北国から先生を強制的に連れて帰って来たのはいいが、糸色望は、その頭に普通の人間ではあるはずのない毛並みのいい、獣の耳が生えていたのだ。そして腰の辺りには尻尾が生えている。今は、家に帰ってきて嬉しいのか、勢いよくその尻尾は振られている。
まといは、ふさふさの耳を触って、うっとりと目を細めた。その獣は、くぅ、と小さく可愛らしい声で鳴いた。
まといはじーーーっと望を見つめた。その視線を受け止め、望は少し首を傾げた、頭の上の耳が、ぴくりと動く。
まといは、望を見つめながら望の耳をふにふにと弄くる。時折ピクリと何かに反応するように動く耳。
「先生、可愛い……」
まといはうっとりと嘆息を吐きながら呟いた。
―――ぞわり。
「………?」
まといが、己の耳に触れたとき、一瞬、本当に一瞬だけ走った感覚。そうそれはまるで、全身が粟立つかのような……。
まといは相変わらず耳を触っていて―――そうして見詰めていると、ふとまといがこちらを見た。
まといの瞳と、視線がかち合って
―――ぞく、ぞく……
再び背筋に走る、怖気にも似た感覚。今度こそはっきりとした、明確な感覚だ。望は少しだけ眼を見開かせた。
まといは望の変化に聡く気がついたのか、不思議そうに小首を傾げて。
「先生……?」
己の名を呼んで。
眼の奥でちかりと何かが弾けた気がして。その刹那
まといの胸元へと望が飛び込んできた。
「……せ、せんせい!!?」
突然の望の行動に、まといは驚いて自分の胸元に縋り付く望を見下ろした。望の腕がまといの体を抱きしめて離さない。
今までに経験したこともないような事態に、まといは混乱した。
それでも、望の手は止まることがなく―――。
「せ、せんせっ………ひゃあっ!?」
まといの体を、望は抵抗しようとこちらを押し退けてくる腕ごと押さえ込むと、その白い首筋に顔を近付けて、ぺろりと舐めあげた。
それに、まといは小さく悲鳴をあげて体を震わせる。
そんなまといの反応などお構いなしで、いやむしろその反応を楽しんでいるのかのように、望は更にまといの首筋を舐め上げた。何度も何度も。
そう、まさしくその様は、飼い主にじゃれつく犬のよう。
「せ、せんせっ……あ、あぅ……っく…」
まといは、なんとか望の腕から逃れようと身を捩じらせが……男の腕力に敵うはずもなかった。
必死の抵抗むなしく、細い体は簡単に組み敷かれて。望はその上に、覆いかぶさった。
そして些か性急に、強引にまといの着衣を乱し、まるで獲物に貪りつくかのように、柔らかな胸の膨らみに甘く噛み付いた。
微かな痛みと、しかしそれを上回る鋭い快感に、まといは背をしならせて甲高く啼いた。
だが、望の唇は、未だ何の言葉も発さない。それは、まさに本当の獣のように。
望は、あからさまに昂ぶっているようだった。頬には微かに朱がのぼり、呼吸は大分乱れている。
そして、ただただ貪欲にまといの肌に喰らいついた。まといの体は、それに従順に反応するが、しかし、いつもの先生ではないことに、快楽よりも恐怖の方が勝っていた。
欲望を剥き出しにした望が……愛しくもあり、怖くもあった。
こうして望に抱かれることを望んでいたというのに。
先生と呼んでみても、何をしても、望は答えない。
それが、無性に悲しい。
「……ふ、ぇっ……」
いつの間にか、まといは泣いていた。何故だかは、自分にも分からなかった……ただ涙が溢れて、止まらない。
快楽に喘ぐその合間、まといはみっともなくも嗚咽を漏らし、肩を震わせながら、泣いた。
すると。
ぺろり。
暖かく湿ったものが頬を撫ぜた気がして、まといは、いつのまにか閉じてしまっていた目をおずおずと開けた。
―――望の顔が、すぐそこにある。まといは思わず目を見開いた。
驚くまといの目の前で、望は舌先を出すと、まといの頬を濡らす涙を丁寧に優しく舐めとった。
それは、そう……慰めようとしているかのような仕種で。優しく。
「……せ、せんせい……?」
――――――ッッ!!!!
「つ、常月さん…!……私は、なんてことを……」
望は慌てて体を起こし、まといから身を離した。
そうしてもう一度、改めて、自分の腕に閉じ込めた細い体に視線を落とす。白い肌に朱が散らされて…。
それにそそられないと言えば、それは嘘になる。獣故の激しい情欲の灯は未だ胸に燻っていたし、それでなくとも、今すぐにでも食べたくて堪らない…。
しかし、それはできなかった。
まといが、怯えたように泣きじゃくっていたから。
望は苦しげに溜息を吐いた。深く深く、己を落ち着かせるように何度も息を吐いて、それから、そこらに散らかされていた着物の上掛けを白い体にふわりと掛けてやる。
まといが、濡れた瞳でこちらを見遣る……手が伸びそうになるのを必死で堪えて、望は堪えるように言葉を発した。
望はよろよろと後ずさり、壁に背をつけて、また一つ長く息を吐いた。
「常月さん、本当に申し訳ありません……」
「せ、せんせい……?」
まといは、自由になった体を起こすとおずおずと望を見つめた。望は、片方の手で顔の半分を覆いながら、呟く。
「ああ、どうしてこうなったのか……、申し訳ありませんが……常月さん、その、今日の私は何をするか分かりませんから、今日だけは違う所に行ってもらえませんか……」
―――このままだと確実に本能のままに常月さんを……。
分かっているから、距離さえとっていれば、生徒と一線を越えることはないはず。
そう思っての、言葉だった、けれど。
まといはじっと、望を見詰めて。そうしたら
―――着衣の乱れすらそのままに、まといはふっと立ち上がり、望の傍に近付いていった。もちろん慌てたのは望の方だ。
「!!……常月さん、困ります…っっ!!」
望は声を荒げて、何かを押し込めるように自分の体を掻き抱いた。何とか距離を取りたくても、後ろは壁。後ずさることも出来ない。
……どうしてこっちに来るんですか!…絶望した!
絶望の心中を声には出さず、胸のうちで叫ぶ。先程は、怯えて泣いていたはずなのに。無理矢理犯そうとしたのだ、怖くないはずは…無いだろうに。
それなのにどうして。
そんな、狼狽を隠しきれない望の眼の前にやってくると、まといはそっと膝を着いて、それからぎゅっと、望の首筋を、抱きしめた。強く優しく。
鼻腔をくすぐる微かなまといの女の匂いに、喉が鳴る。勝手に動き出しそうになる両手を、望は必死になって戒めた。
望は少しも動けなかった。今、少しでも動いたら、それだけでもう自分の中で何かが崩れてしまいそうな気がしたからだ。
いや、それ以前に今の状況自体まずいのだ、まといの腕の温度に、ふわりと香る匂いに、確実に、理性は追い詰められていく。
だがまといは決して望から離れようとはしなかった。それどころか、さらにぎゅっと、望の首筋に縋り付く。
「せん、せ……」
「……っっ!」
耳元に掛かる声が、あまりにか細く、弱弱しくて、それにどうしようもなく嗜虐心を掻き立てられて。
それでもどうにか、最後の一線だけは守り通そうとしていた、のだけれど。
「私は、大丈夫ですよ」
静かに弱弱しく、けれどはっきりと、告げる。望は、ゆっくりとまといを見下ろして。
「私は…怖くないですよ…わたしは、むしろ…」
そっと頬を撫でて、視線を合わせて
「先生に求められることが、嬉しいです…」
「…っ!」
「大丈夫、です、だから、せんせい…」
じっと、見詰めて。
「……抱いて、ください……せんせい……」
まといは望の肩に顔を埋めて、囁いた。
脳裏で、ぷつんと何かが断ち切られたような、気がして。
直後、望の腕はまといの体を捉えていた。
細い背中が弓なりにしなって震える、それを下からつぅっと舐めあげると、更に甘い声が響いた。
細い腰を両手で押さえつけて腰を突き上げると、びくりと肩が跳ねた。まといが感じているのだと理解するや否や、胸に押し寄せる言い様の無い感情。
背後からまといを犯すその様は、獣の情交と重なった。
「つ、常月さ……っ」
「あ、はぁ、うっ……ぃ、あぁあっ……!」
まといは悲鳴のように喘いだ。激しすぎるその責めは,その分の快楽を伴ってまといを苦しめた。
何も敷かず、畳の上で、長時間の行為に及んでいるために、体中あちこちに小さな擦り傷が出来ていたのだけれど、そんなこと気にすることも出来なかった。
もう、何度果てたかも分からない。数え切れないほど果てたと言うのは分かるけれど。
望の放った欲が、自分の中で溢れていると言うことも。
孕んでしまうのではないかと思うくらいに、何度も注がれた。凄まじい熱量がそこを行き来するたびに、じゅぷ、と濡れた音がして、溢れた白濁がつぅ、と太股を伝っていく。
羞恥と快楽の間で、まといは泣きながら甘い悲鳴をあげる。
しかし余裕なんてものは望には存在しなかった。
一心不乱に楔を打ち込む望の息は、既にあがっている。だが、獣心のもたらす果てない情欲は、未だに望の内で燻っていた。
もっと、もっと。まだ足りない。己の中で何が叫ぶ。
……まるで、獣。貪欲に獲物を貪る、獣……まるで、ではない、これはそのものだ。
まずい、望は直感的に思った。
これだけ長時間行為を続けてなお、熱の冷める気配は一向にない。己はともかく、まといはもう息も絶え絶えだというのに。
―――本当に壊してしまうのではないだろうか。
もちろん、優しくしたいと思う、…けれど思っても無駄だった、加減が出来そうにないのだ。
(私は、本当に教師失格ですね……!)
そんな思いとは裏腹に、熱はどんどん増して行く、上り詰めようとしている。一刻も早い開放を望んだ体は、今まで以上に乱暴に動いた。ずん、と奥深くまで強く楔を突き立てる。
瞬間、まといの口からあがる痛々しい悲鳴と、痙攣したように震える細い肢体。きゅうっと絡みつく内壁。
まといが達したのに同調するかのように、望もまた限界を迎えて、まといの中へと欲望を全て吐き出した。
直後、体中に満ちる脱力感。望はまといの背に、ぐったりと己の体を預けた。まといが苦しくなるとは分かっていたけれど、でも体は言うことを聞かなかった。
「は、ぁ……せ…せん…せぇ……」
ようやく熱が収まったのだろうか、ぼんやりとする頭で考えていると、不意にまといの掠れた声が己の名前を呼んで。
それだけで、簡単に体は熱くなり始めた。
「っく……常月さ……ん……っ」
「え……あっ……」
望の切羽詰った声に、一体どうしたのかと振り向くと――自分の中で、再び望が固さを取り戻していくのに、気がついて。
再び膣を満たしていく熱塊に、まといはふるりと背を震わせた。
だが、望にはもう我慢ならなかった。これ以上はとても無理だ、まといの体を考えれば……浅い呼吸を繰り返すまといを見下ろしながら、思う。
それを告げようとして
「常月さん、これ以上は……」
口を開いたのだけれど。
―――まといの唇が、ゆっくりと触れてきて。
その後の言葉は全て、吸い込まれてしまった。
こちらを振り返ったまといは……微笑んでいた。にっこりと、優しく。
「わたし、は、だい……じょぶ、ですから……っ」
「……っ」
「だ、から……つづけて、ください、せんせっ…………」
まといは、甘い声音で囁いた。慈しむような眼差しを、望に向けながら。
……息も絶え絶えで、苦しくて仕方が無いだろうに。
そんなことを、言われて、しまったら。
望は、後ろからぎゅっとまといの体を抱きしめた。途切れることの無い快楽からか、ふるふると細かく震えていた。
後ろめたくないと言えば嘘だ。けれど、堪えられそうにない。
「………まとい………」
そっと呟くと、ぺろりと赤らんだ頬を舐めて、再び腰を揺すり始めた。
いつ眠りに就いたのかよく分からないのだけれど……気がついたとき、時刻は既に翌日の朝で、自分はちゃんとした布団に横たえられていた。
目を覚まして横を向くと、望が、布団の横に座っていた。
まといは眠っている望の耳元に唇を寄せて、そっと、囁いた。
「ずっと、先生の傍にいますから。」
眠っているから、その言葉は聞こえないはずだけれど。
おしまい