今日もポロロッカの人達が私の所にやって来た。  
「あなたのせいじゃありませんよ。」  
「あの子は自分の心に、きっちり従っただけよ。」  
 
男の人はいつもより疲れているのだろうか。顔色が悪い。  
女の子はいつもどおり、きちんとした服装。真っ赤な服が可愛い。  
あの子はいつもより包帯が多い気がするけど、怪我でもしたのかな…。  
3人の後ろには、いつも通りたくさんの人が着いて来てる。  
皆口々に私の事を励ましてくれる。そう。私は何も悪い事なんてしていないの…。  
 
暗い部屋の中。私と先生2人きり。  
思いつめたような表情。  
どうしていつもみたいな質素な中に品を感じさせる服じゃなく真っ白な袴を穿いているんだろう。  
「もう私は耐えられる自身がありません。本当に絶望しました。死んで詫びるしかないのです。」  
また。いつもの可愛そうぶりかしら。どうせ本当に死ぬ気なんてないくせに。  
「アリ…じゃないですか。その方法も。」「アリですかね。」「アリですよ先生!!」  
もう付き合いきれない。どうせ死ぬ気なんか無いくせに。  
踵を返し部屋を出て行こうとする私の背中に先生の声。  
「風浦さん。あなたの作ってくれたおかず美味しかったですよ。また食べたかったです。」  
思わず振り返ろうとした刹那、後ろから何かが倒れる音と「ぐっ」という嫌な音。何か凄い勢いで  
暴れる気配。  
怖い。こわい。コワイ。振り返ることも出来ずに私は走り去る。どう走ったかも分からず家に飛び込み  
机に伏せる。誰か助けて。助けて。  
 
それからのことは良く覚えていない。  
絶命先生がやってきて、色々聞かれたような気がする。  
私はポロロッカ星の人達に言われたとおりに答えを返しているだけの毎日。  
久しぶりの学校。奈美ちゃんと一緒。  
道すがら団地の奥様達の視線。憐れみの視線。少し引いたような視線。何か私達変わってるのかな…。  
「色々あって私どうしていいかわからないよ。」  
「やっぱり奈美ちゃんは、普通の事しか言わないんだね。」  
「…普通って言わないでよ。」  
二人ともそれ以上喋る事も無く学校へ。いつもどおりの通学路。気持ちいい風。なんだか楽しくなってきちゃう。  
「風浦…さん?」奈美ちゃんが怪訝そうに私を見る。どうしてそんなおびえた様な目をしてるの?  
こんなにお天気なのに。こんなに気持ちいい風が吹いてるのに…。  
急に私達を取り囲んだ人・人・人。  
「あなた達あの学校の生徒さんですね。ちょっといいですか?」  
 
ここは無視した方がいいと思って、引っ張った私の手を振り解き風浦さんはどんどんカメラの前に近づいていく。  
何か聞かれてる。何か喋ってる。いつも通りのポジティブな風浦さん。  
全く状況に似合わない笑顔の風浦さん。張り付いたままの笑顔。笑顔のまま涙を流す風浦さん。  
気がつけば、風浦さんを中心にまるでドーナツのような輪になってる。  
「嫌だなあ。死んじゃったりするわけ無いじゃないですか。ポロロッカ星に行ってずっと皆で楽しく暮らしてるんですよ。」  
「風浦さん!!」いつのまにか近くに来ていた智恵先生の叫び声。人ごみを掻き分け風浦さんを抱きかかえ走り出す甚六先生。  
私と智恵先生も一緒に走り出す。校門に飛び込む時に振り返ると、別の人を囲むマスコミ。  
あの子うちのクラスの子だ。いつも自分は特別だと思って私達を白い目で見ていた子。普通にむかつく子だったけど  
そんな事はもうどうでもいい。  
 
それからは今までの日常は壊れてしまった。  
風浦さんは心を病み、入院してしまった。いつも一緒だった皆は転校したり退学していなくなってしまった。、  
倫ちゃんは交君と一緒に蔵井沢へ帰っていってしまった。  
最後まで一緒に居たマリアちゃんも、ある日急に居なくなってしまった。  
「マリア、またぜったいこの国に帰ってくるネ!!」そう叫びながら車に乗せられて行ってしまった。  
全てを無くしてしまった私は数ヶ月に一度、院長先生のカウンセリングを受けながらなんとなく以前とは違う  
毎日を普通に過ごしていた。  
「糸色先生と呼んでも良いんですよ。」と院長先生は言うけど、その名前を呼ぶ事はできない。  
そう呼ぶと何とか保っている、私の普通の日常まで壊れてしまうような気がするから…。  
 
留年もせず高校を卒業する年に、新しい担任と親を交えた進路相談。  
特に進路も決めずに家事手伝いでもいいかなと思ってた私なのに、何故か進路相談の際に  
「…私。先生になりたい」って口走っていた。  
普通の学力しかなかった私は、一度失敗したもののなんとか大学に合格して教師の道を目指し始めた。  
 
ある日院長先生の紹介で、風浦さんのお見舞いに行く機会を得る事が出来た。  
「本当は今でも面会は出来ないんだけどね…。看護婦見習いという事にして何とかアポをとったよ。」  
ある部屋の前まで案内された。見たことの無い名前。そういえば風浦可符香ってペンネームだって言ってたな。  
こんな可愛い名前だったんだ。知らなかったよ。  
扉に着いた小さな窓から中を覗く。高校生の時と変わらない風浦さん。  
クロスした髪飾りを触りながら、まるで誰かいるように壁に向かって楽しそうに話をしている。  
「風浦さん…。」  
思わずつぶやいた私をじっと見ながら、先生は小さくつぶやいた。  
「彼女はそうするしかなかったんだよ。ずっとそうして来たんだよ。」  
意味が分からず戸惑う私に、先生は彼女の生い立ちを語りだした。  
「以前にも何度か彼女のカウンセリングを行ってたんだ。その断片的な中からの推測が主となるんだが、  
ポロロッカ星人っていうのは彼女の妄想でもあるけど、彼女の思い出でもあるんだ。  
あの子は小さい時にご両親を亡くしている。原因は一寸言えないが、かなり辛い事に遭ったらしいんだ。」  
風浦さんのイメージと違うハードなスタートに私は声を失った。  
「それから彼女の所に現れ始めたらしいんだが、最初は男の人と女の人の2人だったらしい。  
その人たちとずっとあの子は一緒に生きてきたんだ。でも高校生になり望のクラスになった時にその2人は姿を  
消し、代わりにたくさんの人達がやってきた。」  
「…」  
「いろいろな人が居たらしい。どんな人かは…君も分かるよね。」  
「今もあの子はポロロッカ星の。いやクラスの皆と楽しく毎日を過ごしてるんだ。」  
「もし良ければ、中に入って顔だけでも」  
いろんな思いに押しつぶされそうな私は、先生の言葉を遮った。  
「今日は…帰ります。でもいつか、かならず会いに来ます。」そう言って病棟の出口へと向かった。  
『…先生は…。…マ太郎…。…普通だね…。』  
 
風浦さんのお見舞いに行って、私の教師への思いはますます強くなった。  
世間的には悲劇的な話かも知れない。でも私は形はどうであれ、あんな風に心の支えになる様な先生になりたい。  
教室を作りたい。  
数ヶ月に一度の院長先生のカウンセリングは、徐々に内容が変わり今ではカウンセリングというよりも  
世間話やお茶の時間という感覚と頻度になってきていた。  
自然と院長先生と私は、お互いを意識し始めた。最初は心を伝えることなく居なくなった、あの人の代わり  
だったのかも知れない。  
あの人とそっくりな人と体を重ねるたびに、あの人への思いは少しずつ角をなくしながら小さくなっていき、その分  
新しい気持ちが入ってくる。  
院長先生から先生。命さんと呼び名が変わってどれぐらい経ったんだろう。  
私は私なりに勉強をし、ようやく夢への目処がつき始めたある日。いつもの様に体を重ねた後での思いつめたような  
命さんの言葉。  
「今度の日曜日。私と一緒に蔵井沢へ行ってもらえませんか?」  
「望の法要があるんです…。倫や交もあなたに会いたがっています。」  
息を呑む。心臓を鷲掴みにされる。頭が痛い。息が出来ない…  
『そろそろ良いんじゃないですか?』命さん?違う。この声は糸色先生…。  
『あなたには普通の幸せな人生を歩んで行って欲しいんですよ。じゃないと私…絶望しちゃいますよ』  
「普通って…言うな」  
「え?」  
 不思議そうな顔の命さん。私は笑顔なのに、涙が止まらない。不安そうな命さん。  
「今度の日曜日ですね。私その日は予定入っていません。随分交君も大きくなったんでしょうね。」  
今まで抑えていた感情があふれ出す。楽しかった学校。楽しかった毎日。大好きだった皆。  
色々な思いが私の口をついて出てくる。それを優しい顔で黙って聞いてくれる命さん。  
 
「なんであんな事になっちゃったのかな。」  
「偶然です。全ての思いが偶然に悪い方向に行ってしまっただけです。」  
「私もあんな事を望に言わなければ、こんな事にならなかったのかもと今でも後悔する事がありますよ。」  
「え・・・?」  
「あの事件の前、望はクラスでアリアリ詐欺の話をしたそうですね。あれ・・・私と望が話をしていた内容なんですよ。  
随分生真面目な奴でしたから。クラスの皆を楽しませようと、私のところに何か会話のきっかけを探しによく来て  
いたんですよ。流行っていないとはいえ、人の出入りはありますから。私も望からクラスの反応を聞いて、心の動  
きや行動の参考にさせてもらうこともあったのですが、まさかあんな事に・・・。」  
声が聞こえなくなる。目の前が真っ暗になる。顔を上げられない。  
「どうかしましたか?」  
駄目。答えられない。搾り出すように最低限だけの返事をする。  
「今日は・・・帰ります。次の日曜ですね・・・」  
返事を聞く事もせず、私は医院を飛び出す。  
あの人も原因だったんだ。あの人があんな事を言わなければ、私は皆と楽しく普通の毎日を送る事ができたんだ。  
涙があふれる。逆恨みだというのは自分でも分かってる。でも抑えられない。  
私から皆を奪った。私から愛しい人を奪った。私の普通を奪った・・・。  
 
暗い部屋。マナーモードの携帯電話が震える。邪魔だ。うざい。私は震える携帯電話を睨みつける。  
今日で何日目か。今日が何曜日なのか。目の前にはスコップ。包帯。携帯電話。ライター。  
私の中で何かが変わる。夢。取り戻しかけていた日常。二度と来ないと思っていた愛しい人との普通の幸せ。  
私はスコップを手に取ってみる。ずっしりと来る重み。頭をよぎる恐ろしい思い。  
この湧き出す思いに従うべきなの?それとももっと別の何かがあるっていうの?  
分からない。わからない。ワカラナイ・・・。私おかしくなっちゃったのかな。  
「こんなの・・・無しだよね。」急にあの言葉が頭をよぎる。「アリだよね。」「アリアリ!!」「アリアリアリアリ」  
うるさい煩い五月蝿いウルサイ。叫ぶ私の心をかき消すように、誰かが頭の中で叫ぶ「あり有りアリあり有r」  
心が急に軽くなる。アリだったら・・・良いよね。急に外へ出る気になる。私は服を着替える。真っ白なドレス。  
あの人の所へ行こう。  
「そっか。アリなんだ・・・。」  
 
 

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