夜。灯りの消えた、糸色医院の一室。  
「………ふぅ。」  
命は事務椅子に腰掛けながら、息を吐いた。  
今日も普段通り、診療を受けに来た客は数えるほどだった。医者と看護婦1人ずつで用が足りる診療所など、  
この東京に果たしていくつ存在しているのだろうか。  
「(………本来、とっくに廃業してるはずなんだがな。)」  
もちろんそんな状況では、生活費やら設備の維持費やらを差っ引けば赤字もいい所だ。正直な話、親からの  
援助が無ければとっくの昔にこんな診療所など畳むハメになっているはずだろう。今の時代、開業医なんて  
生半可な覚悟と努力で続けていけるような職業ではない。それも、近くに他の医療機関が十分に揃っている、  
こんな場所ならなおさらだ。  
そして、命には………そんな覚悟や努力をするほどの高い志は、無い。  
「(感謝しなきゃな………。)」  
そもそも………命はこの診療所に、特別な思い入れがあるわけではない。  
小さい頃から医者になることを目指してはいたが、特に開業医になることが夢だった、というわけでもなく。  
命本人は、どこか大きな病院に雇われて働ければそれでいい、と考えていた。  
こうして診療所を構えて開業したのも、全ては、父親の勧めを断りきれなかったからに他ならない。  
 
だが。父親が命の為に用意したその診療所は、今、命の手によって、その役割を大きく捻じ曲げられている。  
「(本当に父さんには、頭が上がらない………なにせ………。)」  
命は、頭の中で独り言を呟きながら………視線を、落とす。  
「ん、むぅ………ふあ………。」  
「………くちゅ、ちゅ………んぶ………。」  
椅子の前に、一糸纏わぬ生まれたままの姿で跪いて………熱に浮かされたような顔で、懸命に自分のモノを  
舐る2人の女性の頭に手を添えながら。  
「(なにせ………こんな、絶好の隠れ家を用意してくれたんだから。)」  
命は、独り邪悪な笑顔を浮かべた。  
 
 
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その嗜好が芽生えた瞬間を、命はよく覚えていない。まるで、酒に酔っていた間に仕出かした失敗を、酔い  
から覚めた後には綺麗さっぱり忘れてしまっているのと同じように、命の頭にはそのときの記憶が欠片ほど  
も残されてはいなかった。  
だが………酔いから覚め、我に返った瞬間のことは、今でも鮮明に覚えている。  
 
どんよりとした気だるさの中で我に返った瞬間、命は眼前に、患者を寝かせるための診察台に寝かされ、包帯  
で両手を転落防止用のパイプに括り付けられ………着ていたはずの衣類を全て剥ぎ取られたまま、傷だらけに  
なり、ドロドロに汚れ失神するまで犯され尽くした、女性の姿を見た。  
それは、開業してから長い間、献身的にこの診療所の為に尽くしてくれた、命にとってたった1人の信頼できる  
部下であったはずの………看護婦だった。  
時計を見ると、時刻はとっくに真夜中を過ぎていた。もちろん彼女はとっくに家に帰り着いているはずの時間  
だったが、独り暮らしをしている彼女の不帰を不審に思う人物は、その時点では誰もいなかった。  
命は、そんな異様な状況下にあるとは思えないほど冷静な頭で、診察室の様子を観察していた。足元に、彼女  
から剥ぎ取られたであろう看護婦の制服と私物の下着が散乱している。机の上には、睡眠薬と興奮剤の瓶が、  
蓋を開けられたまま無造作に放置されている。  
そして………全身を襲うようなその気だるさと、自分の衣服の乱れ。ベルトが外れ、あろうことか露わになった  
モノが無様に外に垂れ下がっている。  
     
見れば見るほど異様さが際立つその惨状の中………相変わらず、冷静な頭でその状況を分析して。  
命はようやく、思い到った。  
自分が、眼の前の彼女を、こんな無残な姿になるまで陵辱したのだろうということに。  
 
だが。そのとき、命の心に浮かんだものは………絶望でも後悔でも恐怖でも、懺悔の念でも無かった。  
自分の中に鬱積していた何かが、解き放たれたような………ただただ、清々しい気分。それだけが、命の心  
を満たし尽くしていた。  
 
それが………糸色命が、己の内に眠っていた嗜虐心に目覚めた、瞬間であった。  
 
 
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あの日以来、命にとってのこの診療所の存在意義は一変した。初めは、父親から押し付けられたありがた迷惑  
な厚意の象徴でしかなかったこの場所は………今や、獲物を誘い込み、そして狩る為の、欲望の巣窟となって  
しまっている。  
あの夜の出来事で、命はこの場所が絶対安全な自分の城であることを確信した。自宅を兼ねているこの場所に  
自分が出入りしたところで何も問題は無い。患者の中に獲物となり得る女性が居れば、検査や何かを口実に  
呼び出して、扱い慣れた睡眠薬で眠らせてしまえば容易く無抵抗の状態に陥れることができる。一応は診療所  
であるから、多少の物音や悲鳴は患者がパニックを起こしたことにすれば誤魔化すことができる。事後処理も、  
決して他人に見せられないような写真を1枚か2枚撮ってしまえば、簡単に口封じできる。  
あまりに整った完璧な環境に気付き、命は初めて、その場所を自分に与えてくれた父親に感謝した。  
 
その後、高まり行く己の欲望を満たすため、命はその状況の更なる改善を図った。  
まずは、より効率の良い獲物の探索と捕獲を実現するため、何かと理由をつけて親から出資を受け、その金で  
雇ったならず者達のネットワークを確立した。万が一獲物が診療所を逃げ出した場合、あるいは命1人では  
どうしても罠に掛けることが難しい場合は、たちまち町中に潜む命の手駒達が牙を剥く、というわけだ。  
そして、診療所にも改造が施された。薬品庫の名目で造られた地下室は、獲物を捕らえ、犯し、あわよくば命の  
存在無しには生きられない下僕へと調教する、悪夢のような部屋になっている。まぁ実際のところ、医療には  
必要ないはずの薬品も保管されているので、薬品庫としての機能も有していると言えなくもない。  
時を経るごとに、命が獲物を狩るための地盤は、更に磐石なものへと完成されていった。  
 
そして………現在。  
完全に魔城と化した診療所の主は………次なる獲物達の姿を思い描き、また、邪悪に微笑んでいる。  
 
初めのうちは手当たり次第に試していた調教も、回数を重ねる毎にそのコツを掴むことができた。  
例の看護婦は、今再び、命にとってたった1人の信頼できる部下、というポジションを取り戻している。初めの  
被害者であり、そして初めの下僕となった彼女は………今や、命の調教をサポートする、優秀な調教師になって  
いた。彼女にそこまでの素質があったのは、命にとっても想定外のことだった。  
「ん、ふ………ほらほら、そんなにのんびりしてていいのかしら………?」  
命のモノを舐りながら看護婦は、隣で同じように、しかし彼女と比べて余裕の無い必死な様子でモノにしゃぶり  
付く女性に声を掛ける………今まさに、命と彼女による調教は、行われている最中なのである。  
「私に負けたら………解かってるわよね?」  
「や、ぁ………そんなっ………!」  
長い黒髪の女性が、消え入るような声で呟き、小さく首を振る。その細い肩は小刻みに震えていて、本来は  
白く決め細やかであろうことが想像できるその肌は、今さっき湯から上がってきたかのように赤く火照って  
いる。所々に、縄や鞭の痕も見て取れた。  
「だったら、先生にしっかりご奉仕しなさい?」  
「………は………は、い………。」  
夜の静寂に吸い込まれてしまいそうな程に弱々しい………その、よく聞き慣れた声を聞きながら。  
「約束通り………彼女より先に私を果てさせることができたら、助けてやる。」  
「………っ………。」  
命は………よく見慣れたその顔を見下ろして、その名を呼ぶ。  
 
「だから、頑張りなさい………倫。」  
 
荒く浅い呼吸を繰り返しながら、眼の端に涙を浮かべながら………倫が、小さく頷いた。  
 
「………は、い………お兄、様………。」  
従順な返答を聞き、隣の看護婦がその瞳を怪しく輝かせる。  
「私に勝たなきゃ………罰として今夜は、両手足縛られたまま放置プレイよ?」  
「………ッ………!」  
「さっき打った媚薬は、遅効性だが持続性が高い。明日の朝までは、余裕で効き続けるだろうな。」  
「先生に慰めて貰わなきゃ………身体の疼きに耐えられなくて、気が触れちゃうかも知れないわね。」  
「い、嫌っ………お兄様、そ、それだけは………ッ………!!」  
「なら、早くしろ。もう、身体が熱くなり始めたろう?じきに、奉仕どころじゃなくなるぞ。」  
心底楽しそうに語られる、絶望的な言葉に背筋を凍らせながら。倫は夢中で、血の繋がった兄のモノを口に  
含み、舐り、吸い上げる。命の言う通り、少し前に打たれた媚薬は既に倫の身体中に行き渡り、その体温を  
上昇させていた。誰にも触れられていないはずの秘所が、既に微かに濡れ始めている。  
「あら、もうこんなにして………お淑やかなはずのお花の先生が、はしたない。」  
「ん、ぶ………ひ、ひあぁッ!!?」  
看護婦の指先が、ほんの少しだけ倫の内部へと侵入する。ざわざわと背筋を這い擦り回るような刺激に身体が  
震えるが、看護婦はそのまま、決定的な刺激は与えずに手を引いてしまった。  
「なんなら後で、私が生けてあげましょうか………倫ちゃんの、ココに。」  
「は、ッ………はあ、ぁ、ぁ………!!」  
「玄関にでも飾ったら、綺麗でしょうね………ふふ………。」  
「あ………あう、ぅ………!?」  
「あ、駄目よ、自分で弄っちゃ?ルール違反したら………解かってるわね?」  
思わず秘所に伸ばしかけた手を看護婦に制されて、倫は襲い来る快楽の波に耐えようと奥歯を食い縛った。  
ガリ、という鈍い音が、頭の中に響く。  
倫は、しばしの間押し黙った後………隣の看護婦が命のモノへの奉仕を再開したのを見て、慌ててそれに続き  
命のモノへ舌を這わせた。隠微な水音が、診察室に響き渡る。  
「ん、ふふ………必死で、泣きそうな顔で、『お兄様』のおち○ちん頬張っちゃって………。」  
「んぐぅ………ちゅぅ、ん、ふうぅ………んく………っ!!」  
「私も、手加減しないわよ………ん、はぁっ………。」  
 
2人の行為が再開されたのを見届けて。命は、背もたれに身体を預け、低い天井を仰ぎ見た。  
「(………倫が完成すれば………いよいよ、準備が整うな。)」  
その顔がまた、ぐにゃり、と邪悪に歪む。  
 
「(待っていろよ………私の、可憐な花束よ………。)」  
 
次なる獲物達の姿を思い描き、その顔に浮かべた笑みは………誰の眼にも、留まることは無かった。  
 
 
(続)  
 
(以下、第2話)  
 

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