3月。  
学年末テストを全て終わらせ、安堵の表情を隠せない生徒たちのいる教室へ、望は入った。  
 
ガラリ  
 
「静かに。静かにしてください。──皆さん、テストが無事終わって安心しきっているようで  
 
すが、春休みにも課題は出るんですし、勉強はサボらないでください。終わります」  
簡単な挨拶を済ませ、望は教室から出て行く教え子たちを見送っていく。  
 
「先生、さようなら。あ、明後日お茶会があるんで、よかったらいらして下さいね。」  
「ありがとうございます。では伺いますね」  
「来なかったら……。」チャキン  
「やめてください…しまってください、それ」  
 
          「先生、図書委員会はいつでしたっけ」  
          「7日ですよ。久藤君にも伝えてあげてください」  
          「分かりました」  
          「あと、テストの日ぐらい、上にシャツを着るのはやめなさい」  
 
「先生!今度宿直室で、望准本描くの手伝ってもらえませんか?久藤君と一緒に。モデルがい  
たほうがやりやすいんで…ヘヘヘ」  
「嫌です」  
「准望のほうがいいですか?」  
「帰ってくれませんか…」  
 
ふと教室の後ろを見ると、生徒が一人、窓の外を眺めながら帰る様子も見せず座っていた。  
 
「何してるんですか?日塔さん」  
「…………」  
「日塔さん?」  
「………………」  
奈美は黙ったままだ。  
教卓を離れ、つかつかとそこに近づく望。  
ようやく気づいた奈美が、少し頬を赤らめて耳からイヤホンをはずした。  
「何をしているんですか」  
「すいません。iPod聞いてて…」  
「最初からずっと聞いてたんですか?」  
「ごめんなさい…」  
苦笑いをする奈美。  
「はぁ……まあいいですけどね。どうせ私の話なんて、誰も聞いてくれやしないんですから……」  
ブツブツいいながら床にしゃがみ込み、指でのの字を書く望。  
「あ、え……そんなに落ち込まなくても…すいませんでしたって」  
怒られるかもと思っていた奈美は、逆に先生がかなり落ち込んでしまい、拍子抜けしたようだった。  
「えっと……ねえ先生!ちょっとお話しません?」  
「え…何をです?」  
「まあ…いろいろですよ」  
奈美は照れるように笑った。  
「…まあ……いいですよ」  
望も笑って答え、奈美の前の席に座った。  
 
「ところで、なぜそんな風に感慨にふけっていたのですか?」  
望は尋ねた。  
「え?いや…なんていうか、少し考えてて…また1年が過ぎたなぁって」  
「音楽を聞きながら?」  
「はい。もうすぐ3月9日ですから…あ」  
奈美はそう言いかけてすぐ、しまったというような表情になった。  
「…やっぱりあなたらしいですね。──普通」  
「普通って言うなぁ!」  
あはは、と明るく笑う望。  
その様子を見て、奈美ははぁ、と小さく溜め息をついた。  
 
「もう、慣れましたよ。先生に『普通』って言われるの」  
「そうですか。はは」  
「ていうか、みんな言いますけど…私、そんなに普通ですか?」  
「普通ですね。かなり」  
「もう…」  
奈美は呆れたようにつぶやく。望はそれを見て、また苦笑している。  
「先生もですけど…みんな、私に対してなにかと酷すぎますよ。何かあったらすぐに普通、普通って」  
「でももしあなたが人から嫌われていたら、誰もあなたのことを普通だなどとからかったりしませんよ」  
「…そうですかね?」  
「当たり前です」  
「…でもなあ…」  
奈美はまた溜め息をつく。  
「どうしたんです?」  
「…この際だから言いますけど、聞いてくれます?」  
「…?いいですよ」  
 
開け放した窓から入ってくる風が、頬をなでて心地いい。奈美は少しずつ話し始めた。  
「私、小さい頃から普通な子だねって言われ続けてきて…何をやっても普通だね…何を言って  
も普通だね、って。成績も普通、運動も普通。あびるちゃんみたいに頭がいいわけでもないし  
、晴美ちゃんみたいに運動もあんまりできない…趣味も特技も特にないし…やっぱり私、この  
まま平凡に生きていかないといけないのかなー?って。普通が悪いことにしか思えなくて…み  
たいな」  
担任の先生に相談したはいいが、普段からこの男に普通だと言われ続けている手前、こんなこ  
とを愚痴るのもなんだか気恥ずかしくなって、奈美は照れ隠しに最後を明るく言ってみせた。  
すると、溜め息を漏らすように望が尋ねた。  
「日塔さん。あなたは、自分が特別視されていないと思ったりしているんですか?」  
「え?」  
「誰もあなたの事を特別だと思っていないと、本当に思っているんですか?」  
望は半分呆れたような口調である。  
「…そりゃ、あれだけ普通だって言われたら…」  
「…鈍い」  
「!?今、なんて」  
「鈍いにも程があります。馬鹿なことを悩むんじゃありませんよ」  
「な……ひどっ!そんな言い方!」  
奈美は怒ったように言った。  
「私だって、これでも結構悩んで……!」  
「ちょうどいい機会です。これから暇ですか?」  
「…え?」  
「暇ですか?」  
「…ええ、まあ…」  
「じゃあ、ついてきてください」  
「……?」  
奈美は、席を立った望につられて立ち上がり、よく分からないまま横に並んで歩き出した。  
 
途中で職員室に寄った後、二人がやって来たのは音楽室だった。  
「先生?音楽室って何で…何をするんですか?」  
「さっきは例によって『普通』と言ってしまいましたが、先生もその曲、結構好きでしてね。  
ピアノで弾けるように練習したりもしたんですよ。自分で言うのもなんですけど、少し自信あ  
りますから」  
照れ笑いを浮かべながら望はピアノの椅子に腰を下ろし、蓋を開けてポロロンと指を流してみ  
た。その仕草がまた美しく、奈美の鼓動がほんの少し高鳴った。  
「聞かせてあげましょうか?」  
望が微笑んで言う。  
「へえ…聞いてみたいです。聞かせてください」  
奈美も笑い返した。  
 
 
 
──流れる季節の真ん中で ふと日の長さを感じます──  
 
 
静かな旋律が耳に吸い込まれていく。  
目を閉じてそれに聞き入る奈美。  
 
先生、やっぱり上手いな…  
 
 
初めてあったのは、心配されたくて登校したあの日。  
不下校対決で、小森霧にあっさりと負けてしまったあの日。。  
でも思えば、そんなへ組の人達の楽しそうな雰囲気に惹かれて再びやって来た学校。  
次の日朝一番に先生は言葉をかけてくれた…  
 
 
────また不登校になりたくなったら、先生に言いなさい。一緒に解決してあげますよ  
                            (自殺的な意味で)  
 
 
考えてみたら、あのときから自分はすでに惹かれていたのかもしれない。  
先生の笑顔と、飾らない優しさに…  
 
 
──瞳を閉じればあなたが 瞼の裏にいることで  
  どれほど強くなれたでしょう あなたにとって私もそうでありたい──  
 
 
生暖かい室内の空気、  
座っている机の匂い。  
そして、耳をくすぐるメロディ…  
 
 
そこにある全てが、奈美と先生だけを包み込んでいる…  
 
いつの間にか演奏も終わって、その余韻に浸りながら、奈美は静かに拍手した。  
 
「どうでした?」  
「すごく良かったです…感動しました」  
「ありがとうございます。あなただけに、『特別に』弾いてみたんですが…」  
「え」  
奈美はハッとして、望の顔をみた。望は奈美に微笑みかける。  
「日塔さん。あなたもたいがい、自分を卑下しがちですよね」  
「…え?」  
 
「自分が特別に思われていないと考えるのは、大きな間違いです。『普通』であることを恥じ  
る必要はありませんよ」  
「………ぁ……」  
「私も、あなた『だけ』にしか『普通』だと言いませんしね。からかうのが面白いというのも  
ありますが…オホン。私も含めて、みんな───」  
 
 
そういう普通なあなたが、一番好きだからですよ──  
 
 
「…………」  
奈美の顔が真っ赤に染まっていくが、それは夕焼けの紅で隠され──たりせず。  
まだほんのお昼過ぎ、明るすぎる室内で、その様子は望にも手に取るように分かる。  
「あなたのその性格は、あなたの個性でありあなたの魅力なんです。もっと胸を張りなさい。  
……それとも、やはり『普通』といわれるのは嫌ですか?」  
奈美は恥ずかしさやらうれしさやらいろいろあって、下を向いている。  
「───正直、ちょっと分からないです」  
奈美が俯きながら答えた。  
「でも、先生にそういってもらえると────悪くないかもしれません。普通も」  
顔をあげた奈美。彼女らしい明るい笑顔が映える。  
「それを聞いて安心しました」  
望はそう言うと、本当に安心したように笑顔を浮かべた。  
おかげで奈美も、すっかり元気を取り戻したようだ。  
「先生!今度は私が弾きます!」  
 
「メリーさんの羊ですか。やっぱり普通ですね」  
「普通って言うなぁ!」  
 
 
────────────────────────────────────  
 
 
「やっぱり、先生は先生だなあ……」  
校庭を横切りながら、上機嫌につぶやく奈美。  
あれからずいぶん時間もたって、西の空はだんだんと赤みを帯びてきている。  
 
 
普通なあなたが、一番好きですよ───  
 
 
「ホワイトデーのときといい、先生に『好き』って二回も言ってもらえたの、私だけだったり  
して……なんてね。──フンフフーンフフン……」  
いつの間にかスキップになってしまっていたその足取りで、鼻歌を歌いながら奈美は家路に着  
く。  
 
 
 
「やっぱり、日塔さんはああやって元気でないと──ね」  
───それが彼女のいいとこですから。  
音楽室に残って、上からその様子を眺める望。  
やがて窓から離れ、望はさっきまで座っていたピアノの椅子に再び座り込む。  
 
「……時間の過ぎるのは早いものです」  
先ほどと同じメロディーが、音楽室とそこに繋がる廊下にまた響きわたっていく。  
 
 
──流れる季節の真ん中で ふと日の長さを感じます──  
 

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