*   *   *   *   *   *   *   *  
 
 
一方、こちらは体育館の用具室。  
 
援軍が来る、という甚六の言葉に智恵は胸を躍らせたが、  
「甚六先生、どうしてそれを…?今の鏡は、いったい…?」  
今の甚六の行動に不審を感じずにはいられなかった。  
 
しかし、甚六が口を開く前に、用具室の扉が荒々しく開いた。  
 
「全く、あの公安の馬鹿野郎共、何を考えてやがるんだ!!」  
髭の男が目を怒らせ、どすどすと用具室に入ってきた。  
 
智恵は、思わず後ずさった。  
さすがに、女生徒達も身体を固くしているようだ。  
 
「般若だろうがなんだろうが、俺は無信教なんで関係ないが、  
 俺達を脅そうって言うあの態度が気にいらない。」  
髭の男は、人質をぐるりと睨めつけながら呟いた。  
 
「俺を怒らせたらどうなるか、思い知らせてやる。」  
そう言うと、男は、一番入口付近にいた愛の腕を引っ張った。  
「来い!」  
「や、やっぱり、私が悪いんですね――!?」  
愛は悲鳴を上げた。  
 
智恵は思わず前に飛び出した。  
「待って!その子に何をするの!?」  
髭の男は智恵を見てせせら笑った。  
「知れたことだ。あの馬鹿共に、ふざけた真似をすると人質が  
 どんな目に合うか、分からせてやるんだよ。」  
 
それを聞いた愛は、顔面蒼白になった。  
恐怖の余り失神しかかっているようだ。  
 
「やめて!だったら、私を連れて行きなさい!」  
「智恵先生!待ちなさい!」  
甚六が大声を出した。  
 
甚六が髭の男に向かって進み出た。  
「さっきも言ったでしょう…。  
 犠牲になるんだったら、女子供よりも、親爺の方が得策ですよ、って。」  
 
智恵は、必死になって叫んだ。  
「甚六先生!ダメです!!私が…私が行きます!!」  
 
智恵は、先ほどの甚六を見て、確信していた。  
甚六には、何かがある。  
この人は、生徒達を助けることができる力を持っている。  
 
それに引き換え、自分がここにいてもできることはごく僅かだ。  
だったら―――ここで犠牲になるべきは、甚六ではない。  
 
髭の男の目は、甚六と智恵、そして愛の間を行き来していた。  
そして、ふと、智恵の豊満な体に目を止めると、下卑た笑いを浮かべた。  
 
「―――なるほど。」  
そして、甚六の方を向くと、馬鹿にしたように笑った。  
「さっきも言っただろう。俺達には、世間の評判なんかは関係ないんだ。  
 …ただ、生徒を思うこの女先生の心意気は買ってやろう。」  
 
そして、愛を放り投げると、智恵の腕をつかんで引き寄せた。  
愛は、恐怖で引きつった表情で智恵を見上げた。  
「そんな…私のせいで、先生が…!」  
 
甚六は、一瞬、前に踏み出しかけたが、  
男の後ろにいる若いテロリスト達に銃口を向けられ、  
悔しそうに、その場に踏みとどまった。  
 
「智恵先生…!」  
呆然と成り行きを見ていた千里が、そのとき立ち上った。  
他の生徒達も、腰を浮かしかけた。  
 
甚六を向いていた銃口が、今度は、生徒達に向けられる。  
 
「木津さん!おやめなさい!!」  
智恵が、慌てて千里を制した。  
 
ここで、彼女達に何かあったら元も子もない。  
 
甚六も、千里を振り返ると、厳しい声を出した。  
「智恵先生の言うとおりだ…先生の心を無駄にしてはいかん。」  
 
千里は、目に涙を溜めて唇を噛むと、再び座り込んだ。  
 
「ふん…。じゃあ、行くとするか。」  
髭の男に腕を引っ張られ、智恵は用具室を後にした。  
 
最後にちらりと振り返ったとき、  
こちらを見る甚六が、僅かに頷いたように見えた―――。  
 
 
 
 
銃を持ったテロリストに囲まれて歩きながら、  
智恵は、心の中で恋人に謝罪した。  
 
―――望…ごめんなさい。  
   でも、あなたの生徒達は、守ったわよ…。  
 
あとは、ただ、速やかで苦痛のない死を願うばかりであった。  
 
しかし、智恵が連れて行かれたのは、SC室の隣にある保健室だった。  
智恵は、いぶかしげに男を振り返った。  
 
髭の男は、ついてきた2人の部下に命じた。  
「お前ら…しばらく、外で見張ってろ。」  
そして、智恵に向き直ると、再び下卑た笑いを浮かべた。  
 
「どうせ死ぬんだったら…その前に、いい思いをさせてやるよ。」  
智恵の全身が総毛だった。  
 
とっさに逃げようとしたが、両腕をがっちりとつかまれた。  
「おっと…お前さんが逃げたら、  
 あの子が、お前さんの代わりになるだけだぜ?」  
 
智恵は、男を睨みつけた。  
「私を殺すなら、余計な手間をかけずに早く殺せばいいでしょう!」  
男は楽しげに笑った。  
 
「もちろん、最後はきちんと人質としての務めを果たしてもらうさ…だが。」  
そう言いながら、智恵の豊満な胸をぐっとつかんだ。  
智恵は、苦痛に顔をゆがめた。  
「こんなおいしそうな体、ただ殺しちまうのは、もったいねぇよなぁ…。」  
 
男は、そのまま、保健室のベッドに智恵を押し倒した。  
「―――やめなさい!このゴミ虫!恥知らず!」  
智恵の必死の抵抗も、男はまるで意に介していないようだ。  
 
「おお、いいねぇ。多少手応えがある方が、犯り甲斐があるってもんだ。」  
そういうと、男は、智恵の口にその分厚い唇を押し付けた。  
 
「―――!!」  
男は、舌を入れようとしたが、智恵は歯を食いしばって抗った。  
男が舌打ちすると、智恵の下腹を思い切り殴りつけた。  
 
「がほっ!」  
 
思わず、大きく咳き込んだ智恵の顎を、男が、がっとつかんだ。  
抵抗する間もなく、智恵の口内に男の舌が入り込んだ。  
 
「ん―――!!」  
必死で口を閉じようとするが、男が物凄い力で顎をつかんでいるため、  
閉じることができない。  
 
強く押さえられて頬の内側が切れたらしく、血の味がした。  
痛みと苦しさで涙が滲んできたが、それよりも、  
男に口内を蹂躙されていることに対する嫌悪感の方が勝っていた。  
 
以前は性には奔放だった智恵だが、望と愛し合うようになってからは、  
他の男とは、肌を合わせることはおろか手をつないだことさえなかった。  
 
望以外の男が自分に触れることなど、考えたくもなかった。  
 
それが、今。  
品性下劣の塊のような男の舌が、ぬめぬめと自分の口の中を這い回っている。  
おぞましさの余り、吐きそうだった。  
 
男が、そのまま、智恵のブラウスに手を伸ばすと、ボタンを引きちぎった。  
ブラにつつまれた豊かな胸に、男はにやりと笑った。  
「おお、いいねぇ。」  
そして、腰のベルトから小型ナイフを取り出した。  
 
智恵は、ナイフを見て、身を硬くした。  
男は、そんな智恵の表情を楽しむように、智恵の胸元にナイフを近づけた。  
「ふふふ…怖いか。」  
智恵の呼吸が、恐怖の余り浅くなる。  
 
ピッ  
 
小さく音がして、ナイフが智恵のブラを胸元で切り離した。  
その拍子に、ナイフの先が智恵の肌を傷つけ、じわりと血が滲む。  
智恵は、走った鋭い痛みに、頬を引きつらせた。  
 
顕になった智恵の胸を見て、男は賞賛のため息をもらした。  
「こりゃぁ…すげぇや。」  
胸元には、昼前に望が散らした跡がまだ紅くのこっている。  
「おやまぁ、姉さん、けっこうお盛んじゃないか。」  
男は、へっへと笑いながら、その跡を指先でつついた。  
 
男の言葉に、智恵の脳裏に、望と桜の下で交わったときのことが浮かんだ。  
今や、あれは遠い世界、夢の中での出来事のようだった。  
 
男は、胸元に顔を寄せると、傷口に滲んだ血をぺろりと舐めた。  
「悪かったなぁ。人の物に傷つけちまって。ふ、は、ははは!」  
「…!」  
智恵は、恐怖と嫌悪の余り、気が遠くなった。  
 
「さて、ここからがお楽しみ…。」  
男は、智恵に覆いかぶさると、目をぎらぎらさせて智恵を見下ろした。  
智恵は、次にくるものを予想して固く目を閉じると、男から顔を背けた。  
 
しかし、いつまでたっても、何も起こらなかった。  
「…?」  
恐る恐る目を開けた智恵の目の前にあったのは、  
驚愕に目を見開いた男の顔。  
 
男の首にはタオルのようなものが巻きついており、  
そのタオルの端を握っているのは―――甚六であった。  
 
甚六は、智恵が今まで見たこともないような冷徹な目をしていた。  
「下衆が…お前に、国家の理想を語る資格などない。」  
そういって、タオルをぐい、と引くと、甚六は男の首筋に手刀を叩き込んだ。  
髭の男は、声もなくベッドの横に崩れ落ちた。  
 
智恵は、呆然としながら、体を起こした。  
「甚六先生…。」  
 
「智恵先生。」  
甚六は、前を肌蹴た智恵の姿を見て、困ったように目をそらせた。  
智恵も、自分の姿を見下ろし、慌てて胸元を隠した。  
 
しかし、ブラウスのボタンは全て引きちぎられてしまっている。  
智恵は、一瞬悩んだが、用をなさなくなったブラを脱ぎ捨て、  
ブラウスの裾を胸の下で結び合わせることで、何とか間に合わせた。  
胸が揺れて邪魔な上に、ウェストが丸見えだが、この際、致し方ない。  
 
胸の傷からの血はまだ止まっていなかった。  
智恵は、保健室の救急キットで応急手当をすると、甚六に向き合った。  
「甚六先生……どうやってここに?」  
 
甚六は、にこりと笑った。  
「用具室の奥の壁が腐っているのを小森さんが教えてくれましてね。  
 木津さんが、スコップで一瞬のうちに解体してくれました。」  
 
智恵は唖然とした。  
「だって…見張りは…。」  
「あの馬鹿どもは、扉の外にしか見張りを置いてませんでしたからな。  
 日塔さんと加賀さんが、大声で泣いてくれていたので助かりました。」  
 
「それに、ここの外にも、見張りが…。」  
言いかけて、智恵は口をつぐんだ。  
先ほどの、甚六の手腕を思い出したのだ。  
 
甚六が智恵の言葉を聞いて、思い出したように顔を上げた。  
「そうそう、智恵先生、ちょっと手伝ってください。」  
 
甚六に促され、智恵は廊下に出た。  
思ったとおり、そこには、見張りが2人倒れていた。  
 
さっき、智恵自身は、パニックで外の様子どころではなかったが、  
髭の男も、外の物音に気付いた様子は全くなかった。  
 
―――音もさせずに、2人を、あっという間に…。  
 
甚六を手伝って見張りの体を保健室の中に運び込みながら、  
智恵は、甚六と言う人物に対する果てしない疑問が  
胸の中で膨らんでくるのを感じた。  
 
甚六は、手早く3人を保健室のベッドに縛り付けた。  
このベッドは床に据え付てあり、ちょっとやそっとでは外れない。  
 
智恵は、おそるおそる、男達を見下ろす。  
「…生きているんですか…?」  
甚六は肩をすくめた。  
「単に気絶しているだけですわ。こんな奴ら、手を汚す価値もない。」  
 
「他の仲間が様子を見に来たら…。」  
智恵の懸念に、甚六は不愉快そうに唇をゆがめた。  
「他の下衆どもは、当分は様子を見にはきませんよ。  
 あなたと『お楽しみ』ってやつの最中だと思ってるんですから。」  
 
智恵は、その言葉に先ほどの出来事を思い出して、  
思わず背筋が寒くなり、自分を抱きすくめた。  
 
―――甚六先生がいなかったら、今頃、どうなっていたか…。  
 
「甚六先生…どうもありがとうございます…。」  
「なに、礼には及びませんて。」  
手を振る甚六を、智恵はまじまじと見つめた。  
 
「先生…あなたは、いったい…。」  
甚六は、智恵の言葉を遮った。  
「智恵先生。あなたはいったん用具室に帰ってください。」  
「…は?」  
 
甚六は、窓から外をうかがいながら続けた。  
「あいつら、とんだ素人ですからな。  
 私が今から教えるルートを辿れば、壁の穴から用具室に戻れます。」  
「…甚六先生は?」   
 
「私は、しばらくここにいます。  
 この部屋は、周りが良く見渡せるし…それに…。」  
甚六の横顔に、凄みのある笑みが浮かんだ。  
「この後、私はちょっとばかり暴れさせてもらう予定なので、  
 周りに、生徒さん達がいない方が都合がいい。」  
 
智恵は、思わず生唾を飲み込んだ。  
そこには、いつも自分が知っている温和な老教師は、いなかった。  
 
甚六は、智恵の方を向いた。  
「もうすぐ、援軍がやってきます。  
 私の方で、あなたに必要なものが渡るようにに指示します。  
 あなたには、こちらでドンパチ始まって見張りの注意が逸れたら、  
 生徒達を用具室の壁の穴から逃がして欲しいんですわ。」  
「…。」  
「そして、体育館の裏のどこかに隠れて潜んでいてくださらんか。  
 しばらくすれば、公安の特殊部隊が正面にいる奴らを突破しに  
 突入してくるでしょうから…。」  
 
智恵は不安そうに甚六を見上げた。  
「援軍は、本当に来るんですか?…警察の人…?」  
 
甚六は、再び窓の外に目を戻すと、あるかなきかの笑みを浮かべた。  
「ええ…来ますよ。  
 誰が来るのかは……私は、何となく、分かるような気がしますがね……。」  
 
 
*   *   *   *   *   *   *   *  
 
 
望は、抜け道を一心に走っていた。  
武器の入ったリュックが肩に食い込む。  
 
走り続けて胸が痛くなったが、それでも立ち止まることはなかった。  
一刻も早く、智恵の元にたどり着きたかった。  
 
とうとう、抜け道のもう一方の出口に着いた。  
肩で息をしながら、そっと扉を押し上げる。  
そこは、望が住み暮らす宿直室の台所の床につながっているはずだった。  
 
―――テロリストが、いるかもしれませんね…。  
 
しかし、用心しつつ、隙間から外を覗いた望の目に入ってきたのは、  
まったく、想定もしていなかった光景であった。  
 
関内・マリア・太郎。  
望のクラスのこの少女が、宿直室のちゃぶ台の前に座り、  
のんびりとイヤホンを耳に、テレビを見ていたのである。  
あまつさえ、ちゃぶ台の上には、湯飲みと煎餅まで置いてあった。  
 
余りに平和な眺めに、思わず望の口から間抜けな声が漏れた。  
「…関内さん?」  
 
マリアが望を振り返った。  
「ヤァ、先生。ずいぶん珍しい格好してるナ。」  
にぱっと笑顔を見せる。  
 
「あ、あ、あなたは、こんなところで、何をやってるんですか?」  
「退屈だかラ、テレビ見てタ。」  
「退屈って…テロリストはどうしたんですか!?」  
望の声が裏返る。  
 
「あいつらなラ、外にいるヨ。」  
マリアは、当然のようにさらっと答えた。  
 
「外にいるって…、こんなところでのんびりテレビを見て、  
 見つかったらどうするんですかぁ!?」  
声をひそめて逆上する望に、マリアは、こともなげに笑って見せた。  
「あんな奴ラ、マリアの国のゲリラ達に比べたラ、素人ネ。  
 テレビもイヤホンで見てるかラ、大丈夫だヨ。」  
 
望は、混乱した頭を抱えた。  
 
―――絶望した!テロリストが少女に素人扱いされる、平和ボケ日本に絶望した!  
 
そこで、いや、絶望している場合ではない、と思いなおす。  
これは、自分や智恵達にとっては喜ばしいことなのだから。  
 
望は、マリアに向き直った。  
「関内さん。今、他の皆さんはどこにいるんですか。」  
「マリアが見たときハ、みんな、用具室にいたヨ。」  
 
あ、とマリアは思い出したように、くるんと目をまわす。  
「でも、さっキ、甚六が、あの階段昇ってるのが見えタ。」  
窓から外の非常階段を指差した。  
 
「甚六先生が…?」  
彼も、生徒達と一緒に用具室に囚われていたのではなかったか?  
―――いったい、ここで、何が起きているんだ。  
 
マリアは、笑った。  
「甚六もプロだからネ。きっト、退屈したのヨ。」  
望は、マリアを見た。  
 
そういえば、彼女は、甚六の正体を、前から感づいていたようだ。  
―――いや、今は、彼の素性について云々している場合ではない。  
 
望は頭を振ると、もう一度、マリアに確認した。  
「で、智恵先生と他の生徒さん達は、用具室にいるんですね?」  
「そう思うヨ。」  
マリアは頷いた。  
 
望は考えこんだ。  
自分の最優先の任務は、甚六に武器を渡すことである。  
しかし、甚六は1人で別行動をしているらしい。  
 
―――危険ですが、校内を、甚六先生を探して回るしかないですね…。  
 
一刻も早く、智恵の元に駆けつけたいのは山々であったが、  
甚六に武器を渡す役目は、自分しかいないのだ。  
 
望は、ため息をつくと、リュックを見下ろした。  
これを担ぎながら歩き回るのでは、余りに動きが取れない。  
 
顔を上げて、マリアを見た。  
生徒を危険な任務に巻き込むのはためらわれたが、  
彼女だったら、むしろ自分よりもうまく立ち回れるだろう。  
 
「関内さん。」  
「ン?」  
「お願いがあります…。これ、持てますか?」  
リュックから必要なものを取り出すと、残りをマリアに渡した。  
 
マリアは、自分の体の半分くらいの大きさがあるリュックを、  
ひょい、と片手で軽々と持ち上げて、笑顔を見せた。  
「全然、へっちゃらヨ。」  
「そうしたら…申し訳ないのですが、このリュックの中身を、  
 智恵先生や皆さんのもとに運んでいただけますか?」  
「いいヨ。」  
 
「それから…。」  
望は、マリアに、本部長からの作戦を口授した。  
 
・生徒全員に防護マスクを配り、隠し持っておくこと。  
・校舎内で銃撃戦が始まったら、体育館の周囲の見張りが手薄になるのを待つこと。  
・場合によっては催涙弾・煙幕弾を使って、全員体育館から抜け出すこと。  
・体育館から逃げたら、ひらけたところには出ずに、隠れて公安部隊の突入を待つこと。  
 
口伝えながら、望は改めて、なんて大雑把な計画だ、  
と思わずにはいられなかった。  
 
「オッケー、分かったヨ。それを智恵先生に伝えればいいんだナ。」  
「あ…、ちょっと待ってください。」  
リュックを担いで立ち上がるマリアを、望は呼び止めた。  
 
望は、ミリタリーパンツのポケットから、  
そっと、先ほど入れた野性の花を取り出した。  
花は、だいぶしおれていたが、まだ形を保っていた。  
 
少しためらったが、望は、その花をマリアに託した。  
「これを…智恵先生に渡していただけますか?」  
マリアは花を受け取ると、望に向かってにやりと笑った。  
 
「先生、ロマンチストだナ。」  
そう言うと、まるでリュックの重さを感じていないかのように、  
ひらりと宿直室の窓から出て行った。  
 
―――関内さん、頼みましたよ…!  
 
 
 
望は、手元に残った武器を、ミリタリーパンツのポケットに  
分散させてしまうと、そっと宿直室の扉を開け、外をうかがった。  
 
外には、幸い、誰もいないようだ。  
一気に廊下を端まで走ると、ロッカーの影に身を潜めた。  
 
それだけで、心臓がバクバク鳴っている。  
どだい、こういうことは自分には向いていないのだ。  
 
―――甚六先生…どこにいるんですか―――!!  
 
望は、再び駆け出した。  
 
 
 
* * * * * * * *  
 
 
 
智恵は、甚六の指示したルートを通り、なんなく体育館裏に戻ってきた。  
 
―――ホントに、誰にも会わなかったわ…。  
 
あきれながら、甚六の言っていた用具室の壁の穴を探す。  
さすが甚六で、その穴は、ダンボールや木の枝で上手くカモフラージュし、  
外からは容易に分からないようになっていた。  
 
周囲を見回し、ダンボールをどけていると、後ろから肩を叩かれた。  
悲鳴を上げそうになって、思わず口を押さえる。  
 
振り返ると、そこには大きなリュックを背負ったマリアが立っていた。  
「せ、せ、関内さん…びっくりさせないでちょうだい…!」  
息をつく智恵に、マリアは笑いかけた。  
「ヤァ、智恵先生モ、退屈してたのカ?」  
 
「退屈…って…。」  
智恵はあきれつつ、マリアが背負っているリュックに目を止めた。  
「関内さん、その荷物は?」  
「糸色先生からノ、預りものだヨ。」  
「え。」  
 
―――今……、なんて、言った…?  
 
「い…糸色先生が、学校にいるの!?」  
震える声で尋ねる智恵に、マリアは頷いた。  
「作戦を伝える人ネ。」  
 
智恵は、へなへなとその場に座り込んだ。  
―――援軍…あの人が…。  
 
はっと気がついて、智恵はマリアの腕をつかんだ。  
「それで!?糸色先生は、今、どこに!?」  
「武器を渡すっテ、甚六を探しに行ったヨ。」  
 
「何ですって…。」  
智恵は青くなって校舎を振り返った。  
校舎内には、テロリスト達がうようよしている。  
 
望が1人で校舎内を歩き回るのは、自殺行為に思えた。  
 
呆然としている智恵を、マリアがつついた。  
「先生。糸色先生から伝言ヨ。」  
 
智恵は顔を上げた。  
マリアの口から聞いた作戦は、先ほど甚六から聞いたものとほぼ同じだった。  
リュックの中を覗くと、確かに、必要なものが入っている。  
 
智恵は、リュックを握り締めてうつむいた。  
 
今、望は、テロリストだらけの校舎で1人、甚六を探し回っている。  
そのことを考えると、心配で、胸がつぶれそうだった。  
しかし、自分は、生徒を守らねばならない。  
そのために、望は自分にこれを託したのだから。  
 
―――でも…でも、望…!  
 
再び、マリアが智恵をつついた。  
智恵が顔を上げると、目の前に、しおれかかった小さな花が差し出された。  
 
「これは…。」  
目を見張る智恵に、  
「糸色先生からネ。智恵先生に渡してくれっテ。」  
マリアがにやりと笑って、花を、智恵の手に落とした。  
 
「…。」  
智恵は、震える両手で、そっとその花を包んだ。  
 
どこにでも咲いている、小さな野草。  
しかし、智恵はこの花が大好きだった。  
 
それを知った望は、ときどき、この花で小さな花束を作っては、  
智恵のもとに持ってきた。  
 
―――野生の花は、野にあってこそ、きれいなのに!  
―――まあ、たまには、いいじゃないですか。  
 
素直になれずに文句を言う智恵に、望は意に介さない様子で、  
いつも、楽しそうに小さな花瓶に花束を生けていた。  
 
「…っ!」  
幸せな記憶に、胸が痛くなる。  
智恵は、しばらくの間、地面に手をついて唇を噛み締めていた。  
 
「智恵先生、大丈夫カ?」  
マリアの心配そうな呼びかけに、智恵は顔を上げた。  
その目には、強い意志が宿っていた。  
 
―――望…私たち、絶対に、生きて会いましょうね…!  
 
智恵は、リュックを手にして立ち上がると、マリアを振り返った。  
「関内さん…中に戻りましょう。皆に作戦を伝えないと。」  
 
 
 
*   *   *   *   *   *   *   *  
 
 
 
望は、自分が持つ校内の隠れ場所の知識を最大限に生かし、  
学校の廊下をさまよっていた。  
 
何度か、テロリスト達に鉢合わせしそうになったが、  
そのたびに、手近なロッカーや消火栓の影に隠れてやり過ごした。  
 
改めて、銃を担いだテロリスト達を目の当たりにして、  
望は、恐怖と緊張で、眩暈がしそうだった。  
 
―――…皆さん、きっと、怖い思いをしているのでしょうね…。  
 
人質となっている大切な人達のことを思いながら歩き回り、  
気がつくと、いつの間にかSC室の近くに来ていた。  
 
―――自然と、足がこちらに向いてしまったんですかね…。  
 
何故か、この廊下には、テロリストの姿が1人も見えない。  
望は、少し安心して、廊下の真中をすたすたと歩き始めた。  
 
それが、油断だった。  
 
「!!」  
ふいに後ろから伸びて来た腕が、望を羽交い絞めにすると、  
望の喉元に、ぴたりと冷たいナイフが押し当てられた―――。  
 
 

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