しとしとと雨が降っていた。
とうに下校時間は過ぎていて、放課後の校舎にはもう生徒の姿はなかった。
例外として極一部、家に帰りもしない生徒が、学校のどこかに居たのだろう。
そして私もまた、例外的にまだ校内に残っていた。
場所は宿直室。
私のクラスの担任教師、糸色望先生が住んでいる部屋だ。
カリカリと二つのペンが走る音。
一つは私の、もう一つは先生の。
その日、私は先生に溜まった仕事をするのを手伝って欲しい、と頼まれた。
お願いします、と渡された仕事は、終わったと思えばまた追加され追加され、
気付けばずいぶんと時間が過ぎていた。
「ふぅ…先生、まだあるんですか?」
「かなり進みましたよ」
「つまり、まだあるんですね」
「う…まあ、それで終わりにしましょう。残りは一人でやれます」
「それ以前にですね、生徒にテストの採点やらせるってのはどうかと思います」
「木津さんなら、ちゃんとしてくれるでしょ………暴走してなかったら」
「…まったく」
小さくため息をついた。
自分の仕事なのに、生徒を頼りにするなんて…
でも、同時に少し嬉しくもあった。好きな人に頼られるのは、やっぱり嬉しい。
「言わないでくださいよ。私が木津さんにテストの採点頼んだ、だなんて」
「言いませんよ」
「保護者宛のプリント書いてもらったこととかも…」
「だから、言いませんってば」
くだらない事を心配する先生がおかしくて、つい頬が緩んでしまった。
まったく、仕方がない人だ。
あまりに仕方なさ過ぎて、ついつい刺したり、埋めたりしてしまうことすらある。
だけどそんな先生が好きな自分も、結構仕方ない人間かもしれない。
「ふふ…でも、先生も大人なんですから、もうちょっとしっかりしてくださいよ」
「あー言いますかそれを…今回に関してはですね、あなたにココ数日連続で埋められたからですよ」
「え?」
「おかげで時間取られて、仕事が溜まっちゃったんです」
ぷい、と子供が拗ねるように先生はあさっての方を向いた。
「う…それは先生が………すいません…」
先生が、ふふんと鼻を鳴らして勝ち誇った顔で私を見た。
「しかし、さすが木津さんが手伝ってくれるとはかどりますね、また頼んでいいですか?」
「またそんな事言って……でも、先生がそう言うんでしたら…またお手伝いします」
「先生、終わりました」
「ん、ありがとうございます、助かりました」
先生は渡したテスト用紙の束を整えて、鞄の中へしまった。
「ああ、お礼といっちゃなんですが…確かクッキーがあったんで、食べていきませんか?」
「いいんですか?」
「私も休憩するつもりでしたんで」
「じゃあ、お言葉に甘えて頂きます」
「うん。じゃ、持ってきますね」
そう言って先生は戸棚の方へと歩いて行った。
「んー?どこ置いたんでしたっけ?」
ガタガタと戸棚を探る先生。どうやらクッキーを置いた場所を忘れてしまったらしい。
「交に見つからないように隠したのが裏目に…あ、木津さん、飲み物用意しといてくれますか?」
「わかりました」
先生に言われて、コップを二つ、そして冷蔵庫からジュースの入ったポットを一つ取ってくる。
それらをちゃぶ台の上に置いて飲み物の用意はできたが、先生の方はまだクッキーを探していた。
ジュースを飲みながら先生を待つ。
甘酸っぱい味が口に広がって、渇いた喉が潤っていった。
そうして、くぴくぴとジュースを飲んでいる所に、先生が戻ってきた。
「ありましたよー、そうそう押入れの…あ…」
「どうしました?」
「あの…それ、自家製の梅酒…」
目が覚めたとき、私は布団の中に居た。
辺りを見回すと、すぐ隣に先生の背中があった。
先生はちゃぶ台の前に座って、何かを書いていた。たぶん、残りの仕事を片付けているのだろう。
私は、もそもそと布団から這い出て先生の横に座った。
「木津さん、起きたんですか」
「…私……寝ちゃったんですか?」
「ええ、お酒弱いですね、あなた」
「すいません…」
「いえ、私の不注意ですし…大丈夫ですか?」
「ちょっと…頭痛い…」
「水、持ってきます」
コップ1杯の水を持って、すぐに先生は戻ってきた。
ぐでんとちゃぶ台にもたれかかった私の上半身を先生が起こす。
そのまま今度は後ろに倒れそうになった私を、先生はその胸で受け止めてくれた。
「ほら、飲んで」
「ん…」
後ろから抱かれるような形で、私は先生に支えられて水を飲ませてもらう。
「…っぷぁ」
水を飲み干した私は、そのままふらふらと崩れるように先生の胸に顔を埋めて、また意識を失った。
「…ん……?」
雨音が聞こえた。
眠っている間に降りだしたのだろう。
また眠っちゃったのか、と目を瞑ったまま思う。
しかし、自分が眠っている場所は、さっきの布団の感触とは明らかに違っていた。
なんだろう、と目を開けてみると、見回すまでもなく自分がどこで寝ていたのかがわかった。
「あ、起きました?」
先生の胸に抱かれて寝ていたのだ。
「……先生?」
「布団で眠らせてあげようと思ったんですけどね、あなた離してくれなくて…」
その代わりか、毛布が私の上にかけられていた。
私の腕は先生の腰に回されていて、その手は強く先生の服を掴んでいた。
ちらちらと辺りを見回す。外はもう暗くなっていた。
「藤吉さんにお願いして、一緒に遊んでるから遅くなる、って伝えてもらいましたんで…
親御さんに、お酒飲ませちゃって起きない、なんて言えませんから…」
そんなことを言っている先生の顔を、まだ少しぼやっとした視界で見る。
先生の様子は、ちょっとだけ照れている様にも見えた。
視線を落とすと、当然のことだがそこには先生の体がある。
ぼけた頭が回り出して、少し恥ずかしくなった。
先生に抱かれて眠っていたんだ、と。
そのことを思うと、少し幸福な気持ちになる。
でも、それだけだ。それ以上に寂しくもなる。
冷静になって思い返してみれば、全ての始まりであった先生との保健室の一件も、それだけ…なのだろう。
それでも、すがってしまう。
私の先生への想いは日ごとにつもり、先生を追いかける子は増えていく。
そんな状況で、先生との間に何もなかったなんて認めるのは辛かった。
だから、先生に振り向いてもらおうと、いつだって本気でアタックをかけていった。
責任を取ってください、と結婚を申し入れた。
バレンタインには、これ以上ないってくらいにハートを込めたチョコレートを送った。
でも、いつだって先生には、はぐらかされる、逃げられる。
そのくせ、不意に期待させるような態度を取るのだ…
「木津さん…?」
「へ?」
先生に声をかけられて、顔を上げる。
私と目が合った先生は、ついと視線をずらした。
「……あの、駄目ですよ。酔ってるからって、そんな無防備に男に抱きついたりしちゃ」
言われて、考えているうちについ先生の体に回した腕に力が入ってしまっていた事に気付く。
「危ないです。女の子なんですから、あんまりそういうことは…気を持たせちゃいますよ…」
私は、先生の発言にあきれて、ふうとため息をついた。
それを、あなたが言うんですか?
別に怒ったわけではないけれど、そんな先生になんだか反抗したくなってしまった。
だから、忠告に逆らってぎゅうっと強く抱きついて、先生に身を寄せた。
「っ…だから…」
「……いいんですよ、問題なんてありません」
だいぶ意識は、はっきりしていた。
でも、それでも少し寝ぼけていたのだろう、少し酔っていたのだろう。
「だって、私…先生の事大好きですから…」
普段の私なら、そんな風には言わないだろう。
「なにをわけのわからないことを…」
いつものように、そう言われると思っていた。
だけど、先生は黙ったままだ。何も言わない。
どうしたんだろう、と顔を上げて見ると先生は片手で赤くなった顔を覆っていた。
「んな…なんですか、その反応は?」
「いや、その、だって…不意打ちで……あなたからそんなまともなアプローチ受けるなんて…」
「まともな?」
「いつもはもっと……ああもう!酔ってるんでしょ?水持ってきますからもう少し寝てなさい」
先生は照れていた。照れに照れて、明らかに狼狽していた。
そして、その照れは私にも伝染した。
先生に意識されている。先生に好意を持つ女の子として、意識されている。
先生が少し自分に近づいてくれたような気がして、嬉しくなった。
だが、同時に頭の中を回り巡る、期待感、不安感。目を合わせる事もできはしない。
あまりに不安定だった。こんな状態、私には耐えられそうもなかった。
先生が、水を取って来るために立ち上がろうとした。
きっと、先生もその空気に耐えられなかったのだろう。
そう、そこは私と同じだ。だけど、私の取った選択は先生のそれとはまったく逆だった。
私は、立ち上がろうとする先生にしがみついた。
それまでの無意識や、なんとなく、ではなくしっかりと意思をもって抱きついた。
「いやです。離れないで…」
「え?えええ?」
「酔ってます…ちょっとだけ……でも、本心です。先生が…大好き…です」
「あ、ああ。はい…その…」
ばくばくと鳴り響く心臓の音がひどくうるさかった。
私の言葉など、その音に掻き消されてしまったのではないかと心配になるほどに。
顔を上げて先生と目を合わせる、ただそれだけの動作なのにひどく体力を消耗してしまった。
先生の顔は真っ赤だった。でもきっと、それ以上に私の顔は赤かったんだろう。
もう、何も言うことはなかった。思いつかなかった。
私は、先生から体を離した。そして、先生の目を一度じっと見つめて、目を瞑った。
「っ…木津さん……それは…」
そう言ったきり、先生は黙ってしまった。
私はぎゅっと目を瞑って、先生の返事を待った。
何も見えない、何も聞こえない、触れるのは畳と毛布の感触だけ。
その時間はとてもとても長く感じた。
不安に押しつぶされてしまいそうで、つい下がってしまいそうになる頭を必死に抑える。
緊張が限界近くまで高まって、ともすれば泣き出してしまいそうな程になっていた所に、
先生の手が私の頬にそっと触れて、私は先生にキスをされた。
そっと目を開けると、すぐ前に先生の顔があった。
先生の顔は、目を瞑る前に見たときほどではなかったが、まだ赤かった。
「ええーっと…よかったんですよね…?」
落ち着かない様子で尋ねる先生に、こくこくと首を縦に振った。
私の方からもキスがしたい、そう思って先生に近づいて、先生の服を掴んだ。
でも、勇気が足りず、そこで止まってしまう。
そんな私の肩を、先生は優しく抱きしめて、頬にちゅっと軽いキスをしてくれた。
先生に勇気をもらった私が、一瞬触れるだけのキスをすると、先生はまたキスを返してくれた。
「…はぁ」
触れ合った唇の感触が気持ち良くて、先生の胸に抱きつきながら思わずため息をもらした。
少し落ち着いた私は、ふと先生の顔を見る。
先生は、なんだかそわそわして落ち着かない。
これはもしかして…
「あの、あの…先生……他にも色々してくれて…いいん…ですよ?」
「ん、じゃあ…脱いでもらったり…とか…いいんですか?」
言ってくれればいいのに…と思いながら、私は頷いた。
パンツだけを残して服を脱いだ私は、布団の上に座った。
ガチガチに緊張して、強張った体は身動き一つ取れない。
そしてなぜか、先生も動かなかった。
どうすればいいかなんて私にはわからないんだから、リードして欲しいのに…
そんな先生の態度は私を不安にさせた。
この体、この小さな胸、やっぱり女性としての魅力に欠けているのだろうか、と。
「…貧相な体で、がっかりさせちゃいましたか…?」
「えっ!?いや、いやいやそうじゃなくて、その…あんまり綺麗なもので…
触ったら壊れちゃうんじゃないかと……ゴホン…いいですか、触っちゃって?」
「…はい、もちろんです」
「ひぁ…」
「だ、大丈夫ですか?」
「…続けてください」
先生に、胸に触れられただけで声をあげてしまった。
それだけでも気持ち良かったというのに、さらに先生に胸をもにゅもにゅと揉まれてしまう。
「はぁ…ん……やぁ」
「木津さん、かわいい」
胸を揉まれながら、先生にちゅっちゅと口付けをされた。
「先っちょ…触ってもいいですか?」
「そんなこといちいち聞かないでくださいよぉ」
「えっと、じゃあ…」
きゅっと乳首を摘まれて、私の体がビクっと跳ねると、先生も反射的に指を離して身をひいた。
「せんせ…大人なんですから、もっとしゃんとしてください」
「う、すいません…」
再び先生に摘まれて、くりくりと弄られて、その気持ち良さに私は身をよじらせた。
「あの、舐めていい…ですか?」
「っだからぁ、いちいち聞くなぁ!」
恥ずかしさに目を瞑りながら、先生の頭を抱えて自分の胸に押し付けた。
私は先生にリードして欲しいのに、そんな風に下手に出られたりしたら余計に恥ずかしい。
「ああ、すいませんすいません…っむ」
「あぅ…ん」
先生が私の乳首を舌でころころと転がした。
湿った感触に包まれて、擦られる、吸われる、押し込まれる。
胸から広がる甘い甘い痺れに、私はおかしくなってしまいそうだった。
不意に先生の指が、私の内股に触れた。
すすす、と付け根の方へと動いて行った指が私の下着の上で止まる。
先生が胸から顔を離して、私を見た。
「脱がせますよ?」
「…うん」
先生に、残った最後の衣服を脱がされる。
胸への愛撫で濡れていたそこと下着との間に、つうと糸が引いた。
座った私を後ろから先生が抱いて、その手を私の下腹部へと伸ばす。
先生は、周辺をすりすりと触った後、指を割れ目の入り口へと移して撫でた。
深く呼吸して、先生の指の動きに備える。
つぷ、と先生の指が私の中へ入ってきた。
「ん…ぅ」
自分の中で他人の指が動いている、という奇妙な感覚に声が漏れた。
その違和感に、少しずつ気持ち良さが混じってくる。
かぷっと先生が私の耳を優しく噛みながら尋ねた。
「大丈夫ですか?」
「うん…きもちいいです……はぁ」
その快感はどんどん大きく、確かなものになっていった。
先生の指は私の中で動き続け、一際大きな快感が訪れて体が跳ねた。
甘い痺れがじわりと体全体に広がっていく。
脱力する私の首筋に一度キスをして、先生がまた指を動かし始めた。
同時に胸を揉まれ、乳首を摘まれ、溢れるほどの快感に私は身悶えする。
心なしか先生の指は、さっきよりも奥の方にまで侵入していた。
さらにその動きも少し違っていた。
四方の壁を押し広げるような動きを多く感じる。
ああそうか、先生の…入れるんだもんね…やっぱり痛いのかな?
目を閉じてそんなことを考えながら、私はまた先生にとろけさせられていった。
先生が余韻に震える私を寝かせた。
服を脱いで、私の足側に座る先生。
「力抜いてください」
ちらりと先生の裸を見たときに、先生のあそこを目にした。
一般的に大きいのかなんてわからないけど、とても自分の中に入るとは思えなかった。
見ていると不安になるので、そこには目を向けないように、先生の顔だけを見つめた。
ずぷ、と先生が中へ入ってきた。
思っていたよりは、すんなりと先生は私の中を進んでいく。
先生を受け入れることができて、嬉しかった。
でもやっぱり、ちょっと痛かった。
「はー…」
奥まで進んだ所で、先生は動きを止めて、私が落ち着くのを待ってくれた。
「先生、保健室での一件、覚えてますか?」
「覚えているというか、覚えがないのを覚えているというか…」
「ふふっ…そうですね。やっぱり何もなかったんですね、あれは…
こんなの、忘れられるわけないです………うん、動いていいですよ、先生」
自分の中を先生が動く快感に、体も心もぐちゃぐちゃに溶かされていく。
そんな不安定な状態、嫌いなはずだった。
自分すら崩れてなくなってしまいそうな感覚、まったくもってきっちりしていない。
でも、そこに先生が居る、とただそれだけはしっかりと感じていた。
それだけなのに、だけどそれだけで私には充分だったんだろう。
私の中で、何かがじわっと広がった。
きっとそれは先生の…
これ以上ないという程の幸福感に包まれて、私はそのまま眠りについた。
「…おしまい」
「……ほおおお…やるねー、千里も先生も」
「っはああ…恥ずかしい」
千里がストローでジュースを吸って、乾いた喉を潤す。
そんな千里を、晴美はケーキを食べながらにやにやと笑いながら見ている。
「いつも私が聞かせる側だったのになあ」
「晴美のは、ゲームの話じゃない…」
「…でも、最近仲良いと思ったら、そっかあの日にねえ」
そういえばあの日辺りから急に仲良くなってたな、と晴美は思い出す。
「で、他には?」
「他には…って」
「あーんな幸せそうにノロけちゃって…千里だってちょっと話したかったんじゃないの?」
「のろ…」
「何したの?何されたの?何されたいの?」
「何されたい…って」
「まあ、千里が言いたくないんなら、言わなくていいけどね」
「…………この間の連休にね…」
「うんうん!」
続いて語られた『一緒にお風呂』編も、晴美を大いに楽しませた。