、わさわさと黒子が現れた。  
「いやー、命坊ちゃま、意外と大胆なことをなさいますな。」  
「まさかに、お相手が、倫様とは。」  
「もう間もなく夜明けでございます。ぎりぎりでしたな。」  
 
「…え。」  
倫と命が呆然としていると、しばらくして、複数の足音が聞こえてきた。  
 
「兄さん!倫!あなた方、兄妹で何をやってるんですか〜!!」  
「…望。」  
「望お兄様」  
望が、複数の女生徒達を後ろにくっつけながら、走ってきた。  
 
命が、はっと気を取り直したように後ろを振り返った。  
「い、いや、そんな場合じゃない、あの化け物が…。」  
そのとき、縮こまっていた百目小僧が望の姿を見て、伸び上がった。  
 
―――ヨメェェェッ!!!  
 
「いやぁぁぁぁぁぁあ!!」  
望は、自分に向かってくる百目小僧を見て、叫び声を上げたが、  
すかさず、望の後ろの千里がスコップを振り上げた。  
「先生に何するのよ、この妖怪!!」  
同時に包丁やら包帯やらも飛んできて、百目小僧は逃げ出した。  
 
「…。」  
2年へ組の女生徒達の圧倒的な強さに、命と倫は、再び目を見合わせた。  
 
 
「兄さん、見損ないましたよ!まさか実の妹に手を出すなんて!!」  
すっかり明るくなった離れで、望が、命に向かって指を突き付けていた。  
 
「だから…あれは事故だ…。」  
命は、さきほどから頭を抱えて、呻くように呟いていたが、  
とうとう、望の追及にたまりかねたように、ガバッと顔を上げた。  
「大体な、望、お前が悪いんだぞ!!  
 お前が、あの化け物とのことをうやむやに放っておくから…!」  
「何ですって、じゃあ、兄さんは私に百目小僧の嫁になれとでも!?  
 絶望した!自分の弟を妖怪と娶わせようとする薄情な兄に絶望した!!」  
 
相変わらずの口喧嘩をしている命と望を見ながら、倫は思い出していた。  
 
自分を抱きしめる命の腕の感触。  
さきほどの、命の表情…。  
 
命の顔を見る。  
命は、先ほどから倫と目をあわせようとしなかったが、  
しかし、少し頬に血を上らせた命が、今何を考えているのか、  
今では、倫にははっきりと分かる。  
 
悪くない。  
―――全然、悪くない。  
 
「だいたい、兄妹で見合い成立させてどうするんですか!?  
 籍も入れられないって言うのに!!」  
「だから、あれは、事故だって言ってるだろうがぁぁぁぁあ!!」  
倫は怒鳴りあっている兄達に歩み寄った。  
 
「いいじゃありませんか、命お兄様、籍なんてどうでも。」  
「「…は?」」  
 
命と望が、あっけにとられた顔で倫を振り返った。  
 
「入籍なんて、形だけのものですわ。  
 それにどのみち、私とお兄様は同じ戸籍に入ってるじゃありませんの。」  
そう言うと、倫は命の頬に軽く口付けた。  
 
「な…っ!な、な、な…。」  
目を丸くして頬を押さえた命の顔が、見る見るうちに真っ赤になる。  
「倫!?あなた、何を考えてるんですか!?」  
望の悲鳴が聞こえてくるが、倫は意に介さなかった。  
 
そう、形などなくてもいい、姿なくてもいい。  
見えないから真実、ということもあるのだ。  
 
この世は万華鏡のようなものだから、愛の形も、また様々。  
きっと、私達は私達なりの愛の花を咲かせることができるはず。  
 
倫は、そう心で呟くと、にっこりと微笑んだ。  
 
 
 

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