その瞬間が訪れる事を今か今かと期待し、じっと待ち続けている。  
声は出さないように、動かないように、ちょっと口を開いたままで部屋の片隅に座り込んでいる。  
彼女からは僕は見えていないんだ。……いや、意識されていないだけなんだろうな。同じ事だけどね。  
ここでずっと見ていても咎められる事はないんだ。  
あ、さすがに全裸状態の彼女を間近で覗き見たりはしないよ。僕がもたないし。  
いま僕が見たいのは── ああ、彼女がスカートに手をかけた!  
包帯だらけの長い足の付け根近く、内腿の部分。  
今日は貼ってそうに見えたけど、やっぱりあった。白い肌の上にさらに白い湿布がとても痛々しく映える。  
あんな部分に怪我をして……湿布を貼っているなんて… もう、それしか目に入らない。  
 
こうしていると、とても幸せな気分のどこかで、なぜか虚しさを感じる時があるんだ。  
なんでだろう。……きっとコッソリと見ているだけだからだろう。  
いつか、見ているだけじゃ無くなったら、また変わるさ。  
あの脚を間近で堂々と見れる日が来たら、虚しさなんて無くなるよ、きっと。  
──だから、もう少し、隠れて見ていよう。  
 
 
丈夫そうなツナギに着替えて餌の入ったバケツを手にさげると、あびるの表情は急にそわそわしたものへと変わった。  
まるで、恋人と待ち合わせでもしているかのように、うきうきと足早にロッカー室を出て職員用の廊下を歩いてゆく。  
もちろん、こんな格好で今からデートなわけではない。  
その先にあるのは猛獣の檻の扉。あびるがその前に姿を現すと檻の中で寝そべっていた巨大なトラがのそり  
と起き上がり、猫のようにノドを鳴らしながらあびるへと近寄ってくる。  
「ラインバック!」  
はしゃいだ声を上げて、鍵を開ける動作すらもどかしそうに扉を開き、あびるは檻の中へと飛び込んだ。  
──先生と一緒の時よりも楽しそうだ。  
何となく後を付いて来た臼井は、トラとじゃれあう彼女を見ながらそんな事を考えてみる。  
普段、滅多に見れないような表情のあびるをもっと見ようとしたのか、無造作に彼も檻の中へと足を踏み入れて来た。  
と、それまで嬉しそうにじゃれていたトラの動きがピタリと止まった。  
(……え?)  
臼井の姿を認めた訳ではないのだろうが、しきりに鼻をひくつかせて異常を感じているように見える。  
「ラインバック?」  
不思議そうにトラの襟首を撫でてやりながらあびるが名前を呼ぶと、突然臼井の居る方向に向かい鋭く大き  
な声で吠えかけた。  
「うわあっ!?」  
突然の事に驚き、尻餅をつきながら、つい叫び声が出てしまった。  
「……? ……誰?」  
そこでようやく彼の存在に気がついたのだろう。訝しそうな声を彼に投げかける。  
「え…… えっ……と……」  
「臼井くん……?」  
慌てて弁解しようとあたふたしている彼の足元を見たあびるは、餌のバケツが転がってしまっている事に気  
がつくと、近寄ってこぼれ出た肉片を片手で拾い上げた。  
──と、背後のラインバックが嬉しそうにうなり声を上げた。  
「……あ、そうだった。」  
あびるが肉片を手に取った事で、食事をもらえると思ったのだろう。  
もう一度、今度は甘えるようにうなると、コンクリートの床を蹴り、あびるを目がけて大きく飛びついた。  
たとえ怪我をしていなくても、反射神経には恵まれないあびる。  
そして、床にへたりこんで、状況が分かっていない臼井。  
──あぶない。  
二人同時に気がついた時には、巨大なトラの真っ白な腹が目前に迫っていた。  
 
          
……ああ。……天井が、やけに近く見えるなぁ……  
 
一番はっきりとした意識はそんな感覚だった。  
次いで、自分を覗き込むあびるの無表情な顔が映り、ようやく現状を把握できたのだろう、がば、と起き上った。  
「あイタタタ……」  
「…動くとまだ痛いと思うよ?」  
あびるの声を聞き、初めて自分の体を見てみると、いたる所を包帯やらギプスやらで固められベッドに横に  
なっている状態を確認できた。  
「あ……えーと……。たしか、トラに襲われて……」  
「下敷きになっちゃってた。ラインバックと、私の。」  
「そ……そうなんですか?」  
青ざめながら、体のあちこちを確かめてみる。怪我だらけではあるが、重傷とまでは行っていないようだった。  
「──生きてるんだよね、僕。」  
「…ちょっと首が変な方に曲がってたけどね。」  
何かのついでの様な口調で告げたあびるに、彼の表情は硬直し、額にじっとりと汗が噴き出してきた。  
首の辺りに触れると、きちんとした首輪のようなギプスで固められている事を知る。  
「……瀕死だったんだなぁ。あ……でも、小節さんも無事でよかっ──」  
あびるの方に向き直ろうとして、今度は体ごと硬直した。  
ついいつもの癖が出て、あびるの脚から視線が入ってしまう。  
まず目に入ったのは、大きなギプスで固めた片足と、骨折はしていないのだろうがテーピングとガーゼだら  
けの軸足。そして体重を支える松葉杖。  
ゆっくりと視線を上にずらすと制服の裾から胴に巻かれた包帯が見え、杖を持っていない方の手は三角巾を  
袈裟掛けにして吊り下げていた。  
どう見ても自分より遥かに重傷に見える彼女に、青ざめた顔で言葉を無くしていると、それに気がついたの  
か、あびるの方からゆっくりと口を開いた。  
「あ…… これは救急車を待つ間、ラインバックと遊んでいたから。」  
「……ぼ、僕は、放ったらかしだったんですか!?」  
やや必死な声色の問いにも、あびるは少し小首をかしげただけで、落ち着いたトーンの声で返す。  
「あの子のご飯が、まだだったから。」  
「…………そうですか。」  
どこか納得のいかない様子だったが、やましい気持ちもある分、問い詰める気にはならないのだろう。  
少しうなだれて、視線をじぶんの手元に落とした。  
 
 
空調の立てる低い音だけが静かな病室の空気を震わしている。  
一応、四人部屋なのだが、他のベッドには入院患者はいないようで、少々さみしい印象をうけた。  
窓から差し込む日はすでに薄暗く、曇り空の広がる今日は、夕日も見えない。  
しばし、無言でうつむく臼井を見ていたあびるが、突如口を開いた。  
 
「それで…… 何してたの? あそこで。」  
「え!? え…… ええっと……」  
突然振られた質問。しかし、当然と言えば当然の問いかけに、彼は言い淀んでしまう。  
答えあぐねていた彼を見ていたあびるは、自分の頬に貼られたガーゼを軽く指でなでて、大きな目を一つ瞬いた。  
「いつも覗いていたの? 私を。」  
丸めた背中をしゃっくりの様にビクつかせて、ぎこちない動作で血の気の引いた顔をひきつらせた。  
ほほを伝った汗が自分の手の甲に落ちて、真新しい包帯にシミをつける。  
「……き、気がついていたんですか?」  
「そんな気がしたから。……当たってるんだ。」  
悪戯を見つかって叱られる前の子供── と言うには、もう悪戯では済まない年齢だが、非難される事を分  
かって身構えている表情になっていた。  
そんな臼井に対し、あびるはすました顔で、口調も変えずに言葉を続ける。  
「別に、見られるくらい平気だけど。…堂々と見ていたらいいのに。」  
 
「へっ?」  
ぽかんと口を開いて自分を見る臼井に、あびるは特に言葉を返す事なく視線を彼に向けている。  
怒られている訳でもないのだが、少し視線をそらして彼はぎこちなく口を開いた。  
「…それは、さすがに、その──」  
「こっそり見るのがいいの?」  
「う…………」  
痛いところを突かれた事が自分でもわかった。  
いつも隠れて、──正確には相手に見えていないだけだったが、自分は気付かれていないという確信の中で  
鑑賞行為を続けていたのだ。  
いつの間にか行動は大胆になって行く反面、例え話でも、相手が自分の存在に気づいている状況で堂々と見  
る事など、考えの中には入っていなかった。  
「そう。…まあ、そういう趣味ならそれでいいんだろうね。」  
「しゅ、趣味ってわけじゃ…! 僕はただ、その……こ、小節さんの…」  
「私の……?」  
淡々とした口調で先を促され、臼井はまたしても言葉につまってしまう。  
「……小節さんの…………脚が好きなんです。……だ、だって、内腿にシップを貼るだなんて! もう、誘  
惑されてるとしか……」  
「した覚えはないけど。……こんなんがいいの?」  
事も無げに言い、自分で確認するようにスカートの裾を捲くり、太腿を露出させる。  
まさかのその行動に、彼はアゴが外れんばかりに口を開いて目を見張り、たらりと一筋の鼻血が赤い線を描く。  
「ちょっとキモイかもしれないよ。それ。」  
「そ、そんな事いわれても……!」  
慌てて近くにあったタオルで鼻を押さえる臼井を見ていたあびるだったが、杖に体重をかけながらゆっくり  
と立ち上がると窓の外に視線を向けた。  
 
「見てるだけなら別に見ててもいいよ。……じゃ、帰るね。今日は交くん当番だからもう行かなきゃ。」  
「…あ! 小節さん!」  
唐突にそれだけ告げて背中を向けようとするあびるに、思わず声をかけてしまった。  
振り返り、首をかしげる彼女に見据えられ、視線をそらしつつ適当な言葉をさがす。  
「……先生の所へ行く……んだ……」  
「? ごめん、よく聞き取れない。」  
小声になってしまい、ぼそぼそとした口の中での呟きは、あびるの所までは届かなかったらしい。  
彼は、慌てて別の言葉で言いなおそうとして口を開く。  
「いや、あの、その、……先生の所って楽しい? よく行っているけど……」  
言い終えてから、しまったと言う表情になり、彼は思わず口を手で押さえてしまう。  
しかし、あびるには気にした様子は見られず、少し首をかしげただけだった。  
「そうだね、楽しいかな。一緒にいると。」  
「──で、でも先生って良い所ないよね? 先生のどこが良くて……?」  
あびるは視線を少し宙に漂わせて考えているようだった。  
やがて、口元に小さく苦笑が浮かぶ。  
「全然ないね、いい所なんて。……どちらかと言えばダメな大人だよね。」  
「……………………」  
どう答えたらいいのか、思わず考え込んでしまう臼井に、あびるは少し遠くを見るような表情で微笑を見せた。  
「でも、好きだからいいや。……って、思うよ。」  
何でもないことのようにそう言い残し、もう一度「じゃあね。」と声をかけ、あびるは病室を出てゆく。  
あびるのその一言に言葉を無くした臼井は、しばらく彼女を見送った姿勢のまま動くことができなかった。  
 
 
 
急に静かになった気がする。  
病室に取り残されたような気分になって長い溜息をつくと、まだ耳に残っているあびるの言葉を頭の中で反  
芻してみる。  
 
──見ていても構わない、って事なんだよね…。  
言葉の意味を取り違えていないかゆっくりと思い出しながら、自分なりにまとめてみる。  
──でも、いざ見てもいいって言われると、僕としては…… あれ? 何でだろう?  
…見たいよ。ずごく見ていたい。彼女を、全部。  
だから今まではいつも、偶然を装って会いに行ったり、着替えを見たり、水着姿を見たり、お風呂を見たり  
…… 直接なんて出来ないから、間接入浴したり。  
…でも、それって、もしかして。……僕は、本当はどうなんだろう? 本当に彼女を…?  
 
電気もつけていない薄暗い病室のベッドの上で、一人。初めて、これまでの自分を振り返る。  
さっきまで、緊張して背中を流れ落ちていた汗はすっかり冷え、かわりに背筋に寒気が漂っていた。  
──きっと小節さんは、ためらいも無く言えるんだろうけど…… 僕は、言うなんて事……  
脳裏をよぎったのはこれから先、現状に満足してこっそりと彼女を覗き続ける生き方。  
一瞬だけ自分はそちらに逃げ込もうとして…… その先にあるものを想像し、ギリギリ踏みとどまる。  
 
彼は、シーツをはねのけて一動作でベッドから飛び降りた。  
「あいたた!?」  
刺さったままだった点滴に腕を引っ張られ、痛みに声を上げてしまう。  
ちょっと青ざめた顔で、痛みをこらえて針を抜き取った。  
「なんだよ… 引き止めんな……!」  
突っ込む人など居ない状況だからか、ちょっと言葉使い悪く点滴に毒づき、そのまま病室から駆け出して行く。  
飛び降りた時に少しだけ抜け落ちた髪が、しばし、風の無い部屋の宙を漂い床に消えた。  
 
 
廊下を走り、階段を駆け下りる。  
途中で幾度か看護士さんと擦れ違ったが、何も咎められる事なくロビーまで降りてきた。  
そのまま玄関の自動ドアへ向かい、鈍い音を立ててぶつかり転びそうになってしまう。  
地団駄を踏むように玄関のマットの上で足を交互に踏みならしていると、少し間を置いてセンサーが反応し  
ドアが開いた。  
そこで、スリッパすら履いていない事に気がつくが、一瞬だけ考え、そのまま日の落ちた街中へと飛び出した。  
 
 
ようやく街路灯の点き始めた歩道は人影もまばらで、病院着のままの彼の姿は相当に目立つ。  
多少ふらついた足取りで走る臼井はそんな事も構っていられないといった風な形相で、必死にあびるの帰っ  
たと思われる道を進む。  
ややあって、伸びた歩道の先、横断歩道を渡った信号の下辺りに、松葉杖をついた背の高い制服姿が見えてきた。  
……大声で呼び止めても多分聞こえないよな。  
そう判断し、とにかく追いつこうと目の前の横断歩道を渡ろうとする。  
「うわあああ!?」  
横断歩道を横切ろうと走ってきたトラックにもう少しで接触しそうになり、彼は歩道の石畳に転がってしまった。  
トラックは何事もなかったように轟音を立てて通り過ぎてゆく。  
 
「いたた……」  
はずみでズレたメガネを掛けなおし、怪我の痛みを堪えてよたよたと立ち上がろうとする。  
コツン、と、傍らから杖が歩道を叩く音がした。  
弾かれた様に振り向き見上げると、彼に気がついて戻ってきたのだろう。あびるの長身が自分に影を落としていた。  
「…何してるの?」  
特に彼を心配する様子もなく、相変わらず淡々とした口調であびるが尋ねる。  
「何って……」  
よろめきつつも立ち上がり、自分を見つめるあびるの顔を見て、思考が止まった。  
 
──僕は、何で、何のため。  
 
真っ白になった頭の中でその声だけが繰り返し流れ続けていた。  
だが、それは言葉にはならず、口を開こうとした状態のままで表情が固まる。  
あびるは何も言わず、彼の前を去るわけでもなく、じっと待っているように見えた。  
全力疾走していたのだから寒いわけはないのに、体が震え、歯がガチガチと音を立てて何度も舌を咬んでし  
まいそうになる。  
「鼻……垂れてるよ。」  
ぽつりとしたあびるの声に、彼は焦って袖を当てグスグスと鼻をすする。  
無表情なあびるの顔だったが、少し柔和な空気が降りてきたように思えた。  
 
「…い、いつも……、いつだって、ずっと、君の事を見ていました。…綺麗な脚とか、痛々しい怪我とか、  
内腿見て、湿布を見て、勝手に惚れて、イヤラしい目で見たりしていました……!」  
肩を震わせて、涙で曇ったレンズの向こうからあびるを見つめ、堰を切ったように彼は言葉を続ける。  
「どうせ、…どうせ僕なんて見えてないんだからって、だから…! だから、見てるだけなのは… しかた  
ないよって…… そんな風に考えていて… それで満足した気になっていたんだ……」  
また出て来た鼻をすすり、臼井はぐっと、手で服を握り締める。  
そんな彼を静かに見つめて、あびるは佇んでいた。  
「思ったんだ、さっき。君に言われて。……覗き見る必要が無くなったらって、考えたら… 僕の中の君は  
、何も、誰もいなくなってしまって……! 君を見ていた、追いかけていた理由が全部消えて! …良い事  
のはずなのに、僕は……君の何を好きなんだろうって……!!」  
背中を大きく震わせ、言葉を吐き出す。  
涙で、ベタベタなったメガネが、通り過ぎる車のヘッドライトに照らされ、鈍く白く光る。  
 
「──君の…………何を…見ていたんだろう。僕は…」  
地面を向き、独白するような一言を落としてうつむいたまま、音が聞こえるほどに歯を食いしばっていた。  
あびるは何か考えるように少し目を閉じる。  
彼女から話しかける事は無く、ただ、時折車の行き交う音だけが通り抜けてゆく。  
 
臼井は顔を上げた。涙と鼻水で汚れている顔のまま、あびるをまっすぐに見る。  
「…もう、こそこそと覗いたり追いかけるのはやめる。……僕の事だから、またすぐ同じことを繰り返すか  
も知れないけど。……でも、このままなのは嫌だから。たぶん、ずっと、ズルズルと引きずる生き方しか出  
来ないだろうけど、それでも…」  
赤くなった小さな目を見開き、ぎこちない苦笑を見せる。  
「……君を好きでいさせてほしい。」  
ぽつりとつぶやいて、袖で涙をぬぐう。  
 
あびるは、ゆっくりと目を開いた。  
横断歩道の信号が点滅を始め、瞬く青い光が瞳に映し出される。  
その口が少し動いた。  
「……変ね。」  
「…え?」  
あびるの言葉に、臼井は思わず間の抜けた声を上げてしまう。  
「──だれもいないのに……声がした。」  
言い終わるとふわりと向きを変え、信号が変わろうとしている横断歩道を渡ってゆく。  
彼は呆けた顔で、その様子をただ見ていた。  
 
やがて、信号が赤に変わり、停車していた車が動き出した。  
あびるは一度も振り返る事なく、その背中は少しずつ小さくなってゆく。  
「……ありがと、小節さん。」  
彼は行き交う車の向こうに消えてゆくあびるの姿に、泣き笑いを浮かべていた。  
「引導……わたしてくれて……」  
 
 
          
音を立てて教室の戸が開き、どやどやと男子生徒が入ってくる。  
──ふんぎゃ!?  
「あれ? 今何か踏んだか?」  
「? 気のせいじゃねーの?」  
──気のせいじゃねーよ!  
背中に付いた足跡を手で払いながら、聞こえないとは分かっていても一応苦情の声はあげる。  
そんな臼井の後ろから再び誰かがぶつかり、彼は勢いよく顔面から床に突っ伏した。  
「…………あ、ごめん。」  
「イテテ…… なんだよもう!」  
さすがに腹を立てて、床に膝立ちで起き上がると勢いよく後ろを向く。  
目の前に包帯だらけの長い脚があった。  
「おはよう。」  
頭上からかけられた挨拶に返事をし損ねてしまい、目の前を通り過ぎてゆくその脚を、横目で眺める。  
 
……今日も貼っているのかな?  
ほとんど条件反射で視線を送って確認しそうになり、慌てて目を逸らして通り過ぎてゆくのを待つ。  
 
やがて、あびるが自分の席に座る音を聞いてから立ち上がると、日誌を手に取り教室を出ようと出口に向かう。  
同じく教室を出ようとした生徒が彼の前で戸を開け── その鼻先でピシャリと戸を閉められ、音を立てて  
また顔面を強打してしまう。  
 
──誰も自分に意識を向けない教室の中から、クスッと小さい笑い声が耳に入る。  
痛む鼻を押さえながら振り返ると、こちらを見ていたあびると一瞬だけ目が合った。  
少し照れたように頭を掻いてしまい、ハラハラと落ちてきた物にギョッとして手を戻し、戸を開けて廊下へ  
と出てゆく。  
 
何かにぶつかる音と、小さく上がる悲鳴が遠ざかって行く。  
あびるは再び微笑を浮かべ、自分の腿に貼ってある湿布をゆっくりと剥がした。  
剥がした痕には特に怪我をしている様子は無い。  
ちょっと肩をすくめると、何事もなかったようにカバンを開いて授業の用意を始めた。  
 
 
 

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