霧は、まだ覚醒しきっていない意識の中、必死で記憶を辿っていた。  
自分は確か、望が倫に呼ばれて出て行った後、交と共に部屋に残されていたはずだ。最近は自分どころかまとい  
までもを引き離して出掛けることが多くなった、少し不満だけれど、家族にしかできない大事な話というものも  
あるだろうから我慢しなければ………などということを徒然と考えながら、漫画雑誌を眺める交の隣で布団に  
包まっていたはずなのだ。  
 
それが………どうして、いつの間にかこんな場所に居るのだろうか。  
 
いつもの部屋の風景とはまるで違う、無機質で殺風景な、何の面白みも無い部屋。  
足元は温もりのある畳ではなく、コンクリートが剥き出しの冷たい床だ。まどろみの中でようやく、裸足で居ると  
少し寒いな、ということに気付き、掛け布団の端を足元に巻き込む。巾着のようになった布団の中で、また、記憶  
を手繰り始める。  
もちろん………気を失っていた間の記憶など、どれだけ必死になっても、思い出せるはずなどないのだが。霧は、  
自分がそんな状況に陥っていたことすら、まだ気付いていなかった。  
「ここ………どこ………?」  
たっぷりと時間を掛けた後、その疑問がようやく、誰へとも無い言葉になり………そして。  
「私の、秘密基地だよ。」  
その部屋の主が、待ってましたとばかりに、その問いに答えた。同時に、ガチャリ、と金属の鳴る音がする。  
霧が、首を巡らせて部屋の様子を窺う。そして、その片隅に据えられた扉が開き、薄明るい廊下をバックにして  
誰かがその前に立っているのを、視認する。  
また、たっぷりと間を取って。霧はようやく、その人が誰であるのかを思い出した。  
「あ、れ………えっと、先生の、お兄さんの………?」  
「糸色命、だよ。望が、世話になってるね。」  
「あ………いえ、こちらこそ………。」  
状況に似合わない社交辞令的な挨拶を済ませてから。霧はようやく、はて、と疑問を感じ始める。  
「えっと………ここって………命先生、の部屋なんですか?」  
「『先生』でいいよ………って、それじゃぁ望と一緒で紛らわしいかな。」  
「あ、いえ………ええと、先生?私、なんで………こんな所に居るんですか?」  
まだその状況を訝しむことができるまでに意識が回復していない霧は、ごく単純なその疑問を命に投げ掛ける。  
命は、しばし顎に手を当てて言葉を選んだ後………軽い調子で、それに答えた。  
「私が、招待したんだよ。」  
「え………先生が………?」  
「そう。君の………そうだな、ちょっとしたカウンセリング、とでも言おうかな。」  
「カウンセリング………?」  
「ああ………君の篭もり癖を、なんとか解消できないか、と思ってね。」  
「………あの………?」  
説明を受けても事態がよく飲み込めず、霧は小さく首を傾げた。カウンセリングなんて話は1度も聞いていない  
し、そもそも、学校には智恵先生という立派なカウンセラーが居るはずだ。いや、それ以前に、一体全体そんな  
ことを誰が頼んだというのだろう。両親が今更そんなことをするとは思えないし、まさかあの望が引き篭りから  
本気で立ち直らせようと尽力するなんてことも考えにくい。  
と、霧がそんなことに考えを巡らせているのを、尻目に。  
「それで、早速だけど………ちょっと、散歩でもどうかなと思うんだ。まずは、1歩外に出てみよう。」  
「え、あの………いや、私………?」  
「大丈夫さ、ほんのちょっと………人気の無い場所を、ぶらぶらするだけだから。」  
霧が事態を飲み込む間もなく、命は霧の元へ歩み寄った。次々と疑問が湧き上がるが、そのどれも漠然としたまま  
で、きちんとした質問の形になって口から発せられる前に、霧散するように消えていってしまう。  
まるで、敢えて事態を理解する隙を与えまいとしているかの様に、命は一方的に話を先に進めていく。  
 
「さて、ちょっと、後ろを向いて貰っていいかな?」  
「え………わっ………。」  
にこやかにそう言って、命は霧の肩を掴み、その身体を華麗にくるりと反転させた。思わず布団を取り落とし、  
色気の無いジャージを身に着けた霧の姿が晒される。  
「え、っと、あの………何を………?」  
思わず、言われるがままに後ろを向いて、頼まれもしないのに身体測定のときのように背筋を伸ばす。あまりに  
毒の無い命の声は、敢えてそれを疑おうとかそれに逆らおうという気持ちを削ぐような響きを持っていた。  
 
そして。霧はこの後すぐに、身を以って知ることになる。  
その、邪気の無い命の声が………自分を謀る為の、偽りのものであったことに。  
 
振り向かされ、壁を眼の前にし、背後に命の声と気配を感じながら直立して。  
「………それじゃぁ………。」  
「………んっ………?」  
霧は、不意に首筋に触れた命の指の感触に、ぴくり、と身を震わせた。  
そして。その余韻が引くよりも先に………かちゃ、と、ドアの音より遥かに小さな金属音が、響く。  
「………………………え?」  
次の瞬間、霧が、首をぐるりと囲む何かの感触に違和感を覚えたときには………既に、全ての準備が整っていた。  
霧は、不思議そうな顔で振り向き………命の手に握られた、鎖を眼にする。連なりながら垂れ下がった鉄の輪は、  
逆さまの放物線を描くようにして自分の方へ近づいて、その一端が………。  
「………ぁ………っ………?」  
自分の、喉下。巻かれた首輪の金具に、繋がっていた。  
「さて、準備完了だ。」  
「え………あ、の………?」  
空いたほうの手で鍵の束をクルクルと回しながら、命が相変わらずの軽い口調で言う。  
呆然とし、言葉を発することもできず立ち尽くす霧の顔を、満足げに見つめながら。  
「それじゃぁ………さっさと行くぞ。」  
「………あ、ぅっ!?」  
命は、手にした鎖をピンと張って、霧の身体を強引に引き寄せた。  
 
 
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地下室から、首輪と鎖で無理矢理引き摺り出されたところで………霧はようやく、命が自分にとって良からぬ考え  
を抱いているらしいことに、気がついた。  
「あ、うぅ………ちょ、っと、待って………!」  
「五月蝿い。自分の主人に、口答えするな。」  
「し、主人って………どういう事………ッ!?」  
「そのままの意味さ。首輪で繋がれるのなんて、家畜か愛玩動物か、そうじゃなきゃ奴隷と相場が決まってる。」  
「な………ッ………!?」  
さきほどまで親しげに語り掛けてきていた男と同一人物とは思えないような台詞を吐きながら、命は、足取りを  
緩めることなく、地下から地上へと続く階段を登っていく。ときどき前のめりになりながらも、物理的にそれに  
従わざるを得ない状態にある霧は、必死でそれに追いすがっていく。  
やがて。石造りの階段が終わりを迎え………2人の足が、古びた木の床を踏んだ。  
「………っ………?」  
「そういえば君は、初めてだったな。ここが、私の診療所だ。学校も、歩いてすぐの所にあるぞ。」  
やはり薄暗い廊下に立って、命は言った。その足元で床にへたり込むようにしながら、霧がきょろきょろと辺り  
の様子を窺った。その様子はどうもそわそわしていて、落ち着きが無い。  
「見知らぬ場所は、怖いかな?」  
「………っ………。」  
「すぐに慣れるさ。引き篭もりからの脱却には、まず、外を出歩いてみるのが1番だ。」  
「………こんなことしておいて、まだそんな………ッ!」  
「嘘は言っていないよ。ちゃんと、今から実践しようと思ってるところだしね。」  
そう言いながら、ニヤリ、と唇の端を吊り上げた命の顔を見て………霧は、背筋に悪寒を感じた。外を出歩く、  
ということはつまり………こうして鎖に繋がれたまま、町中を引き回される、ということだろうか。ただでさえ、  
外を出歩くことに抵抗があるというのに。それこそまるで、ペットとして散歩でもさせられるかのように、だ。  
 
「や………嫌、そんなの、絶対に嫌ッ………!?」  
「………口答えをするなと言っただろう。素直に解放する気があるなら、初めからこんなことはしないよ。」  
「………やだ………嫌だ、怖、いッ………!」  
「だから、それを克服させてやろうと言っているんだ。つべこべ言わずに、来い。」  
「あ、ぐッ………ひ、引っ張らないで………っ!?」  
喉を圧迫された霧が思わずむせ返るのにも構わず、命は鎖を引きながら、診療所の入り口へと向かっていく。  
自分はしっかりと革靴を履きながら、しかし、裸足の霧には履物も与えず、そのまま強引に外の世界へと牽引  
していく。砂粒が刺さる小さくも鋭い痛みを感じながら、霧は、満天の星空の下へと引っ張り出された。  
「もう夜中だ、人が通ることもほとんど無い。」  
せめてもの慰め、と取れなくも無い命のそんな言葉も、今の霧の耳には届いていなかった。自宅に引き篭もって  
いた頃から不下校になった現在まで、久しく外の世界とまともに触れ合っていない霧にとっては、真夜中とは  
いえ鎖に繋がれた状態で町に連れ出されるなど、耐え難いことだった。  
「や………やだ………外、やだぁ………っ。」  
長い間身を置いていなかった、自分を護る壁の無い、無防備な世界。あるはずもない気配や視線を感じ、霧は  
自分の中の不安をいたずらに掻き立てていく。その肩は、寒さではなく恐怖によって、小刻みに震え始めていた。  
「………本当に、困った雌犬だな。」  
外に出た途端にうずくまってしまった霧を見下ろしながら、吐き捨てるようにそう言って。命はまたも容赦なく、  
手にした鎖を引いた。霧の身体が、ぐらりと揺らぐ。  
涙声で何事かを呟きながら、霧は、否応無しに人気の無い通りを引き摺られていく。  
 
 
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そうして………やがて辿り着いた目的地で、霧はようやく我に返った。  
「………ぇ………っ?」  
蚊の鳴くような声が、震える喉から発せられる。眼の前に広がっている、馴染みのあるはずのその景色に、霧は  
唖然として涙の浮いたその眼を見開いた。  
「言っただろう。歩いてすぐだ、と。」  
わけも解からぬまま街中を連れ回され、到着したそこは………見慣れた、校舎の前だ。  
「ほら、いつまでそんな所に突っ立ってるんだ。入るぞ。」  
「え………あ、ッ………!?」  
言うが早いか、命は閉じられた校門を軽々と乗り越えて、こんな時間にはもちろん立ち入りが許されていないはず  
の校庭へ踏み込んだ。2人を繋ぐ鎖が、鉄柵に擦れてかちかちとよく響く音を立てる。その音で咄嗟に、誰かに  
聞かれてはまずい、という想いに駆られ、霧もまた急かされるようにして冷たい校門を乗り越えた。  
「あ………だ、駄目、こんなの………!」  
「いいじゃないか。夜の学校へこっそり潜入、か………青春時代を思い出すな。」  
呑気な声でそう言いつつ、命は校庭のほぼど真ん中にまで霧を連れて来てから、不意に立ち止まった。霧が、不安  
の色に染められた瞳で、恐る恐る命の様子を窺う。  
「あ、の………なんで、こんな所………?」  
周囲の様子を落ち着き無く窺いながら、霧は擦れた声で尋ねた。校舎からは、非常灯の緑色の光以外に光の気配  
は感じられないし、グラウンドを照らす為の照明ももちろん灯されてはいないが………一面明るい灰色の校庭に  
立っていると、そこに誰かが居ることは、遠くからでも月明かりだけで十分に視認できるはずだ。  
「この辺りでいいか………それじゃ、始めよう。」  
「え………始める、って………何を………?」  
さきほどの問いを無視し、霧に新たな疑問を生じさせて。命は………霧の眼を見つめて、笑みを浮かべた。  
ぞくり、と、霧の背中に怖気が走る。  
「決まっているだろう。君の、躾けだよ。」  
「し、つけ………って、え………っ?」  
命の言葉を聞いた瞬間、その意味を理解することを拒むかのように、霧の思考回路が停止した。  
表情を固めたまま立ち尽くす霧に向かって………命は、本当に、まるで主人が飼い犬に命令するような威圧的な  
声で、続ける。  
「そうだな。まずはやっぱり、脱ぐところから始めようか。」  
 
「脱ぐ、って………え………えぇッ………!?」  
「まぁ、上は首輪があるから面倒だな。下だけで構わないよ。」  
平然ととんでもないことを言ってのける命から、霧は思わず、数歩身を引いた。が、すかさず命の腕がその首に  
繋がった鎖を乱暴に引き、結局2人の距離は後退りする前よりも短くなった。  
「う、ぇ………けほっ………!?」  
「拒否権が無いことが、まだ解からないのか?1度駄目だと教えれば、犬だって学習するぞ?」  
「だ、だって………ッ、脱ぐ、なんて、そんなことできるわけ………!!」  
「だから、いい加減に状況を理解しろ。今は、君の生命すら、ボクの機嫌次第なんだぞ?」  
「え………っ………!?」  
ついに『生命』という言葉まで持ち出し始めた命に、霧が絶句する。  
「例えば、そうだな………この鎖を木の枝に引っ掛けて、滑車の要領で君の首を吊り上げたら、どうなるかな?」  
「な………そ、そんなこと、したらッ………!」  
「私も人体の限界くらいはわきまえているから、死なない程度にいたぶり続けるくらいは出来るが………。」  
「………っ………!!」  
「ちょっと、加減を間違えたら………首吊り死体が、1つ出来上がってしまうかも知れないな。」  
「………よ、よく、真顔でそんなこと………く、狂って、る………!」  
霧の言葉通り、気が狂っているとしか思えないような脅し文句で、命は詰め寄った。普通なら、そんな馬鹿馬鹿  
しいことがあるものか、と突っぱねられそうなものだが………しかし、今の霧には、これ以上逆らえば命が本当  
にそのような手段に出そうな予感がしてならなかった。  
「愛しの望と、お揃いになれるかも知れないぞ。さぁ、どうする?」  
そして。既に、不安と恐怖で限界まで削り取られつつあった霧の精神は。  
「………ぎ………ま、す………。」  
「ん、なんだって?ほら、物を言うときは、ハッキリと、相手に聞こえるように。」  
「………ぎ、ます。脱ぎます………脱げば、いいんでしょう………っ!?」  
遂に、命の言葉に、屈した。命が、満足げに大きく頷く。  
「よしよし、よく言えた。それじゃ、脱いで貰おうか。」  
「………っ………。」  
鎖を片手に腕組みをして見つめる命の視線の先で。霧は、羞恥心と敵意が混ざった、命にとっては堪らない表情  
を浮かべながら………ジャージのズボンに、指を掛けた。そして、一瞬の躊躇の後………それを、一気に膝下  
まで引き摺り下ろす。夜の空気が、剥き出しになった太股を撫でた。  
「………ふ、ぅっ………!  
雪のように白い肌を赤く染めながら、霧はズボンから手を放した。支えるものが無くなったそれは、重力に負けて  
すとん、と霧の足元に落ちる。月明かりが、華奢な脚と白い下着を照らす。  
「ほら、何してる。脱げと言われたら、全部脱ぐんだ。」  
「………ッ………!!」  
必死で羞恥心に耐える霧に向かって、命は更に残酷な命令を下した。もしかすると、これで済ませてくれるかも  
知れない………という霧の一縷の希望が、無残に打ち砕かれる。  
「………吊られたいか?」  
さきほどよりも長く、躊躇するが………命のたった一言のその脅迫は、霧にとって、余りに重過ぎるものだった。  
震える指が、下着を摘む。羞恥心と緊張とで、ほとんど呼吸困難かというほど息を荒げながら………霧は前屈み  
になって、自分の秘所を覆うたった1枚の下着を、ズボンと同じように引き摺り降ろした。  
「ァ………〜〜〜っっっ………!」  
この歳になっても毛の生えていない秘裂が、月明かりの下、命の視線の前に晒される。霧の口から声にならない  
声が漏れる。  
「外見の通り、こっちも幼いな。」  
薄ら笑いを浮かべながら、命は躊躇い無く、曝け出された霧の秘裂に指を這わせた。霧の背筋に、虫が這い回る  
ような嫌な感覚が駆け巡る。しかし………度重なる恐怖と余りに絶望的なその状況は、霧の意思から、命に抵抗  
する気を失せさせてしまっていた。  
「………う、ぅぅ………っ………。」  
明らかに命の接触を嫌悪し、涙の浮かんだ瞳で命を睨みつけながらも、霧は命の手を拒むことができなかった。  
 
「うーん、その可愛い顔が、屈辱に歪む様子………堪らないね。」  
「………あなたが、先生と兄弟だなんて………信じられない………ッ!!」  
「まだ、生意気を言う気力があるのか………外出自体には、もう慣れてきたのかな?」  
そんな冗談を、飛ばして………命は不意に、霧の秘裂に這わせていた指を、引いた。身の毛のよだつ様な感覚が、  
霧の身体から去っていく。  
「あんまり慌てて躾けることもないな………今日は、ひとまず『あれ』をして貰えればいいか。」  
相変わらず、にやにやと寒気のするような笑みを浮かべながらそう言って、命はそれきり霧への干渉を止めた。  
突然おとなしくなった命の様子に、霧はどこか不気味な雰囲気を感じていたが………やがて。  
「(………ぁ………っ………?)」  
自分の中で生じた、別の感覚に気を取られ、そんなことを考えるどころではなくなってしまった。  
「ああ………そうだ。それを、預かっておこう。」  
どこか、さきほどよりも更に落ち着きの無くなった霧の様子に気付きながら。命は敢えてそのことには触れず、  
今さっき霧が脱ぎ去ったズボンと下着を回収した。自分に拒否権が無いことを既に悟ってしまった霧は、素直に  
脚をどけ、それを命に引き渡す。  
「………ぅっ………。」  
そのとき………霧がもじもじと微妙に太股を擦り合わせていたのを、とうとう、命が指摘する。  
「ふむ………さっきから、どうも落ち着きがないようだね?」  
「ッ!」  
ギクリ、と霧の肩が震える。しかし………その肩の震えはどうやら、それまでの震えとは別の原因から来るもの  
であるようだった。  
「どうかしたのかい?何かあったら、遠慮なく言ってごらん?」  
「あ、あの………あのッ………。」  
「そうだな、例えば………急に、催してきた、とかね。」  
「………ッッッ!?」  
ズバリそのことを言い当てられて、霧が、思わず眼を剥いた。  
「………な、んで………?」  
「そりゃ解かるさ、そろそろ、君が寝ている間に投与した薬が効き始める頃だ。」  
「え、薬………って………!?」  
更に驚くべきその言葉に、霧は唖然とした。  
「いや、別に毒薬ってわけじゃないから安心してくれ。ただ………ちょっと、利尿作用のある薬をね。」  
「そ………そんな、それじゃぁ………!?」  
「そう、今頃になって君がトイレに行きたがるのも、計画通りってわけさ。」  
まるで手の込んだ悪戯に成功した子供のような顔で笑いながら、命は、便意に耐えて震える霧を見下ろした。  
本当に、何から何までを掌握されていることを知り、愕然としつつも………霧は、すがるような眼で、自分を  
見下ろす命の顔を見つめた。  
「あ、あの………お願いです………と、トイレに、行かせてください………っ!」  
「おお、やっと敬語を使えるようになったか。主従関係が、身に染みてきたかな?」  
「なんでも………言うこと、聞きます………だ、だから………!!」  
迫り来る気配に焦り、動揺し、とうとうそれまでなんとか保ってきたプライドも捨ててそう懇願する霧を見て、命  
は、何とも形容し難い征服感に満たされていた。  
命は満足げに腕を組んだまま、にっこりと、もはや仮面にしか見えない笑顔を浮かべてから。  
「じゃぁ、そこですればいいじゃないか。」  
「ッ!?」  
嘲るように、そう言い放った。泣き濡れた霧の顔が、みるみるうちに絶望の色に染まっていく。  
「なんでもする、というなら、それが命令だ。そこで、しろ。」  
「や………嫌、嫌ぁッ………それだけは、許して………ッ!!?」  
「嫌だね。ご主人様がそう決めたんだから、犬は素直に従っていればいいんだ。出来ないなら………。」  
またしても、首を吊らせるぞ、と脅されるのかと思いびくつく霧に歩み寄りながら………命は、白衣のポケット  
に手を入れた。耐え切れずにしゃがみこんだ霧の顔を覗きこみながら、その中身を取り出し、霧の眼の前にぶら  
下げる。それを見た瞬間、霧は、か細い悲鳴を上げた。  
「これで、手伝ってやろう。ただしそのときは、自分で出来なかったんだから、もちろん罰もあるけどね。」  
命が手にしたそれは………卵形をしたプラスチックの塊と、それに連なるコードとリモコン。ローターだった。  
 
「トイレ程度で主人の手を煩わせる犬には、お仕置きが必要だろう?」  
「や、ッ………ッッ………!?」  
「そうだな。コレを中に仕込んで、スイッチを入れてテープで留めて………そのまま、鉄棒にでも繋いで帰るか。」  
「っ!!?」  
「もちろん今の格好のまま、そうだ、両腕も縛って行こう。明日の朝には、さぞかし面白い事になるだろうな。」  
「や、止めて!!そんなことされたら、私………もう、学校に、居られない………ッ!!」  
「もともと不登校だろう?町も歩けなくなるだろうが、大したことないじゃないか!」  
そう言って笑う命の顔を、霧は、悪魔でも見るような怯えきった顔で見つめていた。奥歯がガタガタと音を立て、  
呼吸が浅く速くなる。  
 
もはや自分には、この事態から逃げ出すどんな手段も、この状況を改善するどんな方法も残されていない。  
ただ、眼の前の男の言いなりになって玩具にされるのが、運命なのだ………救いなど、ありはしない。  
霧の意識が………とうとう、そのことを現実として受け入れてしまう。  
 
「………ふ、ぁ………あぁぁ………!?」  
ぷつり、と霧の中の希望の糸が途切れた、その瞬間。霧の身体が弛緩し、ぺたり、と尻餅をついて………その  
脚の間から、それまで我慢してきた分の小水が、放たれた。  
「あ………や、駄目………見ないで………っ………。」  
命の眼の前で、ぴしゃぴしゃという水音と共に、砂の上に、湯気を立てる水溜りが広がっていく。命の舐めるよう  
な視線を感じながらも、霧にはもはや、垂れ流されるそれを押し留めることは出来なかった。  
「………よし。よく、出来たね。」  
「あ………あ、うぁ………は、ぁぁ………。」  
ぞくぞくと、背中を震わせながら………霧は、腹の中に堪っていたそれを、全て吐き出した。  
むわ、とその臭いが立ち込める中、まるで夢の中にでも居るような蕩けた眼が、夜空を見上げる。  
「(………今、わた、し………。)」  
霧が、頭の中で自分自身に呟く。  
「(気持ち、良かった………?)」  
自分の中に芽生えた………明らかな『快感』に、戸惑いながら。霧は、冷たい砂の上にその身を横たえる。  
 
「(素質があると思って試してみたが………やはり、私の眼に狂いは無かった。)」  
命もまた、他の誰にも聞かれることの無い声でそう呟きながら。抜け殻のようになった霧の頬に、手を添えた。  
 
 
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………その後も、命による霧の『躾け』は、継続されていった。  
 
 
 
あの後の何回かは、霧が初めてその手中に落ちた夜に命が撮影した、下半身を晒したまま校庭でぐったりと身を  
横たえる霧の写真を脅迫材料に、躾けが続行された。  
「ほら、その丸い方を中に沈めて、スイッチを入れるだけだ。簡単だろう?」  
「………や、ぁ………。」  
何度目かの躾けで………命は霧に、校庭での自慰を強要した。手渡されたローターを手にし、霧はしばらく葛藤  
を続けていたが………あの脅し文句の前では、自分の無力を実感させられるばかりだった。  
霧は命に言われるがままに、ローターの振動部を秘裂に押し込み、自らの手で、そのスイッチを入れた。既に命に  
よる改造が施されいたローターの振動は、市販のものとは比べ物にならないほどの衝撃を与え………ほんの10秒  
足らずで霧の身体を絶頂へと導いた。  
ビクビクと身体を痙攣させ、それでもスイッチを切ることを許されずにその振動に犯されながら………霧はまた、  
自分の中に湧き上がる熱の気配を感じていた。  
 
 
その後も、段階を踏んで躾けはそのレベルを上げていく。校庭での自慰行為は、やがて、玩具を使わずに手淫で  
させられるようになった。  
「初めはぎこちなかったが、だいぶ慣れてきたな。幼い顔をしていても、所詮は雌ってことか。」  
「ん、うぅ………あ、ああ、ッッッ………!!」  
「見てみろ、もう足元まで垂れてきているぞ。どうしようもない変態だな、君は。」  
「や、ぁ………言っちゃ、駄目………ッ………は、あンッ!?」  
いつもクラスメイト達が行きかっている校庭で、命にその様をまじまじと観察され罵られながら、自分の手で自分  
の身体を慰める………自分自身でも気付かぬうちに、霧は、その快感に毒されていった。  
やがて、衣服も上下全てを剥ぎ取られ、生まれたままの姿にさせられるようになり。最後には、診療所を出る時点  
で全裸となり、町中を引き回されるようになった。  
その頃にはもう、その躾けは………霧にとっての、危険な娯楽へと、変貌しつつあった。  
 
 
 
そして、遂に………その舞台が、校庭から、学校に程近い繁華街へと移された。  
初めは、全裸のまま真夜中の繁華街を歩くだけだったが、それでも、学校と違い他の誰かが居る可能性が十分に  
残されているという状況は、当時の霧にとっても気後れするものだった。だが、霧はその恐怖と快楽とを天秤に  
掛け………最後にはいつも、『どうせ言うことを聞かなければならないのだから』と自分に言い訳をしながら、  
命の命令に素直に従っていた。  
「その顔………誰かに見て欲しい、と思ってるんだろう?」  
「や、違ッ………そんな………!!」  
「こんな場所で、そんないやらしい顔で裸を晒してる女がいくら否定したって、説得力なんて無いよ。」  
「………ッ………!!」  
「認めないなら、あそこの電柱にでも繋いでいってやろうか?」  
お決まりの脅し文句を聞かされ、その顔を恐怖に引き攣らせながらも………霧は既に、その言葉通りにこの場所に  
放置された自分の姿を想像し、それを誰かに見つけられて破滅することを思い描きながら………それにすら、快感  
を覚えてしまう、もう決して引き返すことのできない領域にまで、堕ちてしまっていた。  
 
 
 
露出行為は、やがて自慰行為へと変わり………遂には、命との交わりにまで発展する。  
最初の1回こそ、破瓜の痛みに苛まれたものの………回数を重ねるうちに、霧の身体はすんなりと命の固いモノを  
受け入れることができるように、開発されていった。  
「あ、あぅ………ん、やぁぁぁッ!!」  
「そんなに声を出すんじゃない………誰かに、聞かれるぞ。」  
「ら、らって………あッ、せ、先せ………ご、ご主人様のが、奥までぇ………あ、あぁッ、あぅ、ふあぁッ!?」  
「………今更そんなことを言っても、脅しにはならないか。どうせ、見られてもいいと思っているんだろう?」  
その舞台も、真夜中の繁華街から………白昼の、繁華街を1本逸れた裏路地に、移されていた。そこまでその身体  
を隠していたコートを脱がされ、壁に両手を着かされて背後から秘所を突かれながら………霧は、声を抑えよう  
ともせずに喘ぎ声を上げ続けた。  
 
 
 
やがて………霧は、夢を見るようになった。  
自分が、普段なら決して寄り付かないはずの教室に居る。見慣れたクラスメイト達が、珍しそうな顔で、自分の  
ことを見つめている。  
その視線を受けながら、夢の中の霧は独り立ち上がって、いつも望が教鞭を振るっている黒板の前、教卓の上に、  
ぺたりと腰を降ろし、身に纏っていた布団を脱ぎ捨てる。その下には………何も、身に着けていない。  
ざわざわと、教室の中がにわかに騒がしくなる。女子達はその事態に思わず悲鳴を上げる。男子達は言葉を失い、  
しかし、霧の裸体に視線が釘付けになったかのように、その姿を見つめ続ける。  
『ん、ぅ………。』  
クラス中の視線を一身に受けながら………霧は両脚を大きく開き、ひくひくと震える秘裂を曝け出す。そして、  
その中に、細い指を1本、2本と沈め、破滅の中の快感を貪っていく。  
そして、そのとき………教室の戸が開き、望がその姿を現して。霧と望の視線が、かち合い………。  
 
 
そこでいつも、夢は覚めるのだった。  
 
押入れの中、霧は気付くと、眠りながら自分の秘裂を捏ね回して自慰に耽っていることが多くなった。暗く狭い  
空間の中に、甘酸っぱい臭いが立ち込め、それがまた霧の欲望を掻き立てた。  
最近になって霧は、交の態度が、どこかよそよそしくなったように感じていた。自分の姿を見ると、時折、まるで  
怖ろしいものでも見るような、しかしどこか気恥ずかしそうな顔をしているように思えるのだ。  
もしかすると………あの行為を、交に目撃されてしまったのかも知れない。そう考えると、霧は………絶望と共に、  
明らかな興奮を覚えてしまった。  
 
 
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そして、現在。躾けは、ほとんど最終段階と言える所まで、進んでいた。  
「………あのぉ………お客様。」  
時刻は、真夜中。霧は今、そんな時間でも蛍光灯を灯して営業を続ける、とある店に立っていた。  
カウンター越しに、どこかやる気無さげに煙草を咥えた店員の男と向き合う。他に、客の姿は無い。  
「………なんですか?」  
「なんですか、じゃなくてですね………。」  
膝まであるコートを羽織り、熱にうかされたような顔で、霧は店員の顔を見つめる。  
「こちらの商品………というか、当店は、18歳未満の方の入店はお断りしてるんですけど。」  
霧が、何の躊躇いも無くカウンターに置いたその箱を手に取りながら、店員は、じろじろと霧の姿を見下ろした。  
その箱には………グロテスクな形をした、バイブレーターの写真が印刷されている。サイズも、数ある中で最大級  
のものだった。  
「身分証か何か、お持ちですか?」  
「………ありません。」  
霧の返答に、店員は隠そうともせずに溜息を漏らす。  
「えーと………でしたら、こちらの商品を販売することは、できませんね。お引取りください。」  
横柄な態度でそう言って、店員はその箱をカウンターの内側に引き取り、対応を打ち切ろうとした。  
………だが。  
「あの………店員さん。」  
店内に流されるアダルトビデオの宣伝の声に掻き消されてしまいそうな声で、霧が呟いた。  
店員が、まだ何かあるのか、と明らかに不機嫌な視線を向ける、その先で。  
「これ、見てください………。」  
「はぁ?」  
霧はそう言いながら、コートのボタンを上から順に外し………前を、大きく広げて見せた。  
「これじゃ………証拠に、なりませんか………?」  
霧が、ぼう、っとした顔で微笑みかける。店員が言葉を失い、その口から、煙草が落ちる。  
    
コートの下の霧の身体は、衣服を、1枚も身に着けてはおらず。ほとんど膨らんでいない胸の先端は、赤く充血  
しながらピンと立ち上がっていて。  
そして、その秘裂からは………さきほどカウンターに置いたものよりも一回り小さなバイブの尾部が、生えていた。  
低いモーター音を響かせ、その身をくねらせながら、バイブは霧の内部を抉るようにして蠢いている。見るとその  
足元に、転々と透明な雫が垂れ落ちた跡が続いていた。  
 
「あ、ふっ………!」  
霧は越しをビクビクと震わせながら………人前で、自分の意思で痴態を晒すという初めての行為に、酔いしれて  
いた。それだけで微かに達してしまった秘所が痙攣し、淫具から搾り取る快感を更に強めていく。  
「な………う、あ………!?」  
店員は、眼を白黒させながら数歩後退りをして。  
「て、店長ーーーッ!!?」  
一目散に、店の奥へと駆けて行った。  
 
『………よし、いいぞ。戻れ。』  
「………は、い………。」  
耳元から聞こえたノイズ混じりの声に答えて、霧はコートのボタンを閉めようともせず、バイブを抜き取ろうとも  
しないまま、よろよろと店を後にした。  
煌々と光る店内から、夜の町へ歩み出る。道路を挟んだ反対側のアーケードに………命の姿が、あった。  
『ちゃんと、全部見せたかい?』  
「ちゃんと、全部見せたかい?」  
命が、穏やかな声で尋ねる。実際の声と耳に仕込んだトランシーバーの声が重なって聞こえる。  
霧は、こくり、と小さく頷いて、その小さな機械を耳から取り出した。  
「は、はいぃ………私のいやらしい身体、全部、見て貰いました………。」  
口の端から涎を垂らし、どこか壊れたような笑みを浮かべながら、霧は命の腕にすがりつく。  
「はは………引き篭もりは、すっかり解消できたみたいだな。」  
「………はい………っ………。」  
その様は、本当に、飼い犬が主人の前で芸をして褒めて貰いたがっている様子を髣髴とさせるものだった。  
「さて、今日のところはこれで帰るか。もちろん………。」  
「コートは脱いで、バイブはそのまま、ですね………解かってます………。」  
「よろしい。帰ったら、ご褒美をあげよう。」  
そうして、霧は命に促されるまでもなくそのコートを脱ぎ去り、バイブに犯され続けるその身を曝け出す。  
快感が、再び霧の身体を襲う。  
 
「次は、あのまま自分で自分の身体を弄らせてやろう。楽しみにしていなさい。」  
「は、い………ご主人様………。」  
 
人気の無い夜の町には、もはや『2人』ではない………『1人と1匹』の姿が、あった。  
 
 
 
(続)  
 

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