私の手元にあるのは、一台の携帯ゲーム機。無駄に豪華なCGもなければ、下手すればPCにも匹敵する
タッチペン機能とも無縁な、そろそろ旧式の部類にカテゴライズされそうな代物である。
長らく愛用したためだろうか、あるボタンは見るからに凹んでいて、押してもほとんど反発してこない。
そんなゲーム機で今回プレイするソフトは、『リリキュアGOGO!』。愛らしい女の子達が描かれた
ラベルが目を引く。
なぜこのゲームを購入したのかというと、つまりは不純な動機からなのだが――
後から考えれば――否その場で気付かない時点で人間としてアレだが――愚かな妄想だと解ってはいる。
子供を対象にしたゲーム機で、成人向けのソフトが製作されるなどありえない話だ。百歩譲ってそんな
暴挙に出るメーカーがあったとしても、ソフトは特定の販売コーナーに置かれるはず。あるいはパッケージに
自治体の注意ラベルが貼ってあって然るべきなのだ。
『リリキュアGOGO!』は、いずれにも当て嵌まらなかった。にも関わらず下心丸出しで買ってしまう人間は、
よっぽどのアホかピュアハートの持ち主以外には存在しないだろう。
私が前者か後者かと問われたら、後者に位置すると今は強く信じたい。
揶いたければ揶うがいい。この際批判は甘んじて受けようではないか。
家に帰ると我にも返る。
がっ狩りとしては秀逸ではないかと自嘲しつつ、ソフトをゲーム機に装着して電源を入れた。
愚かな購入者を嘲るような、一種ギャルゲーを思わせるタイトル画面には、『はじめから』『つづきから』
『おまけ』のメッセージ。
迷わず『おまけ』にカーソルを合わせて決定する。その先にはモンスター図鑑とBGM集の他に
イベントムービーがあった。しかしその内容は、僅かばかり残っていた私の淡い期待を完全に粉砕する
硬派な代物だった。パンチラ一つありはしない。秀逸どころか、まさに最高のがっ狩りだ。
肩を落としてタイトル画面に戻り、今度は『つづきから』を選択。
カフカレベル99、最大HP9999の表示が、四段あるセーブデータの最上段で誇らしげに残されていた。
私が買ったのは中古ソフトである。以前の所有者が残したものだ。けれどもRPGでのレベル99なんて、
時間を掛ければ誰にでも可能なものである。
それよりも私の注意を引いたのは、二段目に遺されていたデータだった。
カフカ :レベル2 HP66
メル :レベル1 HP51
ふつう :レベル1 HP56
キッチリ:レベル4 HP105
極端に低いレベルのデータがなぜ残っているのだろう。しかもレベル1でない辺りが中途半端な印象を与える。
途中で投げ出したのかという疑問を頭に浮かべながら、私はそのデータをロードしてみた。
暗黒の背景に、星らしき輝点がまばらに浮かんだステージが画面上に展開される。
その中央にはセーラー服に身を包んだ二頭身の女学生。
この女学生キャラがカフカ。先程開いたメニュー画面の上で名前を確認済みだ。
ここはどこだろう。茫洋とした宇宙空間を思わせる画面上に、彼女の他に目印になりそうな物は何も無い。
方向キーを使って二頭身のカフカを左に移動させてみる。目印がないので移動は一歩ずつ慎重に行なう。
何の前触れもなく画面が派手にスクロールした。モンスターとのエンカウントを告げているのだ、と直感的できた。
二頭身のセーラー服たち四人が、素早く画面の右側に展開する。画面左には三匹のモンスター。
画面左下のウィンドウに表示された名前を確認して、私はそれが見間違いでない事を再度確かめた。
リピドー :2
コッコむかし:1
何なんだこのモンスター達は――
などと製作者の命名センスを疑う暇もなく、『先制攻撃のチャンス!』というメッセージと共に
ふつうのコマンドウィンドウが素早く開く。
⇒たたかう
しっぽ
うたう
アイテム
『たたかう』コマンドを選択し、次に現れたターゲットカーソルを前衛下段のリピドーに合わせる。
ふつうの攻撃はリピドーに対して120ダメージ。
攻撃を受けたリピドーが光る。画面上部には『風が吹いても反応する!』と表記されたメッセージ。
ふつうに1266ダメージ。ふつうはあっけなく倒れた。
――ちょっと待て、こいつら雑魚モンスターじゃないのか。
最大HPの20倍にも及ぶ被ダメージだなんて、マゾゲーマーがRPGツクールで妙な設定でもしない限り
有り得ない話だ。本当にここはレベル一桁で辿り着けるような場所なのか。
戦闘はまだ続いている。次にコマンドが回ってきたのはメル。ウィンドウが素早く開く。
⇒たたかう
まほう
しっぽ
アイテム
『たたかう』でダメージが通らない事を学習した私は、メルのコマンド上で『まほう』を選択する。
魔法一覧のコマンドが開く。
『デンパ1』『デンパ2』『デンパ3』――
迷わず強そうな『デンパ3』にカーソルを合わせ、決定ボタンを押そうとしたその時だった。
あからさまなエラー音が鳴る。選んだ魔法の隣に表示された数字は、どうやらMPの消費量らしい。
そして『デンパ3』の消費MPは38。対するメルの最大MPは5。
――使えねー魔法なんか、わざわざ手元に置いておくなよ。
仕方なく一番弱そうな『デンパ1』を選択。これでも一発しか撃てない。
ターゲットはふつうが攻撃した前衛下段のリピドー。案の定というか、リピドーのダメージはたった66。
ただし例のメッセージは現れず、恐怖の4桁ダメージも飛んで来ない。
これで『風が吹いても反応する!』が、『たたかう』に対するカウンターだという確信が持てた。
さもなくば味方の先制攻撃中にリピドーが動ける訳がないのだ。
次はキッチリの順。
⇒たたかう
ぼくさつ
そせい
アイテム
当然『たたかう』以外のコマンドを念頭に置いて選択したコマンドは『ぼくさつ』。
『そせい』という手もあるのだろうが、この場でふつうを復活させるメリットが思い浮かばなかった。
どうせ一撃で死んでしまうキャラを復活させるより、他のキャラの攻撃能力を見ておきたい。
ここでドラマが起こった。
キッチリがスコップらしき武器を振ると同時に、『血のエレメントアタック!』とメッセージが流れる。
なんと味方キャラの最大HP上限値と同じ、9999ダメージを叩き出してリピドーを一撃の元に葬ったのだ。
――ちょっと待て、なんでレベル4のキャラがアホみたいに高いダメージを記録するんだ。
ちなみに例のカウンターも発生しなかった。『ぼくさつ』が内部処理の都合で物理攻撃から外れるためか、
それとも撃破時にはカウンターが発動しない条件に設定されているのかは、この時点では判らない。
時の刻みは私だけのモノではない。瞬く間にカフカの順が回ってくる。コマンドオープン――
⇒たたかう
うたう
かくれる
アイテム
ここは『うたう』を選択。すぐに『うたう』コマンドの選択画面が開かれる。
⇒あいのうた
ひきこもりのうた
しゅふのうた
しっぽのうた
ようせいのうた
etc...
どこかで聞いたような名前だなと思いつつ、『あいのうた』を選んでみる。選んだ根拠は特にない。
絶対にない。愛とも藍とも絶対に関係がない。執拗いようだが、ないと言ったらないのだ。
ないはずの何かを期待すること1秒弱。
画面上でカフカが舞い、歌と思しきサウンドイフェクトが流れる。同時に画面上でメッセージが現れた。
♪突然死じゃないのよラヴは突然
私が驚いたのは、愛とも藍とも程遠いメッセージの内容ではない。『あいのうた』の意外な効果だった。
なんとカフカは残ったリピドーとコッコむかしに対し、4000強にも及ぶ大ダメージを与えたのだった。
――とこが愛の歌だ、破滅の歌の間違いじゃねーか。
唖然とする私を無視するよようにゲームは進む。キッチリ、カフカに続いてコマンドが回ってきたのは、
既にMPの尽きたメル。
使えるコマンド持ちの二人に続いて、使えないキャラと来たか。期待を持たずにアイテムコマンドを選択。
⇒ちゃっかりさん :99
ほうたい :99
あたらしいボディ:99
こくそじょう :11
クリスタルひとし:06
とうめいカツラ :99
etc...
もう一々命名センスには突っ込むまい。『ちゃっかりさん』を選ぶと、ターゲットカーソルはリピドーを
狙った。どうやらこれは攻撃もしくは補助アイテムらしい。
という事でそのまま『ちゃっかりさん』を使用。メルから放たれた炎がリピドーを包み、2281ダメージ
与えて撃破してしまった。
――あれ倒しちゃった、もしかしてメルも使い様なのか。
残ったのはコッコむかし一匹だけ。これなら次のキッチリの攻撃で勝てるだろう。
キッチリのターン、迷う事なく『ぼくさつ』を選択。
大仰なクリティカルヒットのメッセージコマンドと共に与えたダメージはたった467。カウンターは無し。
『ぼくさつ』コマンドの9999ダメージは一定の確率で発動するのか、それとも有効な敵が限定されるのか。
前者ならばある程度覚悟して使う必要がある。後者ならば有効な相手を見極めるのが肝心だ。
次のカフカは『うたう』、ただし敵全体に大ダメージを叩き出した『あいのうた』ではなく、『ひきこもりのうた』を選択。
カフカが舞う。
♪あなただけが生きがい
続いて流れた『ぼうぎょUP』というメッセージと共に、倒れたふつうを除く全員が黄緑色に点滅する。
果たしてその効果はいかなるものか。次はメルかと思いきや、ここでコッコむかしが動いた。
そう言えばずっと味方のターンだったかと今更気がついた。
敵が行動を開始するまで、各キャラに二回ずつコマンド入力できた計算になる。
――もしかしてこいつら、レベルの割りにメチャメチャ素早いのではないか。
コッコむかしの行動は『つよくはかないものたち』。カフカたち全体に対し、110あまりのダメージ。
恐ろしく低いレベルにも関わらず頑張ってきたカフカたちが、一人また一人と倒れていく。
最もHPの高いキッチリでさえ、この一撃には耐えきれなかった。
『パーティーは絶望した…』
――全滅じゃないのかよ。
マイナーな曲調のBGMと共に流れるユニークなメッセージに毒突きながらも、私はある確信を抱いていた。
この低レベルであんな強敵でさえ、あと一歩で撃破できる所まで漕ぎ着けたのだ。ふつうの最初のコマンドで
『たたかう』を選ばなければ、今回エンカウントした敵を殲滅できたに違いない。
たとえレベルが低かろうが、ユニットの能力を最大限に活用すればどんな敵でも倒せるはず。
基本的にRPGというのは、レベルを上げて敵に挑む限り、誰でもクリアできるように設計されている。
しかし低レベルでゲームクリアを目指すのならば、プレイヤーの知識や技量をかなり問われる事になる。
このセーブデータを残したプレイヤーは、それをやり遂げたのだ。それも極端に低いレベルを保ったままで。
面白い。私も挑戦してみようではないか。
もう一度ロード画面を開く。最初は見逃していたが、セーブ情報の一角に現在位置が表示されている。
『うちゅうのしんり 13かい』
いかにもラスダンらしい命名ではないか。しかも13階ということは、すぐ先にラスボスが待機している可能
性は高い。
このデータでラスボス撃破と行ってみよう。少し考えれば私にも出来るはずだ。
その後私は数時間セーブ&ロードを繰り返した。
カフカ達が持つ能力を把握したり、ボスの下へと辿り着く安全な経路を真っ暗な画面の中で調べたり、
どのアイテムがどの敵に有効なのか、とんなコマンドを誰に付けると有効なのか頭を悩ませ、
最後はラスボスである仮面教師ゼツボウに二十回以上挑戦して撃破成功と相成ったのだが。
それはまた別の話という事で――