奈美は、雨の中、傘もささずにとぼとぼと歩いていた。
その手には、渡し切れなかったクッキーの残りが握り締められている。
大好きな先生に食べて欲しくて、一生懸命作ったクッキー。
材料も手順も、凝りに凝って心を込めて、作ったのに…。
―――感謝強盗です!!
望の声が、頭の中によみがえる。
奈美は、ぐっと唇を噛み締めた。
そうしていないと、泣き声が漏れてしまいそうだった。
奈美は、家に帰りたくなくて、公園の入口をくぐった。
公園の中には、雨をしのげる東屋がある。
奈美は、東屋のベンチに座り込むと、ぼんやりと考え込んだ。
―――どうして、先生は私にあんなに意地悪なんだろ…。
望の奈美に対する態度は、
他の生徒に対するそれとは、明らかに違っていた。
ネガティブで押しの弱いはずの望が、
奈美に対してだけは、いつも、強気に攻撃に出るのだ。
今回だって、心づくしのクッキーを「恩着せがましい」とまで言われた。
―――私、先生に嫌われてるのかなぁ…。
涙がじわりとにじみ出てきて、奈美は慌てて首を振った。
ふと、視界に影がよぎったような気がして、奈美は顔を上げた。
「あ…。…先生?」
先ほど分かれたばかりの担任が、傘をさして公園の中を歩いていた。
キョロキョロと何かを探しているようだ。
奈美は思わず立ち上がった。
望が、奈美に気づき、一瞬ほっとした様な顔をすると
こちらに向かって歩いてきた。
奈美は、近づく望を睨むように見上げた。
望は、奈美の顔を観察するように見ると、笑みを浮かべた。
「どうやら、元気そうですね、日塔さん。」
「…何しに来たんですか、先生。」
奈美は、望を睨んだまま不機嫌な声を出した。
望は目を瞬くと、ああ、そうですね、と上を向いた。
「えー、と、…そう、先ほどいただいたクッキーの残りを、
お返ししようと思って。」
望が袂からごそごそとクッキーの袋を取り出した。
「あのままだと、更に感謝を要求されそうですからね。」
にやりと笑ってクッキーを奈美に差し出した。
―――ひどい。
もう、限界だった。
「どうして…。」
奈美の目から、涙がポロリと落ちた。
望がそれを見て、ぎょっとしたように手を引いた。
「どうして、先生は、そんなにいじわるばっかりするんですかぁ。」
奈美の頬を、涙が次から次へと零れ落ちていく。
一度決壊した涙腺は、簡単には止まってくれそうになかった。
「あ、あの…日塔さん?」
慌てたような望の声を無視して、奈美は泣きながら言い募った。
「いっつも、私のこと、普通だ、普通だって、言ってるんだったら、
普通に、ひっく、扱ってくれたってっ、いいじゃ、ないですかぁ。
なのに、先生は、うぇっく、いっ…つも、私には、意地悪ばっかりで、
他の生徒と比べて、全然、普通扱い、してっ…くれない…っ!」
奈美は、涙で一杯の目で望をキッと睨むと、次の瞬間
「うわぁぁぁぁぁあああ!!!」
と手放しで大泣きを始めた。
望は、子供のようにワンワン泣きじゃくる奈美を、
唖然としたように見ていたが、やがて、ため息をついた。
「馬鹿ですね…。」
「馬鹿!?今、馬鹿って言いました!?」
奈美が、涙でべしょべしょの顔で望を見上げる。
「言いましたよ…本当にあなたときたら、がっかりです。
普通だと思ってましたが、洞察力は人並み以下のようですね…。」
また、何か酷いことをいわれている気がする。
どうしてこの人は、私にこんなに冷たいのだろう。
奈美は、再び泣こうと手を上げたが、ふいにその手を掴まれた。
「…!?」
見上げると、至近距離に望の顔がある。
「本当は、あなたに自分で気づいて欲しかったんですが…。
どうやら、あなたには、無理そうですから。」
「何を…。」
言葉の途中で、ぐい、と引き寄せられ、望の顔が迫ったと思うと、
次の瞬間、唇に柔らかいモノが押し付けられた。
―――え?
しばらくして望の唇が離れた後、奈美は呆けたように望を見た。
「え、えーと…。」
望は、バツが悪そうな顔をして奈美を見ている。
「せ、先生…今のは…。」
奈美の言葉に、望が、はぁぁぁあ、と盛大なため息をついた。
「ここまでやって分かってもらえなければ…もう絶望ですよ。」
「分かるって…ええ、えええええ!?」
奈美の頬に一気に血が上った。
「せ、先生、もしかして、私のこと好きなんですか!?」
「…そんなにはっきり言わないで下さい。」
望は、ぷいんと横を向いた。
その頬が何やら赤い。
どうやら、照れているようだ。
奈美は、パニックで叫び出しそうになるのを必死に押さえていた。
「や、やだ、うそ、どうしよう…。」
その言葉に、望が、くるりとこちらを向いた。
「…私に好かれるのは、嫌ですか?」
心なしか、傷ついた色が見える。
奈美は慌てて首をぶんぶんと振った。
「ち、違います!嫌じゃない、すっっごく嬉しいです!
そうじゃなくて…何て言ったらいいのか…。」
と、再び望が奈美の腕をぐい、と引いた。
「!!」
奈美は、すっぽりと望の腕の中に閉じ込められてしまった。
「…嫌じゃないんだったら、いいじゃないですか。」
「…ん…。」
奈美は、こつんと望の胸に頭をぶつけた。
聞こえてくる望の胸の鼓動が、随分と早いことに気づく。
奈美の中に、何やら、くすぐったい気分が湧いてきた。
奈美は顔を上げた。
「ねぇ、先生?先生は、いつから私のこと、好きだったんですか?」
望の頬が前よりもさらに赤くなった。
「そ、そんなの、覚えてないですよ。」
「ふーん。…でも、だったら、何で言ってくれなかったんですか?
それどころか、いつも意地悪ばっかりして。」
望は拗ねたように口を尖らせた。
「あなたの方から、先に、気づいて欲しかったんですよ。」
「…へ?」
「…だって、教師から生徒に告白なんて、みっともないじゃないですか。」
「えええ――!?」
奈美は脱力した。
まったく、この男は何を考えているのだろう。
みっともないと意地を張っておいて、そのくせ気づいて欲しくて、
それで、ずっと自分に意地悪をしていたというのか。
それでは、まるで小学生と同じではないか。
―――でも。
奈美は、頬を赤くして口を尖らせている望を見上げた。
―――そんな先生が、私は好きなんだなぁ…。
奈美は何となく嬉しくなって、望の背に手を回すと、
望をぎゅっと強く抱きしめた。
「―――!!」
望の体がこわばった。
「ひ、日塔さん…あの、余りそれ以上密着されると…。」
「ん?…先生?」
奈美の下半身に、何かが当たっている。
それが何かに気が付いた瞬間、奈美は
「ぎゃぁぁぁああ!」
と叫んで望を突き飛ばしていた。
「ぐはっ!」
望は、思い切り東屋のベンチに叩きつけられ、ひっくり返った。
そのまま、床に倒れて動かない。
「わわわっ!だ、大丈夫ですか!?」
奈美は、慌てて望の側に跪くと、望の顔を覗きこんだ。
「…大丈夫じゃありません…。」
「え…。」
次の瞬間、奈美の視界が逆転した。
気が付くと、奈美は東屋の床に押し倒されており、
望が自分を押さえつけた格好で見下ろしていた。
「まったく、あなたって人は…死んだらどーするんです。」
「ご、ごめん…っていうか、先生…あの…?」
この体勢は、どうみても…。
頭に血が上る。
望が、奈美を見て、にやりと笑った。
「何ですか?…分かってるから、突き飛ばしたんでしょう?」
そう言うと奈美の首筋に口付けた。
「ひぅあ!だ、ダメですよ!先生!!」
「それはこっちのセリフです。人のことをいきなり突き飛ばした罰ですよ。」
そう言いながらも、望は、唇で奈美の首筋をまさぐっている。
奈美の背中に、ゾクゾクとした感覚が湧き上がってきた。
―――ダメだって!まずいって!
奈美は、その感覚に流されそうになるのに必死で抵抗した。
奈美は、望の肩に手をかけて、引き離そうとした。
「だ、だって、先生、外で!公園で!人が来るって…。」
「来ませんよ、こんな雨の日に。」
望は、まったく意に介した様子も無く、奈美の鎖骨に口付けた。
再び、奈美の背中に痺れが走った。
「で、でも、地面で、こんな、服が汚れちゃう…。」
「仕方ありませんね、これでいいでしょう。」
望はコートを肩から外すと、器用にそれを奈美の下に押し込んだ。
「せ、先生…。」
奈美の、更なる抗議の声は、望の唇に塞がれた。
「ん…っ!」
「もうこれ以上、普通の言い訳は聞きたくありません。
日塔さん、先生とは、嫌ですか…?」
奈美は、望を見上げた。
さっきから強気を装っているが、望の瞳は不安げに揺れていた。
―――なんだ…先生も、不安なんじゃないか…。
奈美の体から力が抜けた。
―――先生……大好き…。
「もう、普通って、言わないでくださいよ…。」
そう言いながら、奈美は望の首に腕を回し、自ら望の唇に口付けた。
雨の音が2人を包む。
その中で、2人は何度も口付けを交し合った。
「は、ぁ…。」
望の執拗な口付けに、奈美は途中で息ができなくなり、
思わず上を向いて喘いだ。
望が、その声に一瞬動きを止め、奈美をしげしげと見つめた。
「そんな可愛い声も、出すんですね…。」
奈美は赤くなった。
「そ、そんなに意外そうに言わなくたって…。」
望がクスリと笑って、奈美の頬に手を添えた。
「…普通のあなたも可愛いですけど、こうなると
普通じゃないあなたも、見てみたいですね…。」
そう言うと、するりと手をセーラーの下に滑り込ませた。
「や、あ…!」
奈美は、羞恥に反射的に身をすくませたが、
望の指は器用にブラのホックを探り当て、手早くそれを外した。
そして、セーラーのブラウスを捲り上げた。
「や…恥ずかし…。」
奈美が、両手で自分の胸を隠そうとする。
しかし、望は奈美の手を掴むと、難なくそれを上に持っていった。
「この期に及んで恥ずかしがって、どうするんですか。」
奈美の両手は、望の片手で押さえられて固定され、動けない。
―――先生、実はけっこう力があるんだなぁ…。
奈美は、望を見上げながら、場違いな感想を思い浮かべていた。
「日塔さん…さっきみたいな可愛い声、聞かせてくださいね。」
望は囁くと、奈美の胸に顔を近づけた。
奈美の脳天を、激しい快感が貫いた。
「…ん、ぁあ!」
望の唇が、その細くて長い指が、胸の頂を行き来するたびに、
抑えきれずに声が出てしまう。
望が、嬉しそうに微笑んだ。
「いい声ですよ、日塔さん…。」
「やぁ…。」
今まで、同級生と付き合ったことくらいはあるが、せいぜいキス止まり、
初めて体験する大人の男の指の動きに、奈美はなす術もなく翻弄されていた。
―――な、何だか、先生じゃ、ないみたい…。
初めて触れるはずなのに、望の動きは確実に奈美のポイントを突いてくる。
絶え間ない快感に息を切らしながらも、奈美は、頭の片隅でぼんやり思っていた。
―――先生も、大人の男の人だったんだ…。
いつも教室でワイワイ騒いでいる時には感じることのなかった、
自分と望との年齢の差。
今、自分を見下ろす担任教師は、見たことのない男の顔をしていた。
望は、確実に、自分が知らない年月を過ごしてきているのだ。
そんな当たり前のことが、何故か無性に寂しかった。
気が付くと、涙が目尻ににじんできていた。
望が驚いたように動きを止め、奈美を見た。
「どうしたんですか、日塔さん…先生、どこか痛くしましたか?」
急に先生口調に戻った望に、奈美は泣き笑いをした。
「…何でもないんです。ただ、私の知らない先生がいるみたいで、
少し寂しくなっちゃっただけなんです…馬鹿みたいですね、私…。」
望は、何とも言えない顔をして奈美を見た。
そして、奈美の目尻の涙をそっと唇で吸い取ると、囁いた。
「まったく…あなたは、いったい幾つ引き出しを持ってるんですか。
あなたがさっきから見せる色んな顔に比べたら、
私があなたより生きてきた年数なんて、ほんのちっぽけなものですよ。」
「…。」
望が、ふいに真面目な顔になった。
「日塔さん、今の私には、あなただけしか見えてないですから。
その前の私も、その後の私も、いやしないんですよ。」
そう言うと、望は奈美に口付けた。
「―――ん、むふぅ!!」
望の長い指が、今度は、下着の隙間から奈美の中を探り始めた。
先ほどにも勝る刺激に、奈美は空気を求めて喘ごうとするが、
望の唇に塞がれて、それもままならない。
空気不足と快感で頭が朦朧となってきた。
―――し、死んじゃう…!
ふいに、望の唇が口から離れた。
「ぷはぁ、はぁ、はぁっ…!」
奈美は、ここぞとばかりに空気を吸い込んだ。
肺が新鮮な空気に満たされ、少し頭がすっきりする。
そこで、自分の下着が取り払われていることに気が付いた。
「あ…。」
慌てて望を見ると、既に袴を脱いでいる。
―――これから、私、先生と…。
内心の不安が顔に出たのだろう、望が奈美の頭を優しくなでた。
「大丈夫ですよ…日塔さん、辛いようにはしませんから…。」
それで、奈美の中に、ほっこりとした安心感が芽生えた。
奈美は、望を見上げると頷いた。
「大丈夫…先生のこと、信じてるもん。」
望の頬が、心なしか赤くなったようだ。
望は、奈美を抱きしめると、耳元で囁いた。
「あなたって人は、もう…黙ってなさい…。」
―――い、ったぁ…!
初めて貫かれる感覚に、奈美は歯を食いしばった。
先ほどまでの快感はどこへやら、ただ痛みだけが全身を支配する。
我慢しようにも涙がにじんでしまう。
と、ふわりと温かいものに体が包まれた。
自分の体が、すっぽりと望の腕の中に抱きすくめられていた。
「すいません、日塔さん…もう少しだけ、我慢してください…。」
そういう望の声は掠れていた。
―――先生も、辛いのかな…。
奈美の体から、力が少し抜けた。
その後、奈美の体を気遣ったのだろう、望はしばらく動かずにいた。
その間に、だんだんと、奈美も落ち着いてきた。
「日塔さん…そろそろ動いても大丈夫ですか…?」
「ん…多分、平気だと思う…。」
奈美の答えに、望がゆっくりと動き始めた。
「…ぁ、あっ!」
奈美は、先ほどとは違った感覚に声を上げた。
―――なにか、来る…!
望が動くにつれて、体のどこからか、痺れが駆け昇ってくる。
思わず、奈美の足に力が入った。
「うわっ、ひ、日塔さん…っ、そんなに、締め…っ!」
急に望が動きを止めて奈美を見下ろす。
「…?」
奈美は、息を切らして望を見上げた。
望はうろたえたような顔をしていた。
「い、いえ…その…。」
望は言いよどむと、体を倒して奈美に口付けた。
「余りに気持ちが良くて、先にいってしまいそうです…。」
「え…。」
奈美は、真っ赤になった。
そんな恥ずかしいことを言われて、頭に血が上る。
「わ、だから、日塔さん…!」
望が、両手を奈美の体の脇についた。
「ダメだ…もう少し、お互い楽しもうと思いましたけど、
私の方が持ちそうにありません…。」
そう言うと、熱で潤んだような目で奈美を見た。
「日塔さん、すいません、一気いかせていただきます!」
「え…あ、やぁああっ!」
一気に加速した望の動きに、奈美の脳裏に火花が散った。
―――先生、先生、先生…!
もう、何も考えられない。
ただただ、圧倒的な幸福感が、奈美の中に満ちていく。
―――先生、大好き…愛してる。
奈美は、目を閉じると、幸せな快感に身をゆだねた。
東屋の外では、冷たい雨が、いまだ降り続いていた。
しかし、東屋ではいまだ空気が熱を孕み、2人とも汗ばんでいた。
奈美は、望の胸に頭をもたせかけながら息を整えていた。
望が、奈美の額に張り付いた髪をそっとかきあげた。
「…すいませんね、日塔さん…大丈夫でしたか?」
「全然…気持ちよかったよ、先生…。」
望は、口を少し曲げて奈美を見ると、小さく息をついた。
「本当に、あなたには驚きですよ…すっかりやられました。」
「え…何が…?」
きょとんとした顔で奈美は尋ねたが、望は答えずに奈美を抱きしめた。
望の匂いに包まれて、奈美は何となく嬉しくなり、えへへ、と望を見上げた。
「私、今日、いっぱい先生驚かせましたよね。」
「ええ、まったくです。」
「そしたら、もう私、『普通』は返上ですね。」
嬉しげに弾んだ声で言う奈美に、
「そうですねぇ…。」
望はしばらく考え込むような顔をしていたが、やがて首を振った。
「いや、ダメですね。」
「えええ、何で!?」
望は奈美の髪をなでながら言った。
「今日はいろんなあなたを見せてもらって、どのあなたも魅力的でしたけど、
でも、やっぱり私は、普通のあなたが一番好きですから。」
奈美の顔に一気に血が上った。
望が奈美を柔らかい笑顔で見下ろす。
「…いつまでも、このまま、普通の日塔さんでいてください。」
「もうっ、普通って…。」
言いかけて、奈美は途中で口を閉じた。
「…でも、いいや。先生が好きなんだったら…普通でもいいよ。」
そういうと、奈美は微笑んで、望の唇に、ちゅ、と普通のキスをした。