「小森ちゃん、イイコト教えてあげますよ。」  
 
 
 
どうしてわたしの体にこんなモノが乗っているんだろう。  
どうしてわたしの皮膚は質感的な重さを感じているの?  
上で動いている汚いのはなんなんだろ。  
もうやだ。  
やっと先生とつきあえたのに。  
 
「…せんせ。」  
 
 
 
「小森ちゃん、イイコト教えてあげますよ。」  
 
クラスメイトはそう言うと、わたしの銃口を手で下げた。  
どうかしてる、と思う。  
だってだって、わたしものすごく怖くて淋しくって、もう顔ぐちゃぐちゃで一晩中歩いてやっと汚い小屋見つけて生き残って先生に会うことだけ考えてなんとか三日間、この場所で心を留めながら生きているのにそのコはそんなのおかまいなしだ。  
戸の辺りから乾いた音が響いた時、  
わたしはとうとう誰かにそういう事をしなければいけないんだろうと覚悟を決めた。  
触ることさえおぞましものに手を掛けるといつものようなおそろしいスマイルで入り込んできた。  
ほんと、どうかしてる。  
 
大体、どうしてわたしたちは安っぽい映画のような事態になっているんだろうか。  
 
「まあまあ、そんなに怖がらないで。」  
わたしの銃口をゆっくり下げるとニコニコしながらそう言った。  
「お菓子でもどうですか?」  
ポケットに手を入れたので再び銃を向ける。  
「もぉ、やめて下さいよお!」  
ゲラゲラしながらそのコは両手をあげた。  
どんな強い神経をしてるんだろう。もしかしたらいわゆる手遅れなのかもしれない。  
「安心して!襲う気ならわざわざ小屋に入ったりしないもの。小森ちゃん、銃も肩も震えているよ。」  
三日間、こういう状況で一人でいるのは引きこもり気味のわたしでさえどうにかなる寸前で、その言葉はかなりわたしの心を揺さぶった。  
けれど、とてもじゃないけど信用できる状況じゃあないから、わたしのと同じ緑のバックをひっくり返してもらった。  
「ポケットも…」  
「心配性だなあ。」  
クラスメイトは紺色なプリーツスカートのポケットに手を突っ込むと、一気に引っ張って中の生地を見せた。  
同時にいろとりどりの銀紙に包まれたお菓子たちが音をたてる。  
私物はすべて没収されたはずなのに。  
「あめとチョコ。どっちがいいかな?」  
チョコ。と呟いてわたしは静かに銃を置いた。  
 
「武器、どこに隠してるの?」  
そう問うとそのコは口を大きくあけて驚くようなマネをした。  
「やだなあ、さっきあれだけ証明したのに。」  
「そういう意味じゃないよ。」  
口の中で消えたチョコの包み紙をていねいに折りながら、わたしは問いただす。  
「外のどこかにでも隠してるんでしょ。きっと教えてくれないんだろうけど。」  
「私、武器なんて持ってないもの。」  
「…下手すぎるウソは冗談にも聞こえないよ。  
全員に支給されたんだもん。それとも誰かに取られたの?」  
「すてたよ。」  
笑顔で言われた。  
わたしは数秒、すべての動作が停止した。  
わたしが銃を置いた理由はそのコを信用したわけでは決してなく、  
小屋ではわたしを襲わないと判断しただけだ。  
きっと上手く言いくるめてわたしを外に連れ出す気なんだろう。  
それだけその言葉は真実味をおびていたから、としか説明できなかった。  
もともとそのコが信用できなかったのはわたしの警戒心だけであって、言うこと自体にはなんというか不思議な説得力がある。  
たぶん、女の勘みたいなものがわたしを確信づけたんだと思う。  
 
「…その、よくわからない、どうして。」  
「いらないから。」  
「いらないもなにも、生きて帰れるのは一人きりなんだよ?」  
確か今日は最終日のはずだ。  
 
「最終日の午後九時時点で生存者が二人以上の場あっいッ…」  
先生はルールの説明中、最後のさいごで泣きだしてしまった。  
日本でこのゲームのルールを知らない人間は誰一人いない。  
みんな終始無言で、教室は先生のすすり泣く音だけが響き渡った。  
 
「小森ちゃん、もう誰か殺したの?」  
直接的な質問はわたしの鼓動を早める。  
「…まだ。」  
「私も。」  
「どうして…?生き残ったとしても一人でない限り、みんな死んじゃうんだよ。」  
それはわたしへの質問でもある。  
 
 
いつも先生のそばにいたあのコは、先生と離れたくないと駄々をこねて死んでしまった。  
静かな教室が初めて騒がしくなった。  
待ちきれず黒いリモコンのスイッチを押したのは見知った老年男性教師。  
先生は押せなかった。  
 
 
今でも鮮明に思いだせる。  
大きな爆音のあとに嗅いだこともないような臭い。  
悲鳴と嘔吐。  
よくわからない沢山の水分が散らばっている。  
わたしも最後の一人にならない限りああいう風に死ぬんだとおもう。  
 
 
うっとうしくてたまらない首輪のような機械を擦ると目線を感じた。  
「小森ちゃん。もう時間がないよ。」  
わかってる。  
外はまだ明るいけど九時になるまではそう長くない。  
すぐ近くにあるスピーカーからは沢山のクラスメイトと禁止エリアが流された。  
この区域も、もうじき放送されるだろう。  
この機械には生命感知装置と爆弾以外に発信機もついていると聞いたから、  
もしかしてどこにも移動しないわたしを最終日まで残したのかもしれない。  
娯楽目的に。  
 
「わかってるッ、わかってるけど…」  
「キモチはよくわかるわ、小森ちゃんは誰も手にかけたくないんでしょ。私だって一緒だもの。だからナイフだって捨てたの。」  
「けどっやだッ、わたし、しっ死にたくなァっ。」  
なんで泣いてるんだろ、わたし。  
確かにこのゲームの生還者のプライバシーなんてあってもないようなもので、  
人殺しとして常に周囲の好奇の目に晒され、時に蔑まれ、そして記憶が心を蝕み毎年自殺者が後を断たないらしい。  
これじゃあ殺されたのと同然だ。  
 
「もう一個あげるわ。」  
「今度は飴がいい。」  
いちご味はわたしの呼吸を落ち着かせた。  
 
「さっき言ってたイイコトって?」  
そのコはああ、と小さく呟いてわたしに目線を合わせた。  
「ここを出た西の林の奥にある建物、知っているかな?」  
「ああ、あの…」  
初日に歩きまわっていた時に見つけたことがある。  
洋館風の大きな家だった。  
さぞかし美しい造りであったんだろうけど、すっかり廃れてその面影はなかった。  
「あそこにはもう行った?」  
「ううん、まだ…。」  
妙に不気味で目立っていたし、誰かとはち会うのがイヤだった。  
「そこがどうかしたの?」  
「小森ちゃん、愛ってすごいと思わない?」  
「えっ?」  
「愛は無敵よ。」  
「よくわかんないよ…。」  
「あの家には愛しい少女を待っている悲劇の主人公がいるわ。」  
「あっ。」  
言わんとすることがわかった。  
「小森ちゃん、一月前から内緒で先生と付き合っていたんでしょ。」  
「なんで知って、」  
私にはわかりますよ〜。なんて唄いながらクラスメイトはキラキラ笑う。  
「悲劇の物語の最後をどう変えるのかは、小森ちゃん。あなただけだよ。」  
ドラマみたいな決め顔で言われた。  
友情のような連帯感は、わたしをついに心から信用させた。  
 
わたしは誰かを殺すなんて絶対にやだ。  
だからクラスメイトを殺すなんて絶対にしないとおもう。  
きっとわたしは今日の九時にそのコや他のクラスメイトと一緒に死んでしまうんだ。  
構わない。  
けど最後は、先生のそばにいるんだ。  
銃を初めて持った時の何十倍もの勇気が嘘みたいに集まる。  
 
 
「ウソじゃない?」  
「やだなあ〜、私嘘ついことないのに。」  
「そっちは時間までどうするの?」  
「ポロロッカ星に救助を要請します!」  
「それじゃあ、バイバイ…。」  
「冷たいなあ。」  
 
わたしは水とわずかな食料を持って、小屋を出た。  
もちろん小さな銃を置いて。  
 
わたしは武器なんて、いらない。  
 
 
木々だけの景観は記憶よりも早く終わった。  
いざ建物を前にすると躊躇する。  
罠なのかと、まだ疑ってしまう。  
いいや、あのコの仲間がいるとしても時間がない最終日にそんな面倒な殺し方ををするとは思えない。  
徒党を組んでいないとしても、わたしが小屋を出た時に襲う方が到底楽だ。  
黒く汚れたドアの前で立ちすくんでいると、聞きなれたメロディが流れてきた。  
今日はトロイメライか。  
 
声はカウンセリング室のあのカタ。  
「禁止エリアの発表です。B-36、B-36。該当エリアにいる生徒は午後六時までに移動すること。」  
とうとうこの地区だ。  
支給された時計を見ると短い針は4を指している。  
「あと二時間。」  
わたしは意を決して大きな扉を開いた。  
 
廊下は思ったよりも強くホコリが舞っている。  
咳が止まらない。  
「一体どこに…。」  
 
このふざけた遊びに巻き込まれた場合クラスの担任教師は大抵、精神疾患を理由に退職するらしい。  
いくらただの死にたがりと言われる先生だって、その繊細な神経がどうなってしまうのかは明白。  
自殺どころか死ぬまで廃人になることだって想像できる。  
わたし自身もおぞましい想像だとわかっている。  
けれどその想像はこの世界では常識なんだ。  
 
「…大丈夫って言ってあげなきゃ。」  
 
「うッ、ぐっッハ、」  
泣き声!  
 
その声はとても大きくって、鼓膜がぶるぶる震えて、となりのドアの奥からだとよくわかった。  
ホコリだらけのノブに手をかける。  
「先生…?えッ、?」  
 
 
その光景はわたしの小さな想像力を大きくとんだ。  
 
いったいどう言えばいいんだろうか。  
その部屋にいたのは先生でもなんでもなくって、よく知ったクラスメイト二人だった。  
しかも一人はぐったり倒れていて生死すらわからない。  
さらによくわからないのはもう一人で、倒れているあのコの上に跨がって腰を打ちつけている。  
それは、その、あのおぞましい、強姦と言われるものなんだろうか。  
「ひッ、ぐゥっ、あっあビィっるチゃッ、」  
わたしのことは気づいてないのか気をとめていないのかよくわからないけど、そのヒトはひたすらそういう事をくりかえしている 。  
泣きながら。  
いつもキレイにセットしていた薄い髪もぐちゃぐちゃだ。  
充満したカルキのような臭いにわたしは顔をしかめて、倒れているあのコに目をやる。  
死んでいる、とすぐわかった。  
だって、目をずうっと見開いてて、いつも穏やかな顔は見たこともないような恐怖で充ちていて、フワフワしていてみんなの憧れだったお下げもバラバラにほどけている。  
トレードマークの包帯やギプスがなければ誰かわからないだろう。  
 
一刻もはやく逃げなきゃ。  
わたしはなるべく音をたてないように、ゆっくり後ずさりする。  
「あっ、」  
気づいた時には腰にビリビリとした痛みが走っていた。  
目に写るのは蜘蛛の巣だらけの天井。  
体を起こして足の方に目をやると、あのコのほどけた包帯が絡み付いていた。  
これのせいだ。  
包帯を取ろうと手を近づけると、お決まりと言うか何というか、ギラギラした視線を感じる。  
気付かれたんだ。  
「あッ、そのっ、」  
「うッゥ、うゴかッなぁっ、ァっッ、あビぃッ、ィルぅっゥウ、チ、ちャァ、ンッ、」  
「えッ、?あ、しっ、しんでる。」  
どうみても自分で殺したくせに覚えていないようだった。  
とりあえず急いで包帯を絡め取り、立ち上がる。  
緑のバックを手にとり「おぞましい光景」に背を向けた瞬間だった。  
 
「ァァァぁああッびるチゃン!」  
迫ってくる大きな影に、わたしは為す術がなかった。  
 
 
どうしてわたしの体にこんなモノが乗っているんだろう。  
どうしてわたしの皮膚は質感的な重さを感じているの?  
上で動いている汚いのはなんなんだろ。  
もうやだ。  
やっと先生とつきあえたのに。  
 
「…せんせ。」  
痛いいたいイタイ。  
もうどのくらい、わたしはこの男に犯され続けているんだろう。  
こわいよ、だれかたすけてよ。  
「ウッ、ッあっ。」  
上を見上げればその男は動物のような顔で奇声をあげつづけている。口もとからはたくさんの涎が垂れていてわたしのお腹の上に落ちてくる。  
「あぁあああああッ!」  
わたしはただ泣き叫ぶことしかできなくって、もう鼻水と涙で顔がぐちゃぐちゃで、初めては先生って決めてたのに、と言う思いばっかりで、けど下半身の痛みは止むことがなくって、抵抗をいくらしても、バカみたいに力が強くて、まったく意味がない。  
目線を下の方にそらすと真っ赤な血液がわたしの太ももの間から流れていて。  
それはこの醜悪な男のせいで出た血だ。  
もうわたしは、まだ自由の効く両手を暴れさす意外になにもできなかった。  
 
ポンと右手が何かに当たった。  
それはその男のズボンのポケットだ。  
ひょうしに空中に舞い上がったアレをわたしはすぐさま認識した。  
 
美しい銀紙。  
 
 
 
みかんを持った可愛らしい少女が印刷されている。  
上からの力をできるだけたえて、  
となりに倒れているあのコのスカートのポケットに手をのばす。  
 
 
やっぱりだった。  
 
 
 
もうわかった。うん。わたし嘘つかれたんだよ。うん。でもね、わたし先生とホントに会いたいよ、あいたいあいたいあいたい、愛しているの。  
好き好きすきすき、こんなヤツの下で死にたくない、わたしお父さんともあいたいよ  
二人ともだいすきあいしてるあいしてるあいしてるあいしてる  
ねえ、すきなの愛しているの、せんせいたすけてよせんせいだってわたしがしぬのはいやなんでしょ、  
あいしてあいしてるせんせいもそううぬぼれかなあいしてるあいしてるあいし  
 
 
 
 
 
END  
 
 
 
 
 
「生存者はあなたですか。」  
「やだなあ、先生。  
そんな憎しみをこめた目で見ないでくださいよ。  
私は先生の恋人も大事な生徒も誰一人殺してなんかいませんよ。  
それに恋人が亡くなられたのは確かタイムアウトで、でしょう?」  
「嘘をついたんだろ!」  
「この首輪やっぱり盗聴機付いていたんですね。  
あと私、嘘は生まれてから一度もついたことがないんです。」  
 
私に武器なんて、いらない。  
 
 

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