*   *   *   *   *   *   *   *  
 
 
望は、苛々と人質の解放を待っていた。  
中の様子が分からないことが、いっそう、不安を煽る。  
 
携帯電話は持っていたが、本部から、人質に電話をすることは禁じられていた。  
中の状況が分からない以上、闇雲に連絡を取ろうとするのは危険だった。  
しかも、相手は女子供を人質として残すような、卑怯な連中である。  
刺激するようなマネは、できる限り避けなければならなかった。  
 
と、向こうの方が騒がしくなった。  
「人質が出てきたぞ…怪我人がいる!!」  
その声に、命が医療カバンをつかんで立ち上がった。  
 
望と景も、急ぎ足で命の後に続く。  
 
「望叔父さん!!」  
「交!!」  
解放された人質の中に、交を見つけ、望と景は駆け寄った。  
 
「交、倫はどうした?」  
「智恵先生は!?」  
景と望の質問に、交は下を向いた。  
 
「倫と、智恵先生と、叔父さんのクラスの姉ちゃん達は…まだ、中だよ。」  
「…な…。」  
望は絶句した。  
 
―――智恵…倫…みんな…!!  
 
どうして、自分の身の周りの者達だけが…。  
望は、爪が手の平に食い込むほどに両拳を握り締めた。  
 
望は、かさついた唇を舐めると、交に尋ねた。  
「それで…、皆、無事なんですか…?」  
交は頷いた。  
「うん…。怪我をしたのは、あの先生だけ。」  
と、向こうで命が応急手当を施している教師を指差す。  
 
「智恵先生が、叔父さんに伝えてくれって。  
 皆、元気ですって。あと…。」  
交が、望を見上げた。  
 
「あと…智恵先生が、叔父さんのことを愛してる、って、伝えて…って。」  
 
望は、顔面を殴られたかのような衝撃を感じた。  
そのまま、ふらふらと後ずさる。  
 
―――愛してる、と伝えて…。  
 
まるで、遺言のように聞こえる、その言葉。  
 
―――智恵……智恵、智恵……!!  
 
呼吸が苦しい。  
今すぐにでも、智恵の声を聞きたかった。  
 
「望…大丈夫か?」  
近くにあった机に両手をついて、肩で息をする望を、  
景が心配そうに見やった。  
 
そこに、治療を終えた命が駆け寄ってきた。  
「交!!良かった…っ!!…で、倫は…!?」  
景が命を見て、首を振る。  
命は、景を見て、その隣の望の表情に目を止めると、呟いた。  
「智恵先生も、まだ中なのか…。」  
 
望は、再び拳を握り締めた。  
ここで、ただ手をこまねいているだけの自分がもどかしい。  
何か、自分にできることはないか。  
 
そこに、本部長がどすどすと憤った様子でやってきた。  
 
「か弱い女子供だけを残すとは…本当に卑劣極まりないやつらですな。」  
「…。」  
望と命は、一瞬、黙って目を合わせた。  
 
「か弱い女子供」というには、2年へ組の女生徒達は余りに強烈であった。  
テロリスト達が、彼女達の本性を知っていたら、  
決して、あの子達を人質として残そうとはしなかっただろう。  
 
しかし、それでも、相手は武器を持ったテロリストである。  
心配なことには違いなかった。  
 
と、交が、本部長の言葉に首をかしげた。  
「女子供だけじゃないよ。甚六先生も、残ってるよ。」  
「あ…。」  
望は、交の言葉に気がついた。  
確かに、解放された人質の中に、あの温和な初老の教師の姿が見えない。  
 
そのとき、本部長の鋭い声が望を驚かせた。  
「今、甚六と言ったか…?…まさか、般若の甚六か!?」  
本部長の目は、カッと大きく見開かれていた。  
交が、怯えたように後ずさる。  
 
望は交の肩に手を回しながら答えた。  
「た、確かに、甚六先生の背中には大きな般若の刺青がありますが…。  
 本部長は、甚六先生のことを、ご存知なんですか?」  
 
本部長は、望の質問が聞こえていないようだった。  
「―――般若の刺青!!間違いない!!!!  
 そうか…確かに、あの後、教師になったとは聞いていたが…。  
 彼が、中にいるのであれば…これは、何とかなるかもしれないぞ!」  
 
望は、興奮し始めた本部長を驚きの目で見た。  
「本部長…甚六先生とは、いったいどういう…。」  
本部長は、そこで初めて望の存在を思い出したように顔を上げ、  
気まずそうな表情になった。  
 
「……あ、いや…。  
 彼が自分から話していないのであれば、私の口からは言うべきではないだろう。  
 …しかし、彼と連絡が取れれば…我々には、十分勝算がありますぞ!」  
握りこぶしを作る本部長に、望達は顔を見合わせた。  
 
 
本部長の号令のもと、部下一同がテントに集まり、作戦会議が始まった。  
 
望達は、よほど親の威光が効いているのか、それとも眼中にないのか、  
作成会議の最中にも出て行けとは言われなかった。  
しかし、さすがに、交は現場から出て行くように言われ、  
嫌がって暴れる交を、先ほど駆けつけた時田が、あやしながら連れて行った。  
 
専門用語が飛び交う中、望が何とか把握した作戦とは、単純に言うと  
誰かが武器を持って学校に忍び込み、武器を甚六に渡し、  
これも持ち込んだ催涙弾と煙幕弾によって生徒達を逃がしつつ、  
中と外からテロリストを制圧するという非常にシンプルなものであった。  
 
確かに、甚六は以前、厳重な警戒下にある某国の収容所を爆破し、  
瀕死の自分を助けてくれたこともある、謎の人物ではあった。  
しかし、今回は10名以上の人質がいるのだ。  
 
「…そんなんで、本当に、人質に怪我人は出ないんでしょうかね…。」  
心配そうに呟く望に、本部長がムッとした顔で振り返った。  
 
「甚六の実力を舐めちゃいかん。  
 何しろ奴は、あの砂漠の練り消し作戦では、1人で一個連隊を…。」  
と言いかけて、口をつぐんだ。  
「とにかく、素人は黙って見ていたまえ!」  
 
そこに、部下の1人が口をはさんだ。  
「しかし、課長、もとい本部長…甚六に、武器を渡す方法が問題です。  
 敵の人数は、ざっと見ても20人以上。皆、武器を携帯しています。  
 しかも、この学校は周辺に遮蔽物がない。  
 SWATでも、奴らに見つからずに学校に近づくのは至難の業です。」  
「むむむ…。」  
本部長は腕組みをした。  
 
望が、はっと顔を上げた。  
―――見つからずに、学校に侵入する方法…。  
 
望は、自分でも気がつかないままに会議の円卓に進み出ていた。  
本部長が怪訝そうに望を見上げる。  
望は、本部長の目を見ると、静かな声で言った。  
「私なら…テロリストに見つからずに、学校に入ることができます…。」  
 
「なんだと…。」  
本部長が目を丸くした。  
景と命も、驚いたように望を見た。  
 
望は、皆を見渡すと、説明を始めた。  
「この高校は、今までに何度も火災や爆発にあってまして…。」  
本部長やその部下たちが驚いたように望を見る。  
「…今までにも、ここで、そんな事件があったと?」  
「そんな記録はなかったぞ。」  
 
ざわめく公安部の連中に、望は両手を上げて苦笑した。  
「別に事件ではありませんから…公安の記録にないのは当然です。」  
単に自分のクラスの生徒の暴走です、と言うのはさすがにためらわれた。  
 
「私は、学校の宿直室に住み暮らしているので、その際に、  
 何度か危険な目にもあったことがありまして…。」  
爆発も火災も、実は、大体は自分が原因で、とは更に言い辛かった。  
 
「それで、先般の改築の際、地下に抜け道を作ってもらったんです。」  
円卓から、おお、という声が漏れた。  
 
「だったら…その抜け道さえ教えてもらえば。」  
「そうだ、別に素人の君が行かなくても…。」  
円卓に座った連中が口々にいう。  
 
望は首を振った。  
「それが…地下道はかなり入り組んだ迷路になってまして…いずれにせよ、  
 私が一緒に行かなければ、たどり着くのは難しいかと…。」  
「何でまた、そんなものを…。」  
「…。」  
包丁やスコップを持って追いかけてくる教え子達から、  
無事逃げおおせるため、等とは口が裂けても言えなかった。  
 
「しかし…君は、全くの素人じゃないか…万が一失敗したら…。」  
「それでは、地下道の出口まで案内してもらえれば…。」  
ざわめく部下たちを、本部長はしばらく眺めていたが、  
椅子にどさりと背中を預けると、一言呟いた。  
「―――いいんじゃないか。彼に行ってもらうのも。」  
 
部下たち、そして、望自身も驚いて本部長を振り返った。  
 
望としては、もとより、この役目は他の誰にも譲るつもりはなかったが、  
こう簡単に認めてもらえるとも思っていなかった。  
 
本部長は腕を組むと目を宙にさまよわせながら続けた。  
「むしろ…彼個人の行動、とした方が、  
 いざと言うときにテロリストを刺激しないで、人質も安全かもしれん。」  
「…。」  
景が、後ろの方でぴくりと眉を上げた。  
 
「しかし、その場合、万が一、君がテロリストに捕まった場合には、  
 あくまでも君個人の判断でのことだ、と言い張ってもらわなければ。」  
本部長の言葉に、望は、頷いた。  
 
そのとき、「なるほどな。」と、景が前に進み出た。  
「そうすれば、万が一作戦が失敗した場合、  
 マスコミに対しても、この作戦は公安は関与していない、  
 はねっ返りの一教師のスタンドプレーだ、と説明できるからな。」  
命が、景の言葉を聞いて、はっとしたように息を飲んだ。  
 
景の口調は軽かったが、その目は、鋭く本部長を睨んでいた。  
しかし、本部長は、どこ吹く風といった表情で景の視線を外した。  
「私は、そのようなことを言った覚えはないぞ。  
 だいたい、弟君は、自分が行くことを望んでいるんじゃないのかね。」  
 
望は景を見た。  
「景兄さん、お願いです…私に行かせてください。」  
景は望を見返した。  
「望…お前…。」  
「お願いです。私は、絶対に、やり遂げて見せますから。」  
 
いつも、サボって、逃げてばかりいたヘタレな自分だが、  
今度こそ、逃げることはしない―――望は、自分に固く誓った。  
 
「よし、これで決定だな。」  
話を打ち切るように本部長は立ち上がった。  
 
「そうしたら、まず、甚六に、この作戦を伝えなければな。」  
「…どうやって、甚六先生に連絡を取るんです。」  
「そこは、我々のやり方に任せてくれ。」  
本部長は、にやりと笑って見せた。  
 
 
* * * * * * * *  
 
 
その頃、智恵は、2年へ組の女生徒達と一緒に、  
体育館の用具室に閉じ込められていた。  
入口の外には、テロリストが2名ほど見張りに立っているようだ。  
 
「先生…こんなことになったのは、私のせいなんでしょうか…。」  
加賀愛が、目を赤く腫らして智恵に擦り寄ってくる。  
その横には、不安そうな顔をした日塔奈美。  
「先生…怖いよ…。」  
智恵は、黙って2人の肩を抱いた。  
 
しかし。  
智恵は、周囲を見回して、どうも違和感を拭いきれなかった。  
 
テロリストに囲まれて、人質となっている17歳の少女達。  
本来なら、恐怖に怯えていて当然である。  
ところが、先の2名以外は、皆、余りにも落ち着いているのだ。  
 
ただ静かに座っている倫などは、まだ良い方で、  
テロリストに対し、全員釈放するか全員人質にするかきっちりしろと  
イライラしている千里。  
テロリストの服装を「貴重な資料だわ」といいつつスケッチし始める晴美。  
「今朝、先生に撒かれた。」とそればかりを悔しがっているまとい。  
(これについては、智恵は内心ほっと胸をなでおろしていた。)  
どこから材料を持ち込んだのか、時間が惜しい、と造花作りをはじめる麻菜実。  
テロリストが持つ火器を、羨ましげに見つめる真夜。  
胸をじろじろ眺めるテロリストに「訴えるよ。」とタンカを切ろうとするカエレ。  
テロリストの若者がかぶっているビーバーの尻尾の帽子に目を輝かせるあびる。  
混み合う用具室に、「ここは、あたしの場所なのに…。」と文句を言う霧。  
何を考えているのか、暢気に鼻歌を歌っている可符香。  
 
彼女達の行動1つ1つが、テロリスト達の神経を逆なでするのではないかと、  
智恵は、彼女達をその都度制止したり、テロリストの目から隠したり、  
冷や冷やしっぱなしであった。  
 
今も、芽留がメールを打とうとしているのを見て、智恵は慌てて携帯を取り上げた。  
そんなところをテロリスト達に見られたら、何をされるか分からない。  
 
ところが、芽留は、携帯を取り上げたとたん理解不能の言語で叫び始めた。  
しかたなく、智恵は、「絶対に、メールを打ってはだめよ。」と  
言い聞かせ、芽留に携帯を返した。  
 
そして、ふと気がつくと、マリアの姿が見えないことに気がついた。  
慌てて入口の近くに座っている甚六に声をかけた。  
 
「甚六先生!関内さんを見ませんでしたか!?」  
甚六は、のほほんとした顔を上げた。  
「関内さんでしたら、先ほど、天井裏から外に出て行ったようですよ。」  
 
その答えにぎょっとして上を見ると、天井板の一角が外れている。  
普通の人間なら無理だろうが、小柄なマリアなら通れそうな大きさだ。  
「いつの間に…しかも、こんな、テロリストがうろついているときに!」  
 
智恵はぐったりとその場に顔を伏せた。  
 
―――あのクラスの担任をするのが、どれくらい大変なのか…。  
 
望の不服そうな声が脳裏に蘇る。  
確かに、望の言う通りだ、と智恵は思った。  
 
このクラスの女生徒達は、余りに常識からかけはなれている。  
この子達と毎日付き合うには、ものすごいエネルギーが必要だろう。  
 
智恵は、自分が望に投げつけた言葉を心から後悔した。  
 
―――今度会ったら…謝らなくちゃ…。  
 
しかし、再び生きて会えるのだろうか…。  
智恵が物思いにふけったそのとき。  
 
外から、拡声器を通じた声が聞こえてきた。  
 
『学校に立てこもっている諸君。  
 今なら、まだ、間に合う。投降したまえ―――!』  
 
智恵は、何事かと用具室についている小さな窓に駆け寄った。  
生徒達も、いぶかしげに顔を上げて聞き入っている。  
 
用具室の扉の外で、見張りのテロリスト達が叫んでいる声がした。  
「なんだ?これは?」  
 
拡声器の声は続いている。  
 
『君たち、早く降参しないと般若心境を唱えるはめになるぞ。  
 太陽の彼方から、般若が煙と火を持って、お前らを攻め立てるのだ。  
 悪いことは言わない。早く、降参したまえ!』  
 
「般若って…何だか、へんてこな脅し文句ねぇ…。」  
智恵は、座っていた甚六に同意を求めようとして、口を閉じた。  
 
甚六の顔からは温和な表情が消え、細い目が凝った光を湛えていた。  
 
甚六は、無言ですっと立ち上がると、智恵のいる窓際に歩み寄った。  
智恵は、思わず、一歩後ろに下がった。  
窓の向こうには、午後の太陽が燦々と輝いている。  
そのとき、智恵の目に、窓の外、遠くで何かがキラリと光るのが見えた。  
 
―――何?今のは…反射?  
 
甚六が、窓の外を見ながら呟いた。  
「…山田の馬鹿が…こんな派手な方法を取って、人質に何かあったらどうする…。」  
そう言いながら、ポケットから手鏡を取り出した。  
「まあ、室内に見張りを置かないなんて、奴らも、とんだ素人だが…。」  
「甚六先生…?」  
 
智恵の問いかけに答えず、甚六は、先ほど光った辺りに向けて手鏡をかざした。  
手鏡に、太陽の光がきらきらと反射する。  
 
しばらくして、甚六が手鏡をポケットにしまうと、智恵は恐る恐る尋ねた。  
「甚六先生…今のは…?」  
 
甚六は、人のよさそうないつもの顔に戻ると、智恵に笑いかけた。  
「―――どうやら、援軍が来るようです。」  
 
 
*   *   *   *   *   *   *   *  
 
 
望は、本部のテントの中を、不安そうにそわそわ行ったり来たりしていた。  
「あんな挑発的なことを言って…人質は大丈夫なんですか…。」  
 
そのとき、テントの中に、部下が走りこんできた。  
「本部長!甚六より返事がありました!体育館の用具室です!  
『スベテリョウカイ トウチャクヲマツ』とのことです!」  
 
望達は、本日何度目になるか分からないが、再び顔を見合わせた。  
 
「―――よし!作戦αを展開するぞ!!」  
 
本部長が頬を紅潮させて叫んだ。  
 
 
 
 
 
「これとこれと…あと、これもだ。」  
本部のテントの中で、望に、次々に、物騒な物が渡される。  
 
煙幕弾、催涙弾を各1ケース。  
簡易の防護マスク17個。  
9ミリパラベラム1丁。  
予備のマガジン。  
 
望は、それらを1つ1つ丈夫な布のリュックに入れると、  
不安そうに本部長を見た。  
「甚六先生に渡す武器は…この拳銃1丁だけでいいんですか?」  
 
本部長は頷いた。  
「人質もいるし、狭いところで余り口径の大きな銃は使いづらい。  
 奴なら、これ1丁で何とかできる。  
 それに…これ以上、荷物が増えても、却って君が動き辛いだろう。」  
 
確かに、簡易とは言え防護マスク17個を含む荷物はずっしりと重く、  
望の細い身体では、これ以上の重量は耐え切れそうになかった。  
 
望は、動きやすいよう、Tシャツとミリタリーパンツに着替えた。  
と、そのとき、脱いだ着物の袂に、川で摘んだ花が1輪入っているのに気がついた。  
 
―――花束を作るときにでも、ひっかかりましたか…。  
 
望は、少し考えると、その花をそっとミリタリーパンツのポケットに収めた。  
 
 
 
「はっは!そういう格好してると、お前、実家にいるときみたいだな!」  
着替え終わった望を見て、景が笑った。  
「少し、チャラチャラ具合が足りませんけどね。」  
「…当たり前だ…。」  
景に対し軽口で応じた望に、命が苦虫を噛み潰したような顔で答えた。  
命は、最後まで、望が行くことに反対していた。  
「命兄さん…。」  
望は困ったような顔で命を見たが、命は不機嫌な顔のまま望に背を向けた。  
 
 
 
望は、リュックを肩に担ぐと、景、命、そして公安の1人と一緒に、  
抜け穴の入口に向かった。  
 
学校の裏手の、古びた東屋の中に、それはあった。  
「こんなところに…良く作ったもんだな。」  
東屋の床を上げると現れた階段に、景は感嘆の声を上げた。  
 
望は、ふと顔を上げた。  
東屋の向こうに、桜の木が見える。  
そこは、数時間前に、望と智恵が愛し合った場所だった。  
 
―――ほんの数時間前なのに…ずいぶん昔のことのようですね…。  
 
望は、頭を振った。  
今は、思い出に浸っている場合ではない。  
 
前に踏み出そうとしたとき、  
「―――おい。」  
ふいに、後ろから強い力で腕をつかまれた。  
 
望が振り向くと、真剣な顔でこちらを見ている命と目が合った。  
 
命は、食いしばった歯の間から、一言一言、押し出すように言った。  
「望…。多少の、怪我なら、かまわない、私が治してやる。  
 だが………死んだら、許さんからな…!」  
 
普段見ない兄の必死の表情に、望はとまどった。  
安心させるように微笑んで見せると、腕から命の手を外した。  
「大丈夫ですよ…私が命冥加なのは、兄さんも知っているでしょう?」  
 
景が、命の後ろから歩み寄ると、望の肩を叩いた。  
「望…倫を頼む。そして、お前の恋人と教え子達を、見事救い出して来い!」  
望は、景に向かってにこっと笑うと、頷いた。  
 
そして、武器の入った袋を担ぐと、一瞬よろめきながらも、  
「それでは―――行ってきます!」  
片手を上げて、抜け穴へと入っていった。  
 
それを見ていた公安の部下が、腕時計を見ながら無線で報告した。  
「こちらポイントデルタ。  
 ヒトゴマルマル、予定通り、作成開始いたしました!」  
 
 
 
 
望が抜け穴に消えた後も、命は、両腕を抱え込むようにして  
抜け穴の入口を見つめていた。  
 
景は、命の後ろに立つと、ぽん、とその頭に手を置いた。  
命が、景を振り返る。  
「景兄さん…。」  
景は、命に向かって頷いた。  
 
「大丈夫だ…あいつは、見た目ほど柔じゃない。」  
最後は自分に言い聞かせるように、景は呟いた。  
「必ず、倫も、皆も、助け出して見せるさ…。」  
 
 
 

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