智恵は、急に、世界がスローモーションで動いているような気がした。  
 
体育館の入口に手をかけ、立っている望。  
望の口が、自分の名前を形作って動く。  
 
振り向き、望に銃口を向けるテロリストの男。  
そして、その指が、引き金にかかり…  
 
 
銃声。  
 
 
智恵の目の前で。  
 
―――テロリストの男が、ゆっくりと前のめりに倒れていった。  
 
「!?」  
智恵は、頭を巡らせた。  
 
体育館の入口、望の隣に、9ミリを構えた甚六が立っていた。  
 
「……制圧、完了。」  
甚六は呟くと、銃口から上がった煙をふっと吹いた。  
 
 
*   *   *   *   *   *   *   *  
 
 
望は、驚いた顔で隣に立つ甚六を見ていた。  
いったい、今、何が起きたのかよく分からなかった。  
 
甚六は、望の視線に気付いたように顔を上げると、  
にこりと笑って智恵の方に顎をしゃくった。  
「よろしいんですか、糸色先生?」  
 
望は、はっとすると、智恵を振り返った。  
 
智恵と望の目が合う。  
「「―――!!」」  
 
2人は、同時に走り出していた。  
 
「智恵!!!」  
「望!!!」  
 
2人は、互いをしっかりと抱きしめあった。  
 
ほんの数時間、離れていただけなのに、  
その数時間のどんなに長かったことか。  
 
望は、智恵の顔を両手で挟み込むと、思い切り口付けた。  
智恵も、それに熱烈に答える。  
 
お互い、傷だらけでボロボロだった。  
でも、そんなことは全く気にならなかった。  
遠くから聞こえてくる歓声も、ただよう硝煙も、周りに倒れている男達も、  
何もかも気にならなかった。  
 
感じるのは、互いの鼓動だけ。  
2人は、戦いの痕跡が散乱する体育館の中で、  
生きている喜びを体中で感じながら、夢中で舌を絡めあった。  
 
 
*   *   *   *   *   *   *   *  
 
 
甚六は、銃の安全装置をかけてポケットにしまうと、  
腕を組んで体育館の入口に寄りかかり、2人を眺めながら呟いた。  
「いやはや…糸色先生も、隅に置けないですなぁ…。」  
 
「まったく、ホントですよねぇ。」  
そこに、ひょい、と髪留めをつけた少女が顔を出した。  
 
「うぉ…っ!風浦さんか!?」  
甚六は、20人のテロリストを倒した男とも思えないくらいに  
驚き、のけぞった。  
 
可符香は、甚六を見ると、にっこりと嬉しそうに微笑んだ。  
 
 
*   *   *   *   *   *   *   *  
 
 
到着した特殊部隊は、担架を持ってきたが望は首を振った。  
「大丈夫、歩けます…それより、私の生徒達は…?」  
気遣わしげに尋ねる。  
 
特殊部隊の隊員は、賞賛の目で望と智恵を見た。  
「全員、無事保護いたしました…お見事です。」  
 
望と智恵は、目を輝かせて顔を見合わせた。  
 
 
 
望と智恵、そして甚六は、特殊部隊の隊員たちに伴われ、  
本部に向かって校庭を歩き始めた。  
 
可符香は、見た目は怪我はなさそうであったが、念のため、  
他の生徒達と同様、救急隊員が待機しているテントに連れて行かれた。  
 
正門近くまできて、望は、そこに立っている2つの人影に気がついた。  
「景兄さん…命兄さん…。」  
「望!!」  
2人は、望達のもとに駆け寄った。  
 
「望…!良くやった…良くやったぞ!!!」  
景が嬉しそうに笑いながら、望の肩をばんばんと叩いた。  
「いててて、景兄さん、あちこち傷だらけなんですから、  
 余り手荒にしないで下さいよ。」  
望も、笑いながら答えた。  
 
そして、望は、先ほどから黙って突っ立っている命に笑いかけた。  
「命兄さん。生きて戻ってきましたよ。約束どおり、治療お願いします。」  
 
命は、はっとしたように目を瞬くと、慌てたように声を詰まらせた。  
「ば、ばか、やろ…!お前の治療なんか、一番最後だ!」  
そう言うと、命は智恵に近寄ったが、ふとその格好に気が付いたように、  
白衣を脱いで、それを智恵の肩にかけた。  
 
智恵は、感謝の目で命を見上げた。  
望も、命に小さく頭を下げた。  
 
ふい、と顔を背けた命の目は、少し赤いようだった。  
 
「甚六!!久しぶりだな!!  
 さすがは般若の甚六だ、良くやってくれた!!!」  
本部長が、満面の笑みで、甚六に歩み寄った。  
 
甚六は、すっと目を細めて本部長を見返した。  
「山田。お前、なぜ突入の時間を早めた。…功を焦ったか。」  
本部長は、甚六の鋭い目に怯んだように後ずさった。  
 
そして、不自然に明るい声を上げると、  
「いやー、ここでは積もる話もできないな。テントの方に行くか。」  
皆の目を避けるように、甚六をテントに引っ張って行った。  
 
2人の後姿を見ていた景は、望を振り返った。  
「…ホントに、あの先生、凄腕だったのか?」  
 
望と智恵は顔を見合わせ、同時に頷いた。  
「凄かった…何者なんでしょうね、甚六先生って…。」  
望は呟いた。  
 
そのとき。  
「先生!!」  
声がして振り返ると、人質になっていた2年へ組の女生徒達が  
駆け寄ってくるのが見えた。  
 
「智恵先生、無事だったんですね!良かった!!」  
千里が半泣きになりながら、智恵に飛びついた。  
「先生…助けてくださって、ありがとうございます!!」  
まといが、定位置から望に張り付く。  
 
望と智恵は、あっという間に生徒達にもみくちゃにされた。  
 
倫は、景と命に近寄ると、深々と頭を下げた。  
「ご心配をおかけしました…お兄様方。」  
景と命は、嬉しそうに倫を抱きしめた。  
 
「叔父さん!倫!」  
そこに、時田に手を引かれた交もやってくる。  
 
「やれやれ、治療はまだだいぶ先になりそうだな…。」  
命は、その光景を見て頭をかいた。  
 
 
その日の夜。  
 
望は智恵と2人、ホテルのスイートで一息ついていた。  
これは、景の計らいであった。  
 
生徒達にもみくちゃにされた後は、延々と事情聴取が待っていた。  
 
疲れ切っていた2人であったが、  
事件現場である宿直室には帰れるわけもなかったし、  
この格好で、智恵のマンションに直行するのも近所の手前、憚られた。  
 
そこで、景が気を回してホテルを取ってくれたのである。  
「着替えとか、必要なものは後で届けさせるから、  
 とりあえずは、ゆっくり休め。」  
景は望にそう言い残すと、部屋を出て行った。  
 
望と智恵は、ぐったりとソファに腰を落ち着けた。  
 
2人とも、命の手により一応の手当は終わってはいたものの、  
現場から引き上げたままのボロボロの格好だった。  
 
智恵は、まだ、命の白衣を羽織っていた。  
 
望は、白衣の下の、ボタンの引きちぎられたブラウス、  
ブラをつけていない胸元に目をやった。  
 
さっきから、気になっていたことであった。  
テロリスト達の下品な会話が蘇る。  
 
望は、言いにくそうに口ごもった。  
「智恵…。」  
智恵が目を上げる。  
「…その…あなたは…。」  
 
望は、口を閉ざした。  
そして、首を振ると、いきなり智恵を抱きしめた。  
「…すいませんでした…!怖かったでしょう…!」  
 
 
*   *   *   *   *   *   *   *  
 
 
智恵は、望の腕の中で、息を飲んだ。  
 
先ほど、現場で抱き合ったときは、無我夢中で、  
お互いが生きていることを実感するだけで精一杯だった。  
 
その後は、生徒達にもみくちゃにされ、  
また、疲れた中で延々と続く事情聴取のため、  
事件をゆっくり振り返る余裕もなかった。  
 
今、こうやって、安全な場所で望の腕に抱かれ、  
初めて、智恵の中に、人質でいたときの恐怖がまざまざと蘇ってきた。  
 
智恵の目から、涙が溢れた。  
「う…っ、ふぅ…うわあぁぁぁ!」  
声を上げて泣きじゃくる智恵を、望はしっかりと抱きしめ、  
その頭のてっぺんに、何度も優しく口付けた。  
 
 
 
「……。」  
しばらくすると、智恵は泣き止んだ。  
 
目を腫らして、照れくさそうに望を見上げる。  
「ごめんなさい…こんな、子供みたいに…。」  
 
望は首を振った。  
「いいんです…いくらでも、たくさん泣いてください…。」  
そういいながら、智恵のはれぼったい瞼に口付けた。  
 
望の唇は、そのまま、瞼から鼻、頬へと移っていき、  
最後に、智恵の唇にたどり着いた。  
 
さっきの現場での情熱的な口付けとは違う、  
優しく、労わるような口付け。  
 
智恵は、体のこわばりが、だんだんとほぐれていくのを感じた。  
 
「シャワーを浴びましょう…。」  
望が、智恵を抱きしめたまま囁いた。  
「事件の跡を全て洗い流して…あなたと、愛し合いたいんです。」  
 
 
さすがにスイートだけあって、バスルームも広く、  
2人でシャワーを浴びるだけのスペースは充分ありそうだった。  
 
服を脱いだ2人は、見事に満身創痍の状態だった。  
「これは、慎重に洗わないと、かなり痛いことになりそうですね。」  
望は、そう言いながらシャワーのコックを捻った。  
 
シャワーから温かい湯がほとばしる。  
「…痛っ。」  
2人同時に声が出て、思わず、お互い顔を見合わせて笑い出した。  
 
智恵が丹念に頭を洗っているうちに、  
望はさっさと全てを洗い終えてしまったらしい。  
ボディーシャンプーを手に取ると泡立て始めた。  
 
「痛かったら、言ってくださいね…。」  
そう言うと、望は、慎重に傷を避けながら、  
泡だらけの両手で、智恵の体をなぞり始めた。  
 
温かい湯気が智恵を包み、望の手が優しく肌の上を滑る。  
智恵は、気持ちのよさにうっとりと目を閉じた。  
 
望の手は、あくまでも優しかった。  
ゆっくりと、慈しむように智恵に触れていく。  
 
つ、と望の手が回され、  
智恵は、背後から望に抱きしめられるような形になった。  
「ん…。」  
望の手が智恵の胸を柔らかくつかみ、智恵は、吐息を漏らした。  
 
抱きしめられた背中から、望の欲望がはっきりと伝わる。  
望が、智恵の肩に口をつけた。  
「そろそろ泡を流して…ベッドに行きましょう。」  
智恵は、無言で頷いた。  
 
 
*   *   *   *   *   *   *   *  
 
 
バスルームから出ると、望は、ベッドにそっと智恵を横たえた。  
 
欲望はすでに抑えられないほどに膨らんでいたが、  
智恵が経験したであろう辛い出来事を思うと、  
いつものように欲望のまま突き進むのはためらわれた。  
 
望は、智恵の額に口付けると、智恵の顔を正面から見つめた。  
智恵も、じっと望を見つめている。  
 
「智恵…、あなたを、愛してます…。」  
 
不安を抱えて走っている間、ずっと、伝えたかった言葉。  
望は、今、智恵の目を見ながら、やっとその言葉を口にした。  
 
智恵の目が大きく見開かれ、その目から涙が一粒流れた。  
望は、唇を寄せると、そっとその涙を吸い取った。  
 
望は、痣だらけ、傷だらけの智恵の肌の上を、  
細心の注意を払いながら、唇を這わせていった。  
 
智恵の胸まで来たとき、望はふと動きを止めた。  
 
いつもだったら、その胸に顔を埋めるところだが、  
今、智恵の胸の谷間には、痛々しい切り傷ができていた。  
望は、智恵に見えないよう唇を噛み締めた。  
 
傷に触れないように、そっと胸に唇を寄せる。  
紅く色づく頂を口に含み、ゆっくりと吸い上げた。  
 
「ん…。」  
智恵が目をつぶったまま甘い声を上げる。  
望は、頂を口に含んだまま、胸をそっと優しくもんだ。  
 
余り強く触っては、傷口が開いてしまう。  
望は、優しく、優しく胸に刺激を与えていった。  
 
頂から唇を離し、胸の付け根を強く吸い上げる。  
「っ。」  
智恵が声にならない声を上げる。  
そこには、きれいな紅い後が残った。  
 
他の傷跡が目立たないくらい、智恵を自分の証で染め上げたかった。  
望は、智恵の肌をあちこち吸い上げると、紅い花びらを残していった。  
「あっ、ぁ、ぁ、はぁ…っ。」  
智恵がそのたびに途切れ途切れに喘ぐ。  
 
望は、胸の谷間に唇を寄せた。  
そこにある傷跡に、触れるか触れない程度に、そっと口付ける。  
智恵が、ぎょっとしたように体を起こした。  
何かに怯えたように顔がこわばっている。  
 
「智恵…。」  
望は智恵の顔を両手で挟むと、その目を覗きこみ、微笑んでみせた。  
智恵が、少し安心したように体の力を抜く。  
望は、智恵の唇にゆっくりと口付けた。  
何度も何度も、舌を吸い上げて、智恵の口内をさぐる。  
 
智恵の体に残っている忌まわしい記憶を、全て吸い取ってしまいたかった。  
 
望は、再び智恵の胸に顔をずらすと、今度は舌先で頂を弄り始めた。  
「ん…やっ、あぁっ!」  
智恵が、さっきよりも激しく反応する。  
「もっと…もっと、気持ちよくなってください…智恵…。」  
「や、あっ。」  
望は、そのまま、智恵が小さな歓喜の悲鳴を上げるまで、  
智恵の胸の先を舌で弄り続けた。    
 
息を整えている智恵を見ながら、望は一瞬ためらったが、  
恐る恐る手を智恵の下半身に伸ばした。  
そして、智恵に尋ねる。  
「智恵…大丈夫ですか…。」  
 
智恵は、潤んだ目で望を見上げると頷いた。  
望は、慎重に智恵の潤ったそこに指を添えた。  
そして、優しく、円を描くように触れ続ける。  
 
智恵の呼吸が、再び浅くなった。  
智恵の様子を見ながら、望は体をずらし、顔をそこに寄せた。  
そっと舌を伸ばすと、ゆっくりと智恵の中に入れた。  
「ん…はぁっ」  
智恵が、頬に血を上らせて喘ぎ始めた。  
 
望は、丹念に舌先を使って智恵の中をほぐしていった。  
溢れ出る蜜を、じゅる、と音を立てて吸い、舐め取る。  
「あぁっ!」  
智恵の足が、望の体を締め付けるように動いた。  
それを見て、望は、舌使いはそのままに、指を智恵の中に進めていった。  
 
舌で突起を柔らかくつつきながら、進めた指先を軽く曲げ、  
智恵の感じるスポットにそっと押し当てる。  
「ふ、はぁ、ぁああっ。」  
智恵の腰が浮き、両手がシーツを握り締めた。  
 
―――まだ、もう少し…。  
 
今日は、智恵を徹底的に昇り詰めさせる必要がある、と望は思った。  
溢れる蜜を指ですくうと、赤く色づいた突起に塗りつけた。  
「ゃぁあっ!」  
智恵がつま先を伸ばして叫ぶ。  
「まだですよ…智恵、もっと、気持ちよくなってください…。」  
望は、指を智恵の中に埋め込むと、指先を曲げながらゆっくりと出し入れを始めた。  
 
「だ、だめ、もう、そんな、ぁあっ。」  
智恵は、真っ赤な顔をして、夢中な様子で望に向かって腕を伸ばした。  
 
「…っ。」  
智恵の爪が肩に食い込んで、望は思わず声を上げそうになり、  
慌ててそれを飲みこんだ。  
 
硝煙にまみれた傷ではなく、智恵から愛の証として与えられる傷であれば、  
いくらでもつけて欲しかった。  
肩の痛みは、智恵が快感を覚えている証拠だ。  
望は、その痛みに恍惚となりながら、ひたすら智恵を優しく愛撫した。  
 
「もう、あ、望、ぁぁぁああっ!!」  
とうとう、智恵が体をしならせて硬直した。  
爪がさらに強く食い込む。  
「…っ。」  
望は痛みに一瞬目をつぶると、目を開いて体を起こし、智恵を見下ろした。  
 
智恵は、息を切らせながら、目を潤ませて望を見上げていた。  
「望…。」  
「智恵…。」  
2人は、ゆっくりと口付けを交し合った。  
 
―――もう、大丈夫でしょうか…。  
 
「智恵…。」  
望は、体を起こすと、智恵に覆いかぶさった。  
とたんに、智恵が、何かを思い出したようにビクッとする。  
 
望は思わず体の動きを止めて、痛ましそうに智恵を見つめた。  
智恵が、目をつぶって望から顔をそらした。  
望は、そっと手を伸ばすと、優しく智恵の頬をなでた。  
 
無理強いはしたくない…が、今この場で引き返しては、  
この先、智恵が、辛い体験を乗り越えられない気がした。  
 
「智恵…大丈夫、怖くないですから…。」  
耳元で囁くと、智恵はそっと目を開けて望を見た。  
 
「私を、ずっと、見ていてくださいね…。」  
そう言うと、望は、智恵に優しく口付けながら、  
少しずつ、智恵の中に自身を埋め込んでいった。  
 
「あぁあっ!」  
智恵が目を固く瞑ると、体をそらせて叫んだ。  
「智恵、智恵…目を開けて、私を見てください!」  
智恵が、望の呼びかけに、潤んだ目で望を見上げた。  
 
「私です…今、あなたを抱いているのは、私です!」  
智恵は、頷くと望の首に腕を回した。  
「望…愛してる…!」  
「智恵…!」  
望は智恵に口付けると、ゆっくりと動き始めた。  
 
時間をかけてほぐされた智恵の中は、熱く柔らかく、望に絡まってくる。  
「く…、ぅっ」  
望は、智恵を気遣い、暴走しないよう必死に自分を抑えていたが、  
容易なことではなかった。  
「ん…っ、は…ぁ。」  
徐々に甘さを増していく智恵の声も、望の耳朶を刺激する。  
 
快感に任せて強く、激しく自身を突き動かしたいという衝動に  
飲み込まれそうになり、望はいったん動きを止めた。  
 
「…?」  
智恵が目尻を赤く染め、不思議そうに見上げてくる。  
息を切らして智恵を見下ろす望に、智恵は両手を伸ばした。  
「…私は、大丈夫だから…来て…お願い。」  
「―――智恵…!」  
 
望は、智恵と唇を合わせると、今度は激しく動き始めた。  
もう自分を止めることはできなかった。  
 
自分の全てを智恵に埋め込むように、腰を智恵に打ち付ける。  
「あ、ああぁっ!」  
智恵が背をのけぞらせて叫んだ。  
智恵の内部が収縮し、望自身を強く締め付ける。  
「は…ぁ!!」  
望の脳裏に、痺れるような快感が走った。  
 
望は、幸福に、気が遠くなりそうだった。  
 
一時は、智恵を失ってしまったかもしれないとも思った。  
しかし、智恵は、今現に、自分の腕の中にいる。  
歓び、もだえ、全身で自分を求めている。  
 
望は、頭に血が上って、だんだん、何も考えられなくなってきた。  
 
―――智恵…愛してます…!  
 
最後に、智恵を強く抱きしめると、望は自分の欲望を解放した。  
 
 
 
 
 
2人は、しばらく息を切らせながら横たわっていた。  
 
「……智恵…辛くなかったですか…?」  
心配そうに覗き込む望に、智恵は、首を振った。  
「全然…すごく、良かった…。」  
 
安心したように体を投げ出した望を、智恵が、おずおずと見上げた。  
「あの……誤解ないように言っておくけど…私…その…、未遂、なのよ。」  
「……え?」  
望は目を瞬かせた。  
 
智恵は赤い顔をした。  
「ご、ごめんなさい、早く言わなくて。  
 でも、その……何て、言えばいいのか、分からなくて…。  
 あの、危ないところで、甚六先生が助けてくれたの。」  
 
「…そう…だったんですか…!」  
望は、思わず、心から安堵のため息をついた。  
 
―――それでも、智恵が怖い思いをしたことには変わりはない…。  
 
望は、再び智恵をしっかりと抱きしめた。  
「覚えておいてください…あなたがどんな目に逢おうと、  
 …私の、あなたへの想いは変わりませんから。」  
智恵の体が震え、望を強く抱きしめ返した。  
 
2人は、そのまましばらく互いの体温を感じていた。  
 
しばらく後、望は、智恵の顔を見て笑った。  
「本当に、甚六先生には…お礼を言わなければなりませんね…。」  
「そうね…。」  
 
望は、ふと黙り込んだ。  
―――本当に、あの人はいったいどういう人なんだろう。  
気がつくと、智恵も考えるような顔で黙り込んでいた。  
 
2人は顔を合わせた。  
「甚六先生って…。」  
「ねえ、本当に謎の人物ですよ。」  
 
智恵がくすりと笑った。  
「今度、あなたが学校を抜け出したら、  
 連れ戻し役は、私じゃなくて甚六先生に頼むのがいいかも。」  
望は、智恵の言葉に真顔になった。  
「いいえ。もう、二度と、あんな思いをするのはごめんです。  
 これからは、絶対に、授業をさぼったりはしませんよ。」  
 
自分が学校を抜け出したために味わった、  
智恵に二度と会えないのではという、あの恐怖。  
あのような恐怖は、二度と味わいたくなかった。  
 
智恵は、望の言葉に瞳を揺らし、頷いた。  
「私も…二度と、あなたと離れたくない…。」  
 
2人は、再び互いに腕を回すと、唇を合わせた。  
そして、心も体も深く、深く重ねていった。  
 
 
高校は1週間ほど閉鎖されたが、その後、授業が再開された。  
 
しかし、2年へ組だけは、第1回目の授業はホームルームとなった。  
生徒達が、どうしても智恵と望にお礼の会を開きたいというのだ。  
 
―――自分達が、授業をさぼりたいだけじゃないですかね…。  
 
望は思ったが、授業がつぶれること自体には反対はない。  
多分、同じことを考えて苦い顔をしている智恵に笑いかけた。  
「いいじゃないですか、生徒達が喜んでくれているんですから。」  
 
望達は教壇に設けられた「特別席」から、生徒達を見渡した。  
 
「…で、用具室に閉じ込められた後は、どうしたのさ。」  
先に解放された生徒達が、人質になった少女達に  
事件当時の様子を興味深深で尋ねている。  
 
「もう、そのときの智恵先生、本当に格好良かったんだから!」  
千里が身振り手振りで用具室での出来事を語っていた。  
 
「あれ?でも、甚六先生は?先生、いたんでしょ?」  
誰かの問いに、千里が憤懣やる方ない、といった調子で首を振った。  
「甚六先生ったら、ひどいのよ!  
 私が作った抜け穴から、1人だけ先に逃げちゃった!!」  
 
「ええええ〜!!」  
他の生徒達が非難の声を上げる。  
「ねーよ、なんだよ、それ〜!」  
「甚六先生、使えね〜!!」  
 
望と智恵は目を見交わした。  
甚六からは、今回の甚六の活躍については固く口止めされていた。  
 
―――だって、それではあなたが…。  
―――私は、今さら何と思われてもかまいませんわ。  
    もともと、箸にも棒にもかからない、しがない老教師ですからな。  
 
望の抗議に、甚六はただ、からからと笑っていた。  
 
望はマリアをちらりと見た。  
彼女は、甚六の正体を悟っていたようだが…。  
が、彼女はどこ吹く風といったようにお菓子を頬張っている。  
 
―――関内さんは、多分、大丈夫ですね…。  
 
と、そのとき。  
「いやだなぁ、甚六先生が逃げるわけないじゃないですか。」  
教室に明るい声が響いた。  
 
望と智恵は、ぎょっとして声の主を見た。  
そこには、両手を胸の前で組んだ可符香が立っていた。  
 
「甚六先生は、きっと、私達を救うコマンダーだったんです。  
 だから、私達の目の前から消えて、影でテロリストさんたちを  
 やっつけてくれたんですよ。」  
ね、と、望に笑いかける可符香に、望と智恵は焦った顔を見合わせた。  
 
しかし、どうやら他の生徒達は、  
可符香のいつものぶっ飛んだポジティブ発言だと捉えているようだ。  
幸いにも、誰一人信じている様子は見られなかった。  
 
望は冷や汗をかきながら思い出していた。  
確か、可符香は、あのとき、あの場所にいたのではなかったか。  
と、いうことは…。  
望の顔から血の気が引いた。  
 
可符香はそんな望をちらりと見ると、楽しそうに続けた。  
「ああいう極限の状況の下では、思わぬことが起きるものです。  
 感情の揺れ幅は増幅され、情熱は高まり、そして、  
 恋人達は互いの名を呼び合い、熱いベーゼを交わすのです!!」  
 
―――やはり、見られていた。  
望は観念して目を閉じた。  
隣で、智恵も赤くなったり青くなったりしている。  
 
しかし、他の生徒達は、可符香が何を言っているか分からないらしい。  
「なに?それ?スピードのラストシーンか何かだっけ?」  
「おっ前、それ、いくらなんでも古いよ!」  
「そういやさ、昨日の洋画劇場、見た?」  
 
可符香の演説は、そのまま雑談へと流れてしまった。  
 
望がほっとしながら可符香を見ると、可符香は、にこっと笑みを返した。  
皆が雑談に流れたこと自体は、全く気にしてないらしい。  
しかし、望に向けた笑顔には、しっかりと横線が刻まれていた。  
 
―――これは、当分、風浦さんに遊ばれてしまいそうですね…。  
 
望は、内心ため息をついた。  
 
―――でも、まあ、いいでしょう。  
 
教え子達が皆、元気で笑い合っていて、そして、隣には愛する人がいる。  
それだけで、今の自分は、充分に満たされていた。  
これ以上、何かを望むのは贅沢と言うものだ。  
 
微笑みながら智恵を見ると、智恵も同感らしく、望を見て微笑んだ。  
 
望は、立ち上がると、智恵と一緒に生徒達の輪に入って行った。  
 
「そのお菓子、おいしそうですね。先生達にも1つくださいよ。」  
「え〜、だって、このお菓子、レアものなんですよ〜。」  
「絶望した!主賓をないがしろにする生徒達に、絶望した!!  
 今日は、私と智恵先生へのお礼の会じゃなかったんですか!?」  
がしっ!はむっ!  
「あーーー!全部いっぺんに食べちゃったーーー!!」  
「先生…大人気ない!!」  
 
とたんに上がる、怒号と悲鳴。  
そして、それを上回るたくさんの大きな笑い声。  
 
望と智恵も、教え子達に囲まれて、声を上げて笑っていた。  
 
―――その日、2年へ組の教室は、いつまでも賑やかだった。  
 
 

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