その日、先生の頭の上には小さな加賀愛が乗っかっていた。
「すいません、私なんかが小さくなってしまって」
今朝、目覚めると愛はちんまりとしていた。どこかのアニメのおまけみたいな、小さな身体に。
それで仕方なく、先生に元に戻るまで付き添ってもらうことになった。
愛は先生に迷惑が掛かるといって嫌がったものの、かといって休んでも迷惑の掛かるため、遠慮がちに頭に乗っかっていた。
「ところで加賀さん、頭の上で何か食べてもいいんですよ。メロンパンとか、チョココロネとか」
「いえ、そんな失礼な真似、わたしにはできません。それにそんな小さなメロンパンはないと思います」
「それもそうですね」
他愛ない会話を交わしつつ、愛を乗せた先生は通学路を歩む。そのあとを追うように当然、まといもついてきていた。
「わたしも小さくなったら、先生の頭に乗っけてもらえるのでしょうか」
まといはうらやましそうに、愛のことを見つめた。
「ひっ! 」
「ん、どうしました加賀さん」
望が気づいたときには、愛の姿は見当たらない。
と、望の背後から聞き覚えのある心弱い声がする。
「すみません、私なんかが小さくなってすみません! すみません、すみません! 」
ダンボールの積み上げられた上に立って、愛はひたすら頭を下げ、まといに謝罪していた。
加害妄想だ。
うらやみの念を、うらみの念と取り違えて、むやみやたらに愛は謝っているわけだ。当然、被害者意識のないまといは戸惑うしかない。
「そ、そんなありませんよ」
「いいえ、わたしがちっちゃいのがいけないんです! すみません、すみません」
「は、はぁ」
と、そこにメルが現れる。めるめるめるめる、何やら望の携帯宛てにメールを打ち始めた。
『小さくて何が悪い! 』
「被害妄想ですよ、それは! 」
『小さくてもな、小さくてもな…! うわーん』
てふてふてふ、メルはどこかへと泣いて去っていった。
「なんだったんですかね、あの子」
「わたしの小さいせいでまた一人、傷つけてしまいました……」
「ああ、加賀さんお気になさらず! 小さくても役立てば、きっと皆さん喜んでくれますよ」
「役立つ? 」
と、そこにカエレが現れる。自販機の下を覗いては、なにか探してるようだ。苛々して。
「この国の自販機おかしいよ! 下の隙間に手が入らないなんて! 500円も落としたのに! 」
「ああ、500円は痛いですね。それは必死になっても仕方ありません」
「はっ! 」
ここは自分の役立つべきところ。そう気づき、愛は自販機の下までてこてこと歩いていった。
「なあに、あなた? もしかして加賀さん? 」
「は、はい。今から取りに行くので、待っていてください」
「そ、そう」
薄暗い闇のなかに、そっと、愛は頭を低くして入っていく。
それを見守るように、しかし腑に落ちなくて、カエレは小声で先生に訴える。
「なんで小さいの? 」
「さあ。朝起きたら、小さくなっていたらしいですよ」
「ふうん。わたしの国ではカニを食べ過ぎると呪われて小さくなってしまう、という言い伝えがあるんですけど、まさかね」
「だからどこの国の帰国子女なんですか、あなたは」
そんなこんなどうでもいいやりとりをしているうちに、500円を抱えて愛は這い出してきた。
「ありがと、小さな妖精さん」
「いえ、それより…」
血相を変えて、愛は叫んだ。
「先生、奥に爆弾がっ! 」
「んなっ! なんたる超展開! 」
と、そこに三珠とマ次郎が現れる。二人とも、手に何かスイッチのようなものを持っているようであった。
そんなことを気にかける余裕もなく、全員パニックに陥っていた。
「ど、どうしましょう先生! 」
「ま、まずは離れましょう! 」
「ああ、わたしが小さくなったばっかりに…」
と、そこに千里と藤吉が現れる。
「きっちり導線を切ればいいのよ。こういう場合、赤と青の線があるでしょう」
「赤×青か、青×赤か、それが問題よねー」
「で、では、わたしが切ってきますね……」
「じゃあ、これをもっていくといいわ。赤は動脈、青は静脈だから赤を切ればいいのよ、わかった? 」
恐る恐る、また薄暗い隙間に潜り込もうとする愛に、千里がカッターを渡してくれた。
カッターを背負い、小さな愛は爆弾のところまでたどり着く。
そこには二本の、赤と白の導火線があった。
「先生、赤と白です! 」
「紅白歌合戦ですか! 」
「じゃあ、今年も白組が勝ったので、きっと白ですね」
「もう爆発オチは飽きられてるゾ」
と、そこに風浦可符香とマ太郎が現れる。
「何しに来たんですか? 」
「見物に」
愛はカッターの刃を出して、慎重に、白い導火線に宛がった。
――この白い線を切れば、助かる。
――白い線は、白組。常勝の白組。白組を、切る。
――わたしのせいで白組が、負ける。
「先生、わたしにはできません! すみません! 」
そして愛は赤い線を切った。
――こうして人類は滅亡した。少女のやさしさと加害妄想のせいで。
「やっぱり爆発オチかよ」
――完――。
おまけ 小森の霧たん
朝起きると、小森霧は小さくなっていた。
しかしひきこもりなので、誰とも会わずに一日が過ぎた。翌朝、元に戻っていた。
先生の頭に乗ってみたかったな、と少しだけ後悔した。完。