それは当たり前と呼べる事。  
日常の習慣だ。  
朝、起きれば豪勢な朝食がある。  
二人で食卓を囲むのも、何ら違和感を感じない。  
宿直室を出る時には丁寧に畳まれたハンカチを渡される。  
そして、一言。  
 
「行ってきますね」  
 
その一言を掛ける相手が居る。  
独り暮らしの時には有り得ない返事。  
 
「行ってらっしゃい、先生」  
 
夕方、仕事を終えて帰れば食欲をそそる夕飯が用意されている。  
 
「ただいま」  
「おかえりなさい、先生」  
 
再び、二人で食卓を囲む。  
欠片も違和感が無い。  
それが日常。  
普通の日々なのだ。  
だからこそ、それが崩れる時。  
人間の精神は異常なまでに容易く狂う。  
 
それは当たり前と呼べる事。  
 
 
――――日常の変化、初日。  
窓から差す光で目を覚ます男 糸色 望。  
起き抜けで働かない頭だが、何らかの違和感を感じる。  
 
(…小森さん?)  
 
何時も自分より先に起きて食事の準備をしていてくれた女生徒が居ないのだ。  
異常に広く見えてしまう宿直室。  
 
(どちらに行かれたんでしょうね…?)  
 
少女が居ないのならば、仕方がない。  
望は二人分の朝食を準備し霧の帰りを待った。  
だが、時計の長い針が一周の1/4程動いても宿直室の扉は動くことなく、終には予  
鈴が鳴っても少女は姿を見せなかった。  
 
―――――日常の変化、二日目。  
昨日の朝から姿を消している霧は、今朝も居ない。  
 
(やはり、今日も居ませんね…)  
 
昨日に引き続いて二人分の朝食を準備するが、食卓は独りで囲む。  
少し皺になっているハンカチを手に取り望は宿直室を後にした。  
 
「…行ってきますね」  
 
誰も居ない部屋の中へポツリと呟いた。  
 
―――――日常の変化、三日目。  
寝不足のまま、望は身を起こした。  
昨日は放課後からすぐに、学校中の篭れそうな場所を探し歩いたのだ。  
宿直室に帰り、床に着いたのは午前2時だった。  
しかし、結果として何処にも霧は居なかった。  
 
(…小森さん、家に帰られたのでしょうか?)  
 
ふと、そんな考えが浮かび上がる。  
思い付いたと同時に、望は放課後に家を訪ねようと決意した。  
霧がそうしていた様に、今日も望は二人分の朝食を準備する。  
少しずつ散らかっていく宿直室を尻目に、望は部屋を出た。  
 
「………行ってきますね」  
 
呟いた直後に乾いた風が胸を吹き抜けた。  
 
――――日常の変化、四日目。  
目に見えて望はやつれていった。  
霧は家には居なかった。  
それどころか小森家は誰も居ない状況を作り上げていた。  
 
(何処に…?)  
 
言いようの無い不安が眠りに付くまで胸を支配する。  
もはや自決する余力も勇気も無くなった。クラスの絶望少女達が自らの事を心配  
したが、何でもないと告げる。  
 
―――――日常の変化、五日目。  
朝、起きる。出勤の準備を始める。  
のそのそとした緩慢な動作を続ける中で、望は冷静に自分を見つめる思考がある  
事に気付いた。  
 
(一体、私は何をしているのでしょうか…?)  
 
只独りの少女に振り回され、依存している。  
その自覚はあった。  
彼女が居てくれる事は確かに有り難い事ではある。  
感謝している。  
だが、其処までだ。  
そう、感謝していたが居ても居なくても良いはずだった。  
空気では無かったはず。  
 
(そうだ、…なのに)  
 
こんなにも胸が痛く、不安定に揺れている。  
 
(彼女は、私が担当している生徒に過ぎない…!)  
 
今からは考えない。  
区切りを付けて思考を止める。  
そうすればまた、非日常が始まる。  
 
―――――日常の変化、六日目。  
もはや限界だった。  
何もする気がしない。  
まるで屍の様に漂う姿は、人間のものではないかの様だ。  
大きく自習と書きなぐった黒板を見つめる生徒達。  
そんな事には気も止めずに望は教室を後にした。  
宿直室に向かう。  
霧が帰っている事を期待しながら。  
少女の存在がとても大きい事に、望は未だ気付いていない。  
気付いてないふりを続けていたかった。  
 
―――――日常の変化、七日目。  
崩れに崩れきった望の生活は今日を持って大きく変わる。  
崩れた時とも、崩れる前とも違う生活へと変貌するのだ。  
如何に変化したかを今回は記述する。  
 
月曜から始まった憂鬱な一週間も今日で最後になる。  
望は用事が無いのを良いことに朝から酒に溺れていた。  
一升瓶を片手に食卓に突っ伏している。  
 
「…うぃー、ヒック!」  
 
ハッキリと言って下戸である望は、二杯も煽った頃には出来上がっていた。  
酔いで抑制の切れた脳で考える。  
 
(…私は、小森さんを必要としている)  
 
教え子への秘めるべき想いは確信へと変わっていた。  
 
(なのに彼女が居るのを当たり前の様に…!)  
 
認める事を避けていた意識は、認識すると同時に責め句となる。  
自らへの。  
 
(もっと、気に掛けていれば…。 彼女の事を考えていれば…)  
 
過ぎた時は還らない。  
その意味を痛感した望は、霧の居場所に疑問を抱きながら夢の中へ堕ちていった。  
 
(………)  
 
起きたのは夕暮れだった。  
連日に渡る疲れが、望を夢に引き込んでいた。  
 
(…毛布?)  
 
寝る前には羽織っていなかった毛布が、肩から落ちて畳に付く。  
パサリと乾いた音が。  
 
「あっ。…先生、起きた?」  
 
懐かしい声がする。  
台所があるであろう宿直室の一角に顔を向ければ、DSを持つ少女が。  
 
「こんなところで寝てたら風邪ひくよ。今、布団敷くから…」  
 
長い髪をゆらゆら揺らしながら霧は隣の部屋へと姿を消そうとする。  
未だ覚醒しない意識はボンヤリと少女の姿を捉えている。  
 
「小森、さん…?」  
 
呂律の回らない舌で呟く望。  
あまりに小さすぎる声は霧に届かず、そのまま歩を進める。  
望はヨロヨロと立ち上がり、フラフラと後を追う。  
 
「…よいしょ、と」  
 
宣言通りに布団を敷いている霧の後ろ姿に我慢が効かない。  
後ろから腕を回して霧の体を引き寄せる。  
 
「わっ!?…ど、どうしたの、先生?」  
 
細い肩を、いや、体全体を包む様に抱き締める。  
驚いて振り返る顔の頬を片手で固定する。  
 
小さい、顎も頬もすごく小さい。  
掌に感じるつやつやした肌。  
望はゆっくりと顔を近づけていき、目を閉じる。  
無理矢理に横を向かせて強引に口付ける。  
しっとりと濡れた皮膚と、その内側の柔らかい粘膜。  
口付けて触れ合った唇から鼓動のとくん、とくんという振動が伝わり合う。  
突然の行為に驚いている霧だが望は御構い無し。  
好き勝手に口内を犯していく。  
少しずつ眼が蕩けていく霧。  
 
「ふぁ、せんせぇ…」  
 
漸くして口を離すと、霧はその身を望に任す。  
しっかりと抱き留めて、望は再び口付ける。  
 
「…んくっ」  
 
どう表現したらいいのか。  
そんなような喘ぎ声が望の耳を、肌を震わせる。  
繋がった唇から骨が痒くなるような甘い響きが広がっていく。  
顔の皮膚に霧の鼻息が吹き付けられる。  
霧を抱きとめ、かすかに感じた匂い。  
いや薫りと言った方が的確か。  
とにかく、霧の身体の匂いだ。  
呼気の中に含まれているそれは、ほんの一呼吸嗅いだだけで望の胸を熱く痛くさせる。  
そして体温。  
冷たい印象を与えるその肌が実は温かい、ということを望は知った。  
二人がゆっくりと口を離す。  
顔面に感じていた霧の体温と匂いが消え失せる。  
望はそれに喪失感を覚えてしまう。  
自分の身体の一部だったものがなくなってしまうかのような感覚だ。  
キスしてたのはほんの僅かな時間だったのに。  
目を開けると、 霧は頬を赤く染めている。  
どことなくうっとりとした表情で。  
突然の行為を受け入れてくれた。  
 
「小森さん…」  
 
その後は済し崩しに行われた。  
敷きかけの布団の上に身を横たえる二人。  
覆いかぶさり霧の身の上で指を躍らせる。  
何度も少女の中に入り、出る。  
まるで機械のように繰り返される作業に体が火照る。  
 
「あっ、せんせぇ…」  
 
十分に潤った其処は、もう男を受け入れようとしている。  
 
「小森さん、もう…」  
 
ガチガチに固まっている絶棒を袴から取り出す望。  
初めてみる男のものに驚きを隠せないが何とか頷く。  
それを受け取り、望は入り口に絶棒をあてがう。  
ゆっくりと時を掛けて腰を進める。  
自らの中に侵入してくる異物を切実に感じとる。  
もはや、霧は何の疑問も持たない。  
只、望に愛されたかった。  
只、望に愛されていると感じたかった。  
欲望を解放した望は、霧を気遣う事も出来ず腰を振り続けた。  
脳は冷たく痺れ、絶棒は熱く溶ける。  
獣のように霧を求めた。  
女神のように望を受け入れた。  
 
それは当たり前と呼べる事。  
 
 
行為を終えた後、二人は寄り添いながら倒れ込んだ。  
腕を差し出し、霧を休ませる。  
せめてもの罪滅ぼし。  
望は目を合わさずに少女を見つめた。  
 
「すみません、小森さん…」  
「…何かあったの? 先生」  
 
胸に顔を埋める少女は、心臓の鼓動を聞きながら答えた。  
静寂の宿直室。  
溜りに溜ったゴミ。  
何だか、隔離された世界のようだ。  
二人しか居ないような。  
 
「こんなこと言っても言い訳にしかなりませんが…」  
「…?」  
「その、小森さんが居なくなられてしまってから、急に不安定になってしまいま  
して…」  
「…」  
「気付いたんです。そ、その、私が貴方を必要としている事に…」  
「…!?」  
「すみません、迷惑な話ですよね…」  
 
産まれてから死ぬまで。  
多分直らないだろう。  
伏し目がちになる癖。  
寝転がっていても同じだ。  
今は、霧のつむじを眺めている。  
それを知っているから、霧は顔を上げた。  
黒く美しい双眸の視線が絡まる。  
決して離さない。  
 
「迷惑なんかじゃないよ、先生」  
「小森さん…」  
「嬉しいです。先生にそう言ってもらえて」  
「えっ…!?それじゃあ…」  
「私も、…私も先生が必要です」  
 
少女の小さな口が、小さく呟いた。  
 
夕方は身を潜め、時は夜。  
太陽が死に、月が蘇る。  
時が流れ、季節がかわる。  
春が夏に、秋が冬に。  
 
それは当たり前と呼べる事。  
 
 
 
おまけ  
「そういえば霧さん、何処に行っていたのですか?」  
「全座連の検定試験があったんだよ」  
「…はい?」  
「一週間もかけてテストするんだ。でも、おかげで初段に受かったんだよ」  
「………そうでしたか」  
 
 

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