(カンシャゴウトウ)  
ずっとその言葉が頭の中でリフレインしている。  
家に帰ってから、二階の自分の部屋で、敷きっぱなしになっていたマットレス  
の上でごろごろしながらずっと考え続けていた。  
(そんなに押し付けがましかったのかなあ)  
せっかく頑張って作ったクッキーだったのに…先生の「美味しい」の一言が聞  
きたかっただけなのに…。  
 
両親は出かけていて、家の中は私だけだ。日曜の午後、雨の音だけが聞こえて  
いる。  
(先生、そんなに嫌だったのかな…)  
家に帰って考えてみると、さすがに子供っぽい反応だったのかもしれないと  
思う。でもあの場では本当に悲しくなったのだ。自分でもびっくりするほど。  
今思えば、クラスのみんなもいる前で、あんな反応をしてしまったのは恥ず  
かしかった。  
明日は月曜だ。学校に行くことを考えるととても億劫な気持ちになる。何か急  
に昔の自分に戻ってしまったような気がした。  
(学校行きたくないなあ…)  
 
考えてみると、あれだけひどい登校拒否状態があっさり直ってしまっているの  
が不思議な気がした。  
(なんで学校に通い出したのかしらね?)  
自問してみるまでもなく、答はわかっていた。  
糸色先生のクラスが楽しいからだ。先生やみんなに会うのが楽しいからだ。  
1年の時はそうじゃなかった。なんとか我慢して進級はしたものの、2年になっ  
てしばらく学校へ行く気にならなかったのは、そのクラスでの時間がとても  
辛かったからだと思う。  
(糸式先生はひどいことも言うけど、こっちも言い返すことができてなんか友達  
みたいな気持ちでいたのかもね)  
クッキーをあげたときの反応を思い出すと悲しくなる。  
(でもしょうがないことなのかも)  
先生は先生で友達じゃないし、私が変に仲が良いと思い込んでいただけなんだろう。  
 
外もだいぶ暗くなってきた。  
知らないうちにちょっと涙ぐみ、悲しいはずなのにいつの間にかうつらうつらして  
しまう。  
 
そのとき玄関の呼び鈴が鳴った。なんだろう? 日曜なのに宅配便かな?  
しばらく考え、しぶしぶ起き上がって応対にでる。  
「今行きまーす」階段のところで大声をあげ、玄関へ向かった。  
 
引き戸を開けると、そこには糸色先生が立っていた。  
「先生…」  
「日塔さん、これ忘れていきましたよね」  
そういうと先生は傘を差し出した。  
「これ…」そうだった。感謝強盗の言葉にショックを受けて、傘を放り出して  
雨の中、家まで走って帰ってきていたのだ。  
「持ってきてくれたんですが」  
「ええ、日塔さん、急に走り出したので、先生びっくりしましたよ」  
「だって」  
「先生、ひどいこと言いましたかねえ」  
「十分にひどいです」さっきまでの考えはどこかに消し飛んで、急に拗ねて  
みたくなった。  
 
「まあ、先生時々辛辣になってしまうというか、教育者ですから厳し  
いことも言わなきゃならないわけで」  
「感謝強盗って言ったこと全然反省していませんね!」  
「えー、まあ、あと日塔さんがちゃんと学校へ来てくれないと先生また不利な  
立場に陥ってしまいますし。」  
またそうやって関係ないことを言ってはぐらかす…。  
「結局自分の保身ですか!?」  
「厳しいですね、ずいぶん」  
「厳しいですよ!」  
そういって、台所に行き、包んであったクッキーを持ってきて、先生に強引に  
手渡す。  
 
「美味しいクッキーなんで、交君にも上げてください。月曜にどうだったか  
感想聞きますからね」  
「日塔さんも意外に頑固なところありますね」クッキーを受け取り、先生は  
笑った。  
私も釣られて笑いながら、声の調子は努めて厳しく言った。  
「いくらでも感謝要求しますよ。私感謝強盗ですからね」  
「わかりました、わかりました」  
先生は声を出して笑った。  
「日塔さんが学校来ないと先生楽しくないですからね」  
 
先生が帰ったあと、明日のことを考えてみた。  
(学校行くの楽しいんだもん)  
自分でも良くわからないけど、自分を変える必要なんかないんだろうと思う。  
少なくとも今のところは。  
(先生は先生だもんね、私も私よ)  
 
今日は親が帰ってくる前に、自分で夕飯の支度でもしてみようか。そう考えて  
クッキーの匂いが残る台所へ戻った。  
 
おしまい  
 
 

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