「…可符香さん…。」  
 
偶然、本屋に寄った帰りに仲良く話しながら歩く先生と変装した可符香さんを見かけた時、  
その瞬間から自分の心の中で激しく揺らめく嫉妬の炎を感じた。  
彼女の正体に気付かず浮かれてだらしない笑顔で会話する先生を自然と睨みつける。  
 
「久藤くんじゃないですか、こんな所で会うなんて奇遇ですね。」  
そのまま足早に立ち去ろうとした所を先生に気付かれ、向こうから声を掛けられた。  
 
「こんにちは先生。本当に奇遇ですね…ところでそちらの方は?」  
仕方なく人が良さそうな笑顔を作り先生に挨拶を返してから、  
先生の後ろにいる“変装した可符香さん”について尋ねた。  
ウィッグを被り化粧をした彼女は普段の彼女より、ずっと大人っぽくて本当に綺麗だった。  
 
「…あ、彼女は…。」  
「初めまして、糸色さんの家の隣に住んでいる女子大生です。宜しくね久藤くん。」  
「はい、こちらこそ宜しくお願いします。」  
先生の言葉を遮る様に自己紹介した可符香さんに僕は丁寧に返事をし、互いに初対面を装った。  
 
「…お邪魔しているみたいですから、僕はこれで帰りますね。それでは失礼します。」  
「…け、けして邪魔なんかでは…コホン…はい、ではまた明日に会いましょう久藤くん。」  
僕の言葉から自分と変装した可符香さんが端から見れば恋人同士に見えるのだと思ったのだろう。  
どこか照れ臭そうな笑顔で自分に挨拶を返した先生に胸の苛立ちが更に増していた。  
 
二人と別れてから暫くして携帯のメール着信音が鳴り響く。  
携帯を取り出してメールを確認すると可符香さんからだった。  
今から会いたいという簡潔な内容で、僕はすぐにOKの返信を打ち始める。  
 
「…繋がるのは体だけでも構わないよ…心まで求めたら…きっと可符香さんは僕から離れていく…。」  
返信を終え携帯を握りしめながら、僕は空を見上げて苦しい胸中を吐露する様に呟いた。  
 
 
 
“本当ですか、嬉しい”  
 
――あんなに嬉しそうに微笑む彼女に本当の事を言える訳がない。  
ああ、これが惚れた弱みなんでしょうね。  
 
「交、一緒にたべませんか?私一人じゃ、とても食べきれなくて…」  
「嫌だ、オマエ一人で食べろ。」  
今日も隣の女子大生が作って持ってきてくれた料理を交は口にしてくれない。  
 
“交も貴方の料理を喜んでいるんですよ”  
 
彼女に嘘をついてしまっている事にかなりうしろめたさを感じていたが、  
それでも彼女に真実を教えて傷つけるよりは幾分もましだと自分に言い聞かせた。  
 
カップラーメンを作り始めた交の横で私は彼女の料理を黙々と食べ始める。  
やはり不味くはない…今度こそ何の問題もない筈だ。  
しかし、その私の淡い期待は今日も裏切られ胃腸薬のお世話になる羽目になってしまった。  
 
「ほらな、やっぱり…あの女わざとそんな料理ばかり作ってきてんじゃないのか?オマエ騙されてんだよ。」  
お腹を壊して苦しむ私を呆れながら見つめる交が隣の女子大生を非難する。  
 
「そ、そんな訳ありません!いくら子供でも勝手な憶測で彼女を悪く言うのは許しませんよ!」  
すかさず私は声を荒げ交の言葉を否定した。  
 
「…はいはい…こりゃ重症だな…久藤兄ちゃんが教えてくれたお医者様でも草津の湯でも何とか…って奴か。」  
交の口から出た“久藤”という名を聞いて、ほんの数時間前に彼と会った事を思い出した。  
 
なぜ久藤くんは私が声を掛ける前の様に学校でも時おり険しい視線を自分へ向けるのだろうと。  
目を合わせれば何事もなかったかの様に彼は柔和な笑顔を見せる。  
 
私には久藤くんにあんな視線を向けられる何かをした覚えは全くない。  
きっと理由を尋ねたとしても彼は上手くはぐらかして答えないだろう。  
 
「…はぁ…いったい私はどうすればいいんですか…。」  
 
交が部屋を出た後、誰に言う訳でもなく私は一人ぼやいた。  
 
 
 
「…あははっ…先生は今ごろ私が作った料理を食べてお腹を壊している頃ですね。」  
鏡台の前でウィッグを取り化粧を落としながら、腹を壊して苦しむ先生の姿を想像して呟く。  
私に嘘をつき、私の言葉に浮かれて喜ぶ先生の姿が滑稽であり、そして愛しくも感じた。  
 
「やっぱり久藤くんは、すぐに私だと気付きましたね〜先生は全然気付かないのに…。」  
気付いたのが先生ではない事実に微かな寂しさを感じながら、鏡に映る自分を見つめる。  
そこに映る私は神様との約束でいつも被っているポジティブの仮面を外したありのままの自分。  
 
「久藤くん、会いに来てくれるんですね。」  
久藤くんに会いたいと携帯からメールを送ると、すぐに返信があり内容を確認して微笑む。  
久藤くんは絶対に隣の女子大生が私だと先生や他のクラスメートに明かしたりはしない。  
それでも念には念を入れて、彼を呼び出して口止めしておく事にした。  
 
…でも、私が今すぐに久藤くんに会いたいと思ったのは、それだけではなかった。  
 
「…久藤くんに抱かれないと…自分を保てないんですよ…。」  
どんな時でもポジティブを貫く私にも、やはりネガティブ思考になり不安になる時がある。  
そんな時に私は久藤くんとのセックスを無性に求めた…まるで精神安定剤の様に。  
ほんの戯れに経験豊富な彼に抱かれてから始まった都合のいい肉体関係は意外と長く続いていた。  
 
「…そういえば私が誘って久藤くんが断った事は一回もないですね…。」  
それについて更に深く考えようとした時に携帯がメールを着信して振動する。  
久藤くんが私の家の前に着いた事を連絡するメールだった。  
 
「…さてと、久藤くんを中へ迎え入れないといけませんね。」  
鏡台の椅子から立ち上がり、私は急いで玄関に向かう。  
 
今日も久藤くんは私に安らぎを与えてくれる筈だ。  
 
 
 
―終―  
 

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